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17 図書館にて

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 次の日、私は図書館へやってきた。

「あざが消える……医学書の棚かしら」

 それらしい本を片っ端から調べていったが、急にあざが出来る病気はあっても、くっきりしていたあざが数時間程度で跡形もなく消えるという記述は見つからない。

 私もぶつけた覚えがないあざが出来ていたことは何度かある。ロベリア曰く、ぶつけていたけど気付いてなかっただけ、とのことであるが。
 しかしそういうあざは数日かけて薄くなったり、治る過程で色が変化はしても、いきなり消えたりはしない。

 そもそも、肩に出来たあざは当初、鞄をぶつけられたせいだと思っていた。
 ガラは矢羽のような形と言っていたが、それも鞄の金具が当たったからだと思い込んでいた。

 もし、あざではなかったとしたら。

 可能性としてはただの汚れや染料、火傷などだ。
 しかし色が着いただけにしてはおかしい。ガラが拭いてくれた時には落ちなかったし、その後何もしていないのに消えていたからだ。
 火傷というのなら治るのにもっと時間がかかるだろう。この線もない。

 それにレオンが肩に触れた時、魔術を使った時特有の火花が散っていた。

「じゃああれは魔術? 魔術であざをわざわざつける……? なんのために?」

 私は首を横に降り、医学書の棚に本を返した。
 理由はわからなくても魔術の一種であるなら、魔術書の方があるかもしれない。

 私は次に魔術書の棚にやってきた。
 しかし膨大な本のうち、どれが関わるのかわからない。
 タイトルを見ても関係するとは思えないものばかりだ。

 その中から魔術を使った時に出る火花、魔術光やその痕跡についての本を持ってきて開く。

 大半は初級の魔術に関しての説明書でしかないが、後半に少し魔術光についての記述を見つけた。

 ──強大な魔術であるほど魔術光は大きくなる。しかし、一瞬強く光る場合もある。それはかけられた魔術をレジストした時である。

 レジストはかけられた魔術を無効化するという意味合いだ。

 ということは、レオンが私の肩に触れた瞬間、かけられていた魔術の何かをレジストして火花が散ったという可能性が高そうだ。
 そしてレオンが急いで魔術騎士団に戻っていったのも、魔術光である火花を見たせいではないだろうか。

 その直後に熱が下がり、あざが消えた以上、あのあざに何か関係あるのは間違いない。そして、もっと言えば、あの時鞄をぶつけられたことが無関係とは思えない。

 ──あの女性は一体何者なのかしら。

 よくよく思い返せば、私と同じようにお忍びで遊びに来ている風に見えた。貴族か、そうでなくても裕福な家の女性なのだろう。髪にも手入れが行き届いていたし、ぶつけてきたあの鞄は重そうで、上等な革製品だったと思う。
 私と同じく引ったくりにあうだけあって、いかにも目をつけられそうな姿だった。

 しかしそれ以上は思い出せない。

 残る手がかりは、あざの形だ。
 医学書の方であざの形について、それらしい本はなかった。

 一回医学や魔術から離れ、矢羽のような形について調べてみるべきだろうか。

 私は三度目の正直となるべく、芸術の棚へ向かった。

 デザインやモチーフ、文様の本を探していく。
 結局、服飾関連の本がたくさん見つかったが、矢羽の文様は魔除けの効果があることが書かれているだけだった。魔除けの模様とは関係あると思えない。

「……これも違う」

 さらに次の本、と探すうちに、気が付くともう本棚の一番上の段しか残されていなかった。

 一番上の段には本がギッチリ詰められていて取り出しにくい。
 しかも身長的に背伸びをしてギリギリだ。
 踏み台を持ってこようとしたが、タイミング悪く全て使われている。

「うーん……」

 私は仕方なく目いっぱい背伸びをして、分厚い本の表紙を掴む。

 ──なんとか届くし、あと少し。

 ぐっと引っ張る。
 するとギッチギチに詰め込まれていた本が数冊、まとめて本棚から抜けた。

「きゃっ!」

 その数冊が落下しかける。
 図書館の大切な本だ。落として傷を付けてしまっては大変だ。落ちかけた二冊は掴んだが、まだあと数冊あり、ぐらぐらとして今にも落ちそうだ。
 大きく重い本がまとめて私の上に降ってくるのもかなり危険だ。それこそあざですまないかもしれない。
 ほんの一瞬でそう考えて焦ったその瞬間。
 落ちかけた本を、私の背後から押さえてくれた手が見えた。

「──危ないところだったね」

 床にも一冊も落ちていないし、私にもぶつかっていない。

「レ……」

 ついレオンと言いかけ、その名前を飲み込む。レオンがここにいるはずはなく、知らない人の声だった。

「あの、ありがとうございます。助かりました」

 私は背後を向いてお辞儀をした。

「怪我しなくてよかったよ。どの本を探していたのかな?」
「あ、この本です」
「じゃあ、はいこれ。こっちの本は棚に戻しておくよ。踏み台が出払ってたんだね。でも、今みたいになると危ないから気をつけて」
「あの、重ね重ね申し訳ありません」

 私と年代の近い男性だった。柔らかそうな薄茶色の髪の毛で、穏やかそうな風貌に眼鏡をかけている。

「構わないよ。僕もこっちの本を探していたところだから」

 男性はニッコリ笑い、私が落としかけた本の一冊を手に取る。
 おまじないチャームの本だった。

「そ、そうだったのですね。本を取る邪魔をしてしまって……」
「気にしないで」
「あら……?」

 私は不意に懐かしいような不思議な気持ちがして首を傾げた。
 知らない人のはずだが、どこか懐かしい。
 そう思ったのは私だけではないらしい。

 同じように首を傾げた男性が眼鏡の位置を直し、私をじっと見ている。

「……あれ、君……もしかして、ガーフィール家の娘さん?」
「え、ええ。あの、貴方は……?」
「わあ……久しぶり。覚えているかな。もう十年以上前だったと思うけど、オルブライト公爵領にお呼ばれしたよね? ……そこで一緒だったアラスタ・リックウッドだよ」
「アラスタ……あ、思い出したわ!」

 私の頬が興奮で熱くなるのを感じた。

 十年以上前。オルブライト公爵領でレオンと共に過ごす夏。
 他にも呼ばれる貴族の子息たちがいた。その中の一人だったアラスタ。

 レオンに振り回され、歳の近い令嬢から遠巻きにされていた私に優しくしてくれた人だった。

 そして──私の初恋の人だ。
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