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4.悪役令嬢もたまには起きてる
しおりを挟むとても眠いけど、あの後の話である。
私、エルミーヌ・バタンテールは本来婚約破棄を言い渡されるはずの卒業パーティーで、逆に婚約破棄をお願いした。正しく言えば破棄ではなく、解消である。
そして意外にもあっさりと承諾された。
元々、私が卒業してから正式な王妃教育をする予定でまだ何もしていない状態だったからだ。放課後は即寝だからそんな時間がなかったのもある。
それから私の睡眠体質を病弱ということにしていたらしく、それほどに病弱であるならば王太子妃になっても辛いだけだろう、と目の下にクマをがっつり飼っている現王妃様が優しくそう言って庇ってくれたのだった。
ちなみに王妃様はめっちゃいい匂いがした。
おかげで私とライオールは父であるバタンテール公爵に土下座と正座3時間でお許しをいただいた。
なお、私は辛そうな顔を作ったまま正座で3時間睡眠をしただけなので、本当に辛いのはライオールだけである。
ライオールには、逆立ちしてても寝れそうだなと言われたから、今度それを練習してみようと思うよ。
それに、真里ちゃんことマリーアンジュ侯爵令嬢を王太子が気に入ったことが大きかったんじゃないかな。
マリーアンジュは才女と呼ばれるくらい成績が良かったらしい。オタクって興味ある分野には強いからね。国語とか歴史とかやたら得意だよね。
そして生来のオタクゆえの、どちらかといえば地味なのを選びがちなドレスも清楚と言えば清楚だし。美人が着れば地味は清楚に早変わりなのだ。
それになにより、王太子の視線を辿ればみんな察しがつく。
──そう、マリーアンジュはすごい巨乳だったのだ。清楚系巨乳美少女。なるほどな、強い。
ちなみに私は貧乳である。元々食べることより断然寝る方に興味があったので、痩せっぽちなのだ。カロリーフレンドのある今でもまだ全然お肉が足りてない。
でもライオールに小脇に抱えて運搬されるためにはあまり太るのも良くないかなーと思っている。重いから運べないって言われたら、台車を用意するつもりではあるけれど。
それから真里ちゃんが王太子ガチ恋ファン勢だったのもある。
もしマリーアンジュに他に好きな人がいたら、さすがに押し付けるのも悪いし。
でも、「他の顔がいいメンズも好きだけど、王太子だけは同担拒否レベルのガチ恋だったから、王太子妃になれるなんて本当に幸せ」と蕩けるような笑顔でそう言っていた。
「ディオン様も、顔はめちゃくちゃ好きだけど……ねえ。え、ライオール?あ、私はヤンキーキャラ好きじゃないんだよね。生粋の陰キャだもん、へへ」
と早口で言っていた。
ライオールはヤンキーなのか?確かに口は悪いけど……と私は悩んだ。でもうっかり私が王太子妃になっていたらマリーアンジュとの友情も絶望的だったのかも、と思うと丸く収まって本当によかった。
そんなわけでマリーアンジュにはこれから睡眠時間は削られるけど、どうか頑張ってほしい。
マリーアンジュのために栄養ドリンクとかエナジードリンクとか開発してみようかな。あんまり体に影響出ないやつね。エナジードリンクの飲み過ぎ、駄目、絶対。
なお、私とライオールの話は色々ねじ曲がって世間に伝わり、外に出るのもままならない病弱な令嬢とその心の支えになった従兄弟との美しい恋物語として語られている。言うなれば二次創作みたいな本が何冊も書かれては売られていた。私は別に気にしないからいいけど。真里ちゃんはマリーアンジュになってもオタ気質が抜けず、こういう恋物語には弱いらしい。
「えり……友達の話だと思うとかなり複雑だけどめちゃくちゃ萌えるからすまぬ……すまぬ……」
「別にいいけど。マリーアンジュのもその内書かれると思うよ」
「ぐえーって思うけど、多分読む用と保存用と貸し出し用に3冊買う」
「私には貸さなくていいからね……」
娯楽の本は読まないで寝る方を優先するのが私である。
後日、ライオールの部屋にも私とライオールの本があったのを見つけてしまった。
……うん、見なかったことにしておく。
本来のヒロイン、ジゼルのことだけど、卒業パーティーで弾丸のような論破をされ、会場から逃げ出したジゼルは、階段から落ちて頭を強く打ってしまった。
