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3 元いじめっ子に直談判
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私は即座にレオンを呼び出した。
個人的な連絡先は知らないから、少し考えて魔術騎士団に連絡したのだ。婚約解消を頼むのに公爵家を通すのが気まずいせいだった。
忙しい身の上だから、すぐに返事は来ないだろうと思っていたのだが、予想は外れた。
驚くほど早かった返信には、とあるカフェの個室を予約したこと、その日時が書かれていた。
当日、私はカフェに向かった。
私でも名前くらいは知っている有名店だ。外観は洒落ていて、飲み物やスイーツもとても美味しいと評判だった。しかし個室があるとは知らなかった。
そういえばレオンと直接話すのは久しぶりだ。十二歳の夏以来だろうか。
レオンは十二歳の秋から魔術騎士団に入団したため、公爵領への招待もこの年で終わったのだ。
その後、夜会で何度か見かけることはあった。
ロベリアの言う通り、レオンは遠くからでも目立つ美青年に成長していた。だから、私に気が付いて何かされる前に逃げ回り、顔を合わせないようにしていたのだ。
思い返すレオンは男女問わず人に囲まれながら、誰かを探すようにキョロキョロしていることが多かった。
その様子からきっとレオンには恋人がいて、その女性を探しているのだろうと想像していた。
子供の頃にいじめていた私のことなどすっかり忘れ去っていてほしかったのだが、まさか外堀から埋められてしまうとは。
いや、きっとレオンからしても不本意な婚約に違いない。
家柄はオルブライト公爵家がずっと上で比べ物にもならない。そして私はロベリアのような目立つ美女でなく地味な方だ。趣味も読書で、何かの才能に秀でているわけではない。好き好んで結婚したい物件ではないはずだ。
そんなことを考えているうちに約束のカフェに着いた。
入店して名前を告げると、奥の個室に通されたのだった。
「グレイス! 久しぶりだな」
「レオン……あの、お久しぶり」
先に来ていたレオンが立ち上がり、眩しいものを見るように私の方を見た。
ロベリアの言う通り、王子様みたいな美貌だ。
まあ実際にオルブライト公爵家は王家と血の繋がりがあり、レオン自身も王位継承権を持つそうだから実質王子様のようなものかもしれない。
レオンは私の目から見ても格好いいと思う。子供の頃から宗教画の天使のような美少年だった。成長した今は、元の素材の良さに加え、魔術騎士として鍛えられた肉体がある。誰から見ても完璧な外見だ。
今日は魔術騎士団を途中で抜けてきたのか、青と白を基調とした制服のままだが、それも悔しいくらい似合っていた。
私はレオンに促されて着席する。
「グレイスの好きそうなハーブティーがある。それからここの苺ケーキもおすすめだそうだ」
「……ええと、じゃあ、それを」
「俺はコーヒーを」
注文の品はさして待たずにテーブルに並べられた。レオンに促され、ハーブティーを一口飲んだ。
レオンの言う通り、私好みのハーブティーだ。大好きな苺の乗ったケーキもとても美味しい。
私の好みをどこで知ったのだろう。それとも自覚していないだけで、十二歳の頃から味覚の好みは変わっていないのかしら。
どのタイミングで話を切り出すか考えているうちに、一口、また一口とケーキを口にして、気がつけば食べ終わっていた。
レオンはコーヒーを飲みながら私のことを見つめている。
このままではいつまで経っても切り出せない。私はハーブティーを一気に飲み干し、口を開いた。
「あ、あの……実はレオンに話があって」
「なんだ?」
レオンは微笑み、首を傾ける。
その様子は子供の頃私をいじめた張本人とは思えない。魔術騎士らしく爽やかで穏やかそうで、私にも好意的に見える。
レオンってこんな人だっただろうか。
そう思いながら、私は勇気を出して言葉を絞り出した。
「ええと、言いにくいけど、私……貴方との婚約を受け入れ難いのよ。家柄も釣り合わないし、私には取り柄もない。それに、子供の頃貴方は私をいじめてたし……貴方も私なんかに興味はないでしょう? ガーフィール家からこの婚約の話をなかったことにしてもらうことは難しいわ。でも、貴方からオーガスタおば様にお願いしてもらえば、穏便に婚約の話を白紙に出来ると思うのよ」
私はこの数日ずっと考え続けていたおかげで、淀みなくレオンに話すことができた。
しかしたったこれだけで、カップを持つ手は震え、汗をかいている。心臓もずっとドキドキしっぱなしだ。
個室で他の客の目がないとはいえ、さすがに暴力を振るわれることはないと信じたい。
それでも幼い頃からずっと恐ろしい存在だったレオンにそう告げるのは、とても緊張するのだった。
「……グレイスは、俺と結婚したくないのか」
レオンは声を荒げることなく、静かにそう言った。
「ええ。さっきも言ったけれど、子供の頃、公爵領に招待されていたとき、私はレオンにいじめられていた。虫を渡されたり、転ばされたり……。申し訳ないけれど、今でも貴方が怖いし、結婚したいとは思わない」
私もなんとか気持ちを伝えることが出来た。
「俺を呼び出した要件は、今の話ということだな?」
私は頷いた。
「そうか……君の言い分はわかった」
レオンは眉を顰めながらもそう言ったことで私はホッと息を吐く。
──これでなんとかなりそうだ。
