異世界で、初めて恋を知りました。(仮)

青樹蓮華

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12.豪気な男

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 太陽の光が差し込みその眩しさで目が覚める。一体どれくらい寝ていただろうか。結局アルベルトが部屋を出たあと、戻ってくるのを確認する前に寝入ってしまった。そして今も隣にはいない。うつり香だけのベッドが物悲しい。きっと鍛錬場だろうと自分を納得させる。

 頭痛や倦怠感は無くなった。ともなれば暇すぎて仕方がない。食事でも摂りに行こうとドアノブに手をかけた。ふと、結界は張っているのだろうかと疑問が浮かぶ。部屋の結界は俺の身体に魔力が入るものではないから、あってもおかしくない。でも、以前アルベルトに結界については抗議したから、五分五分だろうか。少し結界が張ってある可能性が高いと思うのは自惚れかな。まぁいいや、食堂へ行こ。

 ずっと寝ていたから体が鈍っている。廊下の窓から入る風や太陽の光はいつもならば快適だが、今の俺には少し眩しすぎるくらいだ。後方から走ってくる足音が聞こえる。それだけで頬が緩んでしまう。やっぱり結界があったのかと、胸を撫で下ろしたのも束の間、手を引かれ壁に追いやられる。アルベルトの額には汗が流れており、急いで来てくれたことが伺い知れる。端正な顔が近づいてきて、いやでも昨日のことを思い出す。だんだんと自分の顔が火照ってくるのがわかる。そんなことはお構いなしに、アルベルトは俺をじっくり見ている。

「体調は?」
「もう、大丈夫だよ。お腹すいたから食堂に向かってるところ。」
 アルベルトは、疑わしげに直人を見る。
「本当に?ナオトの大丈夫は信用できない。」
 俺は信用できない、という言葉に引っかかる。火照っていた顔が平常に戻っていく。誰が悪いわけでもないが、不貞腐れてしまう。
「じゃあ隣にいてくれたら良かっただろ?」
 アルベルトは視線を逸らせ、言葉を詰まらせる。
「それは・・・。」



「おーこわ。団長様が神子様壁に追いやってなんかしてらぁ。」
 声のした方を向く。そこには、オリーブ色の髪と瞳の大柄の男が立っている。身にまとっている着崩した隊服と、腰にたずさえた剣を見れば騎士団の誰かだろうと見当がつくが、その風貌は騎士というにはあまりにも豪気で、盗賊の首領と言った方がしっくりくる。

 アルベルトが直人を隠すように前に出る。
「カイ第二騎士団長。なぜ宮中に?」
「いたら悪いかよ。定例報告しに来ただけだ。あと例の神子様を見に来たんだ。ふーん、本当に黒髪黒眼なんだな。」
 カイはアルベルトの上から覗き込むように直人を見る。ニヒルに笑うカイを前に直人は指一本も動かせない。
 アルベルトは直人をさらに後ろに追いやり後ずさる。

「神子様が起きたら執務室に来るよう、クリス殿下に言われていたんです。食事が済んだら行かなければならないので、失礼します。」
「おっ、ちょうど俺もクリス殿下のとこに行くんだった。」
「なぜクリス殿下に?国境付近の警護のことならエドガー殿下ではありませんか?」
 カイは斜め上を見て、顎をひと撫でする。
「あー。神子様の世話してるクリス殿下に報告があるって言ったほうが分かりやすかったか?じゃあ急いでるからまた後でな!」
 そう言うとカイはズカズカと去ってしまった。アルベルトはそれを不審そうに見送る。

 食堂で少し早い昼食を済ませ執務室に向かう。道すがら、さっきのカイという男について教えてくれた。カイ第二騎士団団長。普段は国境付近の警備を担当している。性格も見た目通り。アルベルトが第一騎士団の団長の席に着く前にすでに第二騎士団の団長をしていた。年上というのもあって、なかなかとっつきにくいらしい。俺からすれば真面目なアルベルトとはタイプが正反対だから性格的に合わないのもあるだろうと思う。


