銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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一章 王都と精霊祭

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 それから五年が経ち、スイは二十三歳になった。今は守手もりてとして北部の小さな町トーフトーフで働いている。守手は魔法の結界をはって人々の暮らしを守ることが仕事だ。大して魔法の得意でなかったスイだが、魔力が高かったことで適性を見いだされて守手となった。

 トーフトーフはこぢんまりとした田舎町で、スイは穏やかなこの町が気に入っていた。痩せた土地で冬の寒さは厳しく、決して豊かな暮らしはできないが、泥棒も夜盗も人さらいもいない平和な町だ。人より野生動物のほうが多いので、畑を動物から守るために害獣よけの結界が重宝されている。

 ある日、スイはトーフトーフの守手支部長に呼び出された。スイの上官に当たる人だ。

 小さな守手支部の一つしかない部屋で、スイは口をぽかんと開けて支部長を見つめた。

「……今、なんて言いました?」
「だから、お前は王都勤務になったんだよ。おめでとう」
「な、なんでですか!?」
「王都は人手不足なんだよ。もうすぐ精霊祭があるし、王都近辺の治安は年々悪くなってるんだとよ。だから結界が必要なんだ」
「でもなんでおれが!?」
「お前は結界の腕はそこそこだが、お前のはった結界は不思議と悪いものを寄せつけない。見こみがあるからだよ!」

 支部長はにっこり笑ってスイの肩をばんとたたいた。スイは銀色の目をすっと細めて上官をねめつける。

「……本当にそう思ってます?」
「お、おお。もちろん。お前は総長に期待されてんだよ」
「王都にいる総長がこんな僻地の守手のことなんか知らないでしょ」
「おいこら俺の生まれ育った町を僻地呼ばわりすんなよ。いいだろ、こんなクソ田舎におさらばして王都に行けるんだからさ」
「いや、おれはずっとここに――」
「じゃあ私が代わりに王都に行きたい!」

 スイが言い返そうとしたとき、背後からメーヴが口を挟んできた。メーヴは新人の守手で恋に夢見る女の子だ。メーヴはきっとまなじりをつり上げて支部長に詰め寄る。

「支部長、私のほうがスイより結界はるのうまいわよ! 私を王都に行かせてよ!」
「だめだってメーヴ。お前の親父さんがお前を町の外に出すわけねえだろ。そんな命令したらすきで頭をかち割られちまう」
「お父さんなら私が説得するから! こんななんにもないとこ早く出ていきたい!」

 メーヴは必死に訴えたが、支部長は聞く耳を持たなかった。スイは自分が選ばれた理由を察した。

「つまり、よそ者のおれが町を出ても誰も困らないってわけですね」
「いや……そういうわけじゃないんだが……」
「でも、メーヴがだめで支部長が離れるわけにもいかないとなったら、あとはおれしかいないでしょ」
「う、うーん……」
「この小さな町なら守手は二人もいれば十分だし」
「……まあ……そうっちゃそうなんだけど……別にお前に出て行ってほしいってわけじゃないからな。お前は真面目でよく働くし、いい奴だ」

 支部長は真剣な顔でスイの両肩に両手を置き、がばっと頭を下げた。

「頼む、スイ。王都に行ってくれないか。ほかの町は外に出せるだけの守手がいないし、昨日の北部集会でお前の町は三人もいらないだろって言われちまったんだ。新しい守手が育つまでは待てないそうなんで、もうお前しかいないんだよ」

 これ以上渋ってもどうにもならなそうだった。スイはたっぷり間を置いてから小さくうなずいた。

「……わかりましたよ……」
「ありがとう! 助かるよ! 餞別ははずむからな!」

 支部長はぱっと笑みを浮かべ、スイの両肩をばんばんと何度もたたいた。メーヴはがっかりしてうなだれた。

「あーあ……なんでいっつも私は外に行けないのかなあ。スイいいなあ……。王都にはなんでもあるわよ。お城もあるし、お祭りもあるし、かわいい服やアクセサリーもいっぱい売ってるし」
「王都は華やかだからなあ」

 支部長が笑って言う。

「お前が憧れるのもわかるけどよ。でも女の子にはちょっと危ないとこだぞ?」
「平気よ。王都には王国騎士団がいるじゃない! エリト様が守ってくださるわ!」

 その名を聞いてスイはぎくりと肩をこわばらせた。

「スイ、王都に行ったらエリト・ヴィーク騎士団長に会えるわよ! すっごくかっこいいって王都に行った友達が言ってたの。めちゃくちゃ美形の銀髪の剣士様なんだって! それにとっても強いんだって。もう絵本の中の王子様じゃないそんなの」
「銀髪? 金髪のまちがいだろ」
「え? そうなの?」
「あ、いや……前にそう聞いたような気がしただけ」
「でも私は銀髪だって聞いたわよ。まあ友達も遠くから見ただけらしいから、もしかしたら金髪なのかもしれないけど。でも遠くからでも十分かっこいいのは伝わってきたって。私も王都に行ってエリト様を見てみたかったなあー」

