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16 私の気持ち
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すっかり熱は下がったのだが、それ以上にあざが消えたことは不思議だった。
「肩のあれは、あざじゃなかったんでしょうかねぇ」
ガラが肩を確認して、不思議そうに首を捻っている。
「でも熱が下がってよかったですよ」
「うん……」
熱も下がり、すっかり元気になった。
そうなると急に帰ってしまったレオンのことが気になって、ツィツィーに手紙を持たせたのだが、次の日になっても返事はないままだ。
急に帰ってしまうくらいだから、相当忙しいのかもしれない。
「……でも週末にはまた会うし、その時にゆっくり話を聞けばいいわよね」
そう思い、返事を持たずに帰ってきたツィツィーを撫でる。
ツィツィーは「ツィー……」と悲しげに鳴いた。
私はロベリアを呼び出し、またお茶会をしていた。
今日はお茶ではなく、レオンがお見舞いでくれたベリーのシロップを炭酸水で割ったジュースを振る舞った。
オーガスタおば様のおすすめの品だけあって、一口飲んだロベリアが目を輝かせている。
「美味しい。甘いけどすっきりしていて飲みやすいわ」
「でしょう。寝る前にお湯割りにして飲むのも、体が温まってよかったわ」
「それに色も綺麗ね」
ロベリアの言う通り、ベリーシロップの赤がガラスの容器に映えていた。
「これもレオン様のお土産なんでしょう。センスがいいわよねえ。それにちゃんとグレイスの好きなものを知ってて選んでるって感じ。愛されてるわねー」
「オーガスタおば様のおすすめって聞いたけど」
「だとしても、最終的にこれを持っていくことを決めたのはレオン様でしょう。実際、グレイスの好みの味なんだもの。よく理解されてるじゃなーい」
ニンマリと笑みを浮かべて冷やかすロベリア。
私は首を傾げた。
そういえばレオンはいつも私の好みを知っているみたいだった。
「……レオンって、どうして私の好きなものを知ってるのかしら」
「だーかーら、愛されてるからでしょ」
ロベリアは呆れたように言った。
「ちゃんとグレイスのことを考えて、しっかり見て、あとはもしかしたらご両親に好みを聞いたり、色々調べてるのかもね。でもそんな面倒くさいこと、好きじゃなきゃやらないものよ」
「……レオンが、私を?」
「なぁに、その今更知ったみたいな顔しちゃって。レオン様から強く望まれて婚約したって、もう噂になってるわよ」
「そ、それはレオンじゃなくてオーガスタおば様が……」
「いやいや、公爵夫人が気に入って令嬢と婚約するってだけなら、そこまで大切にしないわよ。公爵夫人もきっとグレイスがお気に入りなんでしょうけど、レオン様もグレイスを望んでるから大切にしてくれるのよ」
何故だか急に頬が熱くなり、胸の鼓動が早まっていく。
「ち、違うわ……だって、私がレオンを嫌いにさせることが出来たら、婚約破棄してくれるって……そう約束したんだもの!」
それを聞いたロベリアは肩をすくめた。
「そう、それよ。そもそも、レオン様にそんな約束をする必要ってある? だって、レオン様なら自分の意思で婚約破棄出来るのよ。なのに『嫌いにさせられたら』なんて、レオン様に利益のない約束をしてる。それがどういう意味かわかってる?」
「え、ええと……」
「そんなのグレイスが逃げないように、に決まってるじゃない! グレイスは最初、本当に婚約を嫌がってたわよね。レオン様は子供の頃、いじめてきたから怖い、嫌だって。レオン様が権力でグレイスを婚約者に出来ても、グレイスが他国や修道院に逃げたり、他の男と既成事実を作ったり、もっと言えば死を選んだり……そうなれば意味がない。だから、そんな約束を切り出したんじゃないかしら」
私はそれを聞いて目を瞬かせた。
「そうなのかしら……」
「レオン様の本当の考えはわからないわ。でも、レオン様がグレイスをどう扱ってくれているか認識して、グレイスはレオン様をどう思っているのか、ちゃんと考えて答えを出していった方がいいと思う。いつまでも意地張ったり、現実逃避してたら、いつか後悔するかもしれないから」
