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第四章 消せない疑心
Ⅳ ジルケの正体
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リンリンリン、と軽やかに呼び鈴が鳴り響いたのは、時計の針が四時を過ぎた頃だった。
作業の手を止めて、ウリカは玄関へと向かう。来客に応じるのも雑用係の大事な仕事だ。とはいえ、この家に訪ねてくる客は、街医者のレフォルト医師か従兄のユリウスしか見たことがない。
玄関を開けると案の定、見慣れた顔がそこにはあった。だが今日は連れを伴っており、そこがいつもと違っていた。
ウリカは首をひねる。
「どうしたの、急に? ジークまで一緒にきて……」
来る予定のなかった従兄がジークベルトまで引き連れて訪ねてきたのだから、ウリカが驚くのは当然だった。
だが誠実なはずの従兄は珍しく問いかけを無視した。
「ここにジルケという少女は来ているか?」
ウリカは驚きを深くする。
「どうして知ってるの?」
「連れてきてくれ」
あろうことかユリウスは再び従妹の質問を黙殺して要求を突きつけてきた。常にはない事態に面食らうウリカだったが、従兄の表情がことのほか真剣なものだったから、おとなしく言葉に従った。
常識人としての従兄をよく知っているからこそ、理由をいま問いただす必要がないと分かっているし、彼の態度に腹を立てるほど子供でもない。
むしろウリカを不快にしたのは、その後の展開であったろう。
「ベルツ伯爵が来たのかっ!」
来客を知らされたウィリアムは珍しく喜色を顔面に貼りつけて声をあげた。
その姿に少しムッとする。
ウリカに対してはこんな手放しの好意を見せたことがない錬金術師が、ほとんど交流もないはずのユリウスにこの笑顔なのだ。
押しかけ弟子という立場上、好意を向けられないのは仕方ないと分かってはいても、妬心が疼くのは抑えようがない。
しかしこんなものは序の口に過ぎないことをウリカは思い知ることになる。
玄関に戻ると、ウィリアムの姿を認めたジークベルトがお行儀よく頭を下げた。
「はじめまして、ジークベルト・フォン・シルヴァーベルヒと申します。姉が連日に渡ってご迷惑をおかけしており、大変心苦しく思っております」
礼儀正しく嫌味な挨拶をする弟は、悪びれた様子もなく姉へと視線を奔らせる。
小生意気な口を閉じてやろうかと思ったウリカだったが、ウィリアムがすぐに挨拶を返したために断念せざるを得なかった。
「君がジークベルトか。ステファン卿から話は聞いているよ……優秀な魔術使いだそうだな」
「確かに魔術は得意なほうですが、優秀などと持ち上げられるほどではありません」
謙遜にしか聞こえない言葉を返すジークベルトだったが、本心から言っているのだと姉のウリカと従兄のユリウスは知っている。
どう受けとったのかは分からないが、ウィリアムは皮肉げな笑みを浮かべていた。
「自分がなぜ魔術を使えるのか考えたことはあるかな?」
先刻ウリカたちと交わした会話を蒸し返すような質問をウィリアムは投げかけた。
ジークベルトを試そうというのだろう。『優秀な魔術使い』などと煽てるようなことを言っておいて、ずい分と意地悪な問いかけに聞こえた。平凡な答えを返そうものなら、この錬金術師は鼻で笑うことだろう。
だがそうはならないことをウリカは半ば予測できていた。
わずかばかりに思考を巡らす素振りを見せたあと、ジークベルトはにこりと笑った。
「建国の始祖クリストフォルスの血を引いているから――そう答える人が多いのでしょうね、この国では」
「ほう……」
ウィリアムが興味深げに目を細める。
ジークベルトの回答は錬金術師の予想を裏切った。それは悪い意味ではなく、好印象を与える原動力として働いた。
質問の真意を的確に汲みとった上で、あえて含みを持たせる挑戦的な言い回しが、あまのじゃくな錬金術師の心には効果的に響いたのだ。ウィリアムの満足げな表情がそれを物語っている。
ヒントをもらってようやく答えにたどり着けた姉とは違い、この生意気な弟はこともなげに課題をクリアしてみせたのである。ウリカの敗北感は深かった。
「君とは一度じっくり話をしてみたいものだ」
「光栄です。僕も錬金術には少し興味があります」
「なら、時間があるときにいつでも来るといい。君なら歓迎するよ」
「ありがとうございます。機会がありましたら是非」
事態は面白くない方向へと展開していく。
ウリカがあれほど苦労したというのに、この弟はなんだ――たった一回の問答で錬金術師の心を射止めてしまったではないか。
憤りと嫉妬心が肥大化した結果、八つ当たりと自覚しながらも弟を睨みつけずにはいられなかった。
