銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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一章 王都と精霊祭

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「ずいぶん親しそうだったけど、ゾール様と寝たことあるの?」
「ま、まさか!」
「でも花まで飛ばしちゃって、すごく嬉しそうにしてたじゃない」
「また会えると思ってなかったから、ちょっと嬉しくなっちゃっただけだよ。だから変な勘ぐりはやめてくれ!」

 スイは必死になって弁解した。とんでもない勘違いをされている。ゾールはただの友達なのに、そんなことあるわけがない。

 カムニアーナは疑わしげにスイを頭のてっぺんからつま先まで眺めたあと、ならいいけど、と言って去っていった。

「だから気をつけろっつったろうが」

 ガルヴァがひそひそ声で言った。

「あいつフェンステッド隊長のこと大好きなんだから」
「知るかよ……おれがなにしたってんだよ」
「乙女心は繊細なの。好きな人が別の女にちょっかい出してたらいやだろ?」
「おれは女じゃねえ」
「スイ! ガルヴァ! こっちに来い!」

 ニーバリに呼ばれ、スイとガルヴァはニーバリのもとへ行った。ニーバリの下についている守手がひとところに集められている。そこにはカムニアーナもいたが、スイと目を合わせようとはしなかった。スイはげんなりしてニーバリのほうを向いた。

「今日から一緒に働くスイ・ハインレインだ」

 ニーバリに簡単に紹介され、スイは軽く会釈した。守手たちも会釈を返す。

「さて。もうすぐ精霊祭なのでこれから準備に取りかかるぞ。手順は例年通りだ。まず緑岩の広場に悪人よけをはって、次に周囲の建物にはっていく。人よけは万全を期すため前日だ。治安維持部隊からあまりよくない話を聞いたので、今年はいつもより入念にやるからな」

 王都は近年治安が悪くなっていると、トーフトーフの支部長が言っていた。おそらくその通りなのだろう。犯罪組織の人間が辺りをうろついているときは、みんな怖がって結界の依頼がいつもより多く来る。

 スイはニーバリたちと一緒に精霊祭のメイン会場となる緑岩の広場に向かった。緑岩の広場はデアマルクトの中央にそびえる王城を囲む城壁の正門をくぐった先にある。正門は普段閉じられているが、精霊祭のあいだだけ解放される。王城を守る内門はさすがに開かれないが、城壁内にも重要な施設はたくさんあるので警備の手は抜けない。

 緑岩の広場は三方を石造りの背の高い建物で囲まれた長方形の広場だった。その名の通り、灰色の混じった緑色の石畳が一面に敷き詰められている。周囲には大人三人が手を回してやっと届くくらいの大きな石柱が等間隔に並んでいて、屋根付きの回廊になっている。すべての石柱には綿密な彫刻が施されており、中央には天を貫かんばかりのオベリスクがそびえ立っている。正門をくぐった人が最初に目にする場所なので、国の威信をかけて美しく作られたらしい。

 スイはこれほど立派な広場を見るのは生まれて初めてだった。馬鹿みたく口を開けてオベリスクを見上げているところをガルヴァに見られて笑われてしまった。

 ニーバリは守手を三人ずつのグループに分け、それぞれ持ち場を決めて悪人よけの結界をはるように指示した。スイはガルヴァとカムニアーナと組むことになり、三人でタイミングを合わせて一緒に結界をはり始めた。

 両手を前に突きだし、精神を集中させて結界を作っていく。だが途中で膝の裏に衝撃を感じ、その場で転んでしまった。スイが転んだせいで結界はほころびができて霧散した。

「おい! なにしてんだ!」

 スイたちの結界が失敗したことに気づいたニーバリが走ってきた。

「なにやってんだ?」

 ニーバリは尻もちをついたスイを見て眉根を寄せる。スイは急いで立ち上がった。

「すみません……ちょっとつまずいてしまって……」
「おいおい、最初からこれじゃ困るぞ。ここ以外にもたくさん結界をはらなきゃならないんだから」
「はい……」
「お前、本当にちゃんと結界はれるんだろうな?」
「大丈夫です」

 ニーバリは疑わしげにスイをじっと見てから、頼むぞと言って戻っていった。ほかのグループはすでに最初の結界をはり終えていて、新入りが失敗したのを見てあちこちでひそひそと囁き合っている。スイは恥ずかしさに真っ赤になった。