「……うん」
私は今のレオンのことをどう思っているのか。
どうして今も顔が熱くて鼓動が早いのか。
考えたくなくて先回しにしていたこと。それをうんと考えて答えを出さなければ。
「グレイスは、レオン様がそういう約束してくれたから、ひとまず婚約を受け入れたのでしょう。貴方が自殺するような子じゃないのは知ってるけれど、最近、親の決めた婚約者が嫌で死を選んだって令嬢の話を聞いたもの……」
「……え、そんな方がいたの?」
私は眉を寄せた。
「そう……今年に入って、もう二人……いえ三人だったかしら。どの方も直接の友人ではなかったけれど、こんな話を聞いてはいい気はしないわよね。きっとレオン様なら魔術騎士団でそんな話を聞いたことあったと思うわ。だからそういう条件にしたのかもしれない」
「そうだったの……」
「グレイスも何かあっても自殺だけはやめてね。結婚して、やっぱりグレイスが言っていた通りレオン様がひどい人だったら私が逃してあげるから!」
もしかしたらお父様たちも知っていたのかもしれない。だからどうしても婚約が無理なら、命を絶たれるくらいならと思ってくれたのかもしれない。
「……うーん、辛気臭い話はこのあたりでやめましょう! あ、ねえ最近買った鞄の話をしましょうか。可愛い店を見つけたのよ!」
「え、ええ……」
鞄という単語にふと肩のあざを思い出す。
「ねえ、ロベリア。あざが急に消えるってこと、あると思う?」
「あざ? 急に出来たとかじゃなく?」
「そう。くっきりしていたあざが突然消えたの」
「聞いたことないわね。……あざと勘違いしてたけど染料が付いてただけとか?」
「拭いても取れなかったのに、薄くなるとかでもなく消えたのよ」
「うーん、わからないわ。でもグレイスなら図書館で調べた方が早いんじゃない? 本を読むの好きでしょう」
「あ、そうね」
「じゃ、この話はおしまいね。で、こないだ買った鞄なんだけどね、面白い効果があるんですって。ひとつひとつ種類の違うチャームが付いていて、それぞれにおまじないがあってね──」
ロベリアとの楽しいおしゃべりはこれからが本番のようだった。
「肩のあれは、あざじゃなかったんでしょうかねぇ」
ガラが肩を確認して、不思議そうに首を捻っている。
「でも熱が下がってよかったですよ」
「うん……」
熱も下がり、すっかり元気になった。
そうなると急に帰ってしまったレオンのことが気になって、ツィツィーに手紙を持たせたのだが、次の日になっても返事はないままだ。
急に帰ってしまうくらいだから、相当忙しいのかもしれない。
「……でも週末にはまた会うし、その時にゆっくり話を聞けばいいわよね」
そう思い、返事を持たずに帰ってきたツィツィーを撫でる。
ツィツィーは「ツィー……」と悲しげに鳴いた。
私はロベリアを呼び出し、またお茶会をしていた。
今日はお茶ではなく、レオンがお見舞いでくれたベリーのシロップを炭酸水で割ったジュースを振る舞った。
オーガスタおば様のおすすめの品だけあって、一口飲んだロベリアが目を輝かせている。
「美味しい。甘いけどすっきりしていて飲みやすいわ」
「でしょう。寝る前にお湯割りにして飲むのも、体が温まってよかったわ」
「それに色も綺麗ね」
ロベリアの言う通り、ベリーシロップの赤がガラスの容器に映えていた。
「これもレオン様のお土産なんでしょう。センスがいいわよねえ。それにちゃんとグレイスの好きなものを知ってて選んでるって感じ。愛されてるわねー」
「オーガスタおば様のおすすめって聞いたけど」
「だとしても、最終的にこれを持っていくことを決めたのはレオン様でしょう。実際、グレイスの好みの味なんだもの。よく理解されてるじゃなーい」
ニンマリと笑みを浮かべて冷やかすロベリア。
私は首を傾げた。
そういえばレオンはいつも私の好みを知っているみたいだった。
「……レオンって、どうして私の好きなものを知ってるのかしら」
「だーかーら、愛されてるからでしょ」
ロベリアは呆れたように言った。
「ちゃんとグレイスのことを考えて、しっかり見て、あとはもしかしたらご両親に好みを聞いたり、色々調べてるのかもね。でもそんな面倒くさいこと、好きじゃなきゃやらないものよ」
