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3.呵責
しおりを挟む俺は用意されていた服に着替え、アルベルトの案内で長い廊下を歩いている。この宮殿は、長方形を四等分しそれぞれに中庭があると言う。豊穣の国というだけあって、窓から見える景色はとても綺麗だ。開け放たれた窓からは潮風が入り、心地よい空気が頬を撫でる。広い庭園も華々しく、中央にある大きな噴水がその美景に磨きをかける。ここだけ穏やかな時間が流れているようだ。
宮中は礼拝堂や書庫、騎士棟など他にも様々な施設があった。一人で歩いていたら絶対迷子になっただろうな。
綺麗な景色は見ていて飽きるものではないが、どこへ行っても騎士やら神官のような服を着た人が、遠巻きに俺を見ている。目が合えば、そそくさと逃げられる始末だ。敵意さえないが警戒されている気がする。
前回の神子は予言の能力者だったか・・・。俺の能力はまだ分かっていない。攻撃性の強い力の可能性もあるから、周りが警戒するのも理解できる。
半歩先を行っていたアルベルトが少し振り返り直人の様子を見る。
「気にしなくて良い。神子様に向かって危害を加えようとする奴はそういない。もしいたとしても、私が絶対に守る。」
「ありがとう。頼もしいよ。早く俺の能力が分かれば警戒も解けるかな?」
「今まで神子は伝承でしかなかったんだ、周囲が警戒するのも仕方がない。ナオトの体調が許すなら、昼食を摂ったら魔道課に向かう。」
「魔道課?」
「あぁ、そこで鑑定魔法を施し、魔力を精査すれば何か分かるかもしれない。」
「わかった。体調は大丈夫だから、ご飯を食べたら連れて行って欲しい。」
食堂で食べることもできたが、視線が痛くて今日のところは自室で食べることにした。料理はとても美味しそうだったが、自室での食事はあまり味がしなかった。早く堂々と食堂で食べれるようになれたら良いな。
昼食を食べ終わり、魔道課に向かう。魔道課の人たちにも冷たくされたら落ち込んでしまいそうだ。
「今から会いに行く魔道士はどんな人なんだ??」
「あぁ、あいつはまぁ・・・。悪いやつではない。」
アルベルトが言い淀む。無言のまましばらく歩いていると、何かを察知したアルベルトが急に立ち止まった。
「下がっていろ。」
少し低くなった声に身構える。王宮内は安全じゃなかったのか?慄いていると、アルベルトは俺を庇うように前に出る。
「みーこーさーまーーー!!」
遠くから声が聞こえてきた。アルベルトの肩越しに見やると、青年がブンブンと手を振りながら凄まじい勢いで俺に向かって走ってくる。
勢いそのままに、あわや衝突かと思うところで「ぐへっ」とアルベルトにヘッドロックされたていた。
青年はその状態を気にすることなく、キラキラした翡翠色の瞳をこちらに向ける。赤みがかった茶色のくせっ毛の持ち主はまだ幼さが残る。
「神子様お目覚めですね!ぜひ魔道課にいらしてください!!」
「えーっと・・・。」
アルベルトを伺い見る。先ほど言い淀んでいた理由が少しわかった気がした。
「びっくりさせてすまない。こいつが魔道課のブレアだ。悪いやつじゃないんだが、周りが見えなくなることが多い。」
俺は呆れ顔のアルベルトから、まだ拘束を解かれていないブレアと言われる青年に視線を移す。
「ブレアさんよろしくお願いします。俺は直人と言います。」
「ナオトよろしくね!僕のことはブレアって呼んでね!さっそく魔道課に行って鑑定させて!」
無邪気に笑う顔に、今まであった胸がつっかえた感じが解消されていく。アルベルトが腕の力を強めたのか、もう一度「ぐへっ」とブレアが鳴いた。
解放されたブレアと一緒に魔道課に入る。何かの実験器具やら、資料が机に山積みになっている。何人か床で倒れているのは見なかったことにして良いんだろうか。そんな光景を横目に奥まった小部屋に案内される。
「じゃあナオト、そこに立っててね!」
「うわっ」
ブレアが両手を広げながら、何かを呟いた。その瞬間ふわっと体が宙に浮き、暖かい光に包まれる。蛍のような光がそこらじゅうを舞っている。これが鑑定魔法?
