【完結】赤い瞳の英雄は引き際を心得た男装騎士の駆け落ちを許さない〜好きだと言えない二人の事情〜

たまりん

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第二話 騎士への道

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 そして伯爵が亡くなられてから数年が経過した頃、既に父君から家督を継いでいたライシス様の兄君であるキクルス様が、長年婚約関係であった令嬢を妻に迎える事になったのだ。

 それを一つの転機と考えた私はキクルス様に騎士団に入隊したい、と以前から考えていた希望を申し出たのだ。

「一体何を言い出すんだい?ミシェル!君を騎士にする為に僕は君を育てた訳じゃないんだよ!?」

 昔からまるで妹のように接して下さったキクルス様の反応は予想通りだった。
 
 最初は青天の霹靂とばかりに目を見開いて驚き、やがて真顔になって断固反対だと首を横に振られた。

 だけどその後も粘り強く説得を続けた結果、私の固い覚悟を慮ったキクルス様は数日後、不承不承といった様子で折れてくださった。

 そして、心配性のキクルス様は半泣きの震える指で、騎士団の知人に紹介状を認めてくれたのだ。

「キクルス様、そこまでお嫌でしたか…」
「当たり前じゃないか、君は私の妹同然なのに、騎士になどしたいものか、あぁ、ライシスの奴が『弟』なんて言って連れ回して剣になど興味を持たせるから…」

 その涙ぐましい姿には何故か嫁に行く前の娘のような罪悪感すら覚えるほどだった。

「いいかい?ミシェル、決して危ないことはしないと誓うかい??」
「あー……、は、はい………?」

 騎士だから、もちろん危ない事もすると決めているのだけれど、それなりの返事をしなければこの話が白紙に戻りそうだったので、私は曖昧に頷くしかなかった。

 そうして私が入隊を許された騎士学校は、小規模な女性騎士養成の為の施設だった。

 だけど、昔からライシス様やキクルス様に纏わりつきながら優秀な剣術指南の先生から指導を受けてきた私の体力と剣技は、実は相当なものであったようで、私は入隊から半年もしない内に、寮生はもちろん、女性教官にも打ち勝つまでになっていたのだ。

 強くなりたかった、自分の為にも国の為にも…
 
 そしていつかライシス様に認めて貰い、お役に立つ日がこないだろうか、そんな漠然とした願いを密かに持ち続けて、その後も私は剣技を磨き続けた。

 

 そうして数年が経過した頃、長年緊張関係にあった隣国との関係が悪化して国中が戦前の重苦しい緊張感に支配され始めたのだ。 

「大丈夫なのかねぇ、この国は…」
「敵国は相当な武力を蓄えてるらしいじゃないかい」
「もし王都が火の海になったら…」
「めったなこと言わないでおくれよ!眠れなくなっちまうじゃないかい」

 そんな不安があちこちで囁かれるなか、遂に開戦が告げられたのだ。

 そして、騎士団きっての若いエリートが第一騎士団の団長に任命されて最前線に赴くとのだと、その名を聞いた瞬間は、まさに雷に打たれたような衝撃だった。

 ―――ライシス様が最前線に?

 体中の血が凍る思いがするなかで、私は騎士であるとはそういうことだと自分に言い聞かせた。
 国王陛下と民の暮らしを背に庇い、国の盾、そして武器となって、死と隣り合わせで戦い続けること、それが騎士の道なのだ。

 死ぬか、もういいと許されるその日まで…

 元々、死んでもおかしくない状況で命を救われ、ライシス様と伯爵家の皆さんの傍で身に余る恩情をいただきながらここまで育てていただいたことは、感謝してもしきれない。
 
 同時に、今以上を望んで過ぎた居場所を求めることなど許される立場でないことも重々弁えているつもりだ。
 私が、どれほどライシス様を慕おうとそれは不毛な思いでしかなかったのだ。

 次男とはいえ、軍部の名門伯爵家の子息であるライシス様は、高潔かつ美麗な実力派のエリート騎士であり、自分は生まれすら分からないただの馬の骨にすぎないのだ。

―――そんなことは、分かってる、だけど

 思いが溢れて体が動き出していた。
 もはや、理屈ではなかった。
 私は自らの不覚悟を恥じながら走り出していた。

 ライシス様とどうなれるわけでもないと諦めていた。
 いつか騎士として戦う覚悟も死ぬ覚悟もできているつもりでいたし、今もそれは変わらない。

 それなのに自分のいない場所でライシス様を永遠に失う覚悟など出来ていなかったのだ。

 私は、気が付けば騎士団本部にたどり着き、キクルス様を通じて話を交わしたことのある騎士団の幹部の前で膝をついて頼み込んでいた。

 「お願いします、どうか、この私を最前線に送ってください……」
 「君が男性騎士顔負けに優秀だということも、ライシス第一騎士団長を兄とも慕っているという話も、実はキクルスからは聞いて知ってはいるが……」
 