 執務室の扉を開けると、クリス殿下とカイ団長がいる。クリス殿下が顎に手を添えなにやら考え込んでいたが、俺と目が合うと微笑んでくれる。でも、いつもより仮面めいた表情をしているのは気のせいだろうか。
「やぁ、体調はどう?」
「大丈夫だよ。少し退屈なくらい。」
 クリス殿下は申し訳なさそうに笑い「ごめんね。」と首を傾げる。
「ただナオトの体質のことを考えると、城下町での買い物の件も、一度保留にしたいんだ。」
 きっとまだ全てが明らかになっていない能力のことや、外部からの魔力を受け付けない体質のことだろう。何かあっても治癒魔法を使うことができない。分かってはいるが、外出楽しみだったのになぁ、と残念に思う。


「今日呼んだのは晩餐会のことで・・・。」
 クリスが話していたのを、今まで腕を組んで黙って見ていたカイが割って入る。
「まるで籠の中の鳥だな。よし!俺が城下町に連れて行ってやる!」
 カイは直人の首に腕を回し「来い!」と連れて行こうとする。すかさずアルベルトが扉の前に立つ。
「殿下が話しておられるのに不敬ですよ。それに神子様の護衛は私の役割です。取らないで頂きたい。」
 睨み上げるアルベルトをカイは鼻で笑う。
「そうやって囲ってるから神子様が孤立するんだろ。どけよ。」
 カイが威圧的に言い放ち、つかに手をかける。アルベルトも同様に抜剣の体勢に入る。カイが軽々しく直人を肩に担ぎあげ、担いで居る方の指をトントンと挑発的に叩く。
「いいのか?この状態で剣を抜いて。」
 アルベルトが固まっていると、カイは「なまっちょろいな。」と言い捨て素早く立ち去った。

           ◇

 担がれていたが、アルベルトが追ってこないのを確認したら早々に下ろされた。城下町は煉瓦造りの住宅や、教会らしき建物もある。ステンドグラスが太陽の光を吸収して、建物内はさぞ神々しいのだろうなと想起させる。また、木々や花々が街を彩り、かたわらには、アコーディオンを演奏する人や道化師が居る。ちらほらと露店もあり、いい香りが漂ってくる。神子を召喚するような国の危機とは思えない。

「あの、・・・カイ団長?」
「堅苦しい、呼び捨てで構わねぇよ。」
 鬱陶しそうに聞こえるがおそらくこれがカイの通常なんだろう。
「国政が危ないから召喚されたんですよね?いいことなんだけど、・・・平和ですね。」
「あぁ、現国王が居るうちは国内は大丈夫じゃないか?この国も代替わりしたらわかんねぇな。現国王は、身分が低い俺やアルベルトが団長してるのを許しんてんだ。まぁ、でも第一王子はダメだな。頭が固てぇ。それならクリス殿下の方がましだろうよ。」
「アルベルトの身分?」
「子爵家の次男坊だ。知らなかったか?」
 知らない。ここへ来てから、あれだけアルベルトと一緒に過ごす時間があったのに何も知らないことにショックを受ける。
 そんな直人の表情を見てカイが頭を掻き、話題を変える。
「あー。そういえば買い物がどうとか言ってたがなんのことだ?」
 直人は気分転換も兼ねて晩餐会に使うクラバットピンを買う予定があったことを伝える。それならばと『ラ・ロサ』というお店を案内される。
「ここなら王宮御用達だ。クリス殿下も文句ねぇだろ。あとで請求書だしといてやる。」


