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番外編
雪玉と硝子玉
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《ご注意》2巻の序盤で初出の情報が入っています。
出来ましたら無料部分だけでも読んでからこちらをお読みくださるとわかりやすいと思います。
「朱妃、お茶をお持ちしました」
とある日の午後。
そう言ってお茶と菓子を持ってきたのは金苑だった。
おや、どことなく機嫌が良い。僅かに口角が上がっている。
「ありがとう。……ねえ金苑、良いことでもあった?」
金苑は基本的に落ち着いていて冷静なことが多いから、私から見て明らかに上機嫌なのは珍しい。
「そ、そのようなことは別に……」
金苑はそう言いよどみながら茶器を並べ、菓子を私の前に置いた。
私の意識はお菓子にすっかり釘付けになっていた。
今日のおやつは揚げ菓子のようだ。
麻花のようにくるりとねじられているが、球状に丸く、白い粉糖がたっぷりかけられている。大きさも人差し指と親指で丸を作ったくらいなので食べやすそうだ。それが二つ、ちんまりと皿に載せられていてなんだか可愛らしい。
「雪玉という菓子でございます。外つ国に伝わる菓子だそうですが、迦国風に手直ししたものでございます。お口に合えばよろしいのですが」
「うん、本当に雪玉みたい。美味しそうね。いただきます」
私は初めてのお菓子に少し興奮し、その雪玉を一口かじる。さっくりとした口当たりだ。揚げ菓子特有のしつこさは少ない。生地が見た目より軽いせいだろう。たっぷりの白い粉糖も、生地の甘みが少ないために甘ったるくは感じない。粉糖のスッと涼やかな口溶けも相まって、その名の通り、まさに雪玉だ。
「美味しい!」
「喜んでいただけて幸いでございます」
あっという間に雪玉を食べ終えてお茶を飲む。甘いお菓子に合う少し苦めのお茶で口の中がさっぱりとする。
菓子の載っていた皿を片付ける金苑を見て、私はその上機嫌の理由かもしれない『それ』に気が付いた。
「あら、金苑。その髪飾り、初めて見るわね。新しいものを買ったの?」
金苑の髪に髪飾りがキラリと輝く。金苑はあまり派手にならないようにと気をつけているのを知っている。そんな金苑が着けているのだからお気に入りに違いない。
「いえ、その、これは……恩永玉からもらったのです。お揃いにしようと言われまして……」
「ああ、なるほど。だから機嫌が良さそうだったのね!」
金苑は同僚の恩永玉と性格はまるで異なるが、姉妹のように仲睦まじい。
恩永玉は人懐っこく、見た目も性格もとにかく愛らしいから、慕われて嫌がる者は早々いないだろうし、金苑も恩永玉が宮女になったばかりの頃、早く馴染めるようにとよく面倒を見たそうだから、二人の仲が良いのも当然だ。
そんな恩永玉からの贈り物を身につけるのなら機嫌も良くなるはずだろう。
「そ、そんなに機嫌良く見えますか」
恥ずかしそうに少しだけはにかむ金苑が可愛らしくて、私まで頬が緩む。
「ええ、お揃いだなんて良かったわね。ねえ、挿したままでいいから、もっと近くで見せてちょうだい」
「はい、どうぞ」
金苑は少し屈んでこちらに見せてくれる。
水晶だろうか。鮮やかな柘榴色の玉と、白色に金の粒が混じり込んだ玉が二つ連なっている。
「綺麗ね。でも、金苑は玉石が苦手だったわよね? これは大丈夫なの?」
「これは玻璃──硝子玉なのだそうです」
「へえ、硝子玉ってこんなに鮮やかな色が着けられるのね」
「はい。色も形も自在だそうで、昨今はたくさんの種類があるそうですよ」
「あ、もしかして、恩永玉の実家のお店で扱っているのかしら」
「そのようでございます。朱妃にお仕えしているから、一方は赤色の玉、もう一方は金混じりの白玉で私の名前と恩永玉を表しているそうです」
「なるほどね、とっても似合ってるわ」
名前だけでなく、恩永玉の丸みのある可愛らしい頬は確かに白玉のようだ。
