上 下
20 / 33

3章 誕生日パーティー③

しおりを挟む
※地震描写があります。読むのが辛い方はこの回を飛ばしてください。あらすじを次回に載せます。




「あ、あの……助け舟を出していただき、ありがとうございました」
「洗面台の前を塞がれるのが嫌だっただけです。貴方が白夜さんの今の婚約者ね」

 千鶴は切れ長の瞳でチラッと夕花を見た。
 何か言われるのかと身構えたが、千鶴は薄く微笑むだけだった。

「白夜さんとの婚約はお互いの合意で円満に解消しています。わたくしのことはお気になさらず。白夜さんは少し気難しいところがある方ですけど、よろしくお願いしますね」
「は、はい……」
「では、失礼します」

 千鶴は言い終わるや否や、颯爽と去っていった。

 その姿に、ふと思い出したのは白夜の著書である『兎に狼が殺せるか』の主人公、兎だった。千鶴は彼女のように気高く、そして魅力的な女性だと感じたのだ。彼女のような人こそ、真に美しい人だと言えるだろう。

 ──夕花とは何から何まで違う。

 陰口に俯くことしかできず、白夜や鹿代子に助けてもらうだけ。今だって、囲まれても、何も言えなかった。あんなに立派で美しい人ではなく、何もできない夕花が、何故白夜の婚約者として扱ってもらえるのか、理由もわからないまま。

 何とも言い難いモヤモヤした気持ちを抱えてお手洗いから出ると、白夜と千鶴が立ち話をしているのが見えた。距離があり、何を話しているのかまではわからない。しかし、見目麗しい白夜と、凛とした千鶴の二人の姿は文句のつけようがないほど絵になる。周囲もそう思っているだろう。

 しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。
 そう思って白夜のそばに戻ろうとした瞬間、グラッと地面が揺れた。
 また地震だ。それもかなり大きい。物が倒れる音や、女性の悲鳴が響く。夕花は慌てて、すぐそばの壁に縋った。

 白夜の方を見ると、白夜が千鶴を庇うようにその腰を抱いていた。どうやら、大きな揺れで、飾り付けられていたランプが落ちてきたところを庇ったらしい。

 千鶴はほんのりと頬を染め、白夜のスーツに縋って潤んだ目で見上げていた。気高い美しさだけではなく、その可憐な仕草に、見ている夕花の方がドキッとしてしまう。

 なんてお似合いなのかしら。
 そう思うと同時に、白夜が書いたあの本の主人公、兎とはまさしく千鶴なのだと感じていた。
 あの本の狼は、兎を本当はとても愛していて、本当は手放したくなかった。しかし、兎の幸せのために手放すことに決め、出ていく彼女を窓からそっと見送るのだ。
 千鶴が兎であるなら、白夜は狼なのだろう。つまり、白夜は千鶴を愛していたということなのでは。
 そして白夜に腰を抱かれた千鶴も、白夜を憎からず思っているように見えた。
 何かの誤解で、白夜は千鶴のためにと婚約解消をしたのであれば、二人はまだ思い合っているのかもしれない。
 こんなにいいドレスを着せてもらったのに、それでも地味だと陰口を叩かれる夕花より、よっぽどお似合いだ。夕花はただの同情で白夜の隣にいさせてもらっているだけなのだから。

 白夜の隣に立つべきなのは、自分ではない──そう思い、ズキッと胸が痛む。

「夕花、また揺れたようだが大丈夫だったか?」

 白夜が夕花が洗面所から出てきたことに気付き、迎えに来てくれた。もう千鶴の姿はない。

「揺れた時にそばにいられなくてすまなかった。怖かっただろう」

 白夜は優しい。夕花のことを案じてくれている。
 しかし窓ガラスに映る夕花は地味でパッとしない。白夜の隣に立つのが申し訳ないくらいだった。

「夕花、どうかしたか?」
「い、いえ……」

 夕花はやっとのことで返事をする。

「屋敷に亘理を一人で残してきたから心配だな。急いで帰ろう。……こう立て続けに地震があるというのは、何か嫌な予感がするが……」

 白夜は地震のせいか、それとも千鶴に再会したせいなのか、妙に上の空で何かを考え込んでいる。夕花の様子がおかしいことには気付いていないようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

後宮で立派な継母になるために

絹乃
キャラ文芸
母である皇后を喪った4歳の蒼海(ツァンハイ)皇女。未来視のできる皇女の養育者は見つからない。妃嬪の一人である玲華(リンホア)は皇女の継母となることを誓う。しかし玲華の兄が不穏な動きをする。そして玲華の元にやって来たのは、侍女に扮した麗しの青年、凌星(リンシー)だった。凌星は皇子であり、未来を語る蒼海の監視と玲華の兄の様子を探るために派遣された。玲華が得意の側寫術(プロファイリング)を駆使し、娘や凌星と共に兄の陰謀を阻止する継母後宮ミステリー。※表紙は、てんぱる様のフリー素材をお借りしています。

処理中です...