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三章 恋情と嫉妬
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しおりを挟むスイの顔をのぞきこんだガルヴァは気まずそうな声を上げた。
「あー……悪かった。ちょっと強く言いすぎたよ。お前もいろいろあって大変だったんだよな。お前が火事で死ななくてよかったよ」
ガルヴァはスイの背中を強めにばんとたたいた。
「こないだ言ったことは撤回するよ」
「……なにを?」
「部屋の外では会わないのはほかに本命がいるからだって話だよ。まさかヴィーク団長のことなんて思わなかったから」
「ああ、そのこと。別にいいよ。きっとその通りだと思う。人気者なんだし、おれよりいい人を見つけたんだろ」
「いやいや! あれ、お前この手の話うといな?」
スイがよくわかりませんという顔をすると、ガルヴァは小馬鹿にするようにフッと笑った。
「お前の言うとおり団長は人気者だよ。そんな人が堂々とお前のとこに通ったらどうなる? お前、カムニアーナみたいな嫉妬深いやつらに袋だたきにされるぞ。前に団長を巡って刃傷沙汰があったって言っただろ? そうならないようにお前との関係を隠してるに決まってんだろーが」
どうしてわからないんだと言わんばかりの口ぶりだ。確かにエリトはオビングにいるときもフライン以外の人には絶対にスイを見せず、スイとの関係は秘密にしていた。川に洗濯に行くときも、町外れの一番下流のほかの人が来ないところで洗うよう言い含められていた。エリトはスイが人目にさらされることをひどく嫌う。
「お前はちゃんと大切にされてるよ」
ガルヴァの言っていることは正しいのかもしれない。あれだけ怒っていたのに、エリトはまだスイのことを心配してくれているのだろうか。だが。
「でも、今朝は簡単にガルヴァの前に出てったじゃないか。本当におれとのこと隠したいのか?」
「そりゃお前が全然起きてこないからだろ。俺、結構ノックしたし、何回も呼んだのに」
「……うるさかっただけか……」
「かもな。あ、そういえば、カムニアーナの話はなんだったんだ?」
ガルヴァが思い出したように言う。
「妙に団長と親しげだったじゃねーか。お前、精霊祭であの女が団長と話してるのを見たんだよな?」
「ああ、そのことなら昨日エリトに聞いたよ。カムニアーナにおれのことを聞いてたんだって。新しくやってきた守手が怪しいと踏んで探ってたみたい」
「なーんだ、そうなのか」
ガルヴァは声を立てて笑った。
「てことはやっぱりただの見栄っ張りの勘違い女じゃねーか! 団長はお前のことを聞いてただけなのに、仲良しになった気でいたとか笑えるわー」
ガルヴァはカムニアーナを嫌っているのでひどく愉快そうだった。スイもガルヴァに合わせて笑っておいた。
「あ! なにさぼってるんだよー!」
そこにジェレミーがやってきた。ふたりが座って談笑しているのを見たジェレミーは口をとがらせる。
「まだ全然できてないじゃないか! なのになんで喋ってるんだよ?」
「ごめんごめん。なにかあったのか?」
スイが立ち上がると、ジェレミーは腰に手を当てて言った。
「僕のほうはもう終わったから、報告しに来たんだよ」
「え、もう終わったのか?」
「うん」
想像以上にジェレミーは仕事が早かった。
「それはお疲れ様。ずいぶん早かったね」
「そう? 早く終わらせたほうがいいと思って急いで来たんだけど」
「あー、なるほどね。でも今日中に終わればいい仕事だから、そこまで急ぐ必要はないよ」
「そうそう」
ガルヴァもスイに同意する。
「あんまり急いでやると魔力切れを起こすぞ? 一日かけてやればいい仕事は、一日かけてゆっくりやればいいんだよ。適当に休みながらやって、頃合いを見て報告しに行くもんだ」
あまり新人にしないほうがいい話をもっともらしく説明する。やる気をそがれるような話にもジェレミーは素直にうなずいた。
「これからは気をつけるよ」
「うむ。それはそうと、早く終わったならこっちを手伝ってくれ」
「えっ」
「新人のうちはたくさん数をこなして早く慣れないとな!」
「あ、うん……」
もっともらしいことを言っているが、単に自分の作業を減らしたいだけだろう。スイはそう思ったが面倒なので黙っておいた。
ガルヴァはてきぱきと分担を決め直した。ジェレミーは少し不服そうだったが、おとなしくガルヴァが決めた場所に結界をはり始めた。
スイもジェレミーのそばで結界をはり始めたが、おしゃべりしてもいいと学んだジェレミーが早速話しかけてきた。
「ねえスイ、さっき考えてたんだけどさ」
「なに?」
「今度エリト様に会ったら、もう一人前の守手になりましたって報告しようと思うんだけど、どうかな? 褒めてくれるかな?」
スイの結界にぴしりと亀裂が走る。ジェレミーは恥ずかしそうに鼻を指でこすった。
「僕のこと忘れちゃわないうちに言いたいんだけど、どうすれば会えるかな? 騎士団本部の前で待ってればいいかな? 守手本部と近くだし、偶然ですねって言えば自然だよね?」
