銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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三章 恋情と嫉妬

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 休みを取っているあいだの夜中、再びエリトがスイの部屋にやってきた。寝こみを襲われ、またでろでろになるまで快楽責めにさせられた。ことが終わるとエリトはすぐに窓から帰っていった。

 会話はほとんどなかった。質問されることもなくどこか突き放すような態度で、スイはエリトが怒っているのを体で感じ取った。抱くことでたまった怒りをぶつけられているような気がする。

 エリトが怒っていないわけがない。スイはエリトにひどいことをしたのだ。囚われているところを助けてもらい、家に住まわせてもらって面倒を見てもらい、生活に必要なことを教えてもらった。愛してもらい、スイもエリトを愛した。それなのにスイは突然家を出て行って姿を消した。怒らないほうがおかしい。

 今さら許してもらおうとは思っていない。どんな理由があれ、スイのほうからエリトに背を向けたのだから。



 エリトのせいであまり気の休まらない休暇のあと、スイはローブを着て守手本部に向かった。少し寝坊してしまい、急ぎ足で本部に入った。

「スイ! やっと復活か?」

 同じくニーバリの下で働く守手のビリスがスイに気づいて話しかけてきた。

「ああ、今日から復帰するよ。仕事のほうはどう?」
「しょっちゅう治安維持部隊が来ててそれどころじゃなかったよ。ニーバリさん、だいぶしぼられたみたいでさ」
「はは……そうなんだ」
「でもそれも終わったみたいだから、ちょっとニーバリさんに聞いてきてやるよ。談話室で座って待ってろ」
「ありがとう」

 どうやらスイがひどい目に遭ったことは周知の事実のようだ。気を遣ってもらい、スイは談話室でビリスが帰ってくるのを待った。談話室は今日も守手たちでにぎやかだ。まだ忙しい時期は来ていないらしい。

「スイ」

 名前を呼ばれて振り向くと、ガルヴァがこちらに歩いてくるところだった。なにやら難しい顔をしている。

「やあ、ガルヴァ」
「ちょっと一緒に来てくれ」
「え? でも」
「いいから」

 ガルヴァは無理やりスイを連れ出した。

「どこ行くんだよ」
「ニーバリさんのところだよ」

 ふたりは階段を上がり、ニーバリの執務室に入った。部屋の中ではニーバリとジェレミーが立ち話をしている。ジェレミーはスイに気づくと花咲くように笑った。

「スイ!」
「ジェレミー……?」

 ジェレミーは守手の黒いローブを着ている。どうしてジェレミーがここにいるのだろうか。しかも守手の格好をして。

 状況の見えないスイがきょとんとしていると、ジェレミーは両腕を広げてスイに自分の姿を見せつけた。

「僕も守手になったんだよ! びっくりした?」
「ええっ!?」

 スイがすっとんきょうな声を上げると、ジェレミーは驚くスイを愉快そうに眺めた。

 ニーバリは口にこぶしを当てて咳払いをした。

「実は、騎士団から彼が守手希望だと言われて引き渡されたんだ。もちろんなりたいからと言ってなれるものじゃないけど、テストしたところなかなか優秀なやつでな。集中力があるし、すでに目くらましの結界の達人だったんだ」

 ジェレミーは照れていやいや、と手を振った。

「住みかを隠すのに使ってただけですよ。あと目立たず飛ぶために必要だったので……」
「いや、独学でこれだけできれば大したもんだ。ほかの結界については教えるから、だんだん覚えていってくれればいいさ。彼らに聞いて学んでくれ」

 ニーバリはスイとガルヴァを指さした。ガルヴァはスイの肩にぽんと手を置く。

「だそうだ。頼んだぞ」

 スイはいらっとしてガルヴァをにらんだ。どうやらジェレミーの指導を丸投げするために呼びつけられたらしい。

「よろしくね!」

 ジェレミーはにこにこしてスイの手を握った。無垢な笑顔を向けられたスイは、ジェレミーの期待をむげにも出来ずに笑い返した。

「ああ、よろしくな」

 スイはふとジェレミーに違和感を感じた。地下で出会ったときと同じ金茶の髪に、期待に満ちたきらきらとした瞳。人形のように整った顔立ち。

「あれ……翼は?」

 だが、背中にあったはずの大きな翼がどこにもなかった。今はごく普通の美青年にしか見えない。

「これね、魔法でしまってるんだよ。僕この魔法が苦手で、町中にいるときに魔法が解けて翼を出しちゃって追いかけられたりすることが何度もあったんだけど、きちんと教えてもらったら出し入れが自由になったんだ。これなら有翼族だってばれないから、デアマルクトで普通に暮らせるよ!」

 こともなげに言われてスイは目を丸くした。ジェレミーが騎士団に保護されてからまだ数日しか経っていない。たった数日で獣人族の証を隠す魔法をマスターしてしまったのなら、確かにニーバリの言う通り優秀な人材だ。

「……魔法の才能があるやつは好きじゃねえ……」

 隣でガルヴァがぼそりと呟いた。ジェレミーの存在は、魔法のエリートの家系に生まれながら魔法が苦手なガルヴァのコンプレックスを刺激するらしい。スイはちょっとだけガルヴァを気の毒に思った。しかし、だからといってジェレミーを丸投げしていいとは言っていない。