「あら、ちょっと難しかったかしらね。大丈夫?」

 カムニアーナがあまり心配していなさそうに言う。

「大丈夫だ……。もう一回やらせてくれ」
「ええ、いいわよ」

 カムニアーナはくすっと笑って持ち場に戻った。ガルヴァも困惑しつつ再び結界をはる準備に入る。スイがかけ声をかけ、三人でもう一度結界をはり直した。今度は何事もなくうまくいった。

 さっき膝の裏になにか石のようなものが当たったように感じたが、辺りにはなにも落ちていない。スイはカムニアーナが魔法でなにかをぶつけてきたのではないかと思ったが、確証がないのでなにも言えなかった。

 夕方、なんとかその日の仕事を終えることができた。スイはくたびれ果てて広場のすみっこでぐったりと座りこんだ。

 仕事量も多かったが、疲れの主な原因はカムニアーナだ。カムニアーナはすっかりスイを敵視していて、ちょくちょく隠れてスイの仕事を妨害しようとしてきた。使えない奴だと思わせてデアマルクトから追い出そうという魂胆だろう。妨害工作をなんとかしのいで作業を完了させたが、余計な気を遣ったせいで普段の五倍くらい疲れてしまった。デアマルクト勤務から外されるのは一向に構わないが、カムニアーナに追い出されるのは癪だった。

「大丈夫?」

 突然頭上にぬっとゾールが顔をのぞかせてきて、スイはびくりと肩を震わせた。

「うわっ……な、なんでここに?」
「仕事だよ。ずいぶんお疲れみたいだけど、大丈夫?」
「え、ああ……別に平気だよ。慣れないから気疲れしたっていうか」
「そっか。知らない人ばっかりだから最初はやりにくいよね。お疲れ様」
「……どーも」

 お前のせいだとは言えず、スイはあいまいに笑ってごまかした。

 ふと視線を感じてゾールの向こうを見やった。仕事を終えた守手たちが集まっておしゃべりをしているが、カムニアーナだけがじっとこちらを見ている。ゾールが来たのをめざとく見つけたようだ。

「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃ」

 スイはそう言ってすばやくゾールから離れた。早くもトーフトーフが恋しくなった。デアマルクトは華やかでなんでもそろっているが、好きになれそうにない。不便な田舎でいいから、人の目がないところで静かにのんびり暮らしたい。


 ◆


 翌日も緑岩の広場に結界をはる作業をしたが、またしてもカムニアーナの嫌がらせで失敗してしまった。足を滑らせて転んだスイを見てカムニアーナの口元が緩んだので、やはり彼女の仕業で間違いない。二日連続でニーバリに小言を言われ、ほかの守手たちからあきれた視線をもらい、スイの気分はどん底だった。

「おい、さっきお前なんかやっただろ」

 ニーバリが去っていくと、ガルヴァはカムニアーナにくってかかった。巻き添えでやり直しをくらっていらだっている。だがカムニアーナは涼しい顔だ。

「なにが? なにもしてないわよ」
「嘘つけよ。スイに魔法かけて転ばせただろ」
「はあ? 意味分からないわ。スイが勝手に転んだだけじゃないの。私のせいにしないでくれる?」
「いや俺は見たぞ。今のはお前のせいだろうが。スイがフェンステッド隊長と仲いいからって嫉妬すんなよ」

 とたんにカムニアーナの表情が険しくなった。形のいい眉をきゅっと寄せ、ガルヴァにきつい視線を送る。

「嫉妬なんかしてないわよ。関係ない話を持ちこんでまで私を悪者に仕立て上げようってわけ?」
「だってそうだろ。お前最初からスイに絡んできてたじゃねえか。そういう意地悪いことしてるとフェンステッド隊長に嫌われるぜ」
「いい加減にしてよ! あんたたちが結界はるのがへたくそだから私がうまくカバーしてやってんのよ、わかってる?」
「カバー? 邪魔してるのまちがいだろ」

 カムニアーナは小馬鹿にしたようにふんと鼻で笑う。

「見る人が見ればわかるわよ。まあ、ルモニエ家の落ちこぼれにはわからないでしょうけどね」

 ガルヴァの顔色がさっと消えた。ひどく傷ついたのだ。

「おい、やめろよ」

 スイは二人のあいだに割って入った。カムニアーナはちらりとスイを見たが、つんとそっぽを向いてどこかに歩いていってしまった。
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