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26.好敵手
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闘技場が近づくにつれて大きくなっていく喚声。何事かと思い歩みを速める。コロッセオのような円柱状の建物、観覧席にいる騎士たちの熱狂で暑いのかと思ったが、それだけではないようだ。闘技場の中心にいるのはカイ。立ち込める魔力と、それによって生み出される炎の渦。四人の騎士に囲まれているがそれを諸共しない。
どこかに座って観戦しようと辺りを見る。所々にボロボロの騎士もいる。
目に留まるのは毛先に燃やされたあとが残る金髪。項垂れて白い肌にも煤汚れがある。さすがに可哀想だと思い、気配を消して背後に回り込む。背中にちょんと、人差し指を立て治癒の魔力を流し込む。
「余計なお世話だ。」
碧眼が後方を仰ぎみる。バレた。
元通りとまでは言わないか、だいぶマシになった。勝手にやっといてなんだが感謝して欲しいくらいだ。もう神子としての力を持った今の俺が何かを言われる筋合いはない。
「そんな状態でよく悪態つけるな。あと、前から思ってたけどお前アルベルトの前で猫かぶり過ぎな。」
レオンがふんっと鼻を鳴らし、顔を背ける。
「後ろにいられたら何されるか分からない。降りてこい。」
腕を組み隣を指さされる。知っている顔も無いし、アルベルトがよく仕事を任せる位だ。性根はきっと悪いやつじゃない。大人しく言われた通りにする。
カイが奮った炎や剣を受け、立てなくなった四人の騎士が運ばれて行った。カイは観覧席を一通り見渡し、指をさす。
「次、お前と、お前と・・・それからお前らも来い!」
再び戦闘が始まる。こうやって焦げ付きの騎士たちが出来上がったのかと納得させられる。エドガー殿下もカイのことを強いだけが取り柄とか言ってたくらいだしな。もちろん俺はそれだけじゃないと思うけど・・・。
「俺ちょっと行ってくる。」
席を立とうとしたら、レオンに肩を捕まれ引き戻され怪訝な顔を向けられる。
「どこへ行く。」
「さっきの騎士達、立てないくらい負傷してるなら治療しに行こうかと・・・。」
「お人好しめ、どこに運ばれたか分かっているのか?」
熱狂する騎士達を掻き分けて前列の方へ行けば分かるかもしれないが、そうする勇気はなかった。しばらく考えていると、レオンに「着いてこい。」と案内される。
騎士達に隠れ見えなかったが、野球場でいうダグアウトのようなところに、何人かの騎士が横になっている。致命傷すらないが、傷だらけの騎士を見ると思うところがある。
順番に治癒していくのをレオンが後ろで見ている。背後でずっと見られるのもなんか居心地が悪い。ましてや俺の事を良く思っていない相手に・・・。
「ここまで案内してくれたのはありがたいけど、俺は勝手にやってるからもう観覧席に戻っていいよ。」
「お前が何かあったら、アルベルト団長が心配するからな。勘違いするな。」
魔力消費よりも気疲れしながら、また運ばれてくる騎士を迎え入れようとダグアウトから顔を出す。遠くにいたカイと目が合った気がした。次に戦う騎士にカイが剣を向ける。
一瞬の静寂と、すぐさま熱狂と怒号の混じる声が上がる。何事かとレオンも出てきて、息を呑んでいる。
剣を向けられ、指名された騎士が中央へ歩いていく。靡くブルーブラックの髪。・・・俺も目が離せない。
「どっちが強いと思う?」
上から覗き見ていたレオンに問いかける。野暮な質問だと自分でも思う。どちらを応援したら良いか分からない。お願いだから怪我をしないで欲しい。二人が傷付く心構えなんかしたくない。
「主属性的には、アルベルト団長が有利。それに今まで散々他の騎士の相手をしてきたカイ団長は不利だろう。でもカイ団長の本来の魔力量と今日は調子、経験値、他にも・・・どっちが勝つかなんて分からない。」
会場の中央に二人が揃う、何やら話している様だ。距離がありすぎて聞こえない。いつ開始されるのかとざわめきが起こっている。アルベルトがちらっと俺の方を見る。
カイがアルベルトに耳打ちをすると、棘のような冷気が暴風となって会場を取り巻く。
それを皮切りに剣が交わる。一太刀の重さが他の騎士達と格の違いを見せつけているようだ。湧き上がる歓声。
カイが火の玉をそこら中にだし、アルベルトへ撃ち込む。アルベルトを取り囲むように出てきた水魔法で作られた龍がそれを鎮火する。そのうち水龍はカイ本人に向かって行く。
アルベルトも剣を構え切り込んでいく。二人の距離が縮まった時オリーブ色の瞳が光った気がした。突如、切り込もうとしていたアルベルトが後方へ飛び距離を置き、水龍が揺らいだのち消えた。
カイはアルベルトが着地の時ふらついたのを見逃さない。灼熱の炎を帯びた剣はアルベルトの首を捕える。ギリギリのところでカイは動きを止める。
それでも反撃しようとするアルベルトに対しカイは強く瞳を光らせる。アルベルトは頭を抑え込むように倒れる。
見ていられず俺はレオンの制止を振り切り、アルベルトに駆け寄る。すぐさま治療しようとするが、見てわかる怪我はない。なのになんでこんなに苦しそうなんだ?
