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5章 宮守と夕花の関係②
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長い式典が全て終了し、続々と招待客が帰っていく。白夜たちも人の流れに乗りながら会場から出ようとした。
「夕花、ストップ」
「え?」
突然、白夜が足を止め、夕花を人の流れのないところに連れ出した。
「どうしたんですか?」
白夜は黙って指差した。その方向は、さっきの立ち入り禁止区域に繋がる細い廊下だった。
そこにいたのは父と愛菜の姿である。
衛士に何事かを話しかけ、奥に向かっていく。
「お父様に愛菜……どうしてあっちに……」
立ち入り禁止区域の向こうは、普通の招待客では入れない場所のようだった。愛菜たちに用があるとは思えない。
白夜は少し考え込むように顎に手を当てていたが、口を開いた。
「……夕花、君は元宮守の孫だ」
「え、ええ」
夕花は意図がわからないまま頷く。
白夜が調べたことに間違いがないなら、そうなるのだろう。
「推測でしかないが、君の祖母と神楽家当主にはずっとやりとりがあったのかもしれない」
「お父様と……?」
「ああ。もしかすると、君の祖母は、娘や孫娘のためにずっと仕送りをしていたのではないだろうか。君の父親は長いこと、まともに働いていない。神楽家は幻羽族では由緒ある家柄だが、国からもらえる収入はさほど多い額ではないはずだ。なのに知っての通り、遊び暮らして、時におかしな事業に金を注ぎ込んでいる様子だった。そんなことができるのは、どこかに収入源があったからだろう。それが君の祖母なんじゃないか? そして、宮守を退任した君の祖母に、愛菜が夕花だと偽って会いに行ったのだとしたら……」
「あっ……!」
夕花の脳裏に閃いたのは、母の形見のバイカラーサファイアの指輪だった。
「愛菜は、お母様の形見の指輪をしていました。もしかしたら、あれを見せて私だと偽るつもりなのかもしれません。それに、白夜さんから結婚の話が来たときも、お父様は一瞬だけ、愛菜にお嫁に行ってほしそうだったんです。私のような羽なしのいらない子ではなく、どうして大事な愛菜を嫁がせようと思ったのか。それは、私が神楽家にいないと、祖母からお金を引き出せないと考えていたからかもしれません。しかし、後妻に何か言われて、すぐに覆して私に結婚するように言いました。その時に愛菜を私の身代わりにしようと決めたのかも……」
愛菜が白夜に返金を求められても平気そうな顔だったのは、それ以上の収入源が他にあるということ。そして、それは元宮守である祖母の財産だとすれば説明がつく。
「……なるほど。そもそも愛菜が使用人を使って君に手出しをしたのは、君という存在を誰の庇護もない場所に追いやりたいからだとしたら。君の祖母から金を引き出す予定があり、本物の孫である君に邪魔をされては困る。あいつらの杜撰な作戦がもし成功していたなら、君は俺の庇護下にもいられなくなっただろう。その場合、君は本物の夕花であると証明できなくなる、ということだ」
「ど、どうしましょう……」
気がつけばロビーにいた人は随分減っている。白夜と話しているうちに、どんどん帰ってしまったのだ。いつまでも会場内にいられない。
「……行くしかない。このまま乗り込もう」
「えっ……」
「大丈夫。君のことは絶対に俺が守る」
愛菜と結びついた嫌な記憶を思い出し、夕花の足は勝手に震え出す。それを押さえ込みながら夕花は口を開いた。
「い、行きます……! 白夜さんがそう言ってくれるのですから、私は信じます!」
白夜は微笑み、夕花の手を握った。
「ああ、行こう」
夕花の足はすくんでしまいそうだった。しかし、白夜に腰を抱かれ、その温もりに支えられていると感じた。
「俺が着いているから大丈夫」
夕花はその言葉に頷いた。
「あ、あの正面から行くのですか? 衛士がいるのではないかと思いますが……」
堂々と禁止区域と書かれた札の先に歩いていく白夜に、夕花は首を傾げた。
「こういうのは正面から行くことが大事なんだ」
そう会話している音を聞きつけたのか、二人の衛士がバタバタと足音を立てやってくる。
「おい、この先は立ち入り禁止だ!」
「あっ、お前たち、さっきの……!」
