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10 断じてデートではない!

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 これはただのデートではない。
 断じて違うのだ。

 あくまで勝負なのだから、こうして手を繋いでも特別な意図はない。だって、はぐれたら困るものね。

 私はレオンと手を繋いだまま移動遊園地の中を見て回った。



 スピードが早く怖そうな乗り物には躊躇ってしまって乗れなかった。なので緩やかな速度で回る可愛らしい回転木馬に乗ったのだが、作り物の馬に跨るレオンは本当に王子様のようで、周囲の視線を集めている。

 妙齢の女性だけでなく、可愛らしい少女やその母親までもがレオンを赤い頬で見つめてポーッとしていた。
 確かに絵になる美しさだ。ヨボヨボのお爺さんがレオンの方を拝んでいたから宗教画にも見えたのかもしれない。

「グレイス、この木馬はかなり遅いんだな。本物の馬に乗りたければ、今度遠乗りに行くか?」
「結構です!」

 私は馬に乗るのも下手くそなのだ。気性がうんと優しい馬が渋々乗せてくれるといった程度で、馬を操るのも覚束ない。
 公爵領で一緒に練習したのだから、レオンが知らないはずないのに。

「二人乗りすればグレイスでも大丈夫だろう?」
「覚えてるんじゃないの!」

 やっぱりレオンは意地悪だ。
 レオンはクスクスと笑う。

 音割れした曲とともにのんびり回っていた木馬が止まった。
 木馬から降りようとした私にレオンはさっと手を差し出して降ろしてくれる。

 それを見て何故か周囲の人に拍手が沸き起こった。見せ物になった気がして恥ずかしい。

「グレイスは軽いな」

 そんなことを言うレオンに私は眉を寄せた。最近美味しいものを食べ過ぎてコルセットがきつくて困るのだ。もしや、嫌味だろうか。

 そんなことを考えていると、妙な視線を感じた。

 キョロキョロ見回せば、妙齢の女性からの視線が棘のように突き刺さる。
 もしかすると、ごく平凡な女でしかない私がレオンを無理矢理連れ回してエスコートさせているように見えるのかもしれない。

「つ、次行きましょう!」

 私は人の多い遊具のそばから離れ、レオンの手をぐいぐい引いて迷路の方へと向かったのだった。



 私は高い壁を見上げる。次にやって来たのは迷路だ。遊具のある中心地から外れているため、閑散としている。

「一時間以内にゴールに行けたら景品ですって」
「……走るか、それともこの壁を乗り越えたら余裕だと思うが、どうする?」
「迷路だってば。普通に歩いて出るのよ」
「ジャンプして道の先を見通すのは……」
「ダメに決まってるでしょ!」

 レオンはどうしてこう脳筋なのだろう。

「……魔術騎士の人ってみんなそうなの?」

 ため息混じりにそう尋ねてしまう。
 レオンを筆頭に、魔術も体力も一流の魔術騎士とは、手っ取り早く物事を解決しなければ気が済まないのか。

 それを聞いてレオンは唇を尖らせた。

「同僚を紹介なんて、絶対にしないからな」
「そんなこと言ってないわよ。それに紹介なんてとんでもないわ。私にはレオン一人で手一杯だもの」
「……そうか」

 レオンは子供みたいに唇を尖らせていたくせに、突然機嫌がよくなった。ただでさえ輝くような顔面から、さらにキラキラオーラが出て眩しい。思わず手を翳したくなるほどだ。

 しかし私はそれと裏腹にずーんと沈む。

 ──レオン、魔術騎士団の同僚に私を紹介したくないのね。それはそうよね。なんの才能もなく、顔はごくごく平凡で地味。身分だってレオンに比べればずっと低く、特別な家系でもない。
 こんな私を同僚に紹介するなんて恥なんだわ。
 私たち、まったくつり合ってないもの。

