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20.晩餐会

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 魔力コントロールの訓練開始から一週間ほどが経過した。ブレア曰く、治癒に関しては使い物になるくらいには上達しているらしい。今後はブレアとの訓練を続けながら、実践的に騎士団の治療に当たる予定だ。あと、理由は分からないがブレア自身の魔力の基礎値が上がっていると言っていた。

 出来ることはやったつもりだけど、不完全な状態でこの日を迎えたことが悔しくて、クリス殿下やブレアに申し訳ない。

 自室で、用意されていたものに着替える。前の世界に居たら絶対に着ることのなかった、黒のやや光沢のある生地に白の刺繍が施されているロココに袖を通す。

「なぁカイこれってどうやってつけるんだ?」
 城下町で買った青いバラをモチーフにしたクラバットピンをカイに差し出す。後ろを向いていたカイが振り向き面倒くさそうにそれを受け取る。
「ったく、しょうがねぇなぁ。」
 そう言いながらも俺の胸元にピンをつけてくれる。カイはラベルピンなどの装飾のついた隊服に、短剣を腰に携えている。右耳にはイヤモニみたいな物もつけていて、いかにも護衛という感じがする。さすがに今日は着崩していない。

「ほらよ。今日は俺がナオトの護衛だ。絶対に俺から離れるなよ。基本的には適当にメシ食ってりゃいいからな。」
「わかった。カイ、いつもありがと。」

 カイの後ろについて行き、晩餐会の会場に向かう。立食式のパーティーみたいだ。入るなり会場が静まりかえる。黒髪黒眼は珍しいと散々言われてきたが、ここまで注目されるとは思わなかった。俺はその視線に堪らずカイの隊服の袖をつまむ。カイは、「俺がいるから大丈夫だろ。」と振り返り、俺だけに分かるようにニヒルに笑う。俺は小さく頷き辺りを見渡す。
 クリス殿下は落ち着いた青色の衣装を身に纏っている。いかにも王子様らしい。後ろに控えているのはカイと同じく隊服を着たアルベルトだ。あっちに行きたいけど、貴族には貴族の社交があるから多分ダメなんだよな。こんなジロジロと周りから見られている状態で食べる気にもなれず、出入口付近の壁にもたれ掛かる。誰も近づいて来ないのは、やはりカイがいてくれるからだろうか。


 ぬるりと長身の男性が視界に入ってきた。見た目は30代半ばというところだろうか、糸目で張り付いたような笑みを浮かべている。菖蒲色あやめいろの髪。センターパートに、後ろは肩程の長さを下で一つに結っている。待機していたカイが俺の斜め後ろにぴったりと付く。少し離れたところにいるクリス殿下やアルベルトもこちらを警戒しているのが分かる。

「神子様、お初にお目にかかります。スティーブンと申します。以後お見知り置きを。」
 その名前に聞き覚えがある。クリスから気をつけて欲しいと警告されていた人物に他ならない。低音のよく通る蠱惑的こわくてきな声だ。脳内に直接語りかけられているような錯覚に陥る。スティーブンが俺の手を取り、膝を折る。有無を言わさない雰囲気に息を飲む。

 この世界の社交場の礼儀作法なんか知らない。あらかじめ誰かに聞いておくんだったなと後悔すると同時に、スティーブンと言われる人物のわざとらしい笑みや、したたかな振る舞いが慇懃無礼いんぎんぶれいにも映るのは気のせいではないだろう。それにわざわざ護衛が硬い俺のところに近寄るのは、何か意図があるのだろうか。

「すみません。こちらの作法は存じえないもので・・・。」
 とりあえず当たり障りなく微笑んでおき、手もすぐ離した。それでもスティーブンは引き下がらない。立ち上がり距離を詰めてくる。

「いやいや、失礼いたしました。それで、神子様はどんな能力をお持ちなのですか?是非とも見てみたいものです。」

 再度手を取られ、顔が近づいてきたかと思えば糸目が少し開いた。突如、カイの大きな手が俺の目を覆う。
「スティーブン閣下、神子様がおられた世界では初対面の相手にいきなり触れるような事は無いので、どうかお控えください。」

 カイに目を覆われていて前が見えないが、カイが俺を守りに入ったということは、何かされそうだったのか?スティーブンの目が少し光っていた気がする。さっきとは少し変わった、重く低いスティーブンの声が聞こえる。
「命をかける以外価値のない人間が私に話しかけるな。下賤が。」

 体温が上がり、フツフツと自分の中が煮えくり返っているのが分かる。なんでカイは言い返さないんだ?
 ふと身分を気にしていたアルベルトを思い出した。この世界ではそんなに貴族階級が大事か。「おい、魔力抑えろ。」とカイの小声が聞こえた気がするが、頭が沸いてそれどころじゃない。俺にとっては、こいつの身分なんか知ったこっちゃない。

「価値がない人間?違うだろ。出自なんか関係なく努力して、周りからの信頼があり、認められた人間だ。お前みたいのとは違うんだ、くそが。」

 カイのゴツゴツとした手をどけながら、気づいた時には畳み掛けるように話していた。再び垣間見た糸目は開かれており紫水晶の瞳が光る。なんかやばい、守らなければ。そう思った時には五角の天色の光が広がっていた。自分が出しているものとわかったのはしばらく経ってからだ。すっと天色の光が消えた。

 沈黙が怖い。思いっきり失礼なこと口走っちゃったなぁ。まぁそれは向こうが悪いし、撤回する気は無いけど・・・。それより、何かされるのかと思って結界?を出しちゃったけど、冤罪だったらやばいのかなぁ。そもそも俺って結界出せたんだ。既に糸目は閉じられているが、じっとこちらを眺めている。
 助け舟を求めてカイの方を見上げるが、そっぽ向いて小刻みに震えている。笑いをこらえてる?こんなにもカイが頼りにならないと思ったのは初めてだ。



「ナーオートー!!」
 深緑色のロココを着た人物がブンブンと手を振って、遠くからすごい勢いで走ってきている。
「すごいね。すごいね!今の結界?治癒の力も、魔力の基礎値をあげるのもそうだけど、ナオトの力はきっと誰かを守るためにあるんだね!・・・・・ん?これって言ってもいいんだっけ?」

 緊迫していた空気をぶち破ったのはブレアだ。視界の傍らでクリス殿下とアルベルトが頭を抱えているのが分かる。周囲の貴族たちも、呆然としている。「良いわけねぇだろ。」と上から声がするが、そんなことよりも体が熱くて立っているのがやっとだ。魔力が体の中で渦巻きコントロールが上手くできない。カイが俺の腰に手を回し支えてくれる。
「ナオト、制御出来ねぇか?」

「体が熱くて・・・。その、ちょっと休みたい。」

「分かった。捕まってろ。」
 そう言うとカイは俺を横抱きにし、近くにあった出入口から外へ出る。
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