そう言ったのは、さっき、夕花を怒鳴った衛士たちだった。
筋骨隆々の衛士たちが持っていた警杖を振りかざす。
「やはり犯罪の下見だったのだなっ!」
そう言って問答無用で振り下ろそうとしたが、白夜はなんなく警杖を受け止めた。それどころか曲芸のように難なく奪い取る。そのままバキリと片手で折った。折れたと言うより粉々に砕けていた。白夜は手に残った破片をポイッと投げ捨てる。
「ば、化け物め……!」
失った衛士は真っ青になりながらも、戦意を失ってはいないようだ。と、そこにもう一人の衛士が回り込み、白夜の背後にいた夕花を狙おうとしていた。
「夕花に手を出すな!」
もう一本の警杖も奪い取ってバキッと破壊し、衛士の首の後ろを立て続けにトン、トンッと叩く。二人の衛士はふらっとその場に倒れてしまった。
白夜は背が高いとはいえ、スラッとした体格だ。それが、白夜よりずっとゴツい武器を持つ衛士を、難なくのしてしまった。
「す、すごい……でも、大丈夫なんですか?」
血が吸えない白夜はあまり異能の力を使うべきではないだろう。しかし白夜は夕花に微笑んだ。
「気絶させただけだ。これくらい異能の力を使うまでもない。さあ、行こう」
「は、はい」
白夜は、警杖を破壊したとは思えないほど優しい手付きで、夕花の手を握って走り出した。
白夜と夕花は廊下を抜け、難なく立ち入り禁止区域に入り込んだ。会場と内廊下で繋がっている別館のような場所のようだった。
「おそらく応接室のような、話し合いができる部屋にいるはずだ」
「あっ、これ、地図です!」
夕花は廊下に目立たないように貼られた地図に気付いて指差した。
最奥にある応接室の可能性が高そうだ。夕花は即座に地図を覚えると、白夜を先導し、応接室の前に到着した。
父や愛菜の笑い声がする。応接室はさっきの廊下から距離があったため、衛士を気絶させた大立ち回りには気付かれなかったようだ。
白夜は静かに、というように、唇の前に人差し指を立てた。夕花も黙って頷く。
応接室から漏れ聞こえる会話に耳を澄ませた。
「夕花さん、大きくなりましたね」
「お婆様にお会い出来て、夕花は嬉しいです!」
愛菜の声でそう返答するのが聞こえた。やはり、白夜の推測の通り、愛菜が夕花に成り代わっているのだ。
「貴方が小さい頃の写真を紫乃から送ってもらって、ずっと貴方の写真を大事にしていたのですよ。でも、写真とは雰囲気が少し違うかしら。写真だと紫乃に似て艶があるまっすぐな黒髪に見えたのですが」
「そ、それは……ええと、大きくなるにつれて、癖毛になったんです。だからそう見えるんじゃないですか? それにすっごく古い写真ですもの。画質も悪いわ。実物と違って見えるのはしょうがないと思うんです」
「まあ、そうよね。ごめんなさい。それに大人になれば雰囲気も変わるものでしょうから。紫乃にあげた指輪もしているし……」
「そうですよ。わたしが夕花です!」
はっきりと愛菜はそう言った。
目線だけで白夜に問うと、白夜は黙って頷く。
同時に手で制してくる。もう少し待つ必要があるのだと察して夕花は頷いた。
祖母と、夕花のフリをした愛菜の会話は和やかに進んでいく。時折、父が愛菜をフォローして、愛菜だとバレないように振る舞っている。
会話の最中、愛菜は突然、ケホケホと咳き込んだ。
「あっ、ごめんなさいお婆様。私、ちょっと体が弱くて……」
「まあ……紫乃も体が弱かったものね。きっと遺伝でしょう……」
「ええ、そうなんです。娘には出来る限り手を尽くして治療をしてやりたいと思っていまして。……実は、外つ国から入ってきた最新の医療技術や薬を試すのはどうかと、知り合いの医者が勧めてくれたんです」
父が人のよさそうな声でそう言うのが聞こえる。
「ただ……先立つものがありません。これまでも長いこと夕花の治療費を送金していただいていたというのに、不甲斐ない限りです……」
「まあ、そんなこと。夕花さんのためであれば、わたくしがお金を出しましょう」
「お婆様、ありがとうございます!」
「いいのですよ。わたくしは宮守のお役目で紫乃の葬式にも出られなかった身。それに生い先も短いのですから、可愛い孫のために財産を使うのは当然のことです」
「本当に助かります。これで夕花も健康になります。では、こちらの契約書に記名をしていただけますか」