「……カムニアーナの話を聞いてあきらめたんじゃなかったのか?」
スイが聞くと、ジェレミーはぶんぶんと首を横に振った。
「あきらめないことにした! 僕のほうが優秀でかわいいってわかれば、きっとエリト様も振り向いてくれるよ!」
迷いのないまっすぐな目だ。まっすぐすぎてちょっと怖い。
ジェレミーの向こう側から、話が聞こえたらしいガルヴァがひきつった顔でこちらを見ている。スイはガルヴァと目が合うとこくりと小さくうなずいた。スイの意をくみ取ったガルヴァは、咳払いをしてジェレミーに話しかけた。
「ジェレミー、ちょっと聞いてほしいんだけど……。前も言ったけどヴィーク団長には想い人がいて――」
「それでもいいんだ! 僕は誰よりも魅力的になって団長を振り向かせてみせる!」
「でもその想い人っていうのが――」
「カムニアーナでも構わない! 確かにあの人は美人だけど僕には翼がある!」
「……翼?」
「そう!」
ジェレミーは大きな瞳をきらきらさせて愛らしくほほ笑んだ。
「それに僕は目くらましの結界が得意だから、誰にも気づかれずにどこへでも飛んでいけるんだ。カムニアーナの家だって場所さえわかれば窓から入れるよ!」
雲行きが怪しくなってきた。
「好きな人がいなくなれば、団長はきっと僕のことを見てくれると思わない?」
「怖い怖い怖い怖い」
ガルヴァは真っ青になってジェレミーに駆け寄った。
「家に行ってなにする気だ!? 犯罪だぞ!」
「玄関に鍵がかかってれば事故だと思われるでしょ?」
「そんな簡単にいくか! 有翼族のお前なら窓から入れるって疑われるぞ!?」
さっそく計画を崩されたジェレミーは眉根を寄せた。
「……確かに。これじゃだめかあ」
悲しげにふうとため息をつく。スイが口を開くと、ガルヴァはやめろと言わんばかりにスイをぎろりとにらんだ。しかしスイは構わずジェレミーに話しかけた。
「ジェレミー、おれが邪魔になったらおれを殺せる?」
ジェレミーはきょとんとしてスイを見つめた。
「えっ、なに言ってるの? スイは僕の命の恩人じゃないか。きみはエリト様の次に大事だよ。そんなことしないよ!」
がばりと抱きつかれ、スイはほっとしてジェレミーの背中をぽんぽんとなでた。
「そっか。よかった」
「そんなこと気にするなんて変なのー」
「そうだよなあ」
「あはは」
「あははは」
二人の会話を聞いていたガルヴァが急にお腹を押さえた。
「……なんかお腹が痛くなってきた。ちょっと薬買ってくる……」
「えっ、どうしたの? 大丈夫?」
ジェレミーが心配そうに声をかけたが、ガルヴァは前屈みのままよろよろと歩いていった。
ジェレミーのおかげでその日の仕事は早く終わらせることができた。最後に監視塔の見張り台に登って攻撃よけの結界をはり、スイの作業はすべて完了した。
スイは見張り台からデアマルクトの街並みを見下ろした。灰色の石造りの、無骨だが整然とした街。大聖堂の鐘楼から午後三時の鐘が響いてくる。
外敵を監視するための塔なので、外壁の向こうに広がる一面の畑までよく見渡せた。門から街道がずっと先まで続き、人や馬車が行き来している。少し先にジェレミーがいた森と、さらに奥に隣町が小さく見える。街道沿いにはぽつぽつと民家がある。あの中の一つにスイとジェレミーが捕まっていたのだろう。
スイは大きなあくびを一つした。今日は誰にも邪魔されずにゆっくり眠りたい。
担当分の結界をはり終えたガルヴァとジェレミーは先に帰ってしまっている。スイもニーバリに報告して早く帰ろうと早足で階段を降りた。
「スイ」
監視塔を出ようとしたとき、後ろから誰かに呼び止められた。振り向くとカムニアーナが立っていた。
「……どうしたの?」
いつの間にここまで上がってきていたのだろう。カムニアーナの持ち場はここではないのに。
カムニアーナはなにやら思い詰めた表情をしていた。眉尻をつりあげ、少し顔色が悪い。
「どうして黙ってたの?」
「なにを?」
「エリト様のことに決まってるでしょ!」
急に甲高い声で叫ばれて、親の仇のようににらまれた。
「あんたエリト様とどういう関係なの? エリト様と親しいならそうと言えばよかったじゃない!」
「えっ……」
「なんで知らないふりしてたの? なにも知らない私を見て馬鹿にしてたわけ? そんな意地の悪いやつだとは思わなかった!」
「エリトがおれのことなにか言ったのか?」
言ってから失言だったと気がついた。ヴィーク団長と言うべきだった。カムニアーナは怒りに顔を真っ赤にした。
「名前で呼べるくらい仲良しですって自慢したいわけね……! ひどすぎるわ……エリト様とお話できて浮かれてた私が馬鹿みたいじゃない!」
「カムニアーナ……」
「あんたは人を傷つけて楽しんでるのよ。そのつもりがなくてやってるなら真性の人でなしだわ。人の心がわからないクズよ!!」
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