私のそんな思いはレオンの次の言葉であっさり打ち砕かれた。
「──だが、婚約について白紙にするつもりはない」
個人的な連絡先は知らないから、少し考えて魔術騎士団に連絡したのだ。婚約解消を頼むのに公爵家を通すのが気まずいせいだった。
忙しい身の上だから、すぐに返事は来ないだろうと思っていたのだが、予想は外れた。
驚くほど早かった返信には、とあるカフェの個室を予約したこと、その日時が書かれていた。
当日、私はカフェに向かった。
私でも名前くらいは知っている有名店だ。外観は洒落ていて、飲み物やスイーツもとても美味しいと評判だった。しかし個室があるとは知らなかった。
そういえばレオンと直接話すのは久しぶりだ。十二歳の夏以来だろうか。
レオンは十二歳の秋から魔術騎士団に入団したため、公爵領への招待もこの年で終わったのだ。
その後、夜会で何度か見かけることはあった。
ロベリアの言う通り、レオンは遠くからでも目立つ美青年に成長していた。だから、私に気が付いて何かされる前に逃げ回り、顔を合わせないようにしていたのだ。
思い返すレオンは男女問わず人に囲まれながら、誰かを探すようにキョロキョロしていることが多かった。
その様子からきっとレオンには恋人がいて、その女性を探しているのだろうと想像していた。
子供の頃にいじめていた私のことなどすっかり忘れ去っていてほしかったのだが、まさか外堀から埋められてしまうとは。
いや、きっとレオンからしても不本意な婚約に違いない。
家柄はオルブライト公爵家がずっと上で比べ物にもならない。そして私はロベリアのような目立つ美女でなく地味な方だ。趣味も読書で、何かの才能に秀でているわけではない。好き好んで結婚したい物件ではないはずだ。
そんなことを考えているうちに約束のカフェに着いた。
入店して名前を告げると、奥の個室に通されたのだった。
「グレイス! 久しぶりだな」
「レオン……あの、お久しぶり」
先に来ていたレオンが立ち上がり、眩しいものを見るように私の方を見た。
ロベリアの言う通り、王子様みたいな美貌だ。
まあ実際にオルブライト公爵家は王家と血の繋がりがあり、レオン自身も王位継承権を持つそうだから実質王子様のようなものかもしれない。
レオンは私の目から見ても格好いいと思う。子供の頃から宗教画の天使のような美少年だった。成長した今は、元の素材の良さに加え、魔術騎士として鍛えられた肉体がある。誰から見ても完璧な外見だ。
今日は魔術騎士団を途中で抜けてきたのか、青と白を基調とした制服のままだが、それも悔しいくらい似合っていた。
私はレオンに促されて着席する。
「グレイスの好きそうなハーブティーがある。それからここの苺ケーキもおすすめだそうだ」
「……ええと、じゃあ、それを」
「俺はコーヒーを」
注文の品はさして待たずにテーブルに並べられた。レオンに促され、ハーブティーを一口飲んだ。
レオンの言う通り、私好みのハーブティーだ。大好きな苺の乗ったケーキもとても美味しい。
私の好みをどこで知ったのだろう。それとも自覚していないだけで、十二歳の頃から味覚の好みは変わっていないのかしら。
どのタイミングで話を切り出すか考えているうちに、一口、また一口とケーキを口にして、気がつけば食べ終わっていた。
レオンはコーヒーを飲みながら私のことを見つめている。
このままではいつまで経っても切り出せない。私はハーブティーを一気に飲み干し、口を開いた。
「あ、あの……実はレオンに話があって」
「なんだ?」
レオンは微笑み、首を傾ける。
その様子は子供の頃私をいじめた張本人とは思えない。魔術騎士らしく爽やかで穏やかそうで、私にも好意的に見える。
レオンってこんな人だっただろうか。
そう思いながら、私は勇気を出して言葉を絞り出した。
「ええと、言いにくいけど、私……貴方との婚約を受け入れ難いのよ。家柄も釣り合わないし、私には取り柄もない。それに、子供の頃貴方は私をいじめてたし……貴方も私なんかに興味はないでしょう? ガーフィール家からこの婚約の話をなかったことにしてもらうことは難しいわ。でも、貴方からオーガスタおば様にお願いしてもらえば、穏便に婚約の話を白紙に出来ると思うのよ」
私はこの数日ずっと考え続けていたおかげで、淀みなくレオンに話すことができた。
しかしたったこれだけで、カップを持つ手は震え、汗をかいている。心臓もずっとドキドキしっぱなしだ。
個室で他の客の目がないとはいえ、さすがに暴力を振るわれることはないと信じたい。
それでも幼い頃からずっと恐ろしい存在だったレオンにそう告げるのは、とても緊張するのだった。
「……グレイスは、俺と結婚したくないのか」
レオンは声を荒げることなく、静かにそう言った。
「ええ。さっきも言ったけれど、子供の頃、公爵領に招待されていたとき、私はレオンにいじめられていた。虫を渡されたり、転ばされたり……。申し訳ないけれど、今でも貴方が怖いし、結婚したいとは思わない」
私もなんとか気持ちを伝えることが出来た。
「俺を呼び出した要件は、今の話ということだな?」
私は頷いた。
「そうか……君の言い分はわかった」
レオンは眉を顰めながらもそう言ったことで私はホッと息を吐く。
──これでなんとかなりそうだ。
私のそんな思いはレオンの次の言葉であっさり打ち砕かれた。
「──だが、婚約について白紙にするつもりはない」
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