 メーヴは机に腰かけて足をぷらぷらさせながら、理想の王子様を空想しはじめる。支部長は話は済んだとばかりにさっさと部屋を出て行った。

 スイはメーヴを置いて守手支部を出て、ろばに牽かせた荷馬車が目の前をゆっくり通っていくのをぼんやり眺めた。この牧歌的な景色もこれで見納めだ。支部長のあの様子だと、すぐにでも荷物をまとめて出発させられそうだ。

 せっかくエリト・・・から・・逃げて・・・こんな遠くまでやってきたのに、どうしてまたエリトのいるところに行かなければいけないのだろう。スイは自分の運の悪さを呪った。


 ◆


 スイは乗り合い馬車を乗り継ぎ、長旅の末に王都・デアマルクトにたどり着いた。デアマルクトは巨大な石の街だった。元々は堅固な要塞都市だったそうで、どっしりとした背の高い外壁に街全体が囲まれている。畑が町の大部分を占めるトーフトーフとは違い、すべてが石でできていて土の匂いがまったく感じられない。

 石畳はひっきりなしに通る馬車のせいで削れてでこぼこしている。大きな通りにはたくさんの商店が軒を連ねていて、様々な種族の様々な年代の人が行き交っている。にぎやかで煩雑で、少し汚い街だ。

 スイはくたびれた茶色のマントでしっかりと体をおおい、道行く人々にぶつからないようにしながら通りを進んだ。こんなにたくさんの人を見るのは初めてだ。トーフトーフは北部の町なので住人の大半が雪族だったが、デアマルクトは多種多様な種族であふれている。獣人族に若葉族、スイと同じ花族や、水棲人族らしき水かきのある人までいる。

 スイはあまりの人の多さにめまいを感じながら目的地に急いだ。商店街を抜けて少し坂をのぼり、デアマルクトの中央に向かう。買い物客はいなくなり、代わりに憲兵が背筋を伸ばしてせかせかと歩いている。

「ここか……?」

 スイは大きな建物の前で立ち止まった。赤い煉瓦造りで三階建ての豪華な建物で、貴族の館のようにきれいだ。トーフトーフ守手支部長の話では、ここが守手本部らしい。

「さすが総本部、立派だなあ」

 スイは感心しながら中に入ろうとしたが、鉄製の門の前で門番に止められた。

「ちょっと待て、ここになんの用だ? 部外者は立ち入り禁止だぞ」
「あの、新しくここに配属になった守手なんですけど」
「守手? ここは王国騎士団の本部だぞ」

 門番が半笑いで言う。スイは驚いて一歩下がった。

「き、騎士団本部……!?」

 王国騎士団。危険な犯罪者の捕縛や魔獣の討伐を行う、王国一の戦闘集団だ。主に鬼族で構成されていて、その人並み外れた強さは国中に知れ渡っている。騎士団は国民のあこがれの的だ。鬼族は身体能力が高いだけでなく美形が多いので、女性人気もすさまじい。

 とくに騎士団長のエリト・ヴィークは英雄のようにあがめられている。メーヴのように一度でいいからエリトを見てみたいと夢見る女性は星の数ほどいる。

 エリトならそう思われても仕方ないとスイは思っている。あれほどの美貌を持つ男はほかにいない。エリトは騎士団で一番剣の腕が立ち、非凡な魔法の力も有している。そこに絶世の美男子ときたら、それは王子様のごとくもてはやされるだろう。

「守手本部ならここの裏だよ」

 門番は親指を立てて建物脇の細い路地を示した。

「ど、どうも……」

 スイは礼を言ってそそくさと路地に入った。まだ心臓がどくどく鳴っている。ちらりと騎士団本部を見上げると、二階の大きな窓ごしに一人の男が歩いているのが見えた。騎士団の人だろうか。慌てて視線をそらす。

 騎士団本部ということは、エリトもここに出入りしているのだろう。そう考えてスイは背筋が冷えた。絶対に見つかるわけにはいかないのに、これではいつかばったり出くわしてしまうのではないだろうか。

「……でもまあ、エリトももう忘れてるかもしれないよな」

 自分に言い聞かせるように呟く。あれから何年も経っているのだ。エリトもスイのことなどとっくに忘れて、騎士団長として忙しく暮らしているかもしれない。そう思うと少しだけ気が楽になった。
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