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9 彼女の彼氏

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それから数日後、私達は終業式を迎えていた。
 明日から夏休みだ。

 夏休み前に気を引き締めるっていうのも変な話だけど、ここに来て、私の気持ちはしっかりと引き締まっていた。
 
(よし、今年こそ… )

教室の窓から、すっかり夏の色を宿した青い空を見上げて違う。

―――この、夏を制して、試合も制する

そんな私に急かすように声がかかる。

「おい、もこ。何してんだ?早くいくぞ!」

「う、うん」

 拓海の言葉に促されて鞄を手に持った。
完全に私達の気持ちは既に道場に向っていた。
だから、この時、拓海に手を引かれて道場に急がされることにも違和感はなかった。
後にして思えばきっと、拓海もそうだったのだろう。

そんな 私達の姿を颯太くんが教室から眉間に皺を寄せて見下ろしていたことにも私は気付かなかった。

「ちょ、たく、いくら何でも急ぎすぎだよ!?」

さすがにこの歳になって、靴箱から校門まで全力疾走はどうなんだろうと苦笑する私に拓海は振り返る。

「馬鹿、今日は一番乗りするとこだろ?後から来た奴、皆に気合いが足りてねーって、シメてやるんだよ!」

「なんだよ、それ!?意味分かんないよ」

そう呆れながらも、それにキャーキャーと応える後輩達の様子が思い浮かんでまたもや苦笑する。

「お前も……」

そう言われて、走る拓海の顔を見つめて目が合わさる。

「余計なこと考えてねぇで、気合い入れろよ…」

そう言われて、頷いた。

「……、大丈夫だよ、たくより、気合い入ってるから」

そう答えると、拓海はニカっと笑った。

「そっか、…だよな」

こんな拓海の笑顔を久しぶりに見た。
昔と変わらない少年のような笑顔。
ずっと見てきた道場に向かう背中。

それがどれだけ大きくなっても、やっぱり拓海は変わらない。

大丈夫、私達はきっと変わらない。

だから、夏を精一杯に走りきろう。

そう思った私は、久しぶりに素直な気持ちでその笑顔に微笑み返して頷いた。


だけど、私のそんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
まるで、突然冷や水を背中にかけられたよう、私を動かしていたであろう色々な機能は今、完全に麻痺しているようだった。

だって、今、表情一つ、元に戻せないでいるのだから。

前方に悲しそうな顔をして私達を見つめる女の子の姿に気付いてしまった私は、それでも、急いで拓海の手を振り払った。それが私に出来る精一杯だった。

 「もこ…?」

 拓海はまだ彼女の視線に気付いていないのだろう。
 不思議そうに、手を離した私の表情を覗き込む。
もう一度私の手を取ろうとする拓海。

(やめて……)

私は小さく首を振った。

 「なんだよお前、突然、どうかしたのか…?」

不安そうな顔に変わる拓海。
 私は近すぎる拓海から目を逸らして後ずさった。

そんな私の態度がおかしい事に気付いたのだろう。拓海は眉間に皺を寄せて周囲を見回した。
その時、女の子と目が合い、拓海は彼女の名を呟き固まった。

 「凛子…?」

(あぁ…、とうとう、聞いてしまった。拓海の彼女の名前…)

何故か今まで耳に入る事のなかった、拓海の彼女の名前を私は敢えて聞かない事にしてきた。リアルに心に入ってきて、今以上に苦しくなるのが嫌だったから。
その覚悟が無かったから。

そして、初めて聞く彼女の名前が、いつも私を呼ぶその唇から紡がれる拓海の聞き慣れた声である皮肉に、胸が詰まる。重い鉛のような黒い何かが、息をする機能さえも私から奪ってしまうのではないかと思うほどに蔓延する。

(逃げ出したい……)

ドクンドクンと嫌な振動が脳内に響く。

まるで、あの日見た夢のようだ。

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