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タイミングは時に運命を上回るようです!!⭐︎私と旦那様編

8 いつからですか!? 旦那様!!

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 そんなマーキス様の願いから私達の『白い結婚』生活は始まった。


 そして結婚から一年が過ぎた結婚記念日の夜の事だった。

 その日は旦那様が前もって夫婦で過ごす計画を立てていてくださって、プレゼントにと新調していただいたばかりのドレスで夫婦揃って街に外出した。
 観劇の後、公爵家が一般の領民の為に整備して解放しているバラ園を二人で散歩して邸に戻った私達は、いつもよりも豪華なディナーをたまには夫婦水入らずで、との気遣いで二人きりでとらせてもらったのだ。

「それでは入浴して参りますわ」
「あ、あぁ……」

 きっと今日が私達の結婚記念日というだけにウキウキした様子でいつもより念入りに手入れをしてくれる侍女達の意図を感じ取ってしまい内心辟易しながらも、少しだけ皆を騙している自分に後ろめたい気持ちになる。
 特に本気で孫を期待して楽しみにしているお義母さまに対しては尚更で、時々本当のことを伝えられたらどれほど楽だろうかと思ってしまうことすらあるほどだ。

 夫婦の寝室に戻ると口元を引き結んで必死に何かを考えているマーキス様の横顔があった。この寝室は私と旦那様それぞれの寝室の中央に位置する場所にある。
 いつもはこの部屋に繋がる扉から出入りし、夜に二人で会話をしたり、お酒を交わしてから私達はそれぞれの寝室に戻ることを習慣にしている。

「どうかなさいましたか、旦那様?」

 今日はソファではなくベッドに腰掛ける旦那様を不思議に思って、ガウン姿の私が少し歩み寄りそう疑問を問いかけると旦那様は一瞬たじろいだような表情を浮かべたと思ったら、今度は意を決したように真っすぐに私を見つめた。
 真剣な表情が少し怖いくらいで、今度はこちらの方が何かよくないことでもあったのではないかと心がザワザワしてしまう。

「ねぇ、クラリス」
「はい、旦那様……」
「今日は君に折り入って告白したいことがあるんだ、聞いてくれるかい?」

 そう座りながらに両手を取られて真剣に私の瞳をみつめる旦那様に一抹の不安がよぎる。
 もしかしたら遂に別れを切り出されてしまうのだろうか。
 旦那様にとって私は未だに妹のような存在なのかもしれない。
 でも旦那様だって男なのだ、結婚から一年が経過した今、ちゃんと女性として愛せる人と共に歩みたいと考えるようになっても不思議な期間ではない。

 だけど、正直嫌だな、と続きを聞くのが怖くなってしまう自分もいる。
 それくらいにはきっと私はこの数年間の暮らしのなかで旦那様とここでの暮らしに依存してしまっているということなのかもしれない。

「わ、別れ話なら今は……」

 さすがに少し覚悟する時間が欲しいと思った。
 曖昧な笑みを浮かべ旦那様から背を向けようとした瞬間、キュッと手首を掴まれた。

「違う! 違うのだ、クラリス!! そんな情けないことを云わないでおくれ」
「で、でも、いつもは穏やかな旦那様が、今日はそんな怖いお顔で…………」

 私が旦那様の真意を測りかねたまま旦那様の方を向き俯くと、旦那様は再び私の手をギュッと強く握り否定するように首を振った。

「ち、違うのだ、クラリス、き、聞いてくれ、で、出来れば軽蔑しないでくれるとありがたいのだが……」

 その言葉を聞いた私は内心穏やかではいられなくなって身構えた。

 ―――け、軽蔑? これはもしかして不倫の告白とか?? 

 そう考えた瞬間、ない話ではないのかもしれないと思い至った。
 男性の性欲は女性のそれを物理的に遥かに上回ると聞いたことがあるし、実際これまでこんな私との結婚で旦那様の男性の部分の事情はどう保たれていたのか考えると申し訳なく、致し方ない部分があるのではとすら思う。

 ―――でもそれを自ら馬鹿正直に私に話すだろうか?