おそらく父親があらかじめ用意していた契約書を出したのだろう。
そこまで聞き、ようやく白夜は立ち上がった。
「行こう」
「はい!」
夕花は頷いた。
「夕花、ストップ」
「え?」
突然、白夜が足を止め、夕花を人の流れのないところに連れ出した。
「どうしたんですか?」
白夜は黙って指差した。その方向は、さっきの立ち入り禁止区域に繋がる細い廊下だった。
そこにいたのは父と愛菜の姿である。
衛士に何事かを話しかけ、奥に向かっていく。
「お父様に愛菜……どうしてあっちに……」
立ち入り禁止区域の向こうは、普通の招待客では入れない場所のようだった。愛菜たちに用があるとは思えない。
白夜は少し考え込むように顎に手を当てていたが、口を開いた。
「……夕花、君は元宮守の孫だ」
「え、ええ」
夕花は意図がわからないまま頷く。
白夜が調べたことに間違いがないなら、そうなるのだろう。
「推測でしかないが、君の祖母と神楽家当主にはずっとやりとりがあったのかもしれない」
「お父様と……?」
「ああ。もしかすると、君の祖母は、娘や孫娘のためにずっと仕送りをしていたのではないだろうか。君の父親は長いこと、まともに働いていない。神楽家は幻羽族では由緒ある家柄だが、国からもらえる収入はさほど多い額ではないはずだ。なのに知っての通り、遊び暮らして、時におかしな事業に金を注ぎ込んでいる様子だった。そんなことができるのは、どこかに収入源があったからだろう。それが君の祖母なんじゃないか? そして、宮守を退任した君の祖母に、愛菜が夕花だと偽って会いに行ったのだとしたら……」
「あっ……!」
夕花の脳裏に閃いたのは、母の形見のバイカラーサファイアの指輪だった。
「愛菜は、お母様の形見の指輪をしていました。もしかしたら、あれを見せて私だと偽るつもりなのかもしれません。それに、白夜さんから結婚の話が来たときも、お父様は一瞬だけ、愛菜にお嫁に行ってほしそうだったんです。私のような羽なしのいらない子ではなく、どうして大事な愛菜を嫁がせようと思ったのか。それは、私が神楽家にいないと、祖母からお金を引き出せないと考えていたからかもしれません。しかし、後妻に何か言われて、すぐに覆して私に結婚するように言いました。その時に愛菜を私の身代わりにしようと決めたのかも……」
愛菜が白夜に返金を求められても平気そうな顔だったのは、それ以上の収入源が他にあるということ。そして、それは元宮守である祖母の財産だとすれば説明がつく。
「……なるほど。そもそも愛菜が使用人を使って君に手出しをしたのは、君という存在を誰の庇護もない場所に追いやりたいからだとしたら。君の祖母から金を引き出す予定があり、本物の孫である君に邪魔をされては困る。あいつらの杜撰な作戦がもし成功していたなら、君は俺の庇護下にもいられなくなっただろう。その場合、君は本物の夕花であると証明できなくなる、ということだ」
「ど、どうしましょう……」
気がつけばロビーにいた人は随分減っている。白夜と話しているうちに、どんどん帰ってしまったのだ。いつまでも会場内にいられない。
「……行くしかない。このまま乗り込もう」
「えっ……」
「大丈夫。君のことは絶対に俺が守る」
愛菜と結びついた嫌な記憶を思い出し、夕花の足は勝手に震え出す。それを押さえ込みながら夕花は口を開いた。
「い、行きます……! 白夜さんがそう言ってくれるのですから、私は信じます!」
白夜は微笑み、夕花の手を握った。
「ああ、行こう」
夕花の足はすくんでしまいそうだった。しかし、白夜に腰を抱かれ、その温もりに支えられていると感じた。
「俺が着いているから大丈夫」
夕花はその言葉に頷いた。
「あ、あの正面から行くのですか? 衛士がいるのではないかと思いますが……」
堂々と禁止区域と書かれた札の先に歩いていく白夜に、夕花は首を傾げた。
「こういうのは正面から行くことが大事なんだ」
そう会話している音を聞きつけたのか、二人の衛士がバタバタと足音を立てやってくる。
「おい、この先は立ち入り禁止だ!」
「あっ、お前たち、さっきの……!」
そう言ったのは、さっき、夕花を怒鳴った衛士たちだった。
筋骨隆々の衛士たちが持っていた警杖を振りかざす。
「やはり犯罪の下見だったのだなっ!」
