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一章 王都と精霊祭
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しおりを挟む二人が話していると、後ろからこつこつと足音が近づいてきた。スイは笑いながら振り向いたが、そこにいるのがカムニアーナだとわかると笑顔が消えた。カムニアーナの背後には、腰巾着らしき若い男の守手が二人付き従っている。
「……なにか用?」
カムニアーナはスイを冷たく見下ろす。
「ひまそうだけど、もう仕事は終わったの?」
「終わったけど」
「ならこんなところでさぼってないで、早く報告しに行ったほうがいいと思うけど? 失敗続きなのによくのんびりしてられるわね」
カムニアーナはあからさまにスイを挑発する。ここで問題を起こせば、後ろの二人がカムニアーナに都合のいい話をニーバリにするに違いない。スイはいらだちをぐっと抑えてにこりと笑った。
「そうだね。今から行ってくるよ」
スイはガルヴァに目配せして一緒にその場をあとにした。ガルヴァは迷惑そうにカムニアーナをにらんだが、スイの考えを察してなにも言わないでいてくれた。
スイとガルヴァが見えなくなると、カムニアーナは肩を落として悲しそうな顔をした。
「最初からあんな態度じゃ困るわね……。あの人が本当にここでやってけるのか心配だわ」
「本当だね。カムニアーナの言った通りだ」
一緒にいた守手の片方がそう言うと、もう片方もうんうんとうなずいた。
「ろくに結界もはれないのにまるで危機感がないな」
「でしょう? あの二人と組まされてた私の苦労がわかるわよね?」
「よくわかるよ」
「大変だったね、カムニアーナ」
二人は口々にカムニアーナにねぎらいの言葉をかけた。美人のカムニアーナに構ってもらえて舞い上がっている。
「ねえ、どうやったらあの人がきちんと仕事するようになると思う? あの程度の失敗で反省しないなら、もっと大きな失敗をさせてやれば少しはやる気になるかしら?」
「え……大きな失敗をさせるの?」
「もちろん私があとのことはきちんとやるわよ。このままじゃ新人のためにならないから、心配して言ってるの」
「あ……ああ、そういうこと。ならいいんじゃない?」
「カムニアーナは優しいね!」
「ありがと」
二人に肯定されてカムニアーナはにっこりと笑った。
「誰の話?」
突然誰かが話に割りこんできた。カムニアーナと取り巻き二人は声のしたほうを向き、口をあんぐりと開けた。そこに立っていたのはエリトだった。後ろにはフラインもいる。
「エ、エ、エリト様!?」
カムニアーナは耳まで真っ赤になって悲鳴じみた声を上げた。
「歩いてたらたまたま話が聞こえてきたんだけど。最近新しい守手が来たのか?」
エリトは朗らかにたずねたが、憧れの騎士団長を前にカムニアーナはパニックで返事どころではない。おろおろするカムニアーナを見下ろし、エリトはおかしそうに口角をつり上げた。
「驚かせちまったな」
「い、いえ、とんでもございません」
カムニアーナは急いで髪の毛をなでつけて整える。
「あの、はい、確かに先日新しい守手がデアマルクトに来ました。その人があまり結界がうまくなくて、真面目に仕事してくれないから、どうしたらいいのかなって相談してたんです。注意しても言うこと聞かないで友達とずっと喋ってる有様で、指導する側として大変で……」
「そいつの名前は?」
「えっと、スイ……スイ・ハインレインです。確か」
「……どんな奴だ? 何歳?」
「歳は……たぶん二十歳過ぎくらいかなと……」
「見た目は?」
「見た目……? 黒髪の普通の男の人ですけど……。あ、あと花族です」
エリトに質問攻めにされ、カムニアーナはどもりながらもひとつひとつ答えた。エリトはカムニアーナの話を聞いてじっと考えこんだ。カムニアーナは思案するエリトの横顔にぼうっと見惚れている。
「……守手は今、精霊祭の準備をしてるんだったな?」
「は、はい。そうですわ」
「精霊祭当日も仕事があるよな?」