訳が分からずカイを見上げる。カイが不敵に笑い、光っていた瞳が戻っていく。目を閉じ唸っていたアルベルトがうっすらと目を開ける。
「ナオト・・・。」
「俺の精神魔法に抗おうとしたのは褒めてやるよ。でも、簡単に挑発に乗るんじゃなかったなぁ?あんな小せぇ機械分は働いたから先に部屋で休んどく。ナオト、また後でな!」
それだけ言い残すとカイはズカズカと闘技場を後にした。
アルベルトはなんとも言い難い顔で俺を見ている。治癒が必要かと思って魔力を流そうとするが拒まれた。
「ナオト、すまない。後で話がある。私は、団員達の指揮を執るから、他の負傷した騎士を治癒してくれ。でも、決して無理はするなよ。」
少しふらつく足取りで観覧席の団員に指示を出している。気がかりなことは色々あるが、とりあえずダグアウトの負傷した騎士たちの治癒にあたった。
◇
今日の鍛錬は終了ということで、アルベルトから話があると言われ部屋に案内された。終始無言の状態で抱きしめられている。こうしてるのも悪い気はしないが、どうしていいものかと悩んでしまう。
「アルベルト、疲れてるなら少し早いけどもう寝る?」
その言葉にビクッと肩を震わす。抱きしめる力が強くなり、静寂が続く。
「なんか言ってくれないと分からないよ。負けたのが悔しい?それとも、カイがまた後でって言ってきたのと関係ある?夕食一緒に食べるとか?」
「・・・・違う。すまない。カイ団長の挑発に乗ってしまって・・・。ナオトのこととなると感情が制御出来ない。」
「ん?どういうこと?」
「勝負の条件は、私が勝ったらナオトのことを諦めると・・・。カイ団長が勝ったら今晩ナオトに部屋に来てもらうというものだった。」
諦めるってどういうことだ?まぁ、俺はアルベルトと対戦するためのダシに使われたってことか。カイがアルベルトを指名する前の視線に合点がいく。
「ただ治癒しながら添い寝するだけだろ。明日出発って言ってたし、体力は回復してた方がいいよな。せいぜい抱き枕になるだけだよ。」
「・・・・・気づいてないのか?」
やっと肩にもたれかけていた頭を上げたかと思ったら、困惑と哀愁を帯びた顔で見られる。
「カイは別に、その・・・、俺のことは嫌ってないけど、性的な意味で誘ってるわけじゃないと思うよ。」
確かにキスはしたけど応急処置で、なし崩しにって感じだったし。俺もカイのことは憎からず思ってるけど、出会ってから日が浅いし・・・。城下町の帰り際のことを思い出す。
「どちらかと言うとアルベルトを揶揄って楽しんでいるような気もするんだけど・・・。なんて挑発されたんだ?」
「・・・・・・。」
また俯いてしまった。勝手に賭物にされたのは、良い気はしないけど、こんなアルベルトを責める気にもなれない。髪にキスを落とし、抱き締め返す。
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