異世界で、初めて恋を知りました。(仮)

青樹蓮華

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46.神官の憂鬱

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 まだ外は暗いけど、眠れる気もしない。俺は布団から腕を出して天井に向かって伸ばす。魔力を手先に集中させる。少しずつ拡げるように魔力で作った球を大きくするが弾けて消える。ため息と共に寝返りを打つとカイと目が合う。

「何やってんだよ。」
「魔力訓練の一環だよ。ブレアは簡単に出来てたのに、俺には出来なくて・・・。」

 腑甲斐無い気持ちで視線が下に落ちていく。すると、カイのあったかくてゴツゴツした手が俺の頬を包み上を向かせた。ぬくぬくした体温が心にまで届くみたいだ。カイのオリーブ色の瞳が優しげにこちらを見ている。

「あいつは魔力のコントロールに長けてるからな。それにナオトは魔力を使いだしてまだ日も浅い。出来なくて当たり前だろ。」

「でもスティーブンが何をしようとしてるか分からないのに早く精神魔法に対抗できるようにしなきゃ。」
 カイはその名前が出た途端顔を歪ませる。触れている手に力が入るのが分かる。
「悪いな。まだ捜索中で、恐らく捕まえるのはむずかしい。何があっても次は絶対守る。」

「カイのせいじゃないよ。出来れば俺が皆を守りたい。だから頑張るよ。俺がこの世界に来たことにちゃんと意味を持たせたいんだ。でも今はこうしててもいい?」

 俺はカイに抱きつく。当たり前のようにカイも俺を抱きしめてくれる。寝間着の首元からは口付けの痕が垣間見える。俺はそれをなぞるように触れ、吸い付くようにキスを落としていく。
「・・・!」
「昼間頑張る分、二人きりの時は・・・その、甘えたいんだけど。ダメだった?」
 目を泳がせ羞恥に耐えながら言ったが、反応がないカイを見ると俺の方は見ておらず顔を背けている。
「かわいいな。」
 カイはボソッと小さく呟くように言ったけど、この距離だからさすがに聞こえる。

「かわいい言うな。嬉しくないからな。」
「わりぃ、そう思って今まで口に出さなかったんだがつい。」

 俺はムッとして睨み上げたがカイが本当に口が滑ったみたいな顔をしていて、今まで何回そう思ったんだろうと考えると頬が緩む自分もいる。なんにしても俺の事を見てくれてること自体は嬉しい。
「うそ。少しだけ、ほんのちょっとだけど嬉しいよ。」

 夜が明けるまでカイの腕の中で束の間の夢を見た。次、目が覚めたときにもカイがいてくれて、昨日の張り詰めた雰囲気なんか無かったかのようだ。お互いに支度済ましていく。カイが隊服のボタンをはだけさせていて、これみよがしに見せてくる。呆れつつ俺がボタンを留めていくとカイは幸せそうに俺の頭を撫でてくれた。
 支度が済んでカイと一緒に部屋を出る。カイが鍵を閉めた後それをポケットに入れてしまう。

「ん?今日は鍵・・・。」
 てっきり預けてくれるとばかり思って手を構えていたのに拍子抜けだ。やっぱり昨日のこと怒ってるのかな。
「勘違いすんなよ、俺はいつでもナオトを待ってる。でも俺が独り占めしてたら他が拗ねるかもしんねぇだろ。」

           ◇

 医務室に行くと既にフィンが仕事をしていた。俺も治癒をしつつ、リストに印が着いている騎士の魔力強化を行う。名前の分からない対象の騎士がいると、こそっとフィンが教えてくれる。

 もう少しで昼休憩かなと思ったとき煤汚れのある騎士に混じってカイが医務室に入って来た。

「複数の中にアイツいれるんじゃなったな。痛てぇ。」
 左肩から流血しているカイを見てゾッとする。過去にも負傷した騎士を見て、俺なりに心を痛める思いをしてきた。このくらいの傷なら日常茶飯事になっていたが、カイの姿を見たら今までの比じゃないくらい目の前がグラグラする。固まっている俺を気遣って、早く治療しようとフィンがカイに近寄る。

「あれ?カイ団長様いつもと雰囲気が・・・」
 カイを椅子に座らせて首を傾げるフィンに、カイが自分の胸元に指をさす。
「あー、これか?ナオトに、ーーーんぐっ」
 俺は急いでカイに駆け寄り両手で口を塞いた。
「もうまとめて治癒するからな!」
 フィンに何言おうとしてんだよ。有無を言わさずカイに治癒の魔力を流していく。ありったけの魔力をカイに注ぎ、周囲に天色の光が放散する。みるみるうちに左肩の傷が消えていく。

「あーあ、もう俺頑張れねぇ。」

 カイは、雑に胸元のボタンを外し、いつものように着崩し項垂れている。あっけらかんとしているが、身体の傷は治っても服は破れたまま生々しい血痕が残っている。涙が溜まっていく。気付かれないようにサッと袖で拭く。
 フィンは、カイの傷が治癒されたことを見ると俺にコソッと耳打ちをする。
「ナオト、カイ団長はリストの・・・」