 そう眉を寄せて唸るキクルス様の友人でもある騎士様に頭を下げる。

「どうかお願いします、なんでもしますから」

 そして私の突然の訴えに困って急遽呼び出されたらしい私の直属の上司である女性騎士の声が続く。

 「しかし未だに、我が国では公式に女性騎士を最前線に送り込んだ前例はありません、もし初の試みをされるというのであれば、彼女達を指導してきた立場のこの私を…」

 そう切れ長の瞳を細めて訴えるやり手の美しい上司は、男装の令嬢と呼ばれて、若い女性達の人気を二分している凄腕の女騎士アメイル様である。

 ちなみに彼女は貴族の令嬢でもあるそうだ。
 同僚の話によれば、その人気を二分するという原因になった片割れは私だと、先日聞いた時には驚きを隠せなかったところではあるのだけれど。

 「そうだね、君の腕は私も認めるよ、だが、アメイル、今回の訴えは非公式とはいえ、彼女自身からのものであり、君達の優劣を競う話ではないよね。実際、上司の君の目から見て彼女の実力はどう評価する?」

 そう問われた彼女は一瞬悔しそうに顔を歪めたが、やがて冷静に口を開いた。

 「ミシェルの腕は、悔しいですが、入団以前から私の遥か上です。剣技だけを考えれば、最前線に向かう精鋭部隊にも引けをとるものではないかと、弓の腕前も秀逸ですし、気も利くので実戦向きかと……」
 「そうかい、師は、私と同じ、数年前にこの世を去られたシュゲイツ元騎士団長、あの方からも君の奇才ぶりは酒の席で自慢げに聞かされてはいた、そうか、そんな君自らがこの局面で前線派遣を望むか………」

 そう言いながら、騎士団幹部のアトス様は困った顔をして呟いた。

 「だけど、これを了承したとなれば私はキクルスには殺されかねないな……」と聞こえるか聞こえないかの呟きの後「……まぁ、検討させてもらうよ」と言われた私は、その数日後に軍からの辞令を受け取った。
 それは、半ば極秘とも言える辞令だった。

 《ミシェル・フランシスに国境第一番騎士団の援護兵としての出征を任命する。但し、一年間は男性騎士団での訓練に参加し、一定以上の評価を獲得することを条件とする》

 そして、付け加えられた極秘課題には《騎士団には貴殿専用の個室を用意するので、騎士団においても、戦地においても女性であることは極力オープンにはしないこと》とあった。

 私は、その辞令を見て感謝の思いを噛み締めた。
 一年、それに耐えることが出来たなら、ライシス様の傍に向かうことが出来る。
 握りしめた拳を震わせながら自分に誓った。

―――きっと耐えてみせる、そしてきっと間に合わせて見せる

 力になりたい、傍にいたい。
 たとえ、それがどんな形でも、たとえそれがどんな結果になろうとも。

 そしてお世話になった女性騎士団を、同僚だった女性騎士達に惜しまれながら後にした私は、男装して男性騎士団に入隊した。

―――今日からここで男として生きる

《お前は俺の弟みたいなものだからな、逞しく生きろよ?》

 胸に晒しを巻いて、騎士服に身を纏い、短く切り揃えた髪の自分を鏡に見た時、私はそんな幼少時代のライシス様の言葉を思い出して切ない笑みを浮かべた。

―――はい、私は負けません、ですからどうかライシスさまも

 ライシス様の実力と武運をひたすら信じて祈りながら、私は男性でも倒れる者が続出する程の苦しい訓練に耐え抜いて、実戦に備えた。

 真相を知る幹部達からは「まさか、本当に女性なのか?」「文句のつけようがない成績だ」と感嘆され、一年後には約束いただいていた通り出征の許可を得ることが出来たのだ。

 その頃には、最初は厳しい上官だと思っていたアメイルも若干悔しそうな色を滲ませながらも、女性騎士の誉れだと私を湛えて、何かあれば力になるのでいつでも相談するようにとまで言ってもらえた。

 そして、漸く一年後、王都からの援軍部隊の一人として王都を出発した私はライシス様との邂逅を果たすことになるのだった。
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