「はいっ、あります」
「そうか……。わかった、ありがとう。あとでまた話を聞かせてくれ」
「は……はい!」
エリトはそう言うとフラインを連れて去っていった。カムニアーナはエリトに声をかけられた幸運にしばらく放心状態だった。
「あの子のことだと思ったのか?」
並んで歩きながらフラインがエリトに声をかけた。フラインはエリトの昔からの友人で、数少ない気の置けない存在だ。長めの白髪で目の下にはクマがあり、顔色は悪いものの秀麗な美貌を持っている。いつも体調が悪そうに見えるが、エリト同様剣の達人だ。エリトが騎士団長となってからは副団長としてエリトを支えている。
「……特徴はあってるだろ」
エリトがぼそっと言うと、フラインはうーんとうなる。
「でも、花族の黒髪の男なんていっぱいいるよ。前もそう言ってて違っただろ?」
「まあな……そんな生意気な奴じゃねえし」
「ああ、確かに今の話を聞く限り性格が全然違うよな。スイって名前は合ってるけど姓も違うし。まあ、ファリンガーを名乗り続けるとは思わないけど……。でも、あんまり期待しないほうがいいんじゃないか?」
「……わかってるさ。こんなところにあいつがいるわけねえ……」
そう言うエリトの表情は曇ったままだった。
◆
ついに精霊祭の日がやってきた。精霊祭は十日間にわたって盛大に行われる。デアマルクトはお祭り一色で、朝から晩まで大にぎわいだった。男も女も老人も子供もみんな浮かれて歌い踊っている。
大通りでは豪華な仮装行列が楽器をかき鳴らしながら歩いている。人々は精霊を模した銀色の仮面をつけ、昼間から酒をかっくらいながら仮装行列を眺めている。
スイも仮面で顔を隠し、祭のメイン会場である緑岩の広場に向かった。しかしスイは祭を楽しむことができない。守手は全員、会場の警備に当たらないといけないからだ。
緑岩の広場は国中の人間が集まったのかというほどの群衆であふれかえっていて、もはや足の踏み場もない。みんな汗だくになりながら踊り狂っている。ここで連れとはぐれたら二度と再会することはできないだろう。
スイは石像の台座によじ登って腰かけ、仮面をつけた人々をぼんやり眺めた。おそらく偉い人の石像だろうが気にしない。真っ黒なローブを着てフードをかぶった仮面の男が見ていることなど誰も気づかず、人々はスイの目の前をどんどん通り過ぎていく。
昨夜遅くまで人よけの結界をはっていたので、スイは眠くてたまらなかった。
「せっかくのお祭りなのに……ん?」
自分のはった結界に異常を感じてスイは意識を集中させた。ここからでは見えないが、確かにスイの結界に弾かれた者がいる。
「憲兵!」
スイは近くの憲兵に手を振った。憲兵はすぐに気づいて近づいてきた。
「西の植物園に侵入を試みた者がいます! 数は一人!」
「わかった!」
憲兵はうなずくと人混みにまぎれて見えなくなった。スイは再び石像にもたれかかったが、しばらくもしないうちに再び悪人よけにひっかかった者を感知して憲兵を呼んだ。
精霊祭の参加者は全員仮面をつけていて顔がわからない。それを良いことに祭の裏で怪しい集会が行われることがよくある。犯罪者たちにとっては格好の密会チャンスなのだ。そういった連中が潜りこまないように憲兵が厳重な警備網をしき、念のため大事な建物の周囲には結界もはっておく――はずなのだが、憲兵の目をかいくぐってやってくる連中があきれるくらいに多い。おかげでスイは毎日のように憲兵と一緒に会場の周辺をかけずり回るはめになった。
「憲兵!」
三日目、結界が破られた気配がしてスイは憲兵を呼んだ。しかし周囲の憲兵は出払っていて誰もいない。
「くそ、おれが行かなきゃいけないのか……!」
スイは悪態をついて結界が破られた場所に走った。そこは憲兵の古い詰め所で、今はほとんど使われていない建物だった。扉は閉められているが人よけの結界は見事に破られている。スイは息を整えてから勇気を出して中に踏みこんだ。
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