本当に打ち所が悪かったらしく、そのまま心臓が止まってしまったらしい。
だが、治療の甲斐があって、なんとか再度心臓も動き出し、生き返ったのだった。
けれど、目を覚ましたジゼルは、文字通り人が変わっていた。
とは言っても記憶喪失とかではなく、ちゃんと自分のやってきたことを覚えていて、理解もして、それを悔いて罪を償いたいと言っているそうだ。
真里ちゃん、もといマリーアンジュ曰く、彼女も私たちと同じように転生した記憶を持っていたんじゃないかって。そして、心臓が止まった時に前世の意識──中の人だけが死んじゃって、つまり今は本来のヒロインであるジゼル、ということらしい。取り巻きの日替わりランチな彼氏達はそれでもジゼルが好きだから、とずっと取り巻きのままだし、なかなかすごい。
ジゼルには魅了みたいなスキルがあるとジゼルの中の人は思っていたみたい。でも超絶乙女ゲーオタクの真里ちゃんはそれは違うと早口で言ってのけた。
「ほんと分かってない俄か勢が我らがジゼルちゃむになろうだなんて100年早いってのジゼルちゃむはマジイケだぞジゼルちゃむぺろぺろ!」
だそうだ。いい乙女ゲーはヒロインも人気があるそうな。へーほーふーん。
ヒロインが一番のイケメンってどうなの?よく分からない世界である。
ジゼルの本当の能力は、辛かったり悲しかったり、過去の記憶に苦しんでいるような人の苦しみを和らげる効果なのだそうだ。だから、悩み事がある乙女ゲームの攻略キャラクターの懐に入りやすく、精神を癒して恋愛を育む、というものらしい。へーなるほどなー。
ライオールも本来は攻略キャラクターの一人らしいけど、ライオールもなんか悩むことあるのか。
「ねえ、ライって悩み事あるの?」
「は?ねえよ。……いや、強いて言うならお前の明日の睡眠時間をあと30分増やすのが難しくて悩んでる。15分を2回にしていいか?いや、それでも厳しいな……」
ライオールは私のスケジュール帳を見ながらあーでもないこーでもないしながら唸っていた。
「本当、ライはいいやつだ。好きだ」
「馬鹿……俺もだよ」
ライオールは苦笑して頭をくしゃくしゃ撫でてくれた。
そう、そしてジゼルなんだけど、私──エルミーヌが本来幽閉されるはずの塔に幽閉されている。でもこれは能力が危険な可能性があるための隔離で、牢屋とは違うらしい。毎日取り巻きの日替わりランチたちが遊びに行ってるみたいだし、能力がきちんと解析されて安全が確認されたら、罪を償うためにカウンセラーみたいなお仕事をするための勉強をしているんだって。すごいな、さすがヒロイン。勤勉だ。
そんなわけで、私は公爵を継ぐことになった。ライオールは婿養子になるみたい。
勿論父の現公爵がピンピンしてるのでそれは数十年後の話だろう。私のために出来るだけ頑張ってねパパ!
今は公爵になるために必要な勉強をさせられてる。ライオールが出来るところはやってくれるけど、私じゃないといけない部分はちゃんと出来るように、のスパルタ教育だ。
これも今後の睡眠時間確保のための努力なら仕方がない。
「でも眠いよーライー。げんかいー」
「ん、よし。ノルマは達成だから次の予定まで30分寝ていいぞ」
「んー寝るー」
ライオールはソファで自分の膝をぽんぽんと叩いた。私は横になってそこに頭を乗せる。ちょっと硬いけど、ライオールの膝は安心する。
ライオールは厳しいけど、やっぱり優しい。最近は正式に婚約したからか、こんな感じでちょっと甘やかしてもくれる。やっぱり好きだ。お布団の次に。いや、今はライオールが布団みたいなものだから、一番好きなのかもしれない。
「……なあ、エルミーヌ。お前、幸せか?」
うつらうつらしてる私にライオールはそう聞いてきた。
「私、めちゃくちゃ幸せだよー。毎日楽しいし、理想の生活かもしれない。あのね、寝てる時だけじゃなくて、最近は起きてる時もすごく幸せだもん」
「……そうか」
ライオールはそっと頭を撫でてくれた。
なんかすごく嬉しそうで、私も嬉しい。
ほとんど意識が落ちてた私の頰に、ちゅって優しい感触が触れた。
それ、次はちゃんと起きてる時に、よろしくね。
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