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36.唯一無二
しおりを挟む一日寝たら体調はだいぶ楽になった。自分では分からないが、何となくおでこに手を当ててみる。まだ微熱はありそうな体温だ。
太陽の昇り具合から言って昼前くらいだと思う。この時間はアルベルトは鍛錬場。ずっと寝ているのも暇だし、ちらっと見に行ってみようかな。
コンコンとノックの音がする。クリスもアルベルトもテンションは様々だがノックをしないで入ってくるか、ノックと同時にドアを開けることが多い。返事を待つような、これは誰だ?
予測が出来ない突然の来訪に身構え、起き上がる。
「・・・はい?」
返事をすると「入ります。」と声がして、すぐさま扉が開かれた。そこにはレオンが立っており、中の様子を伺うとズカズカ入っていた。そうかと思えばベッドの傍らにある椅子に腰を掛ける。
「なんだ、だいぶ体調は良さそうじゃないか。来て損した。」
覗き込むように言うレオンに疑問が浮かぶ。またレオンに気づかれるほどアルベルトが落ち込んでたのか?
聞きたいことはあるが、ひとまずレオンは見舞い?に来てくれたようだ。
「なんでレオンが体調崩したの知ってるんだ?」
「昨日クリス殿下が転移魔法使って騎士棟に来て、団長に話していたのを聞いた。で、喝を入れに来た。」
レオンはそう言うと俺のおでこを指で弾く。
「いたっ!」
思ったより強い力で、多分赤くなってると思う。俺は手で抑えながら涙目でレオン睨む。
「体調管理くらいしろ。無駄に心配かけるな、団長に。あと、レオンさんな!呼び捨てされる覚えは無い。」
今までなんて呼んでいたか思い返してみる。心の中ではレオンと勝手に言っていたが、いま初めて口に出したかもしれない。レオンは俺の事をいつもお前って呼ぶし・・・。アルベルトの前だけは神子様だったか・・・。年上どうこうは言いたくないが、レオンに関しては俺からも喝を入れてやらなければ!
「呼び方は変えない。レオンも俺の事お前って言うのやめろよ。次言ったら今までのことアルベルトにチクってやる。」
「なっ、卑怯だぞ!・・・・・うー・・・、まぁ気が向いたら呼んでやらんこともない。鍛錬に戻る。」
溜息をつきながら出ていってしまった。レオンが開いた扉の隙間から、フード付きの神官の姿が見えた。
「フィン神官さん?入っていいよ!」
入れ違いでフィン神官さんが入って来てくれた。さっきまでレオンが座っていた椅子に腰掛けている。相変わらずフードを目深に被り顔が見えないが、俺のことを気にかけて来てくれた感じが分かる。
「フィン神官さんも、もしかしてお見舞いに来てくれたの?」
「そうですね、騎士の方々がざわついておりましたので。」
昨日はフィン神官さんが医務室担当だったから、耳に入ったんだろう。王子様がわざわざ転移魔法使って騎士棟に行って第一騎士団の団長と話してたら、そりゃ何事かと思うよな。騒がせて申し訳ない。・・・ただの風邪です。
「体調はどうですか?何か必要な物などありますか?」
さっきのレオンとは打って変わって・・・、これがお見舞いだよ。ほんとレオンには見習って欲しい。まだ二回しか会っていない俺をこんなに心配してくれて、相談とか魔力訓練とか迷惑しか掛けてないのに・・・。
「大丈夫だよ。気を遣わせてごめんね。」
俺がそう言うと、フィン神官さんは首を大きく横に振る。
「この国のためにご尽力されているのですから、神子様を支えるのはこの国の人間としての務めです。どうせなら謝罪よりも、ありがとうと言って頂きたい。」
「俺は国のためとか、そんな立派な人間じゃないよ。こっちの世界に来た時に、俺の事を大切にしてくれた人を守りたいだけなんだ。フィン神官さんもこの前浜辺で話を聞いてくれて、今日お見舞いに来てくれてありがとう。」
確かに、最近は魔力訓練が上手くいかなかったり、体調を崩したりで謝ってばっかりだったかもしれない。これからは気を付けようと、省みて感謝を込めてフィン神官さんに笑顔で返す。
コンコンとノックの音と共にクリスが入ってきた。
「お昼ご飯と薬持ってきたよー。・・・!?フィン神官?あ!そのままでいいよ!」
すぐにフィン神官さんが立ち上がろうとするが、クリスが手でも合図し静止した。フィン神官さんは無言のまま一礼する。
「僕はまだ執務が残ってるから戻るけど、早く終わらせてナオトの看病するからね?分かってると思うけど、熱がなくても今日はしっかり休むこと!」
騎士棟の方に顔を見せに行こうとしてたの見透かしたかのような言い方にびっくりする。それでも俺のことを分かってくれている嬉しさもある。
そして、クリスが食事と薬を机に置くと俺の方に近づいてきて、耳元で囁く。
「体調治ってからでいいから、ナオトに大事な話があるんだ。」
それだけ言うとクリスはひらひらと手を振って出ていってしまった。珍しく真剣な顔をしてたけど、大事な話ってなんだろ?晩餐会のことかな。色々と考えていたがフィン神官さんが話しを戻す。
「立て続けに所属も関係なくお見舞いに来て下さるところを見ると神子様の気持ちとは裏腹に、その心意気は宮中に大きく影響しているのでしょうね。」
「じゃあ、フィン神官さんも?」
「そうですね。神子様の真っ直ぐな優しさや、努力しようとする姿勢はとても感慨深いです。」
褒められすぎてこそばゆい。無闇におだててる訳じゃなくて、フィン神官さんは嘘はつけない人だとなんとなく思う。
今は特に何も悩んでないが聞き心地のいい声に気持ちが浸っていく。スティーブンも確か蠱惑的な声に、目を奪われるような佇まいだった。心の属性だけを持っている人は、形容し難い惹きつける魅力を備えているのかもしれないな。
ただ、ずっと神子様って言われるのは気にかかってしまう。
「あの、出来れば神子様って呼ぶのやめて欲しいかな。ほら、ブレアも俺のことナオトって呼ぶし。あと、二人の時はフードを取って欲しいかも。俺は、ここの人達とはどうしても価値観が違うこともあるし、表情が見えないと、傷つけてしまった時に気づけなくて不安なんだ。」
ちらっと様子を伺うようにフィン神官さんを見る。何を考えてる?困ってるかな?
