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ルカーシュならいいよ3
しおりを挟むルカーシュは一瞬、目をまん丸にした後、そのきつい眦を更に吊り上げた。
「だからよく考えろって、今言っただろ」
「あのね、私はルカになら血を吸われてもいいって思ったから、いいよって言ったんだよ」
「……意味、ちゃんと分かってんのか?」
「ええと、私の血を飲めば、前みたいにルカが成長してもっと強くなるから、でしょう?」
「そうだけど……嘘かもしれないとか、騙されてるかもしれないとか、思わないのか?」
エレノアは首を傾げる。ルカーシュが血を欲するのに、それ以外の理由は想像出来ない。血を吸わなければ空腹で辛いという理由だったら余計にエレノアは血を与えたいと思うだろう。
「……だって、ルカは一度も私に嘘を吐いたことないじゃない」
「……それは……俺が人間じゃないからだ。基本的に吸血鬼は嘘が吐けない。でも信じてはいけないんだ。嘘は吐けないけど、真実を黙って誤認させることは出来るんだから。俺だって……エレノアを騙すことくらい……」
エレノアは少しだけ口角を上げて、冷たいルカーシュの手を握った。ずっと握って触れ合っていてもその手はエレノアの体温を吸わずにいつまでも冷たいままだ。しかしその冷たさは嫌ではなかった。
「私は、わざわざそんなことを言ってくれるルカを信じてる。今まで一度も酷いことしなかったもの。何かあるとしても、そんなこと全部黙って騙しちゃえばいいのに正直に言うなんて、まるで私に断らせたいみたい」
「断ってほしいわけじゃない……けどお前が嫌なことはしたくない……」
ルカーシュは本当に誤解をしている。エレノアはルカーシュであれば血を吸われても嫌ではないし、ルカーシュのためになりたい。何か事情があって、それをエレノアに話したくないならそれでもいい。
「嫌じゃないよ、本当に。私の血でルカが強くなってくれたら嬉しい。もう、あんなひどい怪我してるの、見たくないもの」
エレノアは握っていたルカーシュの手を離し、ブラウスのボタンを上から外していく。3つほど外せばいいだろうか。
首と片側の肩が露出するようにブラウスを引っ張り、長い金髪を逆側に寄せた。
「首でいいんだっけ?」
首は太い血管がある場所であり、それから前世の乏しい知識ではフィクションの吸血鬼は首筋に噛み付いて吸っていた気がする。
この国は魔物から守ってもらう対価として守護吸血鬼達に一定量の血を差し出す契約になっている。それは主に平民の女性達が己の血を売ることで成り立っていた。エレノアは実際幾ら貰えるのかは知らない。だが平民からすれば中々の金額であるせいで売血をし過ぎて健康上の問題があったり、薄まり過ぎて問題になるからと、年間の回数制限まであるほどなのだ。その場合の採血は腕から注射器で血を抜く方法のはずである。屋敷で働くメイド達もたまに売血に行っているのは彼女達の噂話で知っていた。
「あ、ええと……腕とか、首からじゃない方が良かった?」
ルカーシュが黙っているので居心地の悪い気分になったエレノアが尋ねる。ルカーシュはどういうわけかしゃがみこみ、手で顔を覆っていた。指の隙間から見える顔はやけに赤い気がする。
「ルカ? どうしたの? 気分でも悪くなった?」
「……なんでもない」
ルカーシュは時折エレノアにはよくわからない行動をする。理由を聞いても大抵変な顔をしているか顔を赤くして、ろくに答えてはくれないのだが。
しゃがみこんだのも一瞬で、ルカーシュはすぐに立ち直った。
「く、首からで、本当にいいのか?」
「うん、いいけど。もっと吸いやすいところからの方がいい? 何処からがいいかわからなくて」
「……お前がいいなら、首から行くけど」
「うん。どうぞ」
ルカーシュは冷たい指でエレノアの首筋に触れる。思わず体が震えたのは手が冷たいからだ。
「やっぱり無理か?」
「手が冷たくて、ちょっとびくってしただけ」
「……どうしても駄目なら俺が血を吸い始める前に言えよ? 最初は少し痛いかもしれないけど、牙を立てたらもう俺も止められなくなるから」
ルカーシュの指がエレノアの首筋を撫でていく。指は冷たいけれど壊れ物を扱うような優しい手付きで、エレノアの緊張もだんだんと溶けていくのがわかった。
「……もう大丈夫」
「あんまり吸いすぎないようにするけど、貧血とか起きたら俺に掴まれ。いや、今のうちに掴んでおいていい」
「わかった」
ルカーシュはまるでエレノアを抱き締めるように背中に手を回した。エレノアもルカーシュのシャツをそっと掴む。
「エレノア……俺の……俺のだ」
首筋にルカーシュの吐息がかかり身構えた瞬間、首に牙が突き立てられる。プツッと肌が裂けたのが分かった。
「んッ……」
思わず呻き声が漏れるが、メイドが服に残した針が刺さるよりは痛くはない。痛みが来ることがわかっていたからかもしれない。
縋るようにルカーシュのシャツを握る手を強めた。
「あ……ぁ……はぁッ……」
確かに痛いのは一瞬だけのことだった。
錯覚かもしれないが、血液の流れ出ていく感覚と共に、冷たく、そして甘い痺れがルカーシュの牙からエレノアの中に入ってくる気がした。背筋がぞくりと震えるのを、歯を強く噛み締めて耐えた。
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