殺気を感じたのか、ジークベルトがびくりと身じろぎする。
ユリウスが呆れた様子でため息をついた。
「盛り上がっているところ悪いが、こちらの用件を優先させてもらっていいかな?」
柔らかい口調でそう言いながら、ジークベルトをウリカの視線から隠すように前へと出て、さりげなく場の空気を和らげる。
姉弟はどこか安堵したように揃って吐息するのだった。
ウィリアムが面白そうに状況を眺めながらも、言われた通り本題に入る。
「わざわざ名指しで呼びつけたということは、何らかの進展があったと考えていいんだよな?」
と、期待に満ちた瞳を名指しされた少女へと向ける。
当のジルケは相変わらずウリカの後ろに隠れて出てこようとしない。ここにいるのも、ウィリアムに脅しめいた言葉をかけられたから渋々ついてきたに過ぎないのだ。
「迷惑をかけたようで申し訳ない」
と、ユリウスはうなずいたが、続く言葉で錬金術師の表情を曇らせることになる。
「そちらの方の身元が判明したので、お迎えに上がりました」
驚きを見せる錬金術師と子爵令嬢を後目に、第一皇子の近衛騎士たるベルツ伯爵が、少女の前に膝をついた。
「殿下から貴女をお連れするようにと命を受けて参りました。ご同行願います」
ユリウスの言動は、この小さな少女が高い身分にあることを示すものだった。ウィリアムが表情を歪ませるのも無理はない。厄介事のレベルが想像をはるかに超えていたのだから……。
「私は……まだ帰るつもりはない!」
弱々しい声ながらも強い拒絶を示すジルケに対し、ユリウスの表情が鋭くなった。
「抵抗するのであれば、多少強引な手段に及んでも構わない、とアルフレート殿下からの許可は出ています」
少女の顔が見る間に青ざめた。
ユリウスがわざわざアルフレート皇子の名を出したからだろう。アルフレートの騎士であるユリウスは主の命令には逆らえず、また逆らう意思もないとの主張だ。
ジルケの意見は一蹴された。
ユリウスはさらに追い打ちをかける。
「ご自分の立場をお考えください」
それは少女を押し黙らせるのに十分なものだった。高い身分であればあるほど、その行動によって及ぼす周囲への影響は大きくなる。もちろんそのせいで振り回される者たちの人数も少数では済まない。
ジルケもそれに気づかされたのだ。
「大丈夫よ」
絶望的な表情でうつむく少女に、ウリカは優しく声をかけた。
しゃがんで目線の高さを合わせてから言葉を続ける。
「ユリウスは頭ごなしに人の行動を否定したりはしない。正直に話せば、きちんと聞いてくれて一緒に考えてくれる……そういう人よ」
それが長年の付き合いのなかで見てきた幼馴染みへの正直な感想だ。日頃から憎まれ口を叩きあっている二人ではあるが、認めるべきところは認めあうことができる――そんな間柄でもある。
誠実で知られるベルツ伯爵の評判も手伝って、ウリカの言葉に説得力を感じたのだろう。ジルケは伏せていた顔を上げた。
子爵令嬢のものと交差した瞳は、まだ少し迷いの色が濃い。
「厳しいことを言うようだけれど、自分のことは何も言わないまま、相手に理解だけ求めるのはフェアじゃないわ。このまま対話から逃げていても何も解決しないと、あなたなら分かるでしょう?」
そんなダメ押しが効いたのだろう。ジルケは無言ながらも小さくうなずいてみせた。
「表に馬車を止めてありますので、本日はそちらでお送りいたします」
ユリウスに促されて、とぼとぼと外へ向かう少女の姿に、ウリカは危惧を覚える。
「できれば私も一緒に行きたいところだけど、今日は馬で来ちゃったしなぁ……」
そうこぼす彼女に応えたのはジークベルトだった。
「大丈夫ですよ。そのために僕が来たので」
無感動に呟いて外へと出ていく弟の姿に、ウリカは納得した。
ユリウスはこういう展開を見越してジークベルトを連れてきたのだろう。つまり初めからウリカを馬車に同乗させるつもりだったということだ。
ウィリアムに挨拶だけして外に出ると、ジルケはすでに馬車に乗り込んでいた。
「巻き込んで悪かった。でも助かったよ」
裏手にある馬小屋からウリカの馬を連れてきたジークベルトにユリウスが礼を言う。
「いえ。信頼していただけて嬉しいです」
無邪気な笑顔を浮かべて応えると、ジークベルトは馬に飛び乗って林を駆け抜けていく。その後ろ姿を見送ったあと、ユリウスが従妹へと向き直る。その表情はどこか憂いを帯びていた。
そして神妙な面持ちで言うのである。
「ウーリに頼みたいことがあるんだ」
「それで……この子は何者なの?」
これまでお世話になってきたのとは違う、ふかふかのクッションが敷き詰められた乗り心地のいい馬車の中で、ウリカは訊ねた。