 じゃあやっぱり、なんとしてでも婚約破棄しなきゃ。

 家柄のつり合って美人で才能ある令嬢と結婚した方が、きっとレオンにとってもいいはずなのだから。

 なのに何故だか胸がズキッと痛むのだ。そんなはずない。だって私はレオンのことなんて──

「……グレイス、どうかしたのか? 体調が悪いならやっぱり迷路から飛んで出ても」
「な、なんでもないっ! そーれーかーら、迷路だって言ってるでしょう!」

 今は迷路の途中なのだ。余計なことは考えずに、この迷路から出ることだけを考えよう。

「ほら、また別れ道よ。どっちにしましょうか」
「グレイスが選んでいいよ」
「……さっきもそう言って、行き止まりだったじゃない」
「大丈夫だ。今まで通った道は記憶しているからな。同じ道に戻ったら教えるよ」
「うそ、覚えてるの!?」

 これまで散々別れ道を曲がったというのに。レオンは体力と魔術だけでなく記憶力まですごいらしい。



「……やっと出られた……」

 結局、出口に着いたのは二時間ほど迷路をうろうろ彷徨って、挙句にはレオンからヒントを聞いてようやくのことだった。
 もうすっかり歩き疲れてクタクタだ。だというのにレオンはピンピンしている。体力の差が大きすぎるのだ。

「景品はもらえなかったな」
「あ、景品って栞だったのね」

 出口のところで景品を配っているおじさんが苦笑いしている。

「ごめんねえ。お二人さん、二時間ちょっとかかっちゃってるからさ」
「いえ、こちらこそ時間がかかっちゃって……。でも、可愛い栞ね。ちょっと残念」

 おじさんの前に並べられている栞は可愛いウサギのイラストが描かれていた。小さな子供が一生懸命描いたような絵で、見ていてほんわかするイラストだ。

「可愛いな。このウサギ、少しグレイスに似ているかもしれない」
「……そうかしら」

 私は首を傾げた。
 ウサギの毛色が青みがかった灰色で塗られていて、確かに私の髪の色に少し似ているかもしれない。

「お姉さん、もし良ければ、隣の土産屋で売ってるから買ってくれると助かるよ。この移動遊園地は、孤児の子供を何人も引き取っててさ、その子達に栞を作ってもらってるんだ」
「そうなのね。ありがとう。見てみるわ」

 私はおじさんに会釈をし、レオンを連れて隣のお土産を売っている屋台に向かった。

「グレイス、その栞は俺にプレゼントさせてくれ」
「これくらい自分で買うわ」
「俺が買いたいんだ。せっかくの思い出だしさ」
「……わかった。ありがとう、レオン」

 レオンがウサギの栞を買っている間、私は他のお土産も見ていた。
 ふと手に取ったのは同じ栞だが、イラストではなく押し花の栞だった。濃いピンクの薔薇の花の押し花。ふと子供の頃に好きだった薔薇の花を思い出したのだ。

「グレイス、それも買うのか?」
「こっちは私が買うの!」

 私はレオンにお金を出される前に自分で支払った。

「ほら、ウサギの栞」
「ありがとう」

 レオンに差し出された栞を受け取り、そして押し花の栞をレオンに差し出した。

「レオン、こっちは私からのプレゼント」

 私はふふんと笑う。
 前回、服をプレゼントしてもらい、何かお返しをしなければと考えていたのだ。それも、レオンが絶妙に嫌がりそうなものを。

 レオンは目をパチパチとさせてから押し花の栞を受け取った。

 レオンは私と違い、日常的に本を読まないだろう。栞は無用の長物のはずだ。

 しかも、この濃いピンクの薔薇は子供の頃、レオンが毟ってしまった花の色によく似ている。毟るくらいなのだからレオンは薔薇の花が好きじゃないはずだ。

 そう考えてのことだったのだが。

「ありがとうグレイス。君だと思って大切にする」
「……あれ?」

 何故だか、レオンは頬をそれこそ薔薇色に染めてそう言った。繋いでいた手がいっそう強く握られる。

 ──おかしい。こんなはずではなかったのに。
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