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49.不毛の地
しおりを挟む騎士の治癒や、魔力強化に時間を取られ目まぐるしく日常が過ぎていく。それにクリスと晩餐会に参加するためにマナーや主要貴族の名前、歴史を死ぬ気で頭に叩き込んだ。結局魔力訓練に当てる時間もなく忙しさのせいでフィンとはあの日以降会えていない。なんとも言えない胸のつっかえを感じつつ、自分でもどうしていいか分からないでいる。そして、今日から隣国ウォリアー王国との交流のため晩餐会が始まった。
カイとアルベルトは以前と同じく、装飾のある隊服を着こなしている。カイはエドガー殿下の元でアルベルトは俺とクリスの後ろで護衛をしてくれている。
クリスと共に晩餐会に参加するということは嬉しい反面、神子としてでは無い別の責任も重くのしかかってくる。
クリスは王位継承権は持っているものの、第一王子であるエドガー殿下がいるし、なによりクリス本人は全く王座に興味がない。その事を知ってか知らずか、貴族達は挨拶には来るがエドガー殿下と比べれば人の入れ替わりが少ない。それでも、張り付いた笑顔を浮かべることに疲れを感じる。
「ナオト、大丈夫?疲れてない?」
「ありがとう、大丈夫だよ。」
場馴れしていない俺をクリスが気遣ってくれる。後ろに控えているアルベルトにも目線を送り、大丈夫であることを伝えるために微笑む。束の間の癒しを補給していたら周囲を取り巻く空気が変わった気がした。際立ったオーラの方へ視線をやるとシルバーグレーのアシンメトリーの髪型、黄金の瞳。背丈は俺とそう変わらない。隣国ウォリアー王国の第一王子だ。名前は確か、セオ殿下。兄弟はおらず必然と次期隣国の王となる人物を前に自然と背筋が伸びる。
セオ殿下に負けずとも劣らず目を引くのは後ろにいる護衛の騎士。黒に限りなく近い赤色の短髪に、同じく暗赤色の瞳。腰に両刀を帯びている。この国でも暗めの髪色を見かけることはあるが、群を抜いて黒に近い。
「クリス殿下、この度はお招きいただきありがとうございます。セオと申します。今後ともよろしくお願いします。そちらは神子様でいらっしゃいますか?」
黄金の瞳が俺を捕える。俺は当たり障りなく微笑み返すが心中、気が気ではなく、下手なことは出来ない相手に狼狽える。そんな俺を安心させるようにゆっくりと瞬きをしたクリスはセオ殿下に恭しく口上を述べた。
「えぇ、わざわざお越し頂き光栄です。この場が互いの国の繁栄に繋がることを願っています。」
セオ殿下は美しい所作で一礼をして去っていく。その背中を見つめながらどこか人形のような心が透けない表情や仕草にに切ないというか寂しいような気持ちになった。
その後も食事を楽しむ余裕はなく、貴族たちを相手に必死に愛想を振りまいている。・・・そろそろ限界かも。人が途切れたタイミングでクリスを横目に伺い見ると心配そうな顔をしたクリスと目が合う。
「ちょっと休んできてもいい?」
「もちろん、アルベルトも連れてバルコニーに行ってくるといいよ。」
「あぁ、いや俺は一人で大丈夫だよ。」
バルコニーくらいは一人で大丈夫だろう。それに疲れすぎてもう誰とも話したくない。気を抜いたら盛大にため息をついてしまいそうだ。
逃げるようにバルコニーに向かう。扉を開け、一歩外へ出る。やっとさっきまでの緊張感から解放されたと思ったが、そこにはには先客がいた。その人物の護衛はこちらに気が付き軽く一礼する。薄暗闇の中では自分と同じく黒髪に見えて違和感すら覚える。ここまで来て室内に戻るの事も出来ずそのまま歩みを進める。
心細さで室内を見ると、エドガー殿下がこっちへ来ようとするクリスやアルベルトを留めている。そういえば以前執務室で、ウォリアー王国取り入れとか言ってたな。それが今なのか?そんな簡単なことじゃないだろ。エドガー殿下への憤りも感じつつ俺はセオ殿下に近く。
バルコニーの手すりにもたれ掛かる、その疲労感が滲み出る横顔は先程とは打って変わって幾分か人間らしい表情をしている。
