迦国あやかし後宮譚

シアノ

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番外編

【迦国3巻発売記念番外編】週末の甘い日

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「朱妃、青妃からお菓子をいただきましたよ」

 いつもにこにこの恩永玉は、今日も可愛い笑顔と片頬にエクボを浮かべながら、長方形の箱を手に、私の部屋にやってきたのだった。

「外つ国のお菓子だそうです。青妃からのお手紙もありますよ」
「ありがとう。わあ、美味しそうな焼き菓子ね」

 青妃がくれた焼き菓子は柑橘が練り込まれているのか、爽やかな香りがしていた。焼き菓子の表面には、焼き菓子を真っ白く覆う砂糖衣がかかり、青みのある開心果ピスタチオで飾り付けられている。

 青薔宮の青妃は、普段から私を気にかけてくれて、ちょくちょくお菓子を贈ってくれるのだ。

 青妃は雨了の従姉妹で雨了と顔や雰囲気がとても似ているのだが、やたらと私に食べさせたがるところもよく似ているかもしれない。

「すぐ召し上がりますか?」
「じゃあ早速……あ、その前に手紙読んじゃうから」

 私は青妃からの手紙を開き、中の文面を読む。食べたい気持ちをグッと堪えて箱の蓋を閉じた。

「……食べるのは今度にしましょう」
「どうかなさいましたか?」
「なんでも、これは週末に食べる焼き菓子なんですって。陛下が来るのは明後日よね。だから、その日に食べるわ」
「承知しました。それまで涼しい場所に保管しておきますね」
「うん、お願い」

 青妃からの手紙には、外つ国の言葉で『週末に食べる柑橘の焼き菓子ウィークエンドシトロン』という菓子で、大切な人と一緒に過ごす週末に食べるものなのだと書かれていた。そして、出来たら雨了と一緒に食べてほしいとも。

 甘く、爽やかな柑橘の風味を想像し、頬が緩んだ。きっと雨了と一緒に食べたなら、もっと美味しいのだろう。



 いつも忙しい雨了が少しだけ休める日がやってきた。今日は一日執務が休みだと聞いている。雨了の執務は週末だからといって休めるものではない。だが、休みである今日は、ある意味では雨了にとっての週末とも言えるだろう。

 雨了は執務で少し寝不足なのか、目をしぱしぱさせている。青い龍の瞳も眠そうに潤んでいた。

「お疲れ様、雨了」
「ああ……莉珠、変わりはないか?」
「私の方は特に。でも青妃から焼き菓子をいただいたの。雨了と一緒に食べてって手紙に書いてあったから我慢してたのよ。眠そうだけど、食べる?」
「そうだな……いただこう。莉珠も食べたくてたまらないのだろう」
「そんな、人を食いしん坊みたいに! ……確かに食べたいけど」

 雨了はクスクスと笑い、私の頭をポンポンと叩いた。

「──朱妃、お持ちしました」

 頃合いを見計らっていたらしい恩永玉が、手際よく焼き菓子とお茶を出してくる。

「柑橘の入った焼き菓子のようですので、お茶は渋味のないあっさりした味のものにいたしました」
「ありがとう」

 皿の上に薄く切られた焼き菓子がちょこんと乗っている。柑橘の香りがほのかに薫る。お茶も淡色で柔らかな香りが湯気と共に立ち上った。

「いただきます!」

 私はパクッと焼き菓子を口に入れた。ふわっと漂う清々しい柑橘の香り。そして甘さは濃厚で、シャリッとした砂糖衣が口の中で溶けていく。

「んー、美味しい」

 うんと甘みが強いけれど柑橘の爽やかな風味があり、くどさは感じない。雨了も気に入ったようだ。

「ああ、これは良いな」

 さらに、恩永玉が選んだあっさりしたお茶ともよく合う。強い甘さを口の中でサラッと流してくれる。濃い味のお茶だと、柑橘と合わさって渋みを感じていたかもしれない。

 食べ終わった雨了は、わふ、と欠伸を噛み殺している。

「雨了、眠そう」
「ああ……そうだな。なんとも清々しい心地良さがあるのだが、眠い……」

 とうとう大きな欠伸を一つ。

「少し寝たら……ふぁ」

 私にまで欠伸がうつってしまった。

「莉珠こそ、寝たらどうだ」

 雨了は眠そうにしながらも、クスッと笑う。

「……それもありかもね」

 甘いものを食べてお腹が満たされたし、外は日差しでポカポカ陽気。薫春殿の庭から吹いてくる心地よい風が、緑の香りを運んでくる。
 なんとも心地よい日だ。

「眠くなるのも当然な陽気ね」

 週末に食べる甘い焼き菓子。それは清々しさと共に眠気まで連れてきたのかもしれない。

「じゃ、少しお昼寝しましょうか」
「そうだな」

 雨了のたまの休みくらい、ゆっくり休んでほしい。時には自堕落でもいいじゃない。

 ふわぁ、と私がもう一つ欠伸をすると、窓の外で日向ぼっこをしているろくも、大きな口を開けて欠伸をしたのが見えた。

「みんな眠いのねえ」
「そのようだ」

 こんなうららかな陽気であれば、妖の猫だって眠くなるということか。

 横になると雨了の長い髪がサラッと流れる。艶々で川の水面のように光を反射している黒髪。手で掬えばひんやりとした髪が指の間を通っていった。上質な絹糸よりも滑らかで、触るだけで心地よさを感じる。

「雨了、少しだけ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

 雨了は私の額に口付けを落とす。

 それは甘く──週末の焼き菓子に負けないほどの甘い甘い口付け。

 私は目を閉じて、この午睡から覚めたら雨了と何をしようか、何を話そうか、そう考えているうちに、意識はあっという間に眠りの世界に落ちていったのだった。








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※迦国3巻発売しました! 完全書き下ろしの一冊です。読んでいただけたら嬉しいです!
ウィークエンドシトロン食べたい。
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