婚約破棄にも寝過ごした

シアノ

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2.憧れの寝放題生活へ

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 そんな日々もいつかは終わる。

 それが今日、卒業パーティーの日だった。

 いよいよ明日からは塔暮らしの睡眠し放題祭りだ!


 だというのに、つい興奮しすぎたのか、いつもより早く寝たのに寝過ごした。


 それと言うのもライオールが忙しいせいで、先に行ってしまったからだ。

 塔で寝放題生活は最高だけどライオールがいないと思うと少し不便だ。
 でもライオールならきっと幽閉されてても面会に来てくれるだろう。そうしたら愛用の布団を差し入れしてもらえるように頼めるし。


 いつもより青筋を多く立てたメイドに、3倍のスピードでドレスを着せられて馬車に放り込まれる。ライオールがいないと簀巻きで運んでもらえないから馬車まで歩かなければならない。やっぱり不便だ。




 到着した時には卒業パーティーの盛り上がりは最高潮のようだった。まあ、ギリギリ間に合ったよね、多分。私がいなくても進むってことは、私は寝ていていいってことなのだ。


 会場内でうろうろしているとライオールが目敏く見つけてすっ飛んでくる。

「エルミーヌ!おまえ遅刻してんじゃねえよ!」
「寝過ごした」
「いつもだろ!ったくおまえは」
「ライがいないと起きれないんだからしょうがない」

 やっぱり塔での幽閉にライオールも付いてきてくれないだろうか。無理か。

「ほんっと、おまえは俺がいないと駄目だな」
「そうだよ。ずっと一緒にいてよ」

 なるべくなら塔まで。
 ライオールは何故か顔を赤らめていた。暑いのかな。会場内は人も多いし無理もない。



 急に会場内がざわざわし始めて、人の波がかき分けられて私の前にぽっかりと道が出来る。

 とうとう断罪イベントが始まったらしい。

 私はライオールの手を引いて、騒ぎの中心の人がいないところまで出た。



 王太子とジゼル、それからジゼルの日替わりランチな男達。

 スポットライトを浴びて、涙ながらにジゼルは語る。
 悪役令嬢エルミーヌの悪業を。
 毎日いびられたとか他の子もいじめられたとか、母親の形見の宝石を私に取られて売られたとか、会心の出来なレポートを私に丸写しされたとか答案をすり替えられて名前だけ書き換えられたとか、全く身に覚えのないことだった。多分ゲームの通りなはず。

 王太子セドリックの顔色がみるみる変わっていく。よしよしいいぞ、その調子だ。そして早く終われ。眠いから。

 これで王太子が高らかに婚約破棄を告げ、時代劇みたいに引っ立てい!とか声がかかって終わるはず、あ、あくび出そう。
 私はあくびが出そうなのを誤魔化すために口元に手を当てた。目尻に涙も浮いてるだろうし、ショックを受けているっぽく見えるだろう。



「……婚約は、破棄しない!」


 あくびは不発に終わった。
 なんてこった。

「エルミーヌ嬢はそんなことをするような人ではない。その証拠がこれだ」
「はい。いじめなどありえません!エルミーヌ様は私のような者にいつも優しくしてくださいました!男爵家とは名ばかりの貧しい私に、私が恥をかかぬよう、命令のふりまでしていつも施しを与えてくださったのです!」

 はい?
 何故か私を援護している彼女は、よく廊下でお弁当を押し付けていた細くておとなしいあの子だった。

「ええ、私も証言します。彼女ほどまじめに授業に取り組む生徒は他におりません。彼女がレポートを盗んだり答案のすり替えのようなことをする必要はありませんね」

 学園の教師もどういうわけか私をかばってくる。
 特別厳しい上に授業を聞いていないとテスト範囲が分かりにくいと評判だったから無理して起きていただけである。

「俺達にも証言させてください。エルミーヌ嬢の開発した新しいレーションは画期的であります。あのカロリーフレンドのおかげで極寒の地で遭難した同胞の兵士が、生き延びて再びこの国の地を踏むことが出来たのです!まさに女神の与えし糧のような素晴らしい発明ですが、彼女は特許の権利を放棄したのです。あの特許の権利があれば庶民であれば一生働かなくてもよいほどの額が入ってくるというのに!そんなエルミーヌ嬢にはたかが宝石欲しさに盗みやたかりをする必要がない」

 誰だお前ら。
 卒業パーティーの護衛騎士の人達が勝手に謎の擁護を始める。その内1人はちょっと見覚えがある。ドキラブ夢なんちゃらの攻略キャラクターだった気がする。

 カロリーフレンドの特許と言われても、書類を書いたり審査会に出るのが面倒だからに決まっている。そんな時間があれば寝ていたい。




 それからも何故か私を擁護する人が何人も現れて、王太子はうんうんと満足そうに頷いてるし、ジゼルはハンカチを噛んでキーッとしていた。どうせやるならもっと上手くやってくれ、ジゼルよ。

「私が王太子としての職務にかまけ、婚約者のエルミーヌ嬢とあまり交友を深める機会がなかった。そのせいで付け込まれたのだろうが、私はこれほどに素晴らしい女性を手放すつもりはない。まさに聖女!」

 王太子の演説はまだまだ続いているが、ショックでもう何も入ってこない。

 私の夢だった憧れの幽閉生活が……!