「……ありがとうございます。玉石ではないから私でも気にいるのではないかと恩永玉が言ってくれて……。私は恩永玉に玉石が苦手だと告げたことはなかったのですが」
「恩永玉は気配り上手だものね。察しもいいし」
「はい、私もそう思います」
金苑は僅かに目尻を下げた。
うん、やはり機嫌が良い。
よし、頼み事をするなら今だと私は口を開いた。
「ところで、ねえ金苑。さっきの雪玉とっても美味しかったの。お代わりしたいなぁ、なんて……」
「朱妃……」
金苑の目がスッと細められ、私はギクリとした。
私に仕える宮女とはいえ、金苑は我儘を全て許してくれるわけじゃないのだ。当然、怠惰や暴食にはお小言だってある。
私はそんなお小言を言われる前に慌てて言い募った。
「い、いや、ちゃんと夕餉も残さず食べるって約束するから! さっきろくを紐で遊ばせるのに熱中して、いつもよりお腹が空いちゃって!」
「……まったく、仕方がありませんね。夕餉は残さないと言われたからにはお出ししないわけには参りません」
金苑は口の端でやんわりと微笑む。
おや、珍しい。やはり金苑は相当機嫌が良いと見た。
しかし幸運なことに、今日はお菓子のお代わりが食べられそうで、私まで機嫌が良くなった。
恩永玉のおかげだと、この場にいない恩永玉を心の中で拝んだ。
「お茶のお代わりもお持ちしますね」
少しして金苑が持ってきた雪玉は、一つは先程と同じ白い粉糖がかかり、もう一つは木苺で色と香りを付けたらしい薄紅色の糖がけである。
「厨の者がこちらも、と」
「ありがとう!」
白い雪玉と薄紅色の雪玉。並べると可愛らしささえある。
(あ、これ、金苑の髪飾りと同じね)
私は上機嫌な金苑の後ろ姿──正しくはその髪に挿した紅白の髪飾りを見ながらそう思い、薄紅の雪玉にサクッとかじりつく。
ふんわりとした甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がっていく。
それは薫春殿自慢の宮女たちの友情のような味。私は心ゆくまで堪能し、舌鼓を打ったのだった。
出来ましたら無料部分だけでも読んでからこちらをお読みくださるとわかりやすいと思います。
「朱妃、お茶をお持ちしました」
とある日の午後。
そう言ってお茶と菓子を持ってきたのは金苑だった。
おや、どことなく機嫌が良い。僅かに口角が上がっている。
「ありがとう。……ねえ金苑、良いことでもあった?」
金苑は基本的に落ち着いていて冷静なことが多いから、私から見て明らかに上機嫌なのは珍しい。
「そ、そのようなことは別に……」
金苑はそう言いよどみながら茶器を並べ、菓子を私の前に置いた。
私の意識はお菓子にすっかり釘付けになっていた。
今日のおやつは揚げ菓子のようだ。
麻花のようにくるりとねじられているが、球状に丸く、白い粉糖がたっぷりかけられている。大きさも人差し指と親指で丸を作ったくらいなので食べやすそうだ。それが二つ、ちんまりと皿に載せられていてなんだか可愛らしい。
「雪玉という菓子でございます。外つ国に伝わる菓子だそうですが、迦国風に手直ししたものでございます。お口に合えばよろしいのですが」
「うん、本当に雪玉みたい。美味しそうね。いただきます」
私は初めてのお菓子に少し興奮し、その雪玉を一口かじる。さっくりとした口当たりだ。揚げ菓子特有のしつこさは少ない。生地が見た目より軽いせいだろう。たっぷりの白い粉糖も、生地の甘みが少ないために甘ったるくは感じない。粉糖のスッと涼やかな口溶けも相まって、その名の通り、まさに雪玉だ。
「美味しい!」
「喜んでいただけて幸いでございます」
あっという間に雪玉を食べ終えてお茶を飲む。甘いお菓子に合う少し苦めのお茶で口の中がさっぱりとする。
菓子の載っていた皿を片付ける金苑を見て、私はその上機嫌の理由かもしれない『それ』に気が付いた。
「あら、金苑。その髪飾り、初めて見るわね。新しいものを買ったの?」