「お疲れのようですね?」
「いえ、お恥ずかしい所をお見せしました。」
俺が声をかけるとセオ殿下は姿勢を正して、また仮面を被ったような表情に変わる。
「俺、いやっ、僕の前では取り繕わなくて大丈夫ですよ。異世界から来たので、ここの作法は分からないし・・・。気楽にしてください。長旅で疲れてるのもあるのではないですか?治癒は得意なんです。」
俺はセオ殿下に天色の魔力を纏わせる。シルバーグレーの髪が靡く。セオ殿下は俺の魔力をすくうように手を挙げる。しばらくその魔力を眺め思い詰めるように呟く。
「綺麗だな・・・。召喚の儀・・・。きっと俺の国では無理だろうな。」
俺はどう答えていいか分からず言葉を詰まらせる。治癒を終え、魔力を抑える。セオ殿下は、また手すりに持たれかかり暗闇を眺めている。
「この国は作物も、魔法の技術も豊かでいいな。・・・決して豊かでは無い、恐らく衰退していく国を収める気持ち、分からないだろうな。それがどれだけ息苦しくても俺は逃げれない。・・・はぁ、八つ当たりだな、悪かったよ。」
助けれるものなら、助けたいと必然的に思うけど国政のことは俺には口を出す権限は無い。
「俺は大丈夫、もし許すなら散歩でもどうですか?庭園がとっても綺麗でよく行くんです。」
俺は護衛の様子を見ながらセオ殿下に話す。護衛は特に気にする様子もなく、ただ立っている。
「そうだな、・・・ちょっと気分転換に付き合え。」
「ん?うわぁっ。」
セオ殿下が俺の手を引き上げる。ふわっと身体が宙に浮き腹部や足首に風がまとわりついて、身体の主導権を奪われたような不思議な感じだ。そのままバルコニーから遠のいて行き、不安定な身体はセオ殿下にしがみつく事でしか安心出来ない。
「しっかり捕まってろよ。あと、下手な敬語もよせ。」
恐怖で閉じていた瞼をゆっくりと開ける。そこに広がるのはいつもの庭園のはずなのに、南の果てには月明かりに照らされる海も見える。現実離れした光景に息を飲む。さっきまでの疲労が嘘のように消え去っていく。しばらくふわふわと手を引かれながら宙を漂う。魔法が当たり前の世界で、慣れてきたと思ったのに子供の頃夢見た魔法らしい魔法に胸が高鳴る。
「すごいっ、これってどこまで行ける?」
「さぁな、お前が回復してくれるならどこまでも行けるんじゃないか。」
そう言って、クスッと笑ったセオ殿下の顔はただの一人の青年に見える。高度をあげていき、遠くに見える城下町。セオ殿下は俺とは違う方向を見て指をさす。
「あっちの方角が俺の国だ。」
セオ殿下が指さす方へ目を向け、暗闇に紛れた見えない国に思いを馳せる。
「いつか行ってみたいな。・・・俺はなんの権限もないけど俺の力で助かる人がいるんなら喜んで力になるよ。」
「それが現実になればいいがな。こちらには差し出せるものがない。」
「対価がないとダメなのか?助けられると分かっていて出来ないのは後悔しそうだな。国政ももっとシンプルならいいな。」
「そうだな。そろそろグイドに心配かける、戻るか。」
グイド?護衛の人の名前かな。空飛ぶの楽しかった、もう少しこの風景を見たい気持ちを抑え返事をする。
「なんだ、俺がこの国にいる間はいつでもしてやるからそんな顔するな。」
高度を落としていくとバルコニーが見えてくる。そこにはグイドと言われていたセオ殿下の護衛と、クリスとアルベルトが待ってくれていた。
「ナオト!」
アルベルトが俺を抱きしめる。久々に包まれる香りに安心感があり、このまま抱き返したい気持ちになるが、「大丈夫だよ。」と言いそっと離す。
俺は後ろにいたセオ殿下を振り返る。多分魔力消費が激しい魔法だろうな。俺はもう一度セオ殿下に回復の魔力を纏わす。
「セオ殿下、ありがとう。楽しかったよ。」
セオ殿下は柔らかく微笑み護衛とともに室内に戻っていく。その背中をながめながら、またゆっくり話す時間があればいいなと思った。
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