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5章 青の幻羽①

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「どうです? 綺麗でしょう」

 美しく煌めく幻羽を見せつけながら愛菜は笑う。

「……ええ、綺麗な幻羽ですが、白なのですね」

 しかし祖母はどこか残念そうにそう言った。

「え? 幻羽が白なのは当たり前でしょう?」

 愛菜はきょとんとした。
 白夜はそんな愛菜を鼻で笑う。

「おや、ご両親から聞いていないのか? まあその血を引いていないんだから当然か。幻羽族は、ほとんどが白い羽。そして白い幻羽は何の異能も持たない。だが、色の付いた幻羽を持つ一族がごくわずかに存在する。……元宮守、青波様の一族がそうだ。でしょう?」
「そうですね。わたくしは年老いて青が随分褪色してしまいましたが、元々青い幻羽持ちです。紫乃もそうでした。少し紫がかった、でも綺麗な色でしたよ」

 その言葉に夕花は目を丸くした。夕花の覚えている母の羽は白かったのだ。しかし、白い羽を見て悲しそうな顔をしていたのは、かつて母の羽は色付きで、何らかの要因により色褪せてしまったからだったのだろうか。

「紫乃にそのバイカラーの指輪をあげたのは、幻羽の色味が少し似ていたからです。名前の通り紫がかった青の幻羽と、青波の名前にかけて、青と紫の二色の石がお守りになるように、と……」

 そう言った祖母に、愛菜は引き攣った顔で叫んだ。

「こ、この白い幻羽は、きっと父様に似たせいよ!」
「そ、そうだ。青い幻羽は遺伝する可能性があるとはいえ、必ずしも発現するとは限らないはずだ!」

 愛菜と父がそう主張すると、祖母は頷いた。

「その通りです。青い幻羽持ちは非常に希少なのです。それゆえに、わたくしも次代の宮守になれる者が育つまで宮城を出ることもできず、三十年間のお役目を果たしたのですから。しかも、青い幻羽持ちは生まれつき体が弱い者が多い。青い幻羽持ちでも体が弱ければお役目を果たせませんから、健康な青い幻羽持ちはさらに希少。紫乃が早くに亡くなったのも、生まれつき体が弱かったせいでしょう」

 そこにすかさず白夜が発言した。

「では、もしその希少な青い幻羽持ちで、紫乃さんの面影のある女性が現れたなら、その人は紫乃さんの娘である可能性が高いと言えるのでは?」

 祖母もおずおずと頷く。

「そ、そうかもしれませんが……」 
「な、何を言ってるのよ! まさかそいつが幻羽を出せるとでも? そんなわけないわ。そいつは羽なしなんだから!」

 愛菜は夕花を指差して喚き立てた。唾が飛ぶのも気にした様子はない。
 しかし、愛菜の羽なしという言葉が胸に突き刺さり、夕花は俯いた。何度も虐げられ、ただ地面を見ているしかできなかった、あの頃のように。

「……そうです。私は羽なしです。お母様の子なのに、幻羽が出せないんです」

 その丸くなった夕花の背中を白夜が支えた。
 夕花を迎えにきてくれたあの日、背中を丸めるなと言ってくれた時と同じように。

「いや、夕花は羽なしなんかじゃない。俺は君の青い羽を見たことがある」
「え……?」
「君に初めて会った時だよ。倒れて代書屋で目を覚ました俺は、世界で最も美しいものを見た。背筋を伸ばし、文をしたためる君の背にはとても小さかったが、青い羽が光っていた。あの羽の光が、倒れた俺を癒してくれたんだ。とても温かな光だった。この国に伝わる天女とは、きっとこうなのだと思ったんだよ」

 白夜は夕花を抱き寄せた。
 白夜の触れている場所が温かい。地面を向いていた夕花はその温もりのおかげで再び顔を上げることができた。

「私が、幻羽を……?」
「ああ。おそらく夕花は幼い頃、体が弱かったのではないか?」

 夕花は頷く。

「ええ、子供の頃は咳が止まらなくて、毎日とても苦い薬を飲んでいました」
「わたくしも、夕花さんは病弱で薬代がかかるからと、神楽さんに多めに送金をしていましたよ」
「おそらく、子供の頃の夕花には幻羽を出せるほどの体力がなかったのだろう。異能というのは体力を使うものだからね。だが、健康になってきた今の君であれば、青い幻羽を出せるはずなんだ」