元々貴族の馬車は揺れを軽減するような豪華な造りではあるのだが、今日のはそれに拍車がかかった内装だった。
ジルケのために用意した馬車だ。通常は長距離を移動する際に使われている馬車である。今日に限っては、幌に魔術による防音効果まで施しており、対策は万全だった。
ウリカの隣には、ずっと俯いたままのジルケが座っている。
「もう見当はついているはずだろう」
対面に座るユリウスが応えた。
言われた通り、ウリカにはもう答えが分かっている。
これまでの経緯とユリウスの対応を見れば、ジルケの正体は自明だ。ただそれはウリカを怖じけさせるに十分な事実であった。だから気づかないふりをしていた。
このままやり過ごせないかと無駄な努力をしていたのだが、逃げても意味はない、とユリウスは言外に責め立ててくるのである。
ウリカは観念して、少女へと視線を向ける。
「あなたは……第三皇女殿下なのね?」
問いかけではなく、それは確認の言葉だった。
ジルケがうなずくことはなかったが、沈黙こそが肯定の証であると、この場にいる誰もが分かっている。
「何故、私がツェツィーリエだと分かった?」
彼女はとうに観念していたのだろう。自分の本来の名を口にだして、ユリウスへと疑問をぶつけた。
思えば、ジルケが真っ直ぐにユリウスと向きあうのはこれが初めてだ。皇族に仕えるユリウスに正体を悟られる恐れがあると思って、これまで彼と正対することを避けていたのだから当然だ。直接の面識がなくとも、母親である第二皇妃と容姿が似ているせいで、そこから勘づかれる可能性があると考えてのことだったのだろう。実際、ユリウスが真実に気づいたきっかけのひとつは、彼女の容姿にあるのだ。
「確信したのは先刻、第二皇妃殿下にお会いした際でした。アルフレート殿下に皇女殿下の行方が知れないと相談されましたので」
「母上が一位殿下に?」
と、ジルケは目を丸くする。
驚くのも当然だ。皇族は特別な存在であるだけに、ほんの些細なミスでも簡単に足を掬われかねないのだ。娘である皇女に脱走されたなど知れたら、敵対勢力にどんな口実を与えるか分かったものではない。
何よりも問題なのは、第二皇妃フィリーネが第二皇子レオンハルトの母であるという点だ。つまりアルフレート皇子は政敵にあたるはず。本来ならば、最も弱味を見せてはいけない相手なのである。
だがユリウスは言う。
「皇妃殿下は賢明な方です。騒ぎ立ててはならないとよく存じていらっしゃる」
だから皇宮ではいまだに大きな騒ぎにはなっていない、と説明した。
「そしてだからこそ、打つ手が見いだせず追い詰められていたのでしょう」
たまたまアルフレート皇子とともにいたユリウスが、慌てた様子の第二皇妃と数人の官を見つけて声をかけたのだ。皇妃殿下は逡巡したあと、意を決して事情を打ち明けた。かなり思いつめた表情をしていたから、相当の勇気と決断力を絞ったに違いない。
「詳しく事情を伺ったところ、四日前にも皇女殿下は皇宮を抜けだし、厳しく叱責されたばかりだと仰っていました。それを聞き、あのとき錬金術師の家で会った少女が皇女殿下で間違いないと判断しました」
確かに四日前はジルケに初めて会った日ではあるが、それだけを根拠とするには薄弱に過ぎよう。ジルケも納得のいかない様子で眉根を寄せている。
「それだけで、確信に至ったとでもいうのか……?」
と、訝しげに問う少女に対して、ユリウスの態度はつとめて冷静だった。
「先日貴女にお会いした際、疑念はすでに御座いました。今日の話でそれが確信に変わったというだけのことです」
ユリウスは疑念を抱くに至った経緯を説明する。
「あの日、貴女をお送りしたのは貴族領内にある西門広場でした。その時点で、貴女が平民ないし平民を相手に商売する商家の子ではあり得ないことが分かります」
貴族領への門を通るためには資格がいる。貴族であれば家紋、出入りを許された商人であれば通行証を提示する必要がある。だから平民が簡単に入ることはできない。
あの日ジルケがそれに類するものを所持していたかは分からないが、貴族領内に行くのが当然のような口ぶりから、彼女が貴族領に入り慣れているのは容易に想像がついた。
「さらに、貴女が彼女に対してとっていた態度から、商家の娘ではないことも予想できます」
と、ウリカを視線で指し示す。
子爵令嬢に対して敬語も使わず、許可もなく愛称で呼ぶ。貴族の令嬢にせよ豪商の娘にせよ、礼儀は厳しく躾られるものだ。目上の者に無礼を働くなどあってはならない。
だからジルケは子爵令嬢よりも上の身分にあるはずだと、ユリウスは言いたいのだ。四日前のあの日、ウリカを愛称で呼んでいたジルケを訝しく思ったから「ずい分仲良くなったんだな」と従妹にそれとなく確認をとったのである。
