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3章 誕生日パーティー③
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※地震描写があります。読むのが辛い方はこの回を飛ばしてください。あらすじを次回に載せます。
「あ、あの……助け舟を出していただき、ありがとうございました」
「洗面台の前を塞がれるのが嫌だっただけです。貴方が白夜さんの今の婚約者ね」
千鶴は切れ長の瞳でチラッと夕花を見た。
何か言われるのかと身構えたが、千鶴は薄く微笑むだけだった。
「白夜さんとの婚約はお互いの合意で円満に解消しています。わたくしのことはお気になさらず。白夜さんは少し気難しいところがある方ですけど、よろしくお願いしますね」
「は、はい……」
「では、失礼します」
千鶴は言い終わるや否や、颯爽と去っていった。
その姿に、ふと思い出したのは白夜の著書である『兎に狼が殺せるか』の主人公、兎だった。千鶴は彼女のように気高く、そして魅力的な女性だと感じたのだ。彼女のような人こそ、真に美しい人だと言えるだろう。
──夕花とは何から何まで違う。
陰口に俯くことしかできず、白夜や鹿代子に助けてもらうだけ。今だって、囲まれても、何も言えなかった。あんなに立派で美しい人ではなく、何もできない夕花が、何故白夜の婚約者として扱ってもらえるのか、理由もわからないまま。
何とも言い難いモヤモヤした気持ちを抱えてお手洗いから出ると、白夜と千鶴が立ち話をしているのが見えた。距離があり、何を話しているのかまではわからない。しかし、見目麗しい白夜と、凛とした千鶴の二人の姿は文句のつけようがないほど絵になる。周囲もそう思っているだろう。
しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。
そう思って白夜のそばに戻ろうとした瞬間、グラッと地面が揺れた。
また地震だ。それもかなり大きい。物が倒れる音や、女性の悲鳴が響く。夕花は慌てて、すぐそばの壁に縋った。
白夜の方を見ると、白夜が千鶴を庇うようにその腰を抱いていた。どうやら、大きな揺れで、飾り付けられていたランプが落ちてきたところを庇ったらしい。
千鶴はほんのりと頬を染め、白夜のスーツに縋って潤んだ目で見上げていた。気高い美しさだけではなく、その可憐な仕草に、見ている夕花の方がドキッとしてしまう。
なんてお似合いなのかしら。
そう思うと同時に、白夜が書いたあの本の主人公、兎とはまさしく千鶴なのだと感じていた。
あの本の狼は、兎を本当はとても愛していて、本当は手放したくなかった。しかし、兎の幸せのために手放すことに決め、出ていく彼女を窓からそっと見送るのだ。
千鶴が兎であるなら、白夜は狼なのだろう。つまり、白夜は千鶴を愛していたということなのでは。
そして白夜に腰を抱かれた千鶴も、白夜を憎からず思っているように見えた。
何かの誤解で、白夜は千鶴のためにと婚約解消をしたのであれば、二人はまだ思い合っているのかもしれない。
こんなにいいドレスを着せてもらったのに、それでも地味だと陰口を叩かれる夕花より、よっぽどお似合いだ。夕花はただの同情で白夜の隣にいさせてもらっているだけなのだから。
白夜の隣に立つべきなのは、自分ではない──そう思い、ズキッと胸が痛む。
「夕花、また揺れたようだが大丈夫だったか?」
白夜が夕花が洗面所から出てきたことに気付き、迎えに来てくれた。もう千鶴の姿はない。
「揺れた時にそばにいられなくてすまなかった。怖かっただろう」
白夜は優しい。夕花のことを案じてくれている。
しかし窓ガラスに映る夕花は地味でパッとしない。白夜の隣に立つのが申し訳ないくらいだった。
「夕花、どうかしたか?」
「い、いえ……」
夕花はやっとのことで返事をする。
「屋敷に亘理を一人で残してきたから心配だな。急いで帰ろう。……こう立て続けに地震があるというのは、何か嫌な予感がするが……」
