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一章 王都と精霊祭
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しおりを挟む「そこでなにしてる!」
扉を開け放って叫ぶと中から二人ぶんの悲鳴がした。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
そこにいたのは下半身まるだしの男と裸の若い女だった。男の陰茎は硬くそそり立っている。どうやらお楽しみ中だったらしい。二人は驚いて長椅子の上で抱き合っている。
「…………」
「いや、違うんだ、ここが開いてたからつい……」
男はへらりと笑って言い訳をする。スイは二人に近づきたくなかったので、入り口に立ったまま腕を組んだ。
「鍵がかかってたはずだし、なんなら結界もはってあった。どっちも破って入ったな?」
「あ、あれー? おかしいなあ……」
「……憲兵を呼ぶ。そこで服着て待ってろ」
「ま、待ってくれよ! 悪かった、謝るから見逃してくれ! 別になにも盗んでねえよ!」
男の焦りようからスイは二人の関係を悟った。
「……お前、既婚者だろ」
「うぐっ」
「で、そっちの人は愛人だな」
「うぐぐっ」
若い女は脱いだ服を抱えて体を隠しながら、ちがうわ、と叫んだ。
「わたしとこの人はもうすぐ結婚するの! わたしが奥さんになるのよ!」
女は男の腕をつかんで揺すった。
「ねえ、見つかっちゃったんだからもういっそ公言しちゃいましょうよ。わたしたち結婚しますって。そうすれば問題ないでしょ?」
「え、ええ……? いやそれは……」
「だって奥さんとは別れるんでしょ?」
「いや……そうなるかもしれないって言っただけで、べつに別れるって決まってるわけでは……」
「えっ……? 嘘でしょ?」
「きみと一緒にいるのは楽しいけど、嫁と子供を放り出すわけにはいかないっていうか……」
「こ、子供いるの!? ずっと嘘ついてたの!? 信じられない!!」
「きみには本当に悪いと思って――」
どうでもよくなってきたスイは、ばたんと扉を閉めて大声で憲兵を呼んだ。近くを警備していた憲兵が駆けつけてきて、中から泣きじゃくる女とぼこぼこに殴られた男が出てきて連行されていった。
スイは広場に戻るとぐったりと石柱にもたれた。一刻も早く祭が終わってほしい。
「よう」
黒いローブを着た緑髪の青年が声をかけてきた。仮面をつけているがガルヴァだとすぐにわかった。
「だいぶ疲れてるみたいだな」
「当たり前だろ……たった今、不倫カップルを憲兵に引き渡したところだ」
「ぶははは! なに、どっかにしけこんでヤってたってこと?」
「……そう……」
「はははっ、大当たりじゃねえか! 俺も去年似たようなの見つけたぜ。結界破ってまでヤろうとする性欲の強さよ」
「デアマルクトってけがれてんだな……」
「都会は誘惑が多いからな。ま、もうちょっとの辛抱だよ」
ガルヴァはひとしきり笑うと自分の持ち場に戻っていった。
スイは石像の台座に登って腰かけ、高いところから広場を見渡した。すると、派手な装飾を施した馬車の一群がやってきて人々が歓声を上げた。馬車の荷台には色とりどりの仮面と帽子を身につけた女性らが乗っていて、民衆に向かって花やら果物やらを投げていく。人々は両手を突き上げて投げられるものを受け取ろうとがんばっている。
馬車が去っていくと喧噪は一段落したが、すぐにまた入り口のほうが騒がしくなった。またかと思って見てみると、やってきたのは馬車ではなく騎士団の一行だった。一行は人ごみをかき分けながらゆっくりと歩いてくる。全員銀の仮面をつけているが、騎士団の団服を着ているのでバレバレだ。
ひときわ背の高い金髪はエリトに違いない。さっそく女の子たちが騎士団に群がってきゃあきゃあ言いながら話しかけている。騎士団員たちも声をかけられれば返事をして軽く会話している。
団服を着ているということは仕事で来たのだろうが、この大騒ぎでは仕事どころではないだろう。エリトの仮面は顔の上半分を覆うだけのもので、口元がよく見える。話しかけられると簡単に受け答えをしているが、とても面倒そうでさっさと先に進みたそうだ。
「こんなところに団服で来たらそうなるってわかるだろ……」
スイは誰にともなく呟いた。
