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40.存在意義

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「ーーーーー・・・・・うっ、」


 どのくらい気を失っていただろう。頭がグラグラして身体が燃えるように熱い。身体の異常に反応して魔力も暴発している。
 なんとか目を開けた時には、菖蒲色あやめいろの髪。センターパートに、後ろは肩ほどの長さを一つに結っている人物が見える。糸目は開かれているが、光ってはいない。紫水晶のような瞳が俺を捕らえている。

 スティーブンは心の属性を持っているため目を合わせないように視線を逸らす。そのまま辺りを見渡すが特に何が置いてあるわけでもない。
 カイは?店主は大丈夫なんだろうか。

 スティーブンは確か人身売買の噂があると聞いていた。でも俺が今いるのは見るからに普通の部屋だ。牢屋に入れられているわけでも、競売にかけられてるでもない。これからかも知れないけど・・・。
 俺は両手両足をロープで拘束されて床に転がされている。身体に力も入らず動くことが出来ない。

「やっと目を覚ましたか。」
 スティーブンがゆっくりと近づいてくる。結界を作ろうと思うのに魔力が暴走していて上手く出来ない。スティーブンは、飛散した天色の魔力を払いのけながら俺の目の前でしゃがみ込む。

「晩餐会ではどうも。魔力の基礎値を上げるのは本当か?まぁ、その魔力量なら十分に利用価値がある。・・・、寄越せ。」

 蠱惑的な声が頭に響く。まだ思考がはっきりせず意識が遠のきそうなった時、スティーブンに片手で両頬を掴まれ持ち上げられた。紫水晶の瞳が光っていく。それと同時に既に身体に異常を感じていたのにさらに苦痛が増していく。
「なんだ、魔法は効かないのか?」

 そう言うとスティーブンは、以前カイがしていたように俺の口から魔力をどんどん奪っていく。体の熱は治らないし理解も追いつかない。抵抗することも出来ない。奪われた魔力はスティーブンを通して、魔道課にあった実験器具のようなものに蓄えられていっている。

 口を付ける行為を繰り返していく。暴発していた魔力はとっくに落ち着いた。むしろこれは魔力不足かもしれない。体温が急激に下がっていく。凍えるように身体が震え出す。

 こいつとの行為はなんとも感じないが、どうしても三人のことを思い浮かべ、罪悪感やまた迷惑を掛けているんじゃないかと懸念がある。心配してるだろうな。また、会うことはできるんだろうか。
 こんな辛い感情ならば無いほうがいい。大丈夫何年も感情を押し込めて自分の想いを隠し通してきたことだってある。大丈夫。俺は何も思わないし、何も感じない。呪文のように心の中で唱える。


 ・・・くそ、ダメだ。俺の力はみんなを守るためにあるのに利用されるのが許せない。いったい何を企んでるんだ?

「何が目的だ?」
 スティーブンの口元は弧を描き不気味な笑みを浮かべている。
「言うと思うか?お前には何も分かるまい。どうせ次期国王と婚姻するのだろう?この指輪・・・。王族でないと手に入らないだろうな。まぁ、今となってはどうなるか分からないがな。」
 
「次期国王?馬鹿じゃないのか?俺は肩書きで人を好きにならない。カイや、店主は無事なんだろうな。」
 俺が好きなのはエドガー殿下では無いし、まるで俺が王子だからクリスを好きみたいな言い方は気は食わない。どこが地雷だったのか、初めてスティーブンの顔が少し歪んだ。
「戯言だな。どいつもこいつも不愉快だ。もう魔力は充分だ。」
 どいつもこいつも?「誰と比べてる?」聞こうとしたが叶わなかった。スティーブンが俺の首に手を掛ける。少しずつ力が籠っていく。
 苦しい、もうダメだと思ったその時スティーブンがピタッと力を込めていた手が止まり、離れていった。何が起こったか分からないままスティーブンは床下にあった隠し扉から姿を消した。



 そのすぐ後に無数の人の走る音や、ドアを開ける音が聞こえた。後ろで縛られていた手が震えていることに気づいた時、あぁまだ俺には感情があったんだ、と安心する。

 この部屋のドアが開いた。「団長!ここです!」レオンが廊下の奥に向かって叫んでいる。
「おい、ナオトしっかりしろ!今解くからな。」
 レオンが走ってきて俺のロープを解いてくれている。
「レオンあそこ・・・、スティーブン・・・」
 解かれた手でスティーブンが逃げていった隠し扉を指差す。駆けつけた騎士の中にカイが見える。カイは何もされてないみたいで良かった。カイ以外の騎士はその隠し扉に入りスティーブンを追う。
 ロープが解かれ起き上がろうとした傾く身体をカイが支えてくれた。どんな顔をしてるだろう。俺は胸元にうずくまり力が入らないから、上も向けない。そもそも魔力を奪われた後のこんな口角から唾液が垂れている顔、見せれない。

 意識は少しずつではあるが浮上してきた。カイの馬に乗せてもらっているが、体勢を保持出来ずほとんどカイに体重を預けている。早足で宮殿へ帰る。
 いつもならば心を癒す夜風が、今は氷柱つららのように頬をすり抜けていく。
「寒い・・・。カイ。」
 カイは後ろから、片手は手網を持っているけどもう片方の手で抱きしめてくれる。十分温かみが伝わってくる。何となく身体が楽になってきた気がする。

「店主さんは大丈夫?カイも怪我してない?」
 俺が城下町に行きたいなんて言ったせいで巻き込んでしまった。
「問題ない。頼むから自分のこと労わってくれ。」
「俺は大丈夫だよ、、来てくれてありがと。」
「守れねぇと意味ねぇんだよ。」
 俺は自分の首をそっと撫で、首を絞められたことを思い出す。もし助けが遅れていたら・・・。
 自分は何のためにこの世界に呼ばれたのか、ここで死ぬために来たわけじゃない。誰かに守られるために来たわけじゃない。「守れるもんならやってみろと。」カイと飲み交わした夜を思い出す。俺は「やってやる。」返したが、何も出来なかった。もう同じことは繰り返したくない。
 勝手に連れてこられた世界に変わりない。でも今はそれだけじゃない。俺自身がこの国に居たいと思う。今後、自分がどう振る舞っていくべきか自問自答を繰り返す。
「もし俺が死んだらたまには思い出してくれよ。俺はここに家族はいないし・・・、ほら故人を思い出すとその人の上に花が降るって、なんか聞いたことあるから。」

「・・・!、死なせねぇよ。絶対。」

「ありがとう。でも俺は今ちゃんと生きてるし、・・・・本当は皆を守るのが俺の役割なんだ。」

 だから俺の魔力を奪ったスティーブンを許さない。その力で絶対に誰も傷つけさせない。この世界丸ごと俺が守りたい。
 さっきまで適温だったのにまた、フツフツと体が熱くなるのを感じた。
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