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13.情慾と好意

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 カイに横抱きにされながら宮中への帰路につく。居酒屋を出た時にはすでに外は暗く、昼間は賑わっていた露店街も静寂に包まれていた。教会や住宅から漏れ出る灯りが温かく心に沁みる。

「ごめん。元々、酒強いから酔わないと思ってたんだけど・・・。」
「別にかまわねぇよ。それよりちゃんと捕まっとけ。」
 カイの振る舞いは、荒々しいだけに見えるが俺を抱きかかえる手は思いのほか優しい。それに昼間はズカズカ歩いていたが今は気遣うように歩いてくれてることが分かると何とも言えない気持ちになる。


「うわー、ご熱心なこった。」
 俺は意味が分からず、顔を上げカイの目線を辿たどる。そこには人が立っているが、暗くてよく見えない。
 アルコールで火照っている顔を誰かに見られるのが恥ずかしくて、フードを目深に被る。近づくに連れて冷気が濃くなる。


「カイ、もう歩けるから降ろして?」
「良いんだよこれで、見せつけようぜ。」
 カイが俺に耳打ちすると、さらに冷気が増した。流石に寒くて身震いしてしまう。あっという間に冷気を出している根源に着いた。フードの隙間から見えたのはアルベルトだ。ずいぶん不服そうな顔をしている。

 もしかしてアルベルトって、転移魔法使ってたから風の属性があるとは思ってたけど、この冷気は水の属性も持ってるのか?そういえば、無断でブレアのところに行った時もこんな感じだったなぁ。と多分今はどうでもいいことが頭をよぎる。


「わざわざお迎えかい。俺にとっちゃあ涼しいが、ナオトが寒がってるからやめてくんねぇか?」
 アルベルトはカイを睨む。寒気が少しマシになったが完全に制御しているわけではないようだ。
「ナオトを返せ。」
 アルベルトは低くうなるように言う。
「それはナオト次第だな。ナオトは俺とこいつ、どっちの部屋で寝たいか?俺だったら温めてやれるぞ。」
 カイは直人に顔を近づけ、直人はそれを手で退ける。
「いや普通に自分の部屋で寝るから!」
「んだよ。さっきまで顔赤らめて可愛かったのによぉ。つれねぇなー。」
 わざわざ含みのある言い方をするカイを直人はフードの中から軽く睨み、足をバタバタさせる。
「カイ、もう降ろしてくれ!」

 カイは、「はいはい。」とゆっくりと直人を地面に降ろした。そして、直人のフードをめくりもう一度耳打ちをして、そのまま耳にキスを落とす。直人は突然のことに驚き、火照った顔を更に赤くした。キスをされた左耳を手で抑えカイを見上げる。
「絶対揶揄からかってるだけだろ。」


 カイはニヤニヤ笑い「おやすみ。」と手を振って去っていく。俺はそれを見送るが背後からの冷気が増し、足先から頭の先まで震える。何事かと振り返るが、アルベルトは俯いたままで視線が合わない。
「アルベルト?」
「何でいつも私から離れていく。」
 俺は、その言葉に頬を膨らまし抗議する。今朝、起きた時に隣にいて欲しかったし、俺がカイに攫われたときには追いかけてきて欲しかった。
「今朝はアルベルトから離れていったんだろ。それに朝は神子様としか呼ばなかったし・・・。」
「それは、カイ団長にナオトの名前を呼ばせたく無くて・・・。」
 一瞬、アルベルトの言葉に胸が高鳴るが、何とか抑え込む。
「今朝いなかったことの答えになってない。」
「それは・・・。私だって男なんだ。」
「ん?俺も男だけど?」
 言葉の真意がわからず首を傾げる。アルベルトは頭を抱えため息をつく。
「・・・・そういう意味じゃない。」


 アルベルトはやっと顔を上げた。それから俺の左耳を隊服の裾でゴシゴシこすりだした。
「痛いよ。」
「汚れているから拭ただけだ。」
 拭くことに満足したのか、アルベルトに腕を引かれ抱き寄せられた。さっきまでの怒っていた気持ちが嘘のように幸福感で満たされる。俺も同様にアルベルトの背中に手を回す。
「・・・・・!」
「アルベルトの匂い好きだ。なんか帰ってきたって感じで安心する。」
 まだこのほっとする感じを噛み締めたいのに、しばらくするとそっと引き離された。
「疲れただろう。風呂に入って早く休んでくれ。」
「今日も一緒に寝てくれる?」
「・・・あぁ、後から部屋に行く。」
 アルベルトが部屋まで送ってくれた。なんだか切なそうな表情をしていた気がする。

           ◇

 アルベルトが来るまで絶対寝ないと意気込み、もう何十分も経過した。寝てしまいそうでウトウトしていると、扉の隙間から光が差し込む。俺はそれに気付くと、カバッと起き上がる。
「起きてたのか。」
 アルベルトが少し驚いた顔をしている。俺が寝てた方が都合が良かったような物言いが気になる。
「待ってたんだよ。今日はあんまり話せなかったから。」
 アルベルトはベットに腰をかけ俺を振り向く。ほどかれている髪からお風呂上がりの香りがし、鼻腔をくすぐる。

「ナオトは私をどうしたい?」
「どうって?」
 俺も人のこと言えないけど、アルベルトも言葉足らずだ。言っている意味が分からない。

「ナオトがキスを受け入れたから、どうしてもそれ以上も期待してしまう。それに、ナオトの気持ちをはっきり聞いていない。」

 アルベルトは俺の頬に手を添える。顔が熱くなるのを感じながら、自分の頬に添えられた手を握る。

「そっ、そんなの言わなくても分かるだろ。それにアルベルトだってはっきり言ってくれたことない。」
「私には想いを伝える権利がない。」
「権利って何のことだよ・・・・。もしかして身分のこと気にしてるのか?」
「何で知ってる?・・・・カイ団長か、ずいぶんと仲良くなったんだな。」

 アルベルトからいぶかしげな眼差しを向けられ、胸が締め付けられるような気持ちになる。俺は伸ばしていた足を正座に変え、アルベルトの方を真っ直ぐ見る。
「ごめん。でも、俺だって他人からアルベルトのこと聞きたくなかったよ。正直、貴族の階級のことはよくわからない。そういうの関係なく・・・アルベルトが、その、好きなんだ。こっちの世界に来てから不安でいっぱいで、そんな時に、神子としてじゃない俺のことを一番に考えてくれてたアルベルトが大好きなんだ。だから、アルベルトの気持ちもちゃんと教えてほしい。・・・ただ、今はキス以上のことは、こっ心の準備が・・・。ごめん、都合良すぎるよな。」

 最初はアルベルトを真っ直ぐ見ていたつもりが、だんだんと恥ずかしくなってきて目が泳いでしまったことが情けない。

 アルベルトの方を見ると、月明かりに照らされた瞑色の瞳が揺れている。そのまま身体を倒し、俺の膝の上に頭をのせ見上げてくる。
「私もナオトのことが大好きだ。言葉だけでは足りないくらいに。」
 その言葉や艶やかな表情に息を呑む。思わずブルーブラックの髪に触れる。髪に指を通すごとに愛おしさが募って溢れそうになった。アルベルトは俺の手を取り口づける。

 俺は上体をかがめて、そっと触れるだけのキスを落とす。アルベルトは、少し驚いた表情をしたあと顔をほころばせた。
 アルベルトが言っていた、言葉だけでは足りないという意味がわかった気がした。
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