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たられば6

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 タイガーフィッシュに餌を分け与えて、水槽の上部から、ふりかけを注ぐように、降り注ぐ。星の瞬きとまではいかないが、美しい音色を奏でて、演奏板をすべるように、落ちてゆく。その有様は、ぱくぱくと口先を尖らせて、せっつく、魚たちの接吻と言えるであろうか……。澄み切った円らな瞳が眺めるのは、排出仕切った後に、魚たちが自然の慣わしのように、戻っていく姿をいじらしく見つめる姿に似ていた。寂しい時にも、お魚さんたちですら、自らをあたためてはくれないのである。

 コバルトブルーの水槽へゆくと、小さなからだをくねくねとさせながら、一生懸命に泳ぐ姿が、愛らしいと思えた。それから書斎に戻ると、タイプライターをカチカチと打ち始めた。カチカチと音を立てる。時計の音が急に、構ってよーとばかりに喧騒に聞こえ出した。カチカチうるさい!耳をふさぐのだが、大きなお手てで耳を全部ふさいでも、カチカチの音は絶え間なく聞こえてくる。まるで生きている、でんきうなぎのようである。にょろにょろと、海面を彷徨いながら、遊んでいるのか、迷っているのかすら、理解できない。魚の感情などを理解しようとした自らを恥じた。胡蝶蘭が美しく咲き誇り、寄る辺のない身をやさしく支えるかのようであった。

 「はうー」と言いながらも、困った顔をしたところで、リアルは解決できなかった。今を楽しむのよと聞こえた。海底ケーブルが、ながくながく聳えているかのようである。絶え間なく、聞こえる音とは、何なのか?人は、それをどのように解決しているのかが知りたくなった。プシュケーは、創造物を観るためにのぼったり、くだったり、大忙しである。時々、「かりかりかり」と頭を指一本で制して……。ご自慢の指の長さと腕の長さだけが、取り柄の人形のように、絶望的な「はあー」とため息をはき捨てる。

 疲労困憊ならば、休めばよいのだが、一度起きてから、次に就寝するまでが、一日と半日経過している気がする。つまりは、24時間を越えたあたりから、すらりすらりと、疲れが、とりつかれてくるかのようである。肩がずんっと重くなり気づけば、疲労困憊なのである。さまざまな事をしたいが、時間は有限実行であり、過ぎた時間を無理矢理に戻すぐらいならば、寝ていた方が楽である。プシュケーは、生命を感じながら、目をぱちくりさせる。円らな瞳が、貝殻のように閉じては、開閉している。左手中指に通した、ダークエンジェルの宝石が、妖しく光る。

 今は微かに揺れながら、タイプライターの前で、疲れ果てて頭を垂れて眠る。風邪を引かないようにと、タオルケットを掻い摘んでかけると部屋を後にした。いまは、自由ではない身の上を侘び錆が漂う。悲しむ顔を見せない瞳は、小さくながら、凍えているかのように、篩えており、涙が一滴に形を成して流れ落ちた形跡を創る。ヴァイナガラの滝は、この涙から誕生した。頬を伝い、伝道するかのような、涙は、二手から三手に別たれて、知識の湖を形成した。女神は美しくあり、その甘美は、甘くはなく、むしろ、苦味を帯びていた。にゃんこが、足元に寄り添うと、「にゃん」といいながら、くるりと丸まった。尻尾をぷりぷりと振る仕草は愛らしく、円らな瞳からは、三手にわかたれた、涙袋の跡がある。それは、右目にある。左の顎には、できたばかりのようなおできの痕があり、彼女は潰さないように過ごしていた。

 ごーん、ごーん、と時計が鳴り、時を告げている。癒しとは、どんなに人間が、頑張っても、時の経過には勝てないものなのだと、悟るようになった。今はほろ苦いコーヒーを飲みながら、この小説を書いている。
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