逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜

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20 アラスタからの告白

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 アラスタの顔は真剣だった。
 だからこそ私は突然のことに面食らってしまった。

「え……?」
「僕は本気だ。君のことが好きなんだ」

 周囲の音が抜け落ちて、アラスタの声だけが耳に入ってくる。そんな気がした。

「グレイスがレオンと上手く言っているなら何も言うつもりはなかった。でも……グレイスがレオンと結婚をすることに躊躇いがあるのなら、僕が立候補したっていいじゃないか」
「で、でも……私」
「僕なら君を大切をする。金銭的に苦労なんて絶対させないし、君の家族ごと、この国から出ても構わない。資金援助も惜しまないよ。それから君を振り回して泣かせたりしないし、君の嫌がることもしない」

 アラスタはそう言って私に手を差し出した。
 アラスタの手のひらは、レオンのように剣だこもなく綺麗で柔らかそうだった。指先に少しインクの跡がある。
 貴族ではなくなり、レオンとはまったく違う成長をして、そして単独で成功を収めた人の手。

 きっと彼に着いていけば穏やかで優しい時間が流れるのだろう。子供の頃、アラスタと二人で話した時のように。
 この手を取るだけで、私はもう過去のことに苦しんだり、知恵熱が出るくらい悩まなくてよくなる。

「……あの、アラスタ。貴方の申し出はとても嬉しく思うわ」
「グレイス……それじゃ」

 私は顔を上げて、アラスタの眼鏡の奥をしっかり見ながら言った。

「──でも、ごめんなさい。私とレオンの問題を簡単に投げ出したくない。今はレオンを見極めている時期なの。自分の心のこともちゃんと考えて、答えを出していきたいと思ってる。アラスタが助けてくれるからって、甘えるわけにはいかない」
「甘えだなんて。僕はグレイスを助けたいだけだよ。君が不幸になるのを見過ごせない」
「まだ不幸になると決まったわけじゃないわ。レオンも……再会してから、私に優しくしてくれるもの」

 図書館で何時間も放ったらかしにしても怒らず、押し花の栞に喜んだり、ツィツィーを優しく撫でていたレオン。
 そんな面もあるのだと初めて知った。
 私が知ろうとしなかったから、ずっと知らなかったのだ。

 幼い頃、レオンが嫌だった私は逃げ回っていた。ちゃんとレオンに向き合わず、知りもせず、怖いと怯えているだけだった。
 でも今はもう互いに大人なのだ。
 逃げる必要がある時だってあるかもしれないけれど、その前にちゃんと向き合う瞬間も必要なはずだ。

「……アラスタは優しいから、私を助けたいだなんて言ってくれるんでしょうけど……」
「違うよ。僕は……グレイスをずっと忘れられなかったんだ」

 アラスタは俯いて眼鏡を押し上げる。

「それに……言おうかどうか迷っていたけれど、言うよ。グレイス、窓の外を見てごらん」
「えっ……? 窓の外?」

 私は俯くアラスタから目を逸らし、窓の外に視線を向けた。

 窓の外、カフェから少し離れたところにレオンがいた。

 こちらには気が付いていないようだった。

 キラキラ輝くような金髪も青い瞳も王子様みたいな美貌も見間違うはずがない。

 レオンは手紙で仕事だと言っていたはずだ。だから本来なら今日出かける予定がなくなったのだ。
 だというのに、レオンは魔術騎士団の制服を着ていない。かといって、公爵家の名代として向かうスーツ姿でもなく、街中でも浮かないごく普通の服装をしている。

 それだけではない。
 その横には長い黒髪の女性がいた。
 背が高くてすらりとしている。モデルのような美女だ。

 彼女はレオンと距離が近い。通りすがりでもなければ、道を聞いているという雰囲気でもない。さりげなく腕が組まれている。密着し、耳打ちしあって楽しそうに話をしているのが見えた。

 デート中にしか見えない親密そうな二人。
 黒髪の女性は見覚えがない。
 しかし綺麗な女性だ。そして、とてもレオンとお似合いなのだった。

 ──地味な私が並ぶより、よっぽど。

 アラスタは呆然と窓の外を見つめる私に言った。

「……あれはレオンだよね。どう見てもデート中に見えるよ。ねえ、あれを見てもまだレオンに愛されていると思うのかい? グレイス……君はあの男で幸せになれると思う?」

 アラスタの言葉が胸に刃のように振り下ろされた気がした。

 胸がズキッと痛む。
 レオンと黒髪の美女から目が離せない。胸が痛くて、苦しくて、今すぐここから逃げ出したかった。そのまま何も見ずにベッドに横になって、何もせず何も考えずにただ時間が経つのを丸まって過ごしたかった。

「でも、私……」

 辛い。
 悲しい。
 目の前が真っ暗で、足元から崩れてしまいそう。
 どうしてこんな気持ちになるのか──その答えは。

「……私、レオンのこと、好き、なの……」

 だからこんなにも苦しくてたまらないのだ。

 今更気が付くなんて、遅すぎるのかもしれない。
 私はレオンに嫌われて、婚約破棄してもらおうと変なことばかりしていたのに。

「あれを見てもそう思うのかい!? 僕なら君が悲しまないようにするのに!」
「ええ、わかってしまったのよ。……私、レオンのことが好き。だから、やっぱりアラスタとは行けません」

 アラスタの顔がクシャッと歪む。

「……僕じゃダメなんだね」
「アラスタがダメなんじゃないの。私がレオンじゃなきゃダメなのよ」
「君と婚約しておきながら、恋人がいて仕事って嘘を吐く男なのに?」
「……本当にね。でも、私は見ちゃったけれど、まだレオン本人から説明されてないわ。あの二人の関係も、私とアラスタの想像だけだもの」
「そうやって君はまた黙って我慢をするだけなのかい?」

 私は立ち上がる。
 半分残った紅茶の水面に唇を結んだ私が映っている。その水面がゆらっと揺れた。

「いいえ、もう黙ってることはしないわ。──ありがとうアラスタ。お茶代ここに置くわね」

 私はお茶の代金をテーブルに置き、アラスタに頭を下げた。
 アラスタはもう何も言わなかった。

「私は怯えて泣いて、レオンを避けるだけじゃダメだったの。怒らなきゃいけなかった。どうしてそんなことしたのってレオンに聞くべきだったのよ」

 私はぎゅっと拳を握った。
 怖くないわけじゃない。

「だから今からちょっと行ってくる!」

 もしかしたらフラれてしまうのかもしれない。
 でも私は今度こそレオンに真正面から立ち向かうのだ。

 私はカフェから飛び出した。
 カフェに取り残されたアラスタが私の背後で何か呟いたが、気にも留めなかった。
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