 扉を開けるとカランカランと、ベルが鳴る。店に入るとキラキラした装飾品や、髪飾りなどが置かれている。裏から店主らしき老年の男性が出てきて目を丸くする。
「これはこれは、いらっしゃいませ。その髪色は・・・」
 カイが、やべぇという顔をする。俺は頭を抱える。そういえばここに来る途中も通りすがる人にじろじろ見られていた。この世界では黒髪黒眼は珍しいんだった。カイが隣にいたから誰も近づいてこなかったのかな。
 店主が裏に戻り、もう一度出てくる。「これをお使いください。」とフード付きのマントをかけてくれる。一度遠慮するが、カイが受け取っておけと目で合図するためご厚意に甘える。
「すみません。ありがとうございます。」
 店主が近づいてきたときに気づいたがヒューヒューと呼吸が苦しそうだ。でも、店主はそんなそぶりは見せず微笑んでくれる。
「いつもご贔屓にして頂いておりますので。それで、今日はどう言ったものをお探しですか?」
 この呼吸の音、聴き覚えがある。すでに他界している祖父も同じ症状があった。
「それよりお身体は大丈夫ですか?」
 やるせ無くて背中をさする。クリスからは禁止されてるけど・・・。
「最近体の調子が良くなくて・・・。お心遣い痛み入ります。」
 カイは商品を眺めていて気づいていない。バレないよう、背中をさする手から魔力を流し込んでみる。ほんのりと天色の光が現れる。思った以上に良くないみたいだ。だいぶ魔力を使ってしまっている。いつの間にか近くにいたカイに手首を掴まれ、カイを見上げる。まだ多分治療し終わってない。
「もうよしておけ。お前の方が倒れるぞ。」
「でも・・・。」
 直人は、悲しげな表情を浮かべるがカイは掴んだ手を離さなかった。店主そんな直人を案じ、優しげな眼差しを向ける。
「大丈夫ですよ神子様。治癒の魔力を入れてくださったのですか?随分と楽になりました。対価になるか分かりませんが、お好きなものを持っていってください。」
 直人は申し訳ないと、首を横に振る。
「いや、勝手にやったことですから!」
「治癒魔法は希少だから、それなりに価値があるんだよ。クラバットピンは買うから他に好きなの選べよ。遠慮すんな。」
 カイの言葉が後押しして、店内の商品を見てみる。どれも高級そうなものが並んで居る。あっ、これ・・・。
 俺は、青い薔薇をモチーフにしたクラバットピンと、もう一つ選ぶ。

 店を後にし、街中を散策していたらあっという間に日が沈みそうだ。久々に歩き回り、決して不快ではない疲労感がある。次に連れて行ってくれたのは居酒屋のようなところだろうか。そこらじゅうから店員の覇気のある声や客の笑い声、食器が鳴る音がする。半個室の席に着くと「酒は強いか?」と聞かれる。頷くと、カイは適当に注文を通す。しばらくすると食事が運ばれてくる。適当に呑んだり、つまんだりしながら俺は御簾の隙間から見える平和な光景をただ眺める。


「今は、国のことよりも神子様を狙う輩がな・・・。高く売れそうだしな。」
 カイは品定めするように俺をまじまじと見る。物騒なこと言うなとギョッとする。カイは、そんな俺の反応を楽しむようにヘラヘラ笑っている。その後も、俺が元いた世界のこと、この国のことを話しながらどんどんグラスが空いていく。


「まぁ、いろんな奴と関わって味方を多く作れ。守られることを後ろめたく思うな。盾になるのは騎士の役目だ。」
 ガシガシと頭を撫でられる。こんな手に守られるなら安心だろうなと思う。
「それでも守られるだけじゃダメなんだ。いつかは俺もみんなを守れる人間になりたい。」
「俺のこともか?」
 やれるもんならやってみろと言わんばかりに豪快に笑う。
「もちろん。」
 やってやると、負けじと笑う。こうやって笑い合える間は大丈夫だろうと思う。

「ナオト、帰ろう。」とカイに手を差し伸べられる。その手を取り立とうとするが、思ったよりもアルコールが回っていて力が入らない。膝から落ちそうになったが、カイにひょいと横抱きにされた。

「うわっ。やめろよ恥ずかしい。」
「あ?ふらふら歩いてる方が危ねぇだろ。黙って抱えられてろ。」
 恥ずかしすぎてフードを深く被る。沈黙がさらに羞恥心を高めそうだ。
「そういえば、なんで連れ出してくれたんだ?」
「よく知らねぇ奴守るより、知ってる奴守る方がやる気がでんだよ。」
 そう言ってカイはニヒルに笑った。
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