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三章 恋情と嫉妬
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しおりを挟む西の監視塔にはガルヴァのほか、ニーバリとジェレミー、カムニアーナが来ていた。
「遅いぞスイ」
「すみません……」
スイが遅れてやってくるとニーバリが注意した。
「今日は急ぎの依頼だし、作業量が多いからジェレミーにも来てもらった。ちゃんとジェレミーの面倒を見てやれよ」
「はい……」
ニーバリはスイたち四人に仕事の説明をしてそれぞれの持ち場を伝えた。スイはジェレミーと一緒にジェレミーの持ち場に向かった。ふと、カムニアーナににらまれた気がして振り向いたが、カムニアーナはすでにスイに背を向けて自分の持ち場に向かっていくところだった。
「ジェレミー、さっき聞いた通り今日は悪人よけの結界をはる。できそうか?」
「仕事でやるのは初めてだね。でも、できると思うよ」
「そうか。じゃあやってみてくれ」
「うん」
ジェレミーはスイに背を向けて結界をはり始めた。初めての仕事とは思えない、よどみない手つきだ。均一でしっかりとした結界が作り出されていく。
「……できてるな……」
下手するとスイよりうまいかもしれない。スイはジェレミーの才能に舌を巻いた。ニーバリが最初から気に入るはずだ。
一カ所はり終えると、ジェレミーはぱっと振り向いた。
「どう?」
「あー……うん。問題ないかな」
「出来映えはどう?」
「いいよ。というか……すごく上手だ。驚いたよ」
「本当に? やった!」
ジェレミーは喜んでその場で軽くジャンプした。スイはその子供のような喜び方に笑った。
「あはは……もうおれから教えることはないな。この調子で頼むよ」
「わかった!」
ジェレミーはうなずくとはりきって次の結界に取りかかった。すぐに表情を切り替えて集中している。スイはジェレミーの邪魔にならないよう、静かに自分の持ち場に向かった。
監視塔の裏手につくと、なぜかガルヴァがスイの持ち場に結界をはっていた。ガルヴァは作業の手を止めずにちらりと視線だけを寄こし、よう、と声をかけた。
「大変そうだから手伝ってやるよ。だから、わかるな?」
「ああ……」
スイも隣に立って結界をはり始める。
「……なにから話せばいいんだ?」
「全部だよ。ぜーんぶ。出会いから順番にな」
スイは考えこんだ。エリトとの出会いを話すには、ファリンガー家について説明する必要が出てくる。しかしそれはスイの秘密に関わることなので、おいそれと言うわけにはいかない。
ガルヴァはスイとエリトの関係を知りたいだけなので、その辺りはうまく隠して話せばいいだろう。
「エリトと出会ったのは五年前だ。オビングっていう町に騎士団が仕事で滞在してたときのことだよ」
「やっぱり。フェンステッド隊長が言ってた、団長が遠征先で作った恋人っていうのが、お前なんだな?」
「……そうだ」
「はは、おもしろくなってきた! それで? どうやって団長と知り合ったんだ?」
「……おれの住んでた家が火事になって。家の中に取り残されて焼け死にそうになってたところを助けてもらった」
予想外の話だったのだろう。ガルヴァの表情が変わった。
「え……それってお前が引き取られたっていう家族の家か?」
「そう」
「……お前の養父母は?」
「死んだよ。おれだけが助かったんだ」
実際は騎士団に捕まって監獄に入れられたのだが、二度と会わないのだから死んだも同然だ。
「そうなのか……」
「そんな顔しないでくれ。終わったことだし、悲しくないから」
淡々と言うスイにガルヴァは眉をひそめたが、それ以上追求しようとはしなかった。
「家が焼けたおれに行くところはなかった。おれは元孤児で、ほかに知り合いもいなかったから。エリトはそんなおれを気の毒に思って、自分が借りてる家に置いてくれたんだ」
「すげえ。優しいんだな」
スイはこくりとうなずく。
「……ああ。おれもそう思うよ」
エリトがこれだけ民衆に慕われているのは、美しい見た目や強さだけが理由ではないとスイは思っている。エリトは弱い者に迷わず手を差し伸べることができる。王国を護る騎士団の長として、これほどの適任はない。
スイはガルヴァにオビングでどうやって暮らしていたか話して聞かせた。エリトと一緒に暮らし、そのうち恋人になったこと。森の泉での一件は省いた。