金苑の髪に髪飾りがキラリと輝く。金苑はあまり派手にならないようにと気をつけているのを知っている。そんな金苑が着けているのだからお気に入りに違いない。
「いえ、その、これは……恩永玉からもらったのです。お揃いにしようと言われまして……」
「ああ、なるほど。だから機嫌が良さそうだったのね!」
金苑は同僚の恩永玉と性格はまるで異なるが、姉妹のように仲睦まじい。
恩永玉は人懐っこく、見た目も性格もとにかく愛らしいから、慕われて嫌がる者は早々いないだろうし、金苑も恩永玉が宮女になったばかりの頃、早く馴染めるようにとよく面倒を見たそうだから、二人の仲が良いのも当然だ。
そんな恩永玉からの贈り物を身につけるのなら機嫌も良くなるはずだろう。
「そ、そんなに機嫌良く見えますか」
恥ずかしそうに少しだけはにかむ金苑が可愛らしくて、私まで頬が緩む。
「ええ、お揃いだなんて良かったわね。ねえ、挿したままでいいから、もっと近くで見せてちょうだい」
「はい、どうぞ」
金苑は少し屈んでこちらに見せてくれる。
水晶だろうか。鮮やかな柘榴色の玉と、白色に金の粒が混じり込んだ玉が二つ連なっている。
「綺麗ね。でも、金苑は玉石が苦手だったわよね? これは大丈夫なの?」
「これは玻璃──硝子玉なのだそうです」
「へえ、硝子玉ってこんなに鮮やかな色が着けられるのね」
「はい。色も形も自在だそうで、昨今はたくさんの種類があるそうですよ」
「あ、もしかして、恩永玉の実家のお店で扱っているのかしら」
「そのようでございます。朱妃にお仕えしているから、一方は赤色の玉、もう一方は金混じりの白玉で私の名前と恩永玉を表しているそうです」
「なるほどね、とっても似合ってるわ」
名前だけでなく、恩永玉の丸みのある可愛らしい頬は確かに白玉のようだ。
「……ありがとうございます。玉石ではないから私でも気にいるのではないかと恩永玉が言ってくれて……。私は恩永玉に玉石が苦手だと告げたことはなかったのですが」
「恩永玉は気配り上手だものね。察しもいいし」
「はい、私もそう思います」
金苑は僅かに目尻を下げた。
うん、やはり機嫌が良い。
よし、頼み事をするなら今だと私は口を開いた。
「ところで、ねえ金苑。さっきの雪玉とっても美味しかったの。お代わりしたいなぁ、なんて……」
「朱妃……」
金苑の目がスッと細められ、私はギクリとした。
私に仕える宮女とはいえ、金苑は我儘を全て許してくれるわけじゃないのだ。当然、怠惰や暴食にはお小言だってある。
私はそんなお小言を言われる前に慌てて言い募った。
「い、いや、ちゃんと夕餉も残さず食べるって約束するから! さっきろくを紐で遊ばせるのに熱中して、いつもよりお腹が空いちゃって!」
「……まったく、仕方がありませんね。夕餉は残さないと言われたからにはお出ししないわけには参りません」
金苑は口の端でやんわりと微笑む。
おや、珍しい。やはり金苑は相当機嫌が良いと見た。
しかし幸運なことに、今日はお菓子のお代わりが食べられそうで、私まで機嫌が良くなった。
恩永玉のおかげだと、この場にいない恩永玉を心の中で拝んだ。
「お茶のお代わりもお持ちしますね」
少しして金苑が持ってきた雪玉は、一つは先程と同じ白い粉糖がかかり、もう一つは木苺で色と香りを付けたらしい薄紅色の糖がけである。
「厨の者がこちらも、と」
「ありがとう!」
白い雪玉と薄紅色の雪玉。並べると可愛らしささえある。
(あ、これ、金苑の髪飾りと同じね)
私は上機嫌な金苑の後ろ姿──正しくはその髪に挿した紅白の髪飾りを見ながらそう思い、薄紅の雪玉にサクッとかじりつく。
ふんわりとした甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がっていく。
それは薫春殿自慢の宮女たちの友情のような味。私は心ゆくまで堪能し、舌鼓を打ったのだった。
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