エリトたちは人ごみをかき分けて徐々に広場を進んでくる。だんだんスイのいる石像のほうに近づいてきた。台座に腰かけているスイからは騎士団がよく見える。ということは騎士団からもスイがよく見えるはずだ。
スイは一瞬ひやりとしたが、守手のローブを着こんで仮面をつけ、さらにフードをかぶっているので気づかれることはないだろうと思いその場を動かなかった。スイの仮面は顔全体を隠すものなので見られても問題ない。
しかし、騎士団の一行がすぐそばまで来てしまい、さすがに体に緊張が走った。積極的な女の子たちに囲まれた彼らの歩みは遅い。スイはどきどきしながら自分の膝を見つめて彼らが去るのを待った。
ふと気になって顔を上げると、石像の脇を通り過ぎるエリトと目が合った。エリトはスイをじっと見上げている。スイの心臓が早鐘のように鳴り始める。その鋭いまなざしに捕らわれて目がそらせなくなった。
「エリト様!」
まずいと思ったとき、誰かがエリトに話しかけてエリトの気がそれた。エリトに話しかけたのは黒いローブを着た守手だった。長い茶髪のあいだから白い耳が見える。カムニアーナだ。
「こんにちは! 私です、わかりますか?」
カムニアーナもエリトと同じく顔の上半分だけの仮面をつけていて、口元をほころばせているのがわかる。エリトはカムニアーナを見て、ああ、と笑った。
「きみか」
「はい!」
「ちょうどよかった、また話を聞かせてくれるか」
「もちろんですわ」
スイは二人の会話を聞いて驚いた。カムニアーナはエリトと親しかったのか。さきほどまで女の子に話しかけられても一言二言しか返していなかったエリトが、カムニアーナとはもっと話したがっている。カムニアーナは声をうわずらせ、エリトと話せるのが嬉しくてたまらないといった様子だ。
スイは急激に気分が悪くなった。二人はいつの間に仲良くなったのだろう。カムニアーナはゾールが好きだったはずなのに。
「なんだよ、自分だってさぼってるじゃないか……」
スイは調子のいいカムニアーナに無性に腹が立ち、無理やり二人から視線をそらした。二人がどんな話をするのか気になったが、これ以上近くにいたくないのでそっと台座からおりて人ごみにまぎれこんだ。
エリトはカムニアーナと話しながら不意に顔を上げ、先ほどまでスイが椅子がわりにしていた石像を見上げた。しかしそこにはもう誰も腰かけていない。エリトは仮面の奥で目を細めた。
定位置を失ったスイは落ち着き先を探してうろうろしていた。緑岩の広場を離れ、なるべく騒がしくないところを探して歩く。
フードを外してぷらぷら歩いていると、ゾールとばったり出くわした。仮面をつけているが、灰色の髪で毛先がピンクという独特の頭髪はゾール以外にあり得ない。
「ゾール?」
声をかけるとゾールはうろんげな目を向けてきたが、すぐにあっと明るい声を上げた。
「なんだスイか! そんなでっかい仮面つけてるから全然わからなかったじゃないか」
ゾールが笑って言う。顔全体を覆う仮面は流行遅れなのであまりつけている人はいない。スイは顔を隠すためあえてこの仮面を選んだが、重い上に呼吸がしにくいのでつけ心地は今ひとつだ。
ゾールはいつもの深緑の制服姿ではなかった。しかも左腕には体の線がはっきり見える扇情的なドレスを着た女性が絡みついている。彼女は豊満な胸をゾールに押しつけている。
「仕事中じゃないのか……?」
スイが不思議そうに言うと、ゾールはあっけらかんと笑った。
「あはは、まさか。オレ今日は非番だよ」
「え!?」
犯罪組織の人間が祭の参加者に混じってうろついているときに、治安維持部隊の隊長が仕事をしていないとは何事だろうか。守手や憲兵は毎日出ずっぱりで、今日は騎士団までやってきているというのに。
「だってせっかくのお祭りなのに、楽しまないとだろ?」
ゾールはそう言い放ったが、スイが驚いていることを察して、
「もちろん交代で詰めてる奴はいるから、なにかあったらそっちに報告してね」
と付け加えた。
スイは仮面の奥であきれ果てた。交代で詰めてる奴はいるということは、ゾール以下大多数の隊員が交代で仕事を休んで祭に参加しているということだろうか。だから人手が足りなくて守手が全員かり出されているような気がする。
スイはちょっぴりゾールに殺意が湧いた。スイがこれだけ忙しく飛び回っているというのに、きれいな女性を連れてのんきに遊んでいるとは。
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