「うん、今日の仕事が終わったらカイの部屋に行くからその時にするよ。」

「・・・そっ、そうですか。」

「何話してんだよ。」
 カイがフィンと俺を引き剥がすように間に入ってきた。慌てて首を横に振り誤魔化す。

「別になんでもないよ。」
 エドガー殿下から貰った魔力強化をする騎士のリストは秘匿とは言われなかったし、一概に強さで決まっているわけでは無いけど、リストから外されている騎士からすれば気持ちの良いものでは無いだろう。だからあまりおおやけに話したくない。
 エドガー殿下からは「私情を挟むな。」と言われているが、リスト外の騎士から希望があればもちろん魔力強化はする。俺が頑張ればいいだけの話だ。無理をする自覚があるからカイにも黙っておきたい。

「それより、戻らなくていいの?」
「・・・ナオト、俺の着替えクローゼットに入ってるから取ってきてくれるか?」
 カイがポケットから部屋の鍵を取り出し、俺に渡す。押し付けるような振る舞いに俺は鍵を受け取るしか無かった。
「え?あぁ、うん。分かった。」
 急いでカイの部屋に取りに行くがその道中で、カイが部屋に戻って着替えて来た方が良かったんじゃないかと今更ながらに気がついた。

           ◇

 俺が着替えを持って医務室に戻るとフィンが肩をビクッと震わせた。俺は医務室の扉に手をかけたままキョロキョロ見渡すがカイの姿がない。
「あれ?カイは?」
「あの・・・後ろに。」
 フィンはフードを被ってよく見えないがおずおずと少し怯えているように俺の背後を示す。

「働きすぎだって言ったの忘れたか?倒れる前にやめとけよ。」
 聞こえたのは不機嫌なのを隠さないカイの声で、振り向くと俺を見下ろしている。
「なんの事?あー、もしかして魔力強化のこと?俺は大丈夫だよ。」
 カイの表情が徐々に険しくなっていくのを黙って見ているしかできない。フィンが俺の服の裾を引っ張りカイと俺を引き離す。
「ナオトの気持ちも優先させてあげてはどうですか?」
「あ″ぁ?お前に何がわかんだよ。」
「・・・。」
 医務室内がピリピリする。早くこの空気を何とかしたくてカイに縋り付く。
「ちょっと待って!黙ってたのは悪かったよ。でも俺は大丈夫・・・」
「非効率だ。リスト貸せ。」
 言葉を遮られ、有無を言わせないカイの態度に腰が引ける。仕方なくカイにリストを渡す。
「印がついてる奴か?午後から順番に来させるが、ナオトは何人なら負担なくできる?」

「・・・十人くらいかな。」

「分かった。」
 カイは着替えと鍵を俺からもぎ取ってどこかに行ってしまった。


 午後からは、カイに言っていたように無傷でも俺を訪ねてくる騎士が時折やって来る。鍛錬が終わるまで、残り時間は無い。今日来たのは七人の対象者だった。

 夕食もフィンと一緒に食堂に来た。フィンはカイとのやり取りがあってからずっと落ち込んでるように見える。

「いつもはあんな怒ることないんだ。俺のせいでごめん。」
「いえ、私より余程ナオトのことを分かっていらっしゃいますし・・・。」
 話している途中でフィンがある一点を見て固まっている。俺もそちらに目線をやると食事を済ませたクリスとアルベルトがこちらに来るのが見える。

「今夜は部屋に戻ってくるか?」

「今日はちょっと・・・。でも明日は自分の部屋で寝ようかな。」
 アルベルトは「分かった。」と言ってくれているが悲しそうにしゅんとしている。でも魔力強化のこともあるし、カイのことが気がかりで考え込む。しばらく唸っているとアルベルトが俺の手を取り甲に口付けをして、いつものように穏やかな眼差しを向けてくれている。横でそれを見ていたクリスが膨れっ面になっていた。

「ずるい。僕も!」
 そう言ってクリスは俺の頬にキスをする。クリスは満足気に微笑み、俺もその笑顔に癒される。
「ナオト、おやすみ。」
 クリスはヒラヒラと手を振って行ってしまった。アルベルトもあとについて食堂を後にする。


 俺とフィンも食事を終え、中庭を通り各々の部屋に帰るための帰路についている。上弦の月がほのかに道を照らす。今日は雰囲気に疲れたというか、まぁ俺のせいなんだよな。相変わらずフィンもうつむき加減だし。なんて声をかければいいか分かるほど、まだフィンのこと分かってなかったことが辛い。

「明日は医務室の係じゃないだろ?」

「そうですね。街の教会への訪問やホスピスへ慰問に行ったりと一日外出する予定です。でもナオトは私が居なくても御三方がおられるので何も問題ありませんね。」
 
 そんなこともしてたのか、フィンも忙しいのに訓練やら魔力強化のことやら手伝ってくれてるんだな。なのに俺のせいで嫌な気持ちにさせてしまった。それにフィン含みのある言い方に引っ掛かる。
「明日は会えないのか・・・。俺は医務室にフィンがいるだけで頼もしいと思うよ。なんでも相談できて安心するんだ。あと俺の代わりに深い傷を負った騎士の治療をしてたのも知ってるし、ありがと。」
 痛々しく笑顔を作るフィンが、気の毒で放っておけない。


 手に魔力の球を作ろうとするが毎度の事ながら儚く消える。今このまま別れたらフィンも同じように消えてしまいそうで引き留める理由が欲しい。
「フィンの代わりなんか居ないからな。また、訓練とか手伝ってくれる?情けないけど、この通りまだ全然なんだ。」
「・・・そうですか。」

「また、明後日会えるよな?」
 フィンは曖昧な返事と、喪失感ともとれる感情を俺の中に残して去っていった。


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