 いやいやちょっと待って、それを馬鹿正直に告白する必要が今の旦那様にあるとするなら、今後はその女性を家に置きたいとかそういう話だろうか??

 ―――さ、さすがにそれは爛れているのでは?

 その妄想は処女である私にはさすがに刺激が強く悶々としながら途方に暮れていると旦那様はすっと息を吸い声を絞り出す様に口を開いた。

 ―――こっ、怖い!! いったい何を言われるの?

「……いんだ」

 ―――へ?

 意を決したように勢いよく吸い込んだ割には出てきたのは聞き取り辛く小さな声だった。
 身構え過ぎて大切な言葉を聞き逃してしまった私は眉を寄せたまま固まった。

「も、申し訳ありませんが、い、今、なんと?? ちょっと、他に集中してしまったのか、上手く聞こえませんでしたわ」

 私の言葉とまじまじと射るような瞳に旦那様は恥じ入るように顔を歪め俯いた。

「だ、旦那様?」

「ぅ………、ないんだ」

 ―――え? また??

 私は目をパチパチさせながら再び旦那様に理解出来なかった無作法を詫びた。

「ご、ごめんなさい、も、もう一度はっきり仰っていただけますでしょうか? 今度はちゃんと……」

 今度こそ己に与えられた情報を一つたりとも聞き逃さないように大きく目を開いて旦那様に向き合うと、旦那様は困ったように眉を下げ、声を振り絞った。

「勃た、ないんだ………」

 そう呟いたまま閉じられた旦那様の瞼を縁取る長い睫は微かに震えている。

 ―――うん、聞こえた、聞き取れたと思う、だけど

「たたが、ないのですか、えっ、でも、『たた』とはいったいなんの事で……」

 私が眉を寄せ困っていると赤らめた顔で絶望したように、旦那様はもう一度言い方を変えて半ばやけくそのように私に伝えた。

「ク、クラリス、淑女に対し、俗物的な表現で大変申し訳ないが、股間の話だと云ったら、さすがの君でも察してくれるかい?」

 その言葉に鳩が豆鉄砲を食らったように私は固まった。

「こ、股間? 旦那様の股間??」

 はっとした私は思わずそこに目を遣った。
 旦那様といえば、まるでおねしょがバレた子供のように股をキュッと閉じてこちらを見る事もなく硬直して羞恥に耐えている。

 こ、股間………?

 ―――た、たたない? た、勃たない???

 世間知らずの私でも多少の閨教育は受けたつもりだ。
 男性の性器は、事を迎えるときには興奮を覚えてその形を変えるものだと。
 中々その気にならなくても少し手伝い物理的な刺激を与えたら大抵の場合は、で、でも高齢や病気、激しいストレスやトラウマを持つ一部の男性は…………

「だ、旦那様、そ、そんな、い、いつからですの??」

 びっくりした私は思わず大きな声を上げてしまった。
 まるで死んだ魚のような目をした旦那様は決まり悪そうにぼそぼそと語り始めた。

「た、たぶん、父上が亡くなった頃か、君との結婚が決まった頃だと思う……、正確な時期は分からないんだ、あの頃は本当に寝る間もないくらいバタバタしていたから、正直自分に構う暇なんてなくて、いつからどんなふうにこうなってしまったのか、自分自身でも分からないんだ」
 そう身を切り刻むような苦悩を口にする旦那様に私は胸を締め付けられるような気持ちになった。

「も、もしかして、わ、私のせいで……?」

 やはり私などとの結婚が旦那様の心にはずっと負担になっていて……

「ち、違う!」

「で、でも!」

 申し訳なさで泣きそうになる私を見て旦那様は本当に痛そうに首を横に振った。

「やめてくれ、本当に違うんだ、僕は君と結婚できて本当に嬉しかった、だけど、君にそんな誤解をされたくなくて今までずっと言い出せずにいた、それを白い結婚なんて取り繕って、結局は君を傷つけて恥をかかせるような結果になってしまって……」