「そして、あの日貴女が西門広場で乗り込んだ商人の馬車には、皇宮への出入りを許された証である紋章がついておりました。つまり貴女の帰宅先は皇宮の中にあった」
馬車の持ち主との関係はどうあれ、ジルケが皇宮に寝泊まりする立場にあるという主張には、一定の説得力がある。しかしそれだけでは皇女と断定するには、無理があるように思われた。
だが、実はウリカにも分かっている。
「皇女殿下ではないかという疑念の決定打は、彼女が名乗った名前ね?」
確認するように尋ねると、ユリウスはうなずいた。
ツェツィーリエ――それが今年で十歳になる第三皇女の名前だ。そしてその名における愛称が『ジルケ』であることは、皇国民なら誰もが知っている。
ウリカに名を聞かれたとき、偽名が思いつかず咄嗟に愛称を名乗ったのだろう。ツェツィーリエ皇女の愛称は家族が私的な場所でしか呼ばないため、それでも大丈夫だと思ったのかもしれない。
「貴女と同じ年頃で『ツェツィーリエ』という名を持つ貴族令嬢はいないはずです」
ユリウスがそう言い切るのには理由がある。
皇族は高貴な身であるが故に軽々しくその名を呼ぶことも畏れ多いとするのがこの国の貴族社会。そのため、皇族と同じ名は付けないのが暗黙の了解であり、万が一被ってしまった場合は改名する者がほとんどだ。皇宮に出入りする立場であれば余計だろう。
だが、ジルケは往生際悪く反論する。
「それでも、可能性がゼロとは言いきれないだろう?」
「ええ。ですから、確信したのは先刻、皇妃殿下からお話を伺った際だと申し上げました」
と、ユリウスの返答には隙がない。
「たまたま出歩いた日が同じという可能性も考えられるはずだ」
なお食い下がる少女に、ユリウスは柔らかく笑みを浮かべて言った。
「今日はワンピースなのですね」
一見なんの脈絡もなさそうなその言葉に、ジルケはぴくりと肩を震わせる。
服装の話題でウリカは思いだした。
「そういえば、ちょっと気になってはいたんだけど、先日は男物を着ていたわよね?」
あの日、小太り男に転ばされたジルケを助け起こしたとき、汚れを払ってやったあとで少女の姿に感じた違和感の正体がそれだった。ウィリアムの家に着いたあとで彼女が男物の服を着ていることに気づいたのだが、なんとなく聞く機会を逃してそのままだったのである。
「四日前、皇女殿下は宮中で働く召使いの制服をこっそり持ちだしたと伺いました。だから以降は制服を持ちだされないように管理を徹底させた。そうしたら今日は侍女の一人に服の交換を持ちかけたのだそうです」
なるほど――と、ウリカは合点がいった。
皇宮では、行儀見習いのために貴族の子弟が使用人として働くのも珍しくない。特に皇族が生活する後宮には上位貴族の子弟が入ることも多く、制服もそれに合わせて上等なものが用意されている。
先日はそれを一着拝借したが、それがバレて対策を立てられてしまったから、今回は別の方法をとったというわけだ。
今日着ているワンピースは、侍女をうまく唆して、自分が持つ豪華なドレスと交換することで手に入れたのだろう。あわよくば身代わりとして時間を稼ぐこともできる、と思ったのかもしれない。
頭の良いジルケらしい企みではあるが、同時に子供らしく無邪気で浅はかな行いともいえる。
ユリウスがそこを指摘する。
「服の交換に応じた侍女はもちろんのこと、知らずに貴女を城外へ連れだしてしまった商人も、処罰は免れないでしょう」
ジルケの顔が青ざめる。
いかに賢くとも、いまだ世間を知らない十歳の少女だ。そうなる可能性にまで目を向けられなかったのだろう。それでもユリウスの言葉から正確に意味を察する聡明さは母親譲りといえる。
「私は……なんと浅はかだったのだろう……」
無情な現実を突きつけられ、自分の犯した過ちに気づいた少女は、瑠璃色の瞳から大粒の涙を落としていた。
ここに至って、ウリカは従兄の真意を理解した。
馬車に乗る前、彼は言ったのである。ジルケに対して今まで通り接してほしい、と……。
ウリカがとってきた気安い態度は、皇族に対するには不敬なものだ。しかしあえてそれを要求してきたユリウスは、自分が責任を持つ、とまで言った。
だから意図を理解できずとも、従兄を信じて従った。
彼はこうなることを予測していたのだろう。
ユリウスは立場上、現状の姿勢を崩すわけにはいかない。この上ウリカまでが他人行儀にしては、ジルケが精神的に孤立する懸念があった。
皇女とはいえ、まだ十歳の少女には酷だと思ったユリウスなりの気遣いもあろう。だがそれ以上に、彼女の本音を引きだしたいとの思惑もある。
そこまでを理解した上で、ウリカは従兄に感謝していた。ユリウスのおかげで今、この小さな少女を突き放さずに済んでいるのだから。