数秒間沈黙が流れたあと、フィン神官がゆっくりとフードを脱いでいく。その手が震えていることに気が付き、フィン神官さんの手に俺の手を重ねて止める。
「無理はして欲しくないよ。二人っきりの時だけならどうかなと思っただけ。ごめん、頑張ってくれてありがとう。」
そこまで気にしていたのかと改めて突きつけられたようでやるせない。震えながらフードを脱ごうとする姿をこれ以上見ていられない。まだ踏み込んでいい関係じゃなかった、後悔が押し寄せる。
「俺の元いた国では、ほとんどが黒髪黒眼だったんだ。こっちに来てから初めて珍しいとか綺麗とか言われた。それを考えたら、見た目の差異や普通がどうだとかで、他人を否定する言葉に耳を貸して傷つく必要はないと思うんだ。フィン神官さんのこと何も知らないのに意見を押し付けるような真似をしてごめん。ただ、俺はフィン神官の見た目も心も綺麗で、ありのままを知りたいと思ったんだ。」
フィン神官さんは浜辺で、産まれた時から体毛の色や瞳の色で気味悪がられていたって言ってた。本人が好んでフードを目深に被っているのならば、何も言うことは無い。そうじゃないならずっとフードで隠して生きて行くのは窮屈なんじゃないかと思った。俺のものさしで測って良いことでは無いのは理解している。それでももう少し・・・。せめて俺の前だけでもと思ってしまった。こんな心の綺麗な人を誰が傷つけていいものか。
「これから仕事もあるだろ?俺はもうこの通り大丈夫だから。お見舞いありがとう。」
フィン神官さんが大きく深呼吸したかと思ったら、一気にフードを脱いでいた。
浜辺でみたときは朝日に照らされて綺麗なのかと思ったが、室内でも充分に綺麗な白髪。それに深紅の瞳。
安堵と歓喜で顔が緩む。まじまじ眺めているとフィン神官さんは思い迷うような、照れているように深紅の瞳を揺らがせていた。
「良かった。また見れた。本当に綺麗だと思うよ。・・・この言葉はフィン神官さんを傷付けてしまうかな?」
「いえ、そのようなことは言われたことがないので・・・。戸惑っているだけです。」
「そっか、その戸惑いが無くなるくらい何度でも伝えていくよ。とっても綺麗だ。歳も近そうだし、俺は真っ黒で、フィン神官さんは真っ白だから並んで歩いたら双子みたいに見えるかも!」
「ふっふっ、双子ならきっと髪の色は一緒なのでは?」
深紅の瞳が一瞬見開かれすぐに細まる。初めて笑顔を見た。浜辺で見た絵画のような姿ではない。それでも目を奪われてしまう。置き場のない感情、どうしようもないから閉まっておこうとグッと押さえ込んだ。
俺が黙っているとフィンが首を傾け不思議そうにこちらを見ていた。
「ナオト様?私からもお願いを聞いていただいても良いですか?」
フィン神官さんは、言いにくそうに膝に置いてある手をぎゅと握る。
「・・・呼び方を変えて欲しいのです。」
確かに神官ともつけるし、さんも付けるから呼び方に違和感があったのは自覚してる。
「フィンさん?フィン神官?」
フィン神官さんは首を横に振って「違います。」と言っている。呼び捨てでいいのかな?
「じゃあフィン?俺のことも呼び捨てにしてよ。明日からも時間がある時でいいから魔力訓練に付き合ってくれるか?」
「ナオト・・・さま・・。もちろんです。」
「っは。まだ様が付いてるよ。少しずつ慣れていってね。」
笑いを堪えながら、フィンの物慣れない反応に嬉しさが増す。
その後も、俺は料理人でお菓子作りは専門じゃないこと。だから上手く作れるか分からないけど、フィンが食べたいお菓子や料理を作ってあげたいこと。フィンは普段は礼拝堂で祈りを捧げたり、街の協会に訪問していることなど色々話が出来た。
「話し込んじゃった。今後も魔力訓練よろしくお願いします。」
「すみません。体調が芳しくない時に・・・。」
「話し相手になってくれて、ありがとう。」
フィンの言葉を遮るように語尾を少し強くして伝えた。そう言うと「どういたしまして、私もナオトと話せて良かったです。」と言い、フードを被り俺の部屋を後にした。
フィンを見送り、まぁブレアだって俺の黒髪黒目にしばらく気づかなかったから、魔力訓練の時も大丈夫だと思うけどしばらくはこのままで良いかなと思った。
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