 王太子妃になるなんて真っ平御免だ。絶対に睡眠時間が減る。だって王太子も王様も王妃様もみんな目の下に隈作ってるもん。忙しいからって睡眠時間を削ってるのが丸わかりだ。

「ライ……どうしよ。王太子妃にはなりたくない」

 困った時のライオール頼りである。助けてライえもん!

 ライオールはあっさりと言った。

「じゃあ、こっちから婚約破棄を突きつけてやればいいじゃねえか、馬鹿」
「そんなこと出来る?」
「出来る?じゃない。やってみればいい。睡眠に対する情熱みたいに、エルミーヌならやろうと思えばなんだってできるだろ」

 それに、とライオールは続けた。

「……俺も責任とって、おまえと結婚してやるからよ」

 そうか。私は開眼した。
 ライオールと結婚すればいいのだ。

 ライオールのことは布団の次に好きだ。

 ライオールの前なら取り繕う必要もないし、睡眠時間の確保もきっと手伝ってくれる。どうしても必要な時は無理矢理でも起こしてくれるし、寝てる私の取り扱いにも慣れている。結婚すれば毎日起こしてくれて、簀巻きにして運んでくれて、洗浄魔法をかけてくれる。うん、今と変わらないな?

「安心しろ。俺と結婚すれば、おまえの思っている通りの生活を保証する」

 ほら、もう言わなくても分かってる。最高。

「うん。さすが私が見込んだ男だ」



 私は王太子に差し出された手を取らず、深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。どうか婚約を解消させてください。お願いいたします」
「エルミーヌ嬢……!?な、何故!」
「私は従兄弟である、このライオール・バタンテールを(布団の次に)愛しているのです!(布団と)引き離されたくありません。ライオールは私の寝室に出入りする仲です(朝起こしてくれる的な意味で)この意味がお分かりでしょう……私は(睡眠時間の短そうな)王太子妃にはなれません!」

 なんと、何一つ嘘を吐いてはいないのである。ちょっと主語を省略しているだけで。

「そ、それは真実なのか、ライオール・バタンテールよ」
「はい。私はエルミーヌを愛しています。彼女の幸せのためならば、何をしても構わないほどに」

 ライオールもノリノリだ。演技上手いなー、と私は感心した。

 とはいえこれで私は王太子妃にはならない済むはず。醜聞にはうるさいからね、この国。ついでにこんな大騒ぎをした女と結婚しようとする男はそうはいないだろうから、ライオールと結婚できちゃう。父親に怒られるのだけは覚悟しないとだけど。

 仕上げに何かもう一押し欲しいところだ。

 キョロキョロと辺りを見回すと、ちょっと離れたところだけど、王太子とかイケメン騎士がよく観察出来そうな場所になんとなく見覚えのある令嬢が立っていて、赤い顔で何かをぶつぶつ呟きながら高速で王太子のセリフをメモっていた。

 あの子、もしかして──

 私はその令嬢の側まで行って、彼女を人混みから引っ張り出した。

「真里ちゃん、ちょっと来て!」
「え、は?何よ、セドリック様のセリフがまじ尊くて、ってエルミーヌ様……え、りこ……?」

 間違いない。この反応は真里ちゃんだ。早口言葉で尊い顔がいいとか呟いて、そのくせ悲鳴だけはやたらと大きい真里ちゃんだ。

 私は真里ちゃん、もといマリーアンジュ・フォンテーヌ侯爵令嬢を王太子の前に連れて行った。

「こちらの彼女こそ、聖女なのです。実は私の心は闇に囚われていた時期がありました。その心を救ってくださったのが、このマリーアンジュ様なのです!この心の美しいマリーアンジュ様こそ王太子妃にふさわしいかと思います!」

 そうやって王太子に押し付けた。

 マリーアンジュはヒャアイ!みたいな声を上げて真っ赤な顔で王太子の胸元に縋り付いているし、王太子も満更でもない顔をしている。

 ちなみに私は嘘は吐いてない。前世の寝てばかりで友達なんて皆無だった暗い私に話しかけて、家に遊びに来てくれたのは真里ちゃんだけだった。

 今はライオールもいるけどね。


 そして私はライオールの隣に戻った。うん、安心する。

「ねえ、ライ。疲れたし眠くなってきた」
「だろうな。帰るか」
「うん」
  
 ライオールは私の手を握って会場から連れ出した。

「いつもありがとね。ライオールは布団の次に愛してるよ」
「そんなん昔から知ってるっての。言っておくが、俺はおまえのこと、一番に愛してるよ」
「マジでか」
「マジだ馬鹿。今まで内緒にしてたけど、洗浄魔法はほんとはおまえに触らなくてもかけられる」

 そう言って私のおでこにちゅっと口付けた。


 非常に不覚ではあるが、そんなライオールにほんの少しだけキュンとしてしまった私なのだった。



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