涙をこぼす少女の固く握りしめた手に自分の手を重ねて、彼女の小さな体をそっと抱き寄せるのだった。
作業の手を止めて、ウリカは玄関へと向かう。来客に応じるのも雑用係の大事な仕事だ。とはいえ、この家に訪ねてくる客は、街医者のレフォルト医師か従兄のユリウスしか見たことがない。
玄関を開けると案の定、見慣れた顔がそこにはあった。だが今日は連れを伴っており、そこがいつもと違っていた。
ウリカは首をひねる。
「どうしたの、急に? ジークまで一緒にきて……」
来る予定のなかった従兄がジークベルトまで引き連れて訪ねてきたのだから、ウリカが驚くのは当然だった。
だが誠実なはずの従兄は珍しく問いかけを無視した。
「ここにジルケという少女は来ているか?」
ウリカは驚きを深くする。
「どうして知ってるの?」
「連れてきてくれ」
あろうことかユリウスは再び従妹の質問を黙殺して要求を突きつけてきた。常にはない事態に面食らうウリカだったが、従兄の表情がことのほか真剣なものだったから、おとなしく言葉に従った。
常識人としての従兄をよく知っているからこそ、理由をいま問いただす必要がないと分かっているし、彼の態度に腹を立てるほど子供でもない。
むしろウリカを不快にしたのは、その後の展開であったろう。
「ベルツ伯爵が来たのかっ!」
来客を知らされたウィリアムは珍しく喜色を顔面に貼りつけて声をあげた。
その姿に少しムッとする。
ウリカに対してはこんな手放しの好意を見せたことがない錬金術師が、ほとんど交流もないはずのユリウスにこの笑顔なのだ。
押しかけ弟子という立場上、好意を向けられないのは仕方ないと分かってはいても、妬心が疼くのは抑えようがない。
しかしこんなものは序の口に過ぎないことをウリカは思い知ることになる。
玄関に戻ると、ウィリアムの姿を認めたジークベルトがお行儀よく頭を下げた。
「はじめまして、ジークベルト・フォン・シルヴァーベルヒと申します。姉が連日に渡ってご迷惑をおかけしており、大変心苦しく思っております」
礼儀正しく嫌味な挨拶をする弟は、悪びれた様子もなく姉へと視線を奔らせる。
小生意気な口を閉じてやろうかと思ったウリカだったが、ウィリアムがすぐに挨拶を返したために断念せざるを得なかった。
「君がジークベルトか。ステファン卿から話は聞いているよ……優秀な魔術使いだそうだな」
「確かに魔術は得意なほうですが、優秀などと持ち上げられるほどではありません」
謙遜にしか聞こえない言葉を返すジークベルトだったが、本心から言っているのだと姉のウリカと従兄のユリウスは知っている。
どう受けとったのかは分からないが、ウィリアムは皮肉げな笑みを浮かべていた。
「自分がなぜ魔術を使えるのか考えたことはあるかな?」
先刻ウリカたちと交わした会話を蒸し返すような質問をウィリアムは投げかけた。
ジークベルトを試そうというのだろう。『優秀な魔術使い』などと煽てるようなことを言っておいて、ずい分と意地悪な問いかけに聞こえた。平凡な答えを返そうものなら、この錬金術師は鼻で笑うことだろう。
だがそうはならないことをウリカは半ば予測できていた。
わずかばかりに思考を巡らす素振りを見せたあと、ジークベルトはにこりと笑った。
「建国の始祖クリストフォルスの血を引いているから――そう答える人が多いのでしょうね、この国では」
「ほう……」
ウィリアムが興味深げに目を細める。
ジークベルトの回答は錬金術師の予想を裏切った。それは悪い意味ではなく、好印象を与える原動力として働いた。
質問の真意を的確に汲みとった上で、あえて含みを持たせる挑戦的な言い回しが、あまのじゃくな錬金術師の心には効果的に響いたのだ。ウィリアムの満足げな表情がそれを物語っている。
ヒントをもらってようやく答えにたどり着けた姉とは違い、この生意気な弟はこともなげに課題をクリアしてみせたのである。ウリカの敗北感は深かった。
「君とは一度じっくり話をしてみたいものだ」
「光栄です。僕も錬金術には少し興味があります」
「なら、時間があるときにいつでも来るといい。君なら歓迎するよ」
「ありがとうございます。機会がありましたら是非」
事態は面白くない方向へと展開していく。
ウリカがあれほど苦労したというのに、この弟はなんだ――たった一回の問答で錬金術師の心を射止めてしまったではないか。
憤りと嫉妬心が肥大化した結果、八つ当たりと自覚しながらも弟を睨みつけずにはいられなかった。
殺気を感じたのか、ジークベルトがびくりと身じろぎする。
ユリウスが呆れた様子でため息をついた。
「盛り上がっているところ悪いが、こちらの用件を優先させてもらっていいかな?」
