【完結】赤い瞳の英雄は引き際を心得た男装騎士の駆け落ちを許さない〜好きだと言えない二人の事情〜

たまりん

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第四話 慰み者でも

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 本隊に戻った翌日、壊滅した部隊の詳細な戦闘報告を昼過ぎまでに済ませた私は、再び隊を離れて新たな任務に向かった。

「なんか、すまないな、ミシェル、俺の為に……」
「レオンの責任ではない、それに私は怪我人ではないのだから気にするな」
「気を付けてな、死ぬなよ、夢見が悪くなるから……」
「あぁ、大丈夫だ、お前も大事にしてくれ」

 きっと伝達に混乱が生じているのだろう、何故か勤務から外されていなかった負傷中のレオンの任務の代理を買って出た私は、戦闘中の部隊への食糧支援に関わるグループに加わって再び三日間の任務を務めた。
 そうして、夕刻になって砦に戻った私は、手洗に並々と湯を注いでライシス様の元に向かった。
 こうしてライシス様にお会いするのは本当に久しぶりだ。

「ライシス様、失礼致します……」
「戻ったのか、ミシェル……」

 机に向かって事務仕事をしていたらしいライシス様が入室するとすぐに私を振り向いてペンを置いて振り返り、安堵と怒りの混ざったような複雑な顔で私を見つめる。

「はい、先ほど」
「そうか……」

 そして、私が持っている手洗に目を移すと眉間に皺を寄せて呆れたように「俺はいい」と言われてしまった。

「あっ、忙しかったですか、出直しましょうか?」

 机に放置された書類に気付いた私がそう言うと、ライシス様は顔を歪めた。

「そうではない、座れ、お前の方がよほど汚れているではないか、拭いてやる……」
「え、ライシスさま?」

 無理やり肩を掴まれてライシス様がさっきまで座っていた椅子に座らされた私は突然の事に戸惑った。
 見上げるとそこにはものすごく不機嫌そうな顔があった。

「……あの後すぐ、背負って戻った男の代理で食料支援に向かったと聞いたが」
「は、はい…」
「何故そこまでする?」
「……は?」
 
「何故、疲れも癒えないこんな時期にそんなものを自ら買ってでる、あのレオンとか言う若い騎士の為か?」
「………い、いえ、それもありますが人手不足ですから」
「…………ちっ」

 詰問されているような口調に戸惑う私の頬にライシス様は手を伸ばした。
 纏う空気が酷く重い。

「こんなに汚れて、またこんな傷を増やして……」
「いえ、ただのかすり傷ですから……」
「昔、もう傷を増やすなと言った俺の言葉を忘れたか?」
「そ、それは、覚えてますけど、子供の頃の話ですから…」

 頬に受けた小さな傷を見咎められそう取り繕うと、ライシス様はピクリと不満そうに肩を揺らして、責める様な赤い瞳で私を睨みつけた。

「本当に、お前と言う奴は、俺はなっ!狭量だと思われたくないからここでは口にしないが、本来、お前が虫に刺されるのすら見るに堪えないんだ、それをましてや……」
  
 そう言葉を失ったライシス様は、あぁ、もう、とお湯に濡らした布をぎゅっと握りしめたまま一瞬押し黙ったかと思ったら、突然私を後ろから羽交い絞めにしたのだ。

「この馬鹿が、人の気も知らないで……」
「……え?」
 
 一瞬息が止まるくらいびっくりしたが、それほどにまで心配をかけてしまったのだと申し訳なく思った。
 ライシス様はそのまま私を抱く腕に力を込めた。

「……はぁ、残酷なやつだと言っているんだ」

 その次の瞬間、ライシス様は動きを止めた。

「これは、返り血か?返り血、だな…」
 
 はぁぁ、と息を吐いて手に持つ布で拭われた私の首筋を見つめるライシス様。
 彼の持つ布に赤黒い汚れが広がっているのを見た瞬間、血の気が引いて胸にズキンと痛みが走った。

