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2章 吸血鬼の屋敷⑤

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「では、白夜さんが私を連れてきたのは、私に異能の力が強い子供を産ませるために、花嫁にしたということですか?」

 途端、穏やかだった白夜の顔が曇る。眉が寄せられ、どこか遠くを見つめている。

「……君に無理強いをさせるつもりはない。君はこの屋敷に……俺のそばにいてくれるだけで構わない」
「あ、あの……ごめんなさい……!」

 おそらく、触れられたくないことだったのだ。怒っている様子ではないが、彼の触れられたくない部分に触れてしまったと感じて夕花は青くなる。

「責めたいわけじゃないんだ。気にしなくていい」

 夕花はブンブンと首を横に振った。
 不甲斐ない自分に泣きたくなる。

「ご、ごめんなさい。私……ここにいていい理由がなくて、不安で……。何か役割が欲しいんです。こんな私にとって分不相応なほどいい暮らしをさせてもらえて、申し訳なくて。血を吸うとか、子供を産むためだけでも構わないから、何か……」

 夕花、と白夜は宥めるように名前を呼び、夕花の唇に人差し指を当てた。
 不意に、ゴロンと横になり、夕花の膝に頭を乗せてくる。

「俺は君を花嫁として迎えたかった。それだけなんだ。俺の望みは君のそばにいることで、君がそれだけでは申し訳ないと言うのなら、たまにこうやって膝を貸してくれ」
「膝くらい、いつでも……」
「……ありがとう、夕花。そうだな、夕食が出来たら亘理が呼びにくるはずだ。それまで少し寝させてほしい」

 白夜は言い終わった途端、すうすうと寝息を立て始めた。
 まぶたがピクピクと動き、狸寝入りには見えない。
 あんなに饒舌に話していたのに、本当は眠かったのだろうか。
 膝の上は重いが、決して嫌な重さではなかった。最初に出会ったあの日以上にすぐそばで無防備な姿を見せてくれる白夜。
 白夜から話を聞いても、何故夕花なのかという理由はわからないままだった。いや、白夜のことだって、わからないことばかりだ。

 綺麗な金色の髪や、濃い影を落とすまつ毛を眺めていると、不思議と胸がきゅうっとする気がする。もどかしく、切ない。
 しかし夕花には、この胸の切なさが何なのかさえ、まだわからなかった。



 白夜の寝顔を見ているうちに時間は過ぎ、亘理が夕食が出来たと呼びにきた。

「わあ、夕花様、洋服もお似合いですね!」
「ありがとう……たくさんあってオロオロしていたら白夜さんが選んでくれて」

 夕花は亘理に褒められ、素直に微笑む。
 これまでだったら褒められても、そんなことないとしか思えなかったが、白夜のおかげで受け入れることが出来たのだ。
 些細なことではあるが、夕花にとって重要な第一歩だと言えた。

「さすがご主人ですね。あれ、ご主人、もしかして寝てました? 髪の毛跳ねてますよ」

 仏頂面の白夜に、亘理はクスクスと可笑しそうに笑った。

 居間に向かうと、亘理の作った豪勢な食事が待っていた。
 これまで夕花は神楽家で食事を作っており、洋食も簡単なものなら作ったことがある。しかしそれとは比べ物にならないほど本格的で驚いていた。愛菜が両親に連れられて食べに行ったレストランの自慢話を聞かされたことがあったが、それよりずっと品数が多いだろう。

「本当はタイミングを見計らって一皿ずつ出すんですけど、調理も給仕も、僕しかいないので、無作法ですけど全部並べさせてくださいね」

 そう言われても、夕花には洋食の正しい作法がわからない。

「あの、どれをどうやって食べたらいいのでしょう……」

 恥を忍んでそう言うと、亘理は皿を一つずつ差し示しながら教えてくれた。

「最初はこのお皿の前菜の盛り合わせを召し上がってください。冷たくて、味が濃くない軽い料理です。こちらがコンソメスープで、その横が魚料理、付け合わせの蒸し野菜です。今日のお魚はカレイのソテーです。柑橘風味なので見た目よりさっぱりしてますよ。それで、このど真ん中の一番大きなお皿がメインのお肉料理、牛肉のグリエにしてみました。食事が終わる頃になったらデザートとお茶をお持ちしますね!」

「ま、待って……多過ぎるわ!」

 見ているだけで夕花は目を回しそうになってしまった。
 量も情報量も多過ぎる。横のカゴにはパンが山盛りにたくさん入っているし、どう考えても夕花に食べ切れる気がしない。

「すみません、夕花様がいるのでつい張り切っちゃいました」

 亘理はえへへ、と恥ずかしそうに笑う。

「残しても構わない。残ったら亘理が食べる」
「え、でも……」

 残したものを食べさせるのは申し訳ない。しかし、この家でも神楽家同様に、使用人は残り物を食べる決まりなのだろうか。
 そう聞くと、亘理は首を横に振った。

「いえ、僕の分はちゃんとあるんですよ。僕、実はとんでもなく大食いなんです。特に蝙蝠に変身して飛ぶと、すっごくお腹が減るもので、残り物もあればあるだけ僕が全部食べちゃいます。でも夕花様は女性ですし、口を付けた後のものを僕に食べられたら嫌ですよね。そうだ、食べられそうな分だけ取り皿に盛るのはどうですか?」

 亘理はいそいそと皿を持ってきて、夕花に意見を聞きながら少量ずつ盛り直してくれた。
 亘理が盛り直した皿はちょうど良さそうな量が綺麗に並び、見た目も最初からこうだったかのように見栄えがする。

「こんな感じでどうでしょう」
「あ、ありがとう。とても美味しそう。でも、手間をかけさせてしまってごめんなさい……」
「いえいえ、これからはちょうどいい量をすり合わせしていきましょうね」
「夕花、食べ方は俺の真似をするといい」
「は、はい」

 二人のおかげで、夕花は目を白黒しながらも楽しく食事をすることが出来た。味に関しては言うまでもなく美味で、少しずつ盛ってもらったおかげで全て食べ切ることができた。
 目の前の白夜は、どの皿も数口程度しか手を付けていない。正直なところ、夕花とそう変わらない量だ。

「白夜さんは、それだけで足りるんですか?」
「ああ。今はあまり腹が減っていない」

 夕花と大差ない少食なのだろうか。おやつのアップルパイも夕花が食べさせた一口だけしか食べていなかった。

「これでもいつもより食べた方ですよ。でも、ちゃんと食べてもらえて嬉しいです!」

 亘理は料理が残った皿を下げながら上機嫌だ。

「きっと、夕花様が来てくれたおかげですね」
「亘理」

 ニコニコと亘理はそう言い、白夜に嗜められて首をすくめながらまた笑った。

 その後も夕花は初めて見た洋風の風呂にてんやわんやしながら入り、ベッドに横たわると、昼まで寝ていたにもかかわらず、気絶するかのように寝てしまった。
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