柔らかい口調でそう言いながら、ジークベルトをウリカの視線から隠すように前へと出て、さりげなく場の空気を和らげる。
姉弟はどこか安堵したように揃って吐息するのだった。
ウィリアムが面白そうに状況を眺めながらも、言われた通り本題に入る。
「わざわざ名指しで呼びつけたということは、何らかの進展があったと考えていいんだよな?」
と、期待に満ちた瞳を名指しされた少女へと向ける。
当のジルケは相変わらずウリカの後ろに隠れて出てこようとしない。ここにいるのも、ウィリアムに脅しめいた言葉をかけられたから渋々ついてきたに過ぎないのだ。
「迷惑をかけたようで申し訳ない」
と、ユリウスはうなずいたが、続く言葉で錬金術師の表情を曇らせることになる。
「そちらの方の身元が判明したので、お迎えに上がりました」
驚きを見せる錬金術師と子爵令嬢を後目に、第一皇子の近衛騎士たるベルツ伯爵が、少女の前に膝をついた。
「殿下から貴女をお連れするようにと命を受けて参りました。ご同行願います」
ユリウスの言動は、この小さな少女が高い身分にあることを示すものだった。ウィリアムが表情を歪ませるのも無理はない。厄介事のレベルが想像をはるかに超えていたのだから……。
「私は……まだ帰るつもりはない!」
弱々しい声ながらも強い拒絶を示すジルケに対し、ユリウスの表情が鋭くなった。
「抵抗するのであれば、多少強引な手段に及んでも構わない、とアルフレート殿下からの許可は出ています」
少女の顔が見る間に青ざめた。
ユリウスがわざわざアルフレート皇子の名を出したからだろう。アルフレートの騎士であるユリウスは主の命令には逆らえず、また逆らう意思もないとの主張だ。
ジルケの意見は一蹴された。
ユリウスはさらに追い打ちをかける。
「ご自分の立場をお考えください」
それは少女を押し黙らせるのに十分なものだった。高い身分であればあるほど、その行動によって及ぼす周囲への影響は大きくなる。もちろんそのせいで振り回される者たちの人数も少数では済まない。
ジルケもそれに気づかされたのだ。
「大丈夫よ」
絶望的な表情でうつむく少女に、ウリカは優しく声をかけた。
しゃがんで目線の高さを合わせてから言葉を続ける。
「ユリウスは頭ごなしに人の行動を否定したりはしない。正直に話せば、きちんと聞いてくれて一緒に考えてくれる……そういう人よ」
それが長年の付き合いのなかで見てきた幼馴染みへの正直な感想だ。日頃から憎まれ口を叩きあっている二人ではあるが、認めるべきところは認めあうことができる――そんな間柄でもある。
誠実で知られるベルツ伯爵の評判も手伝って、ウリカの言葉に説得力を感じたのだろう。ジルケは伏せていた顔を上げた。
子爵令嬢のものと交差した瞳は、まだ少し迷いの色が濃い。
「厳しいことを言うようだけれど、自分のことは何も言わないまま、相手に理解だけ求めるのはフェアじゃないわ。このまま対話から逃げていても何も解決しないと、あなたなら分かるでしょう?」
そんなダメ押しが効いたのだろう。ジルケは無言ながらも小さくうなずいてみせた。
「表に馬車を止めてありますので、本日はそちらでお送りいたします」
ユリウスに促されて、とぼとぼと外へ向かう少女の姿に、ウリカは危惧を覚える。
「できれば私も一緒に行きたいところだけど、今日は馬で来ちゃったしなぁ……」
そうこぼす彼女に応えたのはジークベルトだった。
「大丈夫ですよ。そのために僕が来たので」
無感動に呟いて外へと出ていく弟の姿に、ウリカは納得した。
ユリウスはこういう展開を見越してジークベルトを連れてきたのだろう。つまり初めからウリカを馬車に同乗させるつもりだったということだ。
ウィリアムに挨拶だけして外に出ると、ジルケはすでに馬車に乗り込んでいた。
「巻き込んで悪かった。でも助かったよ」
裏手にある馬小屋からウリカの馬を連れてきたジークベルトにユリウスが礼を言う。
「いえ。信頼していただけて嬉しいです」
無邪気な笑顔を浮かべて応えると、ジークベルトは馬に飛び乗って林を駆け抜けていく。その後ろ姿を見送ったあと、ユリウスが従妹へと向き直る。その表情はどこか憂いを帯びていた。
そして神妙な面持ちで言うのである。
「ウーリに頼みたいことがあるんだ」
「それで……この子は何者なの?」
これまでお世話になってきたのとは違う、ふかふかのクッションが敷き詰められた乗り心地のいい馬車の中で、ウリカは訊ねた。
元々貴族の馬車は揺れを軽減するような豪華な造りではあるのだが、今日のはそれに拍車がかかった内装だった。
ジルケのために用意した馬車だ。通常は長距離を移動する際に使われている馬車である。今日に限っては、幌に魔術による防音効果まで施しており、対策は万全だった。