「スイ、新入りに本部の案内を頼む」

 ニーバリに言われてスイはうなずく。

「わかりました。……おい、ちょっと待てよ」

 スイは帰ろうとするガルヴァの腕をつかんで引き止めた。

「な、なんだよ。俺の役目は終わったろ」
「終わってねえんだよ……。おれもまだ新人なので一緒に来てもらえますかねぇ? 先輩・・?」
「お……おう……」

 ガルヴァはぎこちなくスイに笑いかける。スイはガルヴァの腕をつかんだまま、朗らかにジェレミーに声をかけた。

「ジェレミー、おれとガルヴァで案内するよ。行こうか」
「うん!」

 スイはガルヴァとジェレミーを連れて本部の中をひととおり回った。そのあと、外に出て商店街を散策した。

 ジェレミーは大きな街を見るのは初めてで、あれはなにこれはなにとガルヴァを質問攻めにした。森暮らしが長く世間知らずのジェレミーは、憧れの王都に子供のようにはしゃぎまわっている。その無邪気な様子を見て、最初は面倒そうにしていたガルヴァもだんだん楽しそうに説明し始めた。

 スイははしゃぐジェレミーを見て嬉しくなった。ジェレミーが奴隷として売られなくて本当によかった。

 お昼時になったので、三人はガルヴァおすすめのパン屋でサンドイッチを購入し、守手本部に戻って談話室で一緒にサンドイッチを食べた。

「ジェレミーはどうして守手になろうと思ったんだ?」

 スイがたずねると、ジェレミーは口いっぱいにサンドイッチをほおばったまま答えた。

ほほここにいばまふぁヴィーク騎士団長に会えと思っ!」
「がふっ」

 スイは思わずサンドイッチを喉につまらせかけた。

「んぐ……っぷは。な、なんでまた……」
「スイだって知ってるでしょ? 僕たちをあそこから助けてくれた人だよ。あのとき本っ当にかっこよかったんだから!」

 ジェレミーはかわいらしく頬を染め、うっとりと目を細めた。

「あの夜、僕は手足をしばられて馬車に乗せられたんだ。泣いたら静かにしないと口も縛るぞって脅されて、もうおしまいだって思った。このまま汚い金持ちに売られてペットとして飼い殺しにされるんだって思った」
「……そうか」
「もう助けなんか来ないってあきらめた。でもそのとき、ヴィーク団長が来てくれたんだ。馬を駆る音と剣を鞘から抜く音、今でも思い出せるよ。人さらいのやつらが気づいて襲いかかったけど、ヴィーク団長はあっという間に全員蹴散らしちゃった! 本当にめちゃくちゃ強かったよ」
「団長の強さは王国一だからな」

 ガルヴァが言う。

「その実力でもって成果を上げまくって、史上最年少で騎士団長に抜擢された剣の天才だ」
「そうなんだ! 僕、あんなにかっこいい人を見たのは初めてだったよ。だから僕、あの人の近くに行くために騎士団に入ろうと思ったんだ。でもそれは無理だって騎士団の人に言われちゃった」
「そりゃそうだ」
「でも守手ならなれるかもしれないって言われたから、守手になることにしたんだ! ここにいればまた団長に会う機会もあるだろうしね」

 どうやらジェレミーは危ないところを助けてくれたエリトに一目惚れしたようだ。ジェレミーはエリトのすばらしさについてこんこんと語り始めた。スイはぽかんとして話を聞いた。よくもまあそんなにエリトを褒める語彙がぽんぽん出てくるものだ。

「な? 初めて団長を見たやつは普通こうなるんだよ」

 ガルヴァがしたり顔でスイに言う。

「興味なしのお前のほうが変なんだってば」
「そんなわけあるか」
「あるんだよ。目の前のやつを見てみろ」

 ジェレミーは濡れた目であさっての方向を見つめていて、完全に魂を抜かれている。スイはジェレミーの顔の前で手を振ったが反応はなかった。

「……どっか行っちゃってる」
「だろ? おいジェレミー、期待してるとこ悪いんだけど、騎士団長には手が届かないからな。お前みたいに団長に懸想するやつは山ほどいるんだから」

 しかしジェレミーはにっこりと笑った。

「大丈夫だよ。僕はよくかわいいって言われるし。顔見知りにもなったし、見こみあると思う」
「自信家だな……。でも守手になったって団長と会う機会はないぞ」
「えっ? だって一緒に仕事することがあるんでしょ?」
「騎士団と仕事で関わることは確かにある。でも団長が守手の仕事場に来ることなんかねーよ。せいぜい団長の依頼で仕事がまわってくるくらいだよ」
「そうなの?」

 ジェレミーはあからさまにがっかりしたようだった。スイはかける言葉が見つからず、首筋の噛み跡を服の上からぼりぼりとかいた。

「そうね、普通はエリト様とお話することなんかできないわね」

 突然上から声が降ってきた。見上げると、カムニアーナがスイたちのテーブルのそばに立っていた。にこにことして上機嫌だ。ガルヴァはカムニアーナを見るとうざったそうに顔をそらした。
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