上 下
7 / 32

7 街で噂の美少年(1)

しおりを挟む
(少し時を遡って、オリヴェル視点です。)





 それは、地を覆っていた雪がようやく姿を消し、長かった冬が過ぎ去ろうとしていた日のこと。
 王立騎士団本隊の中隊長を務めるオリヴェルはこの日、同僚で中隊長補佐のアウリスと連れ立って市内を巡回していた。
 本来ならば巡回や警備といった諸業務は一般兵が行うもので、役付であるこの二人にその任はないのだが、机に向かって雑務をするのが大層苦手な二人は度々こうして執務室を抜け出しては街に出張っていた。
 巡回とは体よく言ったもので、要するにただのサボりである。

「腹減ったな。どっか入って飯食おうぜ」
「あ、たまには市場でも行かない?今日あったかいし」
「は?さみーだろ今日。行かねーよ」
「……ヴェルってさ、ほんと寒さにだけは弱いよね」
 二人はこの春で六年目の付き合いになる。
 士官学校を出て十六から戦場に出ていたオリヴェルが、大学校の卒業後入団と同時に小隊長に任官した貴族のお坊ちゃんことアウリスと出会ったのは二十歳の時だった。
 出会った当初、実力で名を挙げていた平民出身のオリヴェルは、アウリスのような貴族の同僚からやっかみに遭うことが多く周囲から浮いていた。
 そんなオリヴェルに興味を示して近づいてきた稀有な男がアウリスだ。そして貴族の中でも位の高い侯爵家の次男であるアウリスに盾突ける者はそういなかったため、アウリスとつるむようになったオリヴェルは次第に周囲からも一目置かれる存在となっていった。
 その当時は騎士団内における階級はアウリスの方が幾つか上であったが、この六年間でオリヴェルは数々の武功を上げ、遂にはアウリスを追い越すまでに至った。
 そして昨年、一個中隊の隊長となった暁には男爵の称号を与えられ、今やオリヴェルも名のある貴族の一員である。


「あ、そういえば……」
 市場と言えば。アウリスはある事を思い出す。
「先週広場の警備してた子らがさ、俺達の天使がどうのって嬉しそうにはしゃいでたんだよね」
「天使だぁ?どうせ宿屋のイリスか、帽子屋んとこのエイラだろ」
 今名前を挙げられた二人はいずれもオリヴェルのお手付きである。
「いや、なんでもそれが、この春まで誰もその子を知らなかったらしいよ」
「ふーん……。そういうことならまあ、行くか」
 オリヴェルはまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように目を光らせた。
「あ、最悪、教えなきゃよかった」
 若盛りの男二人は楽しそうにはしゃぐ。
 二十六歳という年齢はこの国において結婚適齢期の真っ只中と言えるが、二人はまだ独身だった。
 出世頭かつルックスまで兼ね備えた彼らは縁談の相手も引く手数多であったが、そんな人生を謳歌するかのごとく、彼らは未だ身を固めずに火遊びに明け暮れているのだ。


 二人が広場に向かってみると、真冬には閑散としていた昼市はすっかり賑わいを取り戻していた。
 オリヴェルとアウリスが姿を現すや否や、辺りのうら若き男女は一斉に色めき立つ。二人に向けて特別愛想よく呼び込みする者や、色っぽい仕草でアピールする者、ただ見惚れては友人とはしゃぐ者など様々だ。
 オリヴェルはつい彼らを品定めするように眺めてしまう。中には見覚えのある顔もある。市場には良くも悪くも人が大勢集まるので、例えば元恋人だったり、一夜過ごしただけの相手だったり、顔を合わせるのが少々気まずい相手と鉢合わせてしまうことも多いのだ。
「ちょっとヴェル、歩くの早い。なに、見つかったら不味い相手でもいた?」
 アウリスがにやにやと問いかけてくる。
「うるせえな。人混みが嫌いなだけだ」
 そんな風に足早に進んでいると、広場の端っこの方で小規模な人だかりができているのを見つけた。どうやら食事を売っている出店が、その小さな店構えの割に繁盛しているらしい。加えて周りを取り囲む客の殆どが若い男だった。
 オリヴェルは確信を持ちながら、その中心に居る店主を一目見ようと覗き込んだ。

 淡い金色の髪が、日に照らされて光るように輝く。
 髪の隙間から覗く白い首は細く、辺りの熱気により少し上気している。きらきらと透けるようなきめ細かい肌に、丸く潤んだ瞳、長く広がるまつ毛、上を向いた桜色の唇。
 派手さは無いが、まるで穢れを知らなさそうな美しい少年だった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...