【小説】『ぶーん』が攻めて来る!

羽音がたかくに響く。
その音は、風の音でもなければ、機械の駆動音でもない。何か生きたものが、巨大な羽を力強く打ち鳴らし、こちらに向かっている。その正体はわからない。けれども、確実に、確実に近づいている。

ぶーん。ぶーん。

最初は遠く、微かな音だった。けれど、わずか数秒のうちにその音は空気を震わせ、耳を突き刺すように響き渡り始めた。
一度、二度、三度と繰り返されるその羽音が、鼓膜を切り裂くかのような痛みを伴って、人々の聴覚を支配していく。だが、姿は見えない。ただ羽音だけがあるのだ。

あるビルの窓際で、若いサラリーマンが気味悪そうに空を見上げた。彼の隣には同僚が立っている。

「なあ、何か聞こえないか?」

「おい、気のせいじゃないか?鳥か何かさ」

「いや…違う、何か…もっと大きな、何かだ」

彼がそう呟いた瞬間、羽音はさらに高らかに、空を覆い尽くすかのように鳴り響いた。
ぶーん、ぶーん、ぶーん。

空気が切り裂かれたような気がした。あまりの振動に、隣のビルがガタガタと揺れるのが見えた。風ではない。空気の圧力で窓ガラスがたわみ、ガシャン!とひとつ、ふたつ、窓が次々と割れていく音がする。ビル全体が恐怖に慄くように音を立て始めた。

「おい、なんだこれ!」

「あっ…!」

思わず叫び声を上げた彼らの視線の先、ビル群の隙間から黒い影が見えた。
影は巨大で、空を覆い尽くすかのような羽の塊だった。その羽は厚みを持ち、まるで生き物のようにうねりながら、空を滑るようにして迫って来る。

「逃げろ!」

誰かがそう叫んだ。その瞬間、人々は一斉にビルの窓から離れ、出口を求めて階段やエレベーターに駆け寄る。しかし、羽音はさらに大きく、怒涛のように響き渡っていた。ぶーん、ぶーん、ぶーん――。

建物全体が揺れ始め、窓ガラスが次々と砕け散る。床や壁までもが振動し、まるでビル自体が叫び声を上げているようだった。何か、未知の何かがこの都市全体に迫りつつあった。
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