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ルカーシュならいいよ1
しおりを挟む気がつけば、最初の新月から2年近くが経っていた。
相変わらず新月の夜にだけルカーシュはエレノアの部屋に遊びに来る。
ルカーシュの身長は随分と伸び、あっという間にエレノアの背を追い越していった。
今は15歳ほどの外見であろうか、声も随分とハスキーになった。手足は長くしなやかだが薄っすらと筋肉がつき、美少女のような面差しもすっかりなりを潜めて、もうどこから見ても少年にしか見えない。それでも意志の強そうなきりりとした眉や眦は相変わらずだ。
あと2.3年分成長すれば頰のラインも更にシャープになり、きっと美しい青年になることだろう。吸血鬼は美しい姿であればあるほど強いとも聞いたから、いずれは強い吸血鬼になるのかもしれない。
2年経っても屋敷の中では空気のままのエレノアは、こうして新月の夜にルカーシュと話すことだけが楽しみとなっていた。相変わらず表情筋はろくに仕事をしないが、ルカーシュは些細な変化を読み取ることが出来るらしいのが不思議だ。
こんな穏やかな日がずっと続けばいいとエレノアは思っていた。
「ねえ、ルカ。私、幸せって今迄よくわからなかったんだけど、もしかしたら、今が幸せってことなのかなって思うんだ」
「そうか? お前はもっと欲張っていいと思う。もっと……なんかあるだろ?」
「欲張る……うーん、でも欲しい物はないし、ルカが仲良くしてくれるから、毎日楽しいよ。ルカが来ない日でも、次は何を話そうかな、とか考えるだけで、すごく楽しい。私、初めての友達がルカで本当に良かった」
「と、友達……そうだな、友達だもんな」
「うん!」
けれども穏やかな幸せは、そう長く続くはずはない。
エレノアは人間で、貴族の娘で、悪役令嬢だ。そしてルカーシュは吸血鬼。後々には住む世界が異なり、いずれ離れていくことになる。
エレノアも17歳となり、身長が伸びただけではなく女性らしい体つきとなり、ちょくちょく縁談が持ち込まれるようになっていた。
父親はみそっかすのエレノア自身には興味はないが、エレノアの縁談には非常に興味があるらしい。正しくは、エレノアが嫁いだことで自分の利益になるかどうか、どれだけの利益が出せるのか、であるのだろうが。とはいえ、いくら良い縁談があろうとも、釣書を見た後に突っ返しているようだった。
それもそのはずで、エレノアが月の王の花嫁に選ばれたならば、そのまま太陽の王である王太子オズワルドの婚約者になるからだ。そして現状ではエレノアが月の王の花嫁の第一候補であると目されている。父親は取らぬ狸のなんとやらで、エレノアが王妃になることしか頭にないのかもしれない。
エレノア自身は選ばれないことを知ってはいたが、前世持ちであることを両親にも話していない以上、そのことを言い出すことも出来なかった。
そして、月の王の花嫁を決める選定の儀は、もう次の新月の夜に迫っていた。
本来であればルカーシュと会うはずの日、王城の庭園に若く美しく、そして魔力量の多い令嬢達が集められ、月の王からの指名を待つこととなる。
そして、前世で読んだ漫画の通りであれば、第一候補と目されていたエレノアは選ばれず、大抜擢されたシェリーを妬み、虐めることになるはずだが。
しかしシェリーを虐める自分は想像もつかない。そもそも会話をするかも怪しいところだ。
2年経ってもエレノアはルカーシュ以外とはまともに話せないままだった。
エレノアは前世で読んだ漫画で自分がどうなったかは覚えていない。いつのまにか出なくなり、フェードアウトしていった気がする。話の内容が虐められても健気で明るさを忘れない、という内容から、2人の男性から恋されて困惑するという恋愛寄りの内容にシフトしていったからだろう。
作中の守護吸血鬼も個別の名前は出ないから、ルカーシュらしい吸血鬼がいたかどうかも分からない。当然ながらこの世界はデフォルメされた漫画の絵とは異なる。吸血鬼は全員黒髪に赤い目だから、余計に区別がつきにくいのだ。
三十日月、新月の前夜はほとんど月も出ておらず、新月と変わらないほど闇が深い。
まるでエレノアの左腕の傷のような細い月が見え隠れし、夜道を照らす光には程遠い。
新月の前の晩、普段であればそわそわと、明日が楽しみで一日中浮かれていたものだが、今回ばかりはその空のように気分が暗かった。
「いよいよ明日か。明日に響かないように早く寝なさい」
「……はい」
「そうね。貴方は器量しか取り柄がないのだから。寝不足のみっともない顔で選定の儀に臨むのだけはやめなさいね」
「……はい」
「いやぁ、私も未来の王妃の父……そして時期国王の祖父か、くっ……ふはははは」
「まあ、気の早いこと……ですが楽しみですわね。新しいドレスと宝石も用意しなければ。挨拶回りもしなければなりませんもの。ああ、扇子と帯も欲しいわ……それから」
夕食時には珍しく声をかけてきた両親はエレノアが月の王の花嫁に選ばれると信じ切って疑っていないようで、豪快に高い葡萄酒を開けて乾杯していた。
エレノアは自分が選ばれないことについて深く考えたこともなかったが、この調子では明日からどんな扱いを受けるかもわからない。
溜息に聞こえないよう、小さく息を吐いてエレノアは自室へと戻った。
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