 そう云われた私はようやくひとつのことに思い至り、目をパチパチと瞬かせた。

「だ、だから、『白い結婚』だと……?」

 驚きを隠せないながらも一連の成り行きに今更ながら妙に納得した。
 勃たない、出来ない、言えない、その結果が白い結婚…………

「す、すまない、今思えば、君に誤解されたくないというのも本当だが、男としてのプライドを守りたい気持ちもあったのだと思う、またあんな風に『男としてだらしない』などと罵倒されたらと思うと僕は……」

 泣きそうな顔で言葉を詰まらせる旦那様の頬に私はそっと手を添えた。

 ―――あぁ、そうか、そういうことだったのだ

 旦那様はかつて大切な方に煮え切らない態度を失望されて振られてしまったと聞いている。

「よかった……」

「クラリス……?」

 きょとんとした瞳で顔を上げる旦那様に私は安堵の笑みを向けた。

「本当はずっと私との結婚生活が旦那様に負担をかけているのではないのかと、不安でした」

「だ、だからそんなはずはない! 君との時間は私にとって何より得難い大切な時間だった、私は今後もそれを手放したくはない!!」

 ―――手放したくはない

 その言葉に私は胸がじわじわと熱くなるのを感じた。
 きっと男としてのプライドだってあっただろうに、こうして苦しい胸中を打ち明けてくださったのだ。
 それは、男女としてではなく、一人の人間同士としてかもしれないが、私達の心はこの一年で距離を縮めたともいえるのではないだろうか。
 私もまたその気持ちに応えて、自分にできる努力をしていきたいと思った。

「旦那様……」
「な、なんだいクラリス?」
「私は、このままでも構いません。でも、すぐにではなくても、公爵家にはやはり跡継ぎが必要、そうではないですか?」

 そう問いかけると旦那様は驚いた顔をした後に、少しの間を置いて言葉を濁した。

「そ、それはそうだが……」

 苦悩を滲ませた瞳を逸らすマーキス様に私もまた困ったように微笑んだ。

「もしも旦那様が私以外の女性とならば子を成せるという状況であるなら、私は身を引くしかありません。家の存続の為に愛人を作るのならば、それもひとつの解決策だと思いますし……」
「な、何をいう、そんな馬鹿な……」

 ほとほと困り果てたという顔でそれでも旦那様は首を横に振る。

「有り得ない、今の僕には考えられないことだよ、クラリス…… それにこれは君の女性としての魅力とは無関係で、僕の男としての能力の問題なのだと思う……」

 すっかり落ち込んだ様子のマーキス様は当惑の眉をひそめて私の言葉を否定した。
 私はその言葉を聞いて、一つの提案をしようと思い立った。

「も、もし、本当にそうでしたら、私にもまだ一縷の望みがあるのでしたら、自分でできる努力だけは最大限にしてみたいと思うのです、あれだけ孫を楽しみにしている義母上様にも申し訳ないですし……」

 気の早い義母上様が私達に夫婦生活がない事も知らず、私にプレッシャーをかけないように隠れてベビー服を編んでいる姿を私は何度も目にしている。

「そ、それはそうだが、それはクラリスのせいではなく僕の事情で……」
「で、でも、このような状況で出来ないから何もせず諦めるなんて、もし私でお手伝いが出来る事があればしたいですし、二人で色々なことを調べてはみませんか? 私達は世に許された夫婦なのですから、何を遠慮なさる必要もございませんわ!」
「て、手伝いって、クラリス……」

 びっくりしたように瞳を瞬かせる旦那様に、私は顔を赤らめて、おずおずと口を開いた。

「さ、触らせてはいただけませんか?」 

 その言葉に旦那様の麗しいお顔が驚きに変わった。

「さ、触る……?」

 そうオウム返しに繰り返した旦那様の手は大切な部分を守るように股間に押し当てられた。

「はい、どうか、それともやはり私では……」

 やはり役不足だろうかと表情を曇らせた私にハッとしたように旦那様は首を横に振った。

「ち、違う! そうではないが……」
「で、でしたら、どうか少しだけ、もしかしたら何かが変わるかもしれませんわ!?」
「へ? で、でも、あぁ、クラリス!!」
「大丈夫ですから、どうか力を抜いて下さい! 旦那様!!」
「ぬ、抜けるわけがないだろう!? あああー!!」
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