「・・・・・・うーん?」
ブレアが首を傾げ、魔法を解除した。光が消え、急に重力が戻った。当然受け身など取れるわけなく、避けられぬであろう衝撃に備えギュッと目を瞑る。
「・・・・・ん?」
全然痛くない。ゆっくりと目を開ける。想定していた衝撃が来なかったのは、アルベルトが下敷きになり身体を支えてくれたからだった。振り向くとアルベルトが俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「大丈夫か?」
想像以上に近くにあった瞑色の瞳と服越しにでも分かる鍛えられた肉体に動揺し、慌てて立ち上がった。
「ごめん!重かっただろう。怪我してない?」
「私は大丈夫だ。」
アルベルトも立ち上がり、ブレアを睨む。
「おい!もっと丁寧に・・・って言っても無駄か。で、どうだったんだ?」
「うーん。それが、魔力の存在は微かあるんだけど奥底に眠ってる感じかなぁ。魔力は心理的、身体的な負担に左右されやすいから。転生で体に負担がかかったのかな?無意識に抑圧してる可能性も考えられるな・・・。それとも他の理由が?時間経過で解決すればいいけど・・・。また、日を改めさせてもらうよ。」
そう言うとブレアはブツブツ言いながら紙に何やら書き出した。
◇
アルベルトと俺は再び自室に戻った。結局、能力のことは何も分からなかったな。
「やはり今日は魔道課には行くんじゃなかったな。無理をさせてしまってすまない。」
アルベルトが、俺にベッドに座るよう促す。クリス殿下がしていたように髪を撫でながら、心配そうにこちらを見ている。
「無理なんかしてない。大丈夫だよ。それに行かなくてもブレアなら部屋まで押しかけて来そうだし。結果は変わらなかったよ。」
アルベルトは申し訳なさそうに顔をしかめる。
「今日の夕食は自室に運ぶ、それまでゆっくり休んでくれ。」
「アルベルトは心配性だな。食事くらい自分で取りに行けるのに。なんでそんなに良くしてくれるんだ?」
アルベルトは葛藤するような面持ちで、拳を固く握り絞り出すように話し出す。
「・・・この国の騎士としてではなく、私個人の意見だ。聞き流してくれ・・・。そもそも私は神子召喚には賛同できなかった。自国の問題を異世界者の人生を奪ってまでどうこうするのは間違ってる。」
アルベルトは、苦悶の表情を浮かべ話し続ける。握っていた拳はさらに力がこもる。直人はそれを黙って聞く。
「召喚された者が悪人だったなら、まだこの罪悪感から救われたかもしれない。なのにナオトは泰然としていて、私達に罵声を浴びせるどころかこちらの事情を聞き入れている。どれだけ尽くしても足りない。だからせめて出来ることは何でもしたいんだ。」
召喚の儀というのは国民の総意という訳では無いのか。神子として召喚された俺にとっては、こうして思ってくれている人がいて少しは救われる。これから身近で俺を支えてくれる人に、苦しい思いをしながら居て欲しくないな。
「俺自身まだ夢うつつな部分もあるし。それに国王様は一人の犠牲よりも多くの民を救うのが仕事だろ。薄知な俺でもそれくらいは推し量れるよ。それに・・・、実は前の世界でちょっと嫌なことがあったんだ。だからちょうど良かったっていうか、何というか。だからそんなに気負わないでくれ。」
俺はアルベルトの固く握られた拳を解き、その手を包み込んだ。端正な顔立ちからは想像し難い、ごつごつとした手は確かに剣士の手だ。どれだけの努力をして来ただろうと思いを馳せる。その手の温度が少しずつ高くなっている気がした。
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