異世界で、初めて恋を知りました。(仮)

青樹蓮華

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29.褐色の神官

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 いつの間にかベッドの端には綺麗に畳まれた俺の服が置いてある。俺がここにいるのを知っているのはアルベルトだけだ。寝ている間に置いてくれたのだろう。アルベルトが俺の寝姿を見てどう思ったか考えると胸が苦しい。


 心の整理が付かず、アルベルトとクリスに会えない。鉢合わせないよう、時間を見計らって自室に衣類を取りに戻り、夜はカイの部屋で寝ている。周囲を気にしながら過ごしていることに息が詰まりそうだ。

 居た堪れない気持ちが募っていく。何かをしていないと限界を越えそうでブレアに訓練をつけてもらおうと、こそっと魔道課に来ている。

 ノックをしたらいつも通り「んー?」と声がする。気の抜けた返事で、息苦しさが少し緩和されたようだ。中へ入るとやっぱりいつも通りの光景。床に倒れている魔道士さん達に今は心配よりも安心感が勝ってしまう。

「ブレア、今日からまた魔力訓練を再開して欲しいんだけど、ダメかな?」

「騎士団の方の治療は良いの?」

 その言葉に体が強張る。悟られないように話題を変えたい。なんとかブレアのところで訓練させてくれるような理由を探す。

 晩餐会のスティーブンのことを思い出す。目が光っていたのは精神魔法というやつだろう。アルベルトもカイの精神魔法に掛かって苦しそうだった。

 今は考えたくない人が頭をよぎってしまった。それくらいに自分からは切っても切れない相手なのに・・・。振り切るように息を吐き、切り替える。

「精神魔法って、俺が解いてあげたり出来る?」

「あー。精神魔法は一度かかると自力でも他力でも中々解くことはできないよ。相手がその属性を持ってると分かっていたら、目を見なければ良いだけだけどね。でもナオトなら・・・。うーん、試してみる価値はあると思うよ。クリス殿下にお願いして、やってみる??」

 まただ・・・。どんどん鼓動が早くなっていく。考えないようにすればするほど、自分の首を絞めているようだ。心の中でブレアに謝りながら、苦肉のけいとして嘘をついてしまう。

「しばらくは忙しいみたいだから、他の人いないかな?」

 俺の心情とは裏腹におそらく気づいていないブレアは腕を組み、他に心の属性を持つ人の記憶をたどっている。
「んー。・・・・僕が知ってる人ではフィン神官かなー。でもあんまり喋ったことないからなー。今度話してみるよ。それより、ナオト顔色悪いけど大丈夫?」

 言われて気付く。ここ数日は鉢合わせるのが怖くて食堂にも最低限しか行っていない。神経を擦り減らすような日中に、夜もあまり眠れていなかった。

「カイが居なくて寂しいのかも。」
 ギリギリ作れているであろう笑顔で返す。それだけじゃない、けど嘘ではない。ブレアに話すことのできるのはこれだけだ。

「僕もだよー。僕にとっては、お兄ちゃんみたいな人だから。でもまた定例報告で来てくれるから。大丈夫だよ!」
 よしよし、と撫でてくれる。心の中に溜まっていたものを少し吐露できて、その分楽になる。気を使うような、それでもって無邪気な笑顔に救われる。

「気分転換が必要なら南の浜辺に行くといいよ。これからどんどん寒くなっていくから今のうち!あれ?でも敷地外?ナオトはそこまで出ていいんだっけ?」
 ブレアは一人で考え込んでしまった。

「ありがとう。気が向いたら行ってみるよ。」と言い残し、魔道課を後にした。



           ◇


 
 あたりはまだ暗い。昨日ブレアから顔色の悪さを指摘されすぐに寝たらから早くに起きてしまった。やることも無くブレアから聞いたことを思い出す。この時間なら外へ出ても誰とも顔を合わすことは無いだろう。宮殿の北には正門がある。きっとその反対方向に歩けば着く。


 いつも感じていた潮の香りは南風に吹かれて運ばれたものだったのか。久々に砂浜を歩く、足が少し重だるい感覚。波の音。一時的に何も考えずにいられる。時々強い風が吹くが不快じゃない。しばらく、ただ暗闇の海を眺める。ずっとこうしていたい。少しずつ薄明はくめいの空になっていく。


 他にも散歩に来ている人が見える。フード付きの神官服を着た人物だ。フードを目深に被り顔は見えない。背丈は俺より少し高いくらいだろうか。ぼんやりと、通り過ぎていくだろう人を観察し、また海の方へ目を向ける。

「・・・・・神子様?」
 通り過ぎる思っていた人物に話しかけられびっくりする。身構えつつ返事をする。
「えっと・・・。そうだけど?」

「神子様がいないと宮殿内がざわつき始めています。お戻りになってください。」
 二人は心配してくれてるのかな。でもまだ戻りたくない。俺は首を横に振る。
「何か理由が?」

 神官が、俺の横に腰をかける。知らない人だからこそ相談できそうだが、神職の人に恋愛どうこうを相談しても良いのだろうか。

「その・・・、神官さんに色恋話とかして良いのか?」
 その神官は少し吹き出して、誤魔化すように咳払いをする。
「神官を神聖なものと思い過ぎではないですか?神子様の方がよほど神聖ですよ。」

 この神官がどこまで察しているか分からないが、名前は出さず事実と、自分自身のこんがらがった感情を話す。きっと話はまとまりが無くて分かりづらかっただろう。それでも静かに頷きながら聞いてくれた。


「この世界では確かに複数人と関係を結ぶことは珍しくありません。でも、一人一人の合意の上で成り立つ関係です。それに、婚姻に関わらず理解し合おうという基盤がなければ上手くいかないでしょう。妥協点が見つからないのならば諦めるか、分かってもらえるまで努力をすれば良い。少なくとも、今は心配させている人がいるのではないですか?戻りましょう。」

 神官が立ち上がり、俺に手を差し伸べる。その時、突風が吹きフードが脱げる。

 おそらく同い年くらい。やや褐色の肌に真っ白な短髪。深紅の瞳。すぐにフードを被り直す。先ほどまでの落ち着いた物言いから、焦ったような口調に変わる。
「お目汚し失礼しました。」
 あまりの美しさに時間が止まったように感じた。まるで絵画のようだった。朝日に照らされた白髪は宝石のように光を反射し、海風が短い髪を乱す。まつ毛も白く、深紅の瞳が映える。言葉を発せないでいると、神官は沈黙を埋めるように話し出す。

「生まれた時から異常に毛髪が白く気味悪がられていました。目の色も相まって醜いのでしょう。本当に申し訳ありません。他に迎えを寄越しますので、ここでお待ちください。」

 そそくさと去ろうとする。俺は勘違いをさせてしまっていることに気づき引き止める。

「綺麗すぎて言葉が出なかったんだ。君にとっては、不謹慎に聞こえるかもしれないけど、隠しているのが勿体無いくらいに。少しでも傷つけていたならごめんね。」

 フードに手をかけたまま俯いて表情は見えないが、戸惑っているように感じる。これ以上踏み込んではいけない気がして手を離す。

「えっと、さっきは話を聞いてくれてありがとう。でもすぐには帰りたくなくて、自分のタイミングで戻るよ。宮殿の方には俺が無事なことだけ伝えといてほしい。」


 神官は「分かりました。」と一言だけ返すと、早足で行ってしまった。
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