―――残酷、そうだ

 今日も帰還の途中の戦闘で私は躊躇うことなく敵兵の命を奪った。
 返り血を浴びて生き残り、今私はここにいるのだ。

 ライシス様は亡き伯爵譲りのとても整った美しい顔をしている。
 だけど、この年齢にして既に幾多の実戦をくぐり抜け、今大きすぎる責任を背負ってここに立ち続けている人の威圧感は今では常人のものではなかった。
 厳しい環境に身を置く事で強面な印象が刻まれて、燃えるような深紅の瞳をしているから隣国からは《赤目の魔王》などと恐れられていると聞いたことがあるが、本来、女、子どもには優しい一面もある。

 虫にも刺されて欲しくないと願うくらいに……

―――だけど、私はどうだろう、そうだ残酷には違いない、たとえどんな大義名分を持とうとも

「そう、……ですね、残酷なんですよ私、そうでなければ生きていませんから」

―――私は騎士だ、ライシス様の知る令嬢方とは生まれも育ちも価値観も違う

 生きる舞台が違うからこそ、今ここにいる。
 ライシス様の傍にいるのだ。

 そう自嘲して口角を上げる私を覗き込み、ライシス様は眉を寄せ顔を歪める。

「………そうか、ならば、俺もになってもいいか?」
「え……?」

 突然そう呟いたライシス様は低音の掠れた声で私の耳元で囁いた。

「お前に、残酷な事をしてもいいか?」

 含みのある低音の声で後ろからそう問われた私は、意味が分からなくて訝し気にライシス様を振り返った。野性味のある精悍な顔立ちが思ったより近くにあることに息をのんだ瞬間、私の唇はライシス様の唇で塞がれていた。

「ミシェル、許せ……」
 
 そのまま押し倒されて、大きな身体が覆いかぶさり自由を奪う。
 余りの驚きに目を見開いたままの私に合わさった唇から肉厚の舌が挿入されて、チュクチュクと音を立てながら初めての私を翻弄する。

「ん、んんんっ……」

 唇が解放されて、空気を求めるようにハクハクと胸を上下していると、太腿に彼の熱くて硬い大きな滾りを感じて私は驚愕に目を見開いた。

―――これは、どういう状況、まさか?

 逃がすまいと込められている力に気付いた瞬間、私はようやく状況を悟り、全身の血が逆流するほど動揺した。

―――ライシス様が、この私を欲しがっている?

 そんなことがあるだろうか、だけどライシス様の汗ばんだ顔には焦燥感と色気が滲んでいて、燃えるような劣情を帯びた赤い瞳が真っ直ぐに私を映し出している。
 眉を寄せたまま、私は僅かな時間で考えた。

―――ここでは、ここでだけは自分は彼の欲を満たせる唯一の存在なのかもしれない

 そう都合よく思い至った瞬間、私はもう迷わなかった。

……」

 再び乞うようにそう言われた瞬間、私は身体の全ての力を抜いてライシス様をギュッと抱きしめた。
 好きだと下手に誤魔化さずに、許せ、と潔く断るこの男が癪にさわるのに妙にと思ってしまうのだから重症だ。
 
「えぇ、許しますよ、貴方になら、なんだって……」
「ミシェル……」
「お好きに、してください……」

(きっと、今だけでしょう、私があなたに女として役に立てる瞬間は……)

 そう思い、ライシス様の赤い瞳をジッと見つめた。

「っ、お前はっ………」

 赤い瞳に宿る男の欲を初めて間近で感じ取った。

 ―――いつだって
 ―――どんなことだって
 ―――傷だって、痛みだって、苦しみだって

 ライシス様が私にくれるものならなんだって私には喜びでしかないから。
 綺麗な気持ちばかりではないけれど、それはやはり喜びに違いないから。

 ―――いつか

 そしてそれはきっと、そんなに遠い未来ではない。

 お互い服を着たまま人目を忍び声を噛み殺し、まるで獣のように滾ったライシス様の剛直に無理やり開くように後ろから散らされたもの。
 それが、だなどと思えるのは、平和な日常に身を置いているからだ。
  それは綺麗な思想だけで生きていける人間の価値観だと私は知っている。

―――ここは、戦場だ

 そして、私はついさっき人を殺めた戦場の騎士なのだ。

「ミシェル、辛いか?」
「……これくらい、腕に矢を受けた時に比べたらなんでもありません」
「はっ、そうか、じゃ、遠慮なく動くから、しっかり受け止めろよ」
「はい、遠慮なく……」
「はっ、まだ、キツイな」