 夕花は言葉を失い、己の口元を押さえた。
 そんなことがあるのだろうか。

「はあ? そんなに言うなら出してみなさいよ! 今、ここで!」

 愛菜の言葉に夕花は凍り付く。
 出せと言われて出せるのなら、とっくに出していた。

「む、無理……です……」

 夕花は弱々しく首を横に振る。

「いや、できる。夕花に足りないのはおそらくきっかけだけなんだ。それから幻羽を出すための力。神楽家で長年虐げられてきたからだろう。俺の元に来たばかりの君はひどく痩せて傷だらけだった。あんな状態では、幻羽が出せないのも無理はない。きっと萎縮してしまうせいで出せないんだ。だから、きっかけになるよう、俺は君に生命力を譲渡する」
「え──」

 何を、と言いかけた唇は、白夜の唇で塞がれていた。
 甘い何かが口移しで流れ込んでくる。それは夕花の体の中で、炎のように熱く巡った後、肩甲骨がカッと熱くなった。

「あ、熱い……っ!」

 体の中の何かが抑えきれない。ドクンドクンと体の中で血液が沸騰しそうに熱かった。まるで全力疾走したかのように息が苦しい。
 倒れてしまわないのは、夕花を抱きしめながら支えていた白夜のおかげだった。夕花は白夜に強く縋り付く。
 とうとう耐えきれなくなった、その瞬間──肩甲骨からその何かが噴き出た気がした。

「ああ……紫乃と同じ色だわ……」

 そう呟いたのは祖母の声だった。
 はあ、はあと荒い息を吐く夕花に、白夜が耳元で囁いた。

「……夕花、幻羽が出ている」
「え……?」

 白夜は夕花を支えたまま、窓ガラスを指差した。窓ガラスに反射して、夕花の背に紫がかった青い羽が生えているのが見える。

「青い、幻羽──」

 夕花は目を見開いた。首を後ろに捻ると、煌めく青い幻羽が自分の目でも確認できた。この目で見ても信じられない。しかし、確かに目の前に存在していた。
 白夜は祖母に向かって言った。

「これでおわかりでしょう。幼い頃、体が弱かった夕花は羽を出せなかった。それを羽なしだと誤解されてしまったんだ。もしかすると、その頃に青波様から渡されたお金で最先端の治療をしていたら、もっと早く出せるようになっていたのかもしれない。紫乃さんだって、もっと長く生きられたかもしれない。だがその男は送金されたお金を夕花や紫乃さんのためには使わなかった。それどころか紫乃さんという妻がありながら、よその女性との間に子供まで作った。そして紫乃さんが亡き後、夕花はずっと辛い目にあわされてきたんだ」
「……お母様は、毎月お父様に注射器で血を抜かれていました。その代わりに私の咳の薬を受け取っているようでした……」

 夕花は思い出した内容を口にした。
幼くて、当時は見ても意味がわからなかったことの意味を、やっと理解した。母は、夕花の薬と引き換えに血を渡していたのだ。

「な、なんということ……! あの子は体が弱いのに……血を抜かれるだなんて……」
「そのせいかもしれません。私が記憶にあるお母様の幻羽は白くなっていて、悲しそうに羽を見つめていました……つまり、私のせいで、お母様は……」

 母が早くに亡くなったのは夕花のせいでもある。
 じわりと涙が浮かんだが、白夜は夕花を慰めるように肩を軽く叩いた。

「いいや、違う。治療費や薬代には青波様からじゅうぶんな金額が送金されていたはずだ。それを奪い取り、まともに治療させなかったのは、その男だ。全てその男のせいだよ」

 白夜は父を指差した。

「そうです。紫乃は手紙で、幼い夕花がいかに可愛いか、この子のためなら自分の命も惜しくないほど愛しいかを書いていました。それに、お役目のためとはいえ、紫乃のそばにいられなかったわたくしにも責任があります」
「いえ、そんなことありません!」

 夕花は慌てて否定し、白夜を振り返る。

「ですよね、白夜さん──どうしたんですかっ?」

 白夜はひどくふらついていた。顔色も悪い。生命力を夕花に譲渡したせいかもしれない。
 白夜は血を吸えない。異能の力を使いすぎるのは体によくないのだ。なのに夕花にために力を尽くしてくれた。

「白夜さん、大丈夫ですか?」
「ああ。これくらいなら平気だ。それに君の青い幻羽の光を浴びていると体が楽になるよ」

 真っ青な顔をして、辛いはずなのに、夕花に微笑んでくれた。

「……夕花」

 祖母は夕花の手を取った。

「すぐに信じずにごめんなさい。長いこと寂しい思いをさせましたね」
「お婆様……」

 その手の温もりに、亡き母を思い出す。じわり、と涙が浮かんだ。
 祖母はギロッと父を睨む。

「それでどういうことなのですか。わたくしの娘と孫を随分と虐げてくれたようですね! 紫乃を裏切ったばかりか、偽物の孫まで用意して騙そうとしたことは許せません!」

 祖母の言葉に父は真っ青になり、ガックリとその場に膝をつく。
 父の目論見は消え去ったのだ。
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