ウリカの隣には、ずっと俯いたままのジルケが座っている。
「もう見当はついているはずだろう」
対面に座るユリウスが応えた。
言われた通り、ウリカにはもう答えが分かっている。
これまでの経緯とユリウスの対応を見れば、ジルケの正体は自明だ。ただそれはウリカを怖じけさせるに十分な事実であった。だから気づかないふりをしていた。
このままやり過ごせないかと無駄な努力をしていたのだが、逃げても意味はない、とユリウスは言外に責め立ててくるのである。
ウリカは観念して、少女へと視線を向ける。
「あなたは……第三皇女殿下なのね?」
問いかけではなく、それは確認の言葉だった。
ジルケがうなずくことはなかったが、沈黙こそが肯定の証であると、この場にいる誰もが分かっている。
「何故、私がツェツィーリエだと分かった?」
彼女はとうに観念していたのだろう。自分の本来の名を口にだして、ユリウスへと疑問をぶつけた。
思えば、ジルケが真っ直ぐにユリウスと向きあうのはこれが初めてだ。皇族に仕えるユリウスに正体を悟られる恐れがあると思って、これまで彼と正対することを避けていたのだから当然だ。直接の面識がなくとも、母親である第二皇妃と容姿が似ているせいで、そこから勘づかれる可能性があると考えてのことだったのだろう。実際、ユリウスが真実に気づいたきっかけのひとつは、彼女の容姿にあるのだ。
「確信したのは先刻、第二皇妃殿下にお会いした際でした。アルフレート殿下に皇女殿下の行方が知れないと相談されましたので」
「母上が一位殿下に?」
と、ジルケは目を丸くする。
驚くのも当然だ。皇族は特別な存在であるだけに、ほんの些細なミスでも簡単に足を掬われかねないのだ。娘である皇女に脱走されたなど知れたら、敵対勢力にどんな口実を与えるか分かったものではない。
何よりも問題なのは、第二皇妃フィリーネが第二皇子レオンハルトの母であるという点だ。つまりアルフレート皇子は政敵にあたるはず。本来ならば、最も弱味を見せてはいけない相手なのである。
だがユリウスは言う。
「皇妃殿下は賢明な方です。騒ぎ立ててはならないとよく存じていらっしゃる」
だから皇宮ではいまだに大きな騒ぎにはなっていない、と説明した。
「そしてだからこそ、打つ手が見いだせず追い詰められていたのでしょう」
たまたまアルフレート皇子とともにいたユリウスが、慌てた様子の第二皇妃と数人の官を見つけて声をかけたのだ。皇妃殿下は逡巡したあと、意を決して事情を打ち明けた。かなり思いつめた表情をしていたから、相当の勇気と決断力を絞ったに違いない。
「詳しく事情を伺ったところ、四日前にも皇女殿下は皇宮を抜けだし、厳しく叱責されたばかりだと仰っていました。それを聞き、あのとき錬金術師の家で会った少女が皇女殿下で間違いないと判断しました」
確かに四日前はジルケに初めて会った日ではあるが、それだけを根拠とするには薄弱に過ぎよう。ジルケも納得のいかない様子で眉根を寄せている。
「それだけで、確信に至ったとでもいうのか……?」
と、訝しげに問う少女に対して、ユリウスの態度はつとめて冷静だった。
「先日貴女にお会いした際、疑念はすでに御座いました。今日の話でそれが確信に変わったというだけのことです」
ユリウスは疑念を抱くに至った経緯を説明する。
「あの日、貴女をお送りしたのは貴族領内にある西門広場でした。その時点で、貴女が平民ないし平民を相手に商売する商家の子ではあり得ないことが分かります」
貴族領への門を通るためには資格がいる。貴族であれば家紋、出入りを許された商人であれば通行証を提示する必要がある。だから平民が簡単に入ることはできない。
あの日ジルケがそれに類するものを所持していたかは分からないが、貴族領内に行くのが当然のような口ぶりから、彼女が貴族領に入り慣れているのは容易に想像がついた。
「さらに、貴女が彼女に対してとっていた態度から、商家の娘ではないことも予想できます」
と、ウリカを視線で指し示す。
子爵令嬢に対して敬語も使わず、許可もなく愛称で呼ぶ。貴族の令嬢にせよ豪商の娘にせよ、礼儀は厳しく躾られるものだ。目上の者に無礼を働くなどあってはならない。
だからジルケは子爵令嬢よりも上の身分にあるはずだと、ユリウスは言いたいのだ。四日前のあの日、ウリカを愛称で呼んでいたジルケを訝しく思ったから「ずい分仲良くなったんだな」と従妹にそれとなく確認をとったのである。
「そして、あの日貴女が西門広場で乗り込んだ商人の馬車には、皇宮への出入りを許された証である紋章がついておりました。つまり貴女の帰宅先は皇宮の中にあった」