そう言って問答無用で振り下ろそうとしたが、白夜はなんなく警杖を受け止めた。それどころか曲芸のように難なく奪い取る。そのままバキリと片手で折った。折れたと言うより粉々に砕けていた。白夜は手に残った破片をポイッと投げ捨てる。
「ば、化け物め……!」
失った衛士は真っ青になりながらも、戦意を失ってはいないようだ。と、そこにもう一人の衛士が回り込み、白夜の背後にいた夕花を狙おうとしていた。
「夕花に手を出すな!」
もう一本の警杖も奪い取ってバキッと破壊し、衛士の首の後ろを立て続けにトン、トンッと叩く。二人の衛士はふらっとその場に倒れてしまった。
白夜は背が高いとはいえ、スラッとした体格だ。それが、白夜よりずっとゴツい武器を持つ衛士を、難なくのしてしまった。
「す、すごい……でも、大丈夫なんですか?」
血が吸えない白夜はあまり異能の力を使うべきではないだろう。しかし白夜は夕花に微笑んだ。
「気絶させただけだ。これくらい異能の力を使うまでもない。さあ、行こう」
「は、はい」
白夜は、警杖を破壊したとは思えないほど優しい手付きで、夕花の手を握って走り出した。
白夜と夕花は廊下を抜け、難なく立ち入り禁止区域に入り込んだ。会場と内廊下で繋がっている別館のような場所のようだった。
「おそらく応接室のような、話し合いができる部屋にいるはずだ」
「あっ、これ、地図です!」
夕花は廊下に目立たないように貼られた地図に気付いて指差した。
最奥にある応接室の可能性が高そうだ。夕花は即座に地図を覚えると、白夜を先導し、応接室の前に到着した。
父や愛菜の笑い声がする。応接室はさっきの廊下から距離があったため、衛士を気絶させた大立ち回りには気付かれなかったようだ。
白夜は静かに、というように、唇の前に人差し指を立てた。夕花も黙って頷く。
応接室から漏れ聞こえる会話に耳を澄ませた。
「夕花さん、大きくなりましたね」
「お婆様にお会い出来て、夕花は嬉しいです!」
愛菜の声でそう返答するのが聞こえた。やはり、白夜の推測の通り、愛菜が夕花に成り代わっているのだ。
「貴方が小さい頃の写真を紫乃から送ってもらって、ずっと貴方の写真を大事にしていたのですよ。でも、写真とは雰囲気が少し違うかしら。写真だと紫乃に似て艶があるまっすぐな黒髪に見えたのですが」
「そ、それは……ええと、大きくなるにつれて、癖毛になったんです。だからそう見えるんじゃないですか? それにすっごく古い写真ですもの。画質も悪いわ。実物と違って見えるのはしょうがないと思うんです」
「まあ、そうよね。ごめんなさい。それに大人になれば雰囲気も変わるものでしょうから。紫乃にあげた指輪もしているし……」
「そうですよ。わたしが夕花です!」
はっきりと愛菜はそう言った。
目線だけで白夜に問うと、白夜は黙って頷く。
同時に手で制してくる。もう少し待つ必要があるのだと察して夕花は頷いた。
祖母と、夕花のフリをした愛菜の会話は和やかに進んでいく。時折、父が愛菜をフォローして、愛菜だとバレないように振る舞っている。
会話の最中、愛菜は突然、ケホケホと咳き込んだ。
「あっ、ごめんなさいお婆様。私、ちょっと体が弱くて……」
「まあ……紫乃も体が弱かったものね。きっと遺伝でしょう……」
「ええ、そうなんです。娘には出来る限り手を尽くして治療をしてやりたいと思っていまして。……実は、外つ国から入ってきた最新の医療技術や薬を試すのはどうかと、知り合いの医者が勧めてくれたんです」
父が人のよさそうな声でそう言うのが聞こえる。
「ただ……先立つものがありません。これまでも長いこと夕花の治療費を送金していただいていたというのに、不甲斐ない限りです……」
「まあ、そんなこと。夕花さんのためであれば、わたくしがお金を出しましょう」
「お婆様、ありがとうございます!」
「いいのですよ。わたくしは宮守のお役目で紫乃の葬式にも出られなかった身。それに生い先も短いのですから、可愛い孫のために財産を使うのは当然のことです」
「本当に助かります。これで夕花も健康になります。では、こちらの契約書に記名をしていただけますか」
おそらく父親があらかじめ用意していた契約書を出したのだろう。
そこまで聞き、ようやく白夜は立ち上がった。
「行こう」
「はい!」
夕花は頷いた。
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