「……レオンが、私を?」
「なぁに、その今更知ったみたいな顔しちゃって。レオン様から強く望まれて婚約したって、もう噂になってるわよ」
「そ、それはレオンじゃなくてオーガスタおば様が……」
「いやいや、公爵夫人が気に入って令嬢と婚約するってだけなら、そこまで大切にしないわよ。公爵夫人もきっとグレイスがお気に入りなんでしょうけど、レオン様もグレイスを望んでるから大切にしてくれるのよ」
何故だか急に頬が熱くなり、胸の鼓動が早まっていく。
「ち、違うわ……だって、私がレオンを嫌いにさせることが出来たら、婚約破棄してくれるって……そう約束したんだもの!」
それを聞いたロベリアは肩をすくめた。
「そう、それよ。そもそも、レオン様にそんな約束をする必要ってある? だって、レオン様なら自分の意思で婚約破棄出来るのよ。なのに『嫌いにさせられたら』なんて、レオン様に利益のない約束をしてる。それがどういう意味かわかってる?」
「え、ええと……」
「そんなのグレイスが逃げないように、に決まってるじゃない! グレイスは最初、本当に婚約を嫌がってたわよね。レオン様は子供の頃、いじめてきたから怖い、嫌だって。レオン様が権力でグレイスを婚約者に出来ても、グレイスが他国や修道院に逃げたり、他の男と既成事実を作ったり、もっと言えば死を選んだり……そうなれば意味がない。だから、そんな約束を切り出したんじゃないかしら」
私はそれを聞いて目を瞬かせた。
「そうなのかしら……」
「レオン様の本当の考えはわからないわ。でも、レオン様がグレイスをどう扱ってくれているか認識して、グレイスはレオン様をどう思っているのか、ちゃんと考えて答えを出していった方がいいと思う。いつまでも意地張ったり、現実逃避してたら、いつか後悔するかもしれないから」
「……うん」
私は今のレオンのことをどう思っているのか。
どうして今も顔が熱くて鼓動が早いのか。
考えたくなくて先回しにしていたこと。それをうんと考えて答えを出さなければ。
「グレイスは、レオン様がそういう約束してくれたから、ひとまず婚約を受け入れたのでしょう。貴方が自殺するような子じゃないのは知ってるけれど、最近、親の決めた婚約者が嫌で死を選んだって令嬢の話を聞いたもの……」
「……え、そんな方がいたの?」
私は眉を寄せた。
「そう……今年に入って、もう二人……いえ三人だったかしら。どの方も直接の友人ではなかったけれど、こんな話を聞いてはいい気はしないわよね。きっとレオン様なら魔術騎士団でそんな話を聞いたことあったと思うわ。だからそういう条件にしたのかもしれない」
「そうだったの……」
「グレイスも何かあっても自殺だけはやめてね。結婚して、やっぱりグレイスが言っていた通りレオン様がひどい人だったら私が逃してあげるから!」
もしかしたらお父様たちも知っていたのかもしれない。だからどうしても婚約が無理なら、命を絶たれるくらいならと思ってくれたのかもしれない。
「……うーん、辛気臭い話はこのあたりでやめましょう! あ、ねえ最近買った鞄の話をしましょうか。可愛い店を見つけたのよ!」
「え、ええ……」
鞄という単語にふと肩のあざを思い出す。
「ねえ、ロベリア。あざが急に消えるってこと、あると思う?」
「あざ? 急に出来たとかじゃなく?」
「そう。くっきりしていたあざが突然消えたの」
「聞いたことないわね。……あざと勘違いしてたけど染料が付いてただけとか?」
「拭いても取れなかったのに、薄くなるとかでもなく消えたのよ」
「うーん、わからないわ。でもグレイスなら図書館で調べた方が早いんじゃない? 本を読むの好きでしょう」
「あ、そうね」
「じゃ、この話はおしまいね。で、こないだ買った鞄なんだけどね、面白い効果があるんですって。ひとつひとつ種類の違うチャームが付いていて、それぞれにおまじないがあってね──」
ロベリアとの楽しいおしゃべりはこれからが本番のようだった。
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