馬車の持ち主との関係はどうあれ、ジルケが皇宮に寝泊まりする立場にあるという主張には、一定の説得力がある。しかしそれだけでは皇女と断定するには、無理があるように思われた。
だが、実はウリカにも分かっている。
「皇女殿下ではないかという疑念の決定打は、彼女が名乗った名前ね?」
確認するように尋ねると、ユリウスはうなずいた。
ツェツィーリエ――それが今年で十歳になる第三皇女の名前だ。そしてその名における愛称が『ジルケ』であることは、皇国民なら誰もが知っている。
ウリカに名を聞かれたとき、偽名が思いつかず咄嗟に愛称を名乗ったのだろう。ツェツィーリエ皇女の愛称は家族が私的な場所でしか呼ばないため、それでも大丈夫だと思ったのかもしれない。
「貴女と同じ年頃で『ツェツィーリエ』という名を持つ貴族令嬢はいないはずです」
ユリウスがそう言い切るのには理由がある。
皇族は高貴な身であるが故に軽々しくその名を呼ぶことも畏れ多いとするのがこの国の貴族社会。そのため、皇族と同じ名は付けないのが暗黙の了解であり、万が一被ってしまった場合は改名する者がほとんどだ。皇宮に出入りする立場であれば余計だろう。
だが、ジルケは往生際悪く反論する。
「それでも、可能性がゼロとは言いきれないだろう?」
「ええ。ですから、確信したのは先刻、皇妃殿下からお話を伺った際だと申し上げました」
と、ユリウスの返答には隙がない。
「たまたま出歩いた日が同じという可能性も考えられるはずだ」
なお食い下がる少女に、ユリウスは柔らかく笑みを浮かべて言った。
「今日はワンピースなのですね」
一見なんの脈絡もなさそうなその言葉に、ジルケはぴくりと肩を震わせる。
服装の話題でウリカは思いだした。
「そういえば、ちょっと気になってはいたんだけど、先日は男物を着ていたわよね?」
あの日、小太り男に転ばされたジルケを助け起こしたとき、汚れを払ってやったあとで少女の姿に感じた違和感の正体がそれだった。ウィリアムの家に着いたあとで彼女が男物の服を着ていることに気づいたのだが、なんとなく聞く機会を逃してそのままだったのである。
「四日前、皇女殿下は宮中で働く召使いの制服をこっそり持ちだしたと伺いました。だから以降は制服を持ちだされないように管理を徹底させた。そうしたら今日は侍女の一人に服の交換を持ちかけたのだそうです」
なるほど――と、ウリカは合点がいった。
皇宮では、行儀見習いのために貴族の子弟が使用人として働くのも珍しくない。特に皇族が生活する後宮には上位貴族の子弟が入ることも多く、制服もそれに合わせて上等なものが用意されている。
先日はそれを一着拝借したが、それがバレて対策を立てられてしまったから、今回は別の方法をとったというわけだ。
今日着ているワンピースは、侍女をうまく唆して、自分が持つ豪華なドレスと交換することで手に入れたのだろう。あわよくば身代わりとして時間を稼ぐこともできる、と思ったのかもしれない。
頭の良いジルケらしい企みではあるが、同時に子供らしく無邪気で浅はかな行いともいえる。
ユリウスがそこを指摘する。
「服の交換に応じた侍女はもちろんのこと、知らずに貴女を城外へ連れだしてしまった商人も、処罰は免れないでしょう」
ジルケの顔が青ざめる。
いかに賢くとも、いまだ世間を知らない十歳の少女だ。そうなる可能性にまで目を向けられなかったのだろう。それでもユリウスの言葉から正確に意味を察する聡明さは母親譲りといえる。
「私は……なんと浅はかだったのだろう……」
無情な現実を突きつけられ、自分の犯した過ちに気づいた少女は、瑠璃色の瞳から大粒の涙を落としていた。
ここに至って、ウリカは従兄の真意を理解した。
馬車に乗る前、彼は言ったのである。ジルケに対して今まで通り接してほしい、と……。
ウリカがとってきた気安い態度は、皇族に対するには不敬なものだ。しかしあえてそれを要求してきたユリウスは、自分が責任を持つ、とまで言った。
だから意図を理解できずとも、従兄を信じて従った。
彼はこうなることを予測していたのだろう。
ユリウスは立場上、現状の姿勢を崩すわけにはいかない。この上ウリカまでが他人行儀にしては、ジルケが精神的に孤立する懸念があった。
皇女とはいえ、まだ十歳の少女には酷だと思ったユリウスなりの気遣いもあろう。だがそれ以上に、彼女の本音を引きだしたいとの思惑もある。
そこまでを理解した上で、ウリカは従兄に感謝していた。ユリウスのおかげで今、この小さな少女を突き放さずに済んでいるのだから。
涙をこぼす少女の固く握りしめた手に自分の手を重ねて、彼女の小さな体をそっと抱き寄せるのだった。
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