 大きな熱の塊に強引に抜き差しされる痛みのなかで徐々に馴染んで快感を拾い始める二つの身体に気持ちが震えた。
 自分の存在によりこんなにもライシス様が表情を変えて必死になっていることがただただ嬉しかった。

「はぁ、ミシェル……」

 切なく歪められた表情で、最奥を穿つように肉を何度も何度も打ち付けられながら、今を必死に刻み付ける。
 ライシス様に抱かれている自分を刻み付ける。

「あ!あああっ!!」
「ミシェル……」
「っ、あぁ!……もっと」
「っ……、なんだと?」
「……もっと、ライシス様」
「っ、ははっ、この状況でもっととは、よし、分かったもっと、もっとやるから気を失うなよ」
「っひ、あぁ、あぁぁ!!」
「…っと、声は、ダメだ」
 
 その言葉に私は涙目でこくこくと頷きながら、更に激しくなる動きを受け止めた。

「うっ、うっ、うっっ、はぁぁ、あっ……」
 
 立て続けに腰を打ち込むライシス様から汗の雫が舞い落ちる。

「くっ……」

 その夜、私は処女でありながら、ライシス様の収まらない熱い欲望の白濁を背中で三度も受け止めた。
 ライシス様に与えられた確かな痛みと破瓜の血が堪らなく嬉しかったのを覚えている。


 ◇

 その夜から、私達は僅かな隙を見つけては、周りの目を盗んで獣のように短く激しい逢瀬を重ねた。
 
「ミシェル、はっ、はっ……」
「あっ、あっ、あっ、名前を、呼ば、ないでっ、人に聞かれ、たら……」
「あっ、そうだったな、すまない……」

 愛も語らず、服も脱がず、汗と血と精液の匂いに包まれて、ただ狂おしいまでの口付けと、男性器と女性器をぶつけ合う交尾にどうして互いがこれほどに執着していたのか。

「はっ、はっ、はっ……」
「あ、ああ!あああ!!」
 
 パンパンと卑猥な音をたて抜き差しされるものの激しさに善がりながら情欲の滾りを受け止める。

 場所はあの日と同じようにライシス様の部屋や遠征中のテントであることもあれば、闇に紛れて私を待ち伏せたライシス様により、茂みや物陰に連れ込まれることもあった。

 あの晩から何度となく繰り広げられてきたこの行為はライシス様にとっては、明日をも知れない戦況のなかでの昂ぶりを鎮める為の自慰にも似た手段であったのだろう。
 だけど、私の中では生きている意味を自らに刻み付けるただひとつの方法だった。

 今、この瞬間、ライシス様の匂いと激しさに包まれる。
 全身を揺さぶられて身も心も支配される。
 もっと全身を触って欲しい、余すところがないくらい、自分の全てをライシス様で満たしたい。
 だけどどんな時だって胸に這わされる大きな手が本来のふくよかな乳房を知ることはない、しっかり着込んだままの軍服の下の私の胸はいつだって晒できつく締め付けられているから。
 
 キスと挿入と射精をする為だけのほんの僅かな時間。

「ミシェル、あぁ、ミシェル」
 
  だけど、ライシス様の声を耳元で聞いて、唇を舌の動きで翻弄されたらそれだけで私の蜜壺からはこれでもかというほどに蜜が溢れてきて、指であわいを慣らされたら、あっという間に腹の奥が甘く疼きだし、ライシス様の大きな肉茎を心待ちにしてしまう。
 欲望を吐き出す為だけの激しい突き上げに、声を押し殺し、ひくつくように打ち震えて愉悦に浸る獣じみた自分は結局、貴族の令嬢方とは違う卑しい生まれの人間だということだろう。
 そうだ、自分は元々ライシス様に相応しい女ではないのだから。

 ―――でもそれでいい、こうして傍にいられて本当に良かった
 
 追いかけてきてよかったと素直に思う。
 この世に存在するのは綺麗な思い出として終れるような恋ばかりではないのだ。
 少なくても私のライシス様への想いは、そうするには激しくて苦し過ぎた。

 明日は、もう逢えないかもしれない、二度と逢えないかもしれない。
 戦況はそれほどまでに悪化していた。
 だから、私は、今夜、最後になるかもしれないこの愛しい温もりに溺れていたい。
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