白夜は地震のせいか、それとも千鶴に再会したせいなのか、妙に上の空で何かを考え込んでいる。夕花の様子がおかしいことには気付いていないようだった。
「あ、あの……助け舟を出していただき、ありがとうございました」
「洗面台の前を塞がれるのが嫌だっただけです。貴方が白夜さんの今の婚約者ね」
千鶴は切れ長の瞳でチラッと夕花を見た。
何か言われるのかと身構えたが、千鶴は薄く微笑むだけだった。
「白夜さんとの婚約はお互いの合意で円満に解消しています。わたくしのことはお気になさらず。白夜さんは少し気難しいところがある方ですけど、よろしくお願いしますね」
「は、はい……」
「では、失礼します」
千鶴は言い終わるや否や、颯爽と去っていった。
その姿に、ふと思い出したのは白夜の著書である『兎に狼が殺せるか』の主人公、兎だった。千鶴は彼女のように気高く、そして魅力的な女性だと感じたのだ。彼女のような人こそ、真に美しい人だと言えるだろう。
──夕花とは何から何まで違う。
陰口に俯くことしかできず、白夜や鹿代子に助けてもらうだけ。今だって、囲まれても、何も言えなかった。あんなに立派で美しい人ではなく、何もできない夕花が、何故白夜の婚約者として扱ってもらえるのか、理由もわからないまま。
何とも言い難いモヤモヤした気持ちを抱えてお手洗いから出ると、白夜と千鶴が立ち話をしているのが見えた。距離があり、何を話しているのかまではわからない。しかし、見目麗しい白夜と、凛とした千鶴の二人の姿は文句のつけようがないほど絵になる。周囲もそう思っているだろう。
しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。
そう思って白夜のそばに戻ろうとした瞬間、グラッと地面が揺れた。
また地震だ。それもかなり大きい。物が倒れる音や、女性の悲鳴が響く。夕花は慌てて、すぐそばの壁に縋った。
白夜の方を見ると、白夜が千鶴を庇うようにその腰を抱いていた。どうやら、大きな揺れで、飾り付けられていたランプが落ちてきたところを庇ったらしい。
千鶴はほんのりと頬を染め、白夜のスーツに縋って潤んだ目で見上げていた。気高い美しさだけではなく、その可憐な仕草に、見ている夕花の方がドキッとしてしまう。
なんてお似合いなのかしら。
そう思うと同時に、白夜が書いたあの本の主人公、兎とはまさしく千鶴なのだと感じていた。
あの本の狼は、兎を本当はとても愛していて、本当は手放したくなかった。しかし、兎の幸せのために手放すことに決め、出ていく彼女を窓からそっと見送るのだ。
千鶴が兎であるなら、白夜は狼なのだろう。つまり、白夜は千鶴を愛していたということなのでは。
そして白夜に腰を抱かれた千鶴も、白夜を憎からず思っているように見えた。
何かの誤解で、白夜は千鶴のためにと婚約解消をしたのであれば、二人はまだ思い合っているのかもしれない。
こんなにいいドレスを着せてもらったのに、それでも地味だと陰口を叩かれる夕花より、よっぽどお似合いだ。夕花はただの同情で白夜の隣にいさせてもらっているだけなのだから。
白夜の隣に立つべきなのは、自分ではない──そう思い、ズキッと胸が痛む。
「夕花、また揺れたようだが大丈夫だったか?」
白夜が夕花が洗面所から出てきたことに気付き、迎えに来てくれた。もう千鶴の姿はない。
「揺れた時にそばにいられなくてすまなかった。怖かっただろう」
白夜は優しい。夕花のことを案じてくれている。
しかし窓ガラスに映る夕花は地味でパッとしない。白夜の隣に立つのが申し訳ないくらいだった。
「夕花、どうかしたか?」
「い、いえ……」
夕花はやっとのことで返事をする。
「屋敷に亘理を一人で残してきたから心配だな。急いで帰ろう。……こう立て続けに地震があるというのは、何か嫌な予感がするが……」
白夜は地震のせいか、それとも千鶴に再会したせいなのか、妙に上の空で何かを考え込んでいる。夕花の様子がおかしいことには気付いていないようだった。
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