スイの一日の様子を聞くと、ガルヴァはただの嫁さんじゃないかと言って笑った。朝にエリトを見送り、家で掃除や洗濯をして、夕食の支度をしてエリトの帰りを待つ毎日。そう言われても仕方がない。
「でもフェンステッド隊長の話だと、お前は急に団長の前から姿を消したそうじゃないか」
「……ああ」
「どうして!?」
「……エリトが、怖くなったから」
「はあっ?」
ガルヴァはスイに非難の目を向けた。スイはガルヴァの視線から逃れるように顔を背ける。
「怖いってなにが? それだけいろいろしてもらっといて、なんでそんな風に思えるんだよ?」
「……このままいくと、外に出られなくなるって思ったんだ」
ファリンガー家にいたころのように、部屋に閉じこめられる生活に戻ってしまうと恐ろしくなった。エリトが過剰にスイを心配する様子が昔のディリオムと重なった。
ディリオムはだんだんおかしくなっていき、気づいたときはもう手遅れだった。厳重に鍵をかけられて部屋から出られないようにされた。ディリオムはスイを愛するあまり、スイが言うことを聞かないと殴って無理やり従わせるようになった。これはきっと、精霊族の姿を見た者がかかる呪いなのだ。
大好きなエリトにそんな風になってほしくなかった。自分のせいでエリトが壊れてしまうのはいやだった。だから、エリトがディリオムのようになってしまう前に逃げ出した。
スイはガルヴァにエリトの態度が変わったことを話した。しかし、ディリオムのことを知らないガルヴァにはスイの不安が理解できなかった。
「そんなのお前の思いこみだろ? 団長が家に鍵をかけたのは、追ってる犯罪組織からお前を守りたかっただけじゃねーか!」
ガルヴァは仕事を中断し、スイの隣に来て強い口調で責め始めた。
「いくらなんでもそれはひどいと思うぞ。不安に思ったなら、それを言うとか副団長に相談するとかすりゃよかったんだ。なにも言わずに出てくなんてあまりにも……。それなのに団長は四年間もずっとお前を心配して捜し続けてよぉ……。お前、良心が痛まないのか?」
「……悪いことをしたとは思ってる。まさかまだ探してるとは思わなかった」
「お前なあ……」
ガルヴァはあきれ果てたようだった。
「友達だから言うけど……お前の行動は最悪だぞ。心の底から団長に同情するわ……」
スイはなにも言わなかった。
「それで、団長から逃げてトーフトーフなんて北の僻地まで行ったわけ?」
「そう」
「でもデアマルクト勤務になっちまったと?」
「そう……。デアマルクトについたらちょうどエリトが遠征から戻ってきて、隠れきれなかった」
「いつ見つかったんだ?」
「精霊祭のときに……」
「へえ……それは全然気づかなかったな。団長はお前を見てなんて言った?」
「なんでいなくなったんだって詰められた」
「だろーな」
ガルヴァは仕事をする気分ではなくなったらしく、段差になっているところに腰をおろした。
「それで、勝手に出て行ったことについて許してもらえたのか?」
「うーん……まだちゃんと話してない」
「え、なんで。しょっちゅう部屋に来るんだろ?」
「来るけど……」
スイが口ごもるとガルヴァは、ああ、と言ってほくそ笑んだ。
「そういや、来てもヤるだけだって言ってたな」
「……まあ……そんなとこだ」
「ほほう……やっぱり団長ってあっちもすごいの?」
「だまれ」
「はは、まあいいや。その話は今度酒を飲んだときにでもゆっくり聞くわ」
「…………」
「だけどさ、真面目な話、機会はあるんだからお前からちゃんと話をすればいいだろ? そうすれば団長もわかってくれるかも」
「でも……なんか怖くて……」
「またそれかよ……。お前がちゃんと言わないからこんなことになってんだぞ? まだ団長のこと好きなんだろ?」
「好きじゃない」
スイはきっぱりと言い切った。ガルヴァはゆっくりとスイを見上げる。スイはガルヴァの隣に膝を抱えて座った。
スイはもう昔のようにエリトのことを想ってはいない。以前のような、心からあふれ出る感情はどこにもない。
「そういう風には思ってない……」
もう一度繰り返す。恋心の残滓のようなものが腹の底でうごめいた。エリトを見ると鎌首をもたげる厄介な生き物がスイの中にまだ巣くっているが、スイはそれを押しこめて見ないふりをしている。今さら元に戻りたいなんて言えない。自分にそんな資格はない。
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