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タイミングは時に運命を上回るようです!!⭐︎私と旦那様編

2 奪われた未来

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あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。
 当時、私は王室からの薦めで聖女学院という女子学園に通っていた。
 対してルシアン様は高位貴族の子弟のほとんどが通う共学の王立学園に在籍していらしたのだ。

 私としては本当はルシアン様と同じ学園に通いたくて当時かなり渋ったのだが、将来王族の妻となるのならば聖女学院に通う方が学びが深まるだろうとルシアン様に押し切られた結果だった。
 だけど今にして思えば、学園の中でまで連日私に追い回されては敵わないと辟易されたルシアン様の思惑あってのことだったのだろう。
 きっと私は元々ルシアン様にとっては迷惑な存在でしかなかったのだから。

 ―――あの日は聖女学院の創立記念日だった

 暇を持て余した私は、ルシアン様に会いたいという思いが募り何か理由がないかと考えた。
 そうして、以前一度王宮に持参をしてルシアン様にお召し上がりいただいたことのある手作りのお弁当が少しお好みには甘すぎたようなので、料理長に駄々をこねて指導してもらい、朝からリベンジに勤しんだのだ。

 ―――できた!!

「そうしょげるな、また気が向いたら食べてやるから今度は上手く作って持ってこい」と前回仰って下さったルシアン様の社交辞令を前向きに信じた私は今度こそは自信作の手作り弁当を召し上がっていただきたいと、人の迷惑を考えることの出来ない謎の行動力、思い立ったが吉日で私は王立学園に突撃してしまったのだ。

 だけどそれが裏目に出て私はそこで衝撃的な失恋をすることになったのだ。
 今にして思えば知らずにいた方が幸せなことも世の中にはあったのかもしれない。
 歴史にもしもはないけれど、もしもあの時、自分にもっと分別があったならば、私はたとえ愛されなくてもあの方の隣にいることくらいは叶ったのだろうか……

 あの日、ただただルシアン様に逢いたい一心で学園の中庭に突撃訪問をしてしまった私はそこでルシアン様が他の女性とひとつの敷物の上で昼食を共にしながら、しっかりと口づけを交わす姿を見てしまったのだ。

 ―――う、嘘? ルシアン様は私と結婚するお方ではなかったの??

 まさかの光景に目の前が真っ暗になった私はパニックで心臓がバクンバクンと嫌な音をたてるのを感じながら猛ダッシュで馬車に乗り込み、邸に戻り、そのまま病気だと人を遠ざけて泣きに泣いたのだ。

 そして悪いこととは連鎖するもので、やがてその衝撃と絶望、治まらない嫉妬心が心を支配して私を骨の髄まで疲弊させ、黒い病魔に付け入る隙を与えることになってしまったのだ。
 その病魔こそが王家に嫁ぐ人間が唯一絶対に患ってはいけないとされている不吉な病。『巣魂病』と呼ばれるものだった。

 ―――巣魂病を患った女は国をも亡ぼす

 そう云い伝えられ古より忌み嫌われる病。


 高熱に魘され、心細さからヨロヨロと両親の部屋を訪れた私は悲しみに暮れる両親の声に気付きその場で足を止めた。

 ―――お父様、お母様?

「まさかあの子が巣魂病になってしまうなんて……」

 ―――す、巣魂病? そ、それって

「あぁ、なんていうことだ、可哀そうだが、こうなったからには速やかに王家に報告して今後の婚約の件は無かったことにして候補から外してもらうしかないな」

 ―――候補から外れる?

「でも、いったいあの子になんて云えばいいの、あんなに小さな頃からルシアン殿下をお慕いしていましたのに」
「……そうだな、でもこうなったからには結婚前だったことを唯一の慰めだと思うしかないだろう、この国では王家に一度嫁いだものは離縁して再嫁することは許されていないからね、最悪の場合は塔に隔離されての幽閉生活だって有り得たかもしれない」
「そうかもしれませんが……」
「大丈夫だ、熱も高く病状は軽くはないが、医師の話では時々残ることのあるという病の跡も早めの薬で回避出来たそうだし、療養にはもう少し時間がかかるだろうが、落ち着いた頃にはまた新たな縁もできるだろう、あの子はまだ若いのだから……」
「そうですわね、でも、あなた……」
「なんだい?」
「私、思うのですがルシアン様は既に適齢期、このまま王都であの子を療養させるのはあまりにも酷ですわ……」
「そ、そうだな、それは私もそう思うが、でも……」

 ―――ルシアン様は、私ではない方と?

「ねぇ、私、クラリスの心が落ち着くまではあの子と一緒に領地の館で過ごしてもよろしいかしら?」
「………ううん、私としては寂しいが、そうだな、あの子の為にはしばらくはそれがいいかもしれないね、でも身重の身体で大丈夫かい?」
「えぇ、今ならきっと大丈夫ですわ、あの子の事を心配ばかりしてここにいるよりは、一緒に領地にいる方がずっと心が休まるように思うのですわ」
「そ、そうかい、私もずっととはいかないが、時間が許す限り領地で君達と過ごせるように仕事を調整してみるから、それではその間クラリスのことを頼めるかい?」
「ええ、あなた……」

 ―――あぁ

 そんな両親の話を熱も冷めやらぬなか訪れた扉の前で聞いてしまった私は、悲しいけれど、少しだけホッとしている自分に気付いてしまった。

 ―――ならば早くここから消えてしまいたい

 止まらない涙が流れ続けていた。
 悲しくて、悲しくて、切なくて……
 まるで自分の一部がなくなったみたいで…
 
 ―――それなのにホッとするなんて

 こんなにも独り善がりで心弱い自分だからこそこんな忌まわしい病気を受け入れてしまったのだ、と酷く不甲斐なく申し訳のない気持ちにもなった。
 ようやくできた二人目の子供を妊娠中の母にここまでの心労をかけてしまうのも心苦しかった。

 そしてルシアン様との未来がなくなった事でぽっかりと心に穴が空いたようだった。
 あれから何度も脳内で己を痛めつけるように反芻してしまう見知らぬご令嬢とルシアン様のキスシーン。
 あの二人の親密さから考えると、疑いようもなく私は邪魔者でしかなかったのだと茫然自失になる思いだった。
 その時になって初めて、今までは何の疑問にも思わなかった、独り善がりな己の過去の行動の数々がとても滑稽で思い遣りの欠片すらないものに思えて仕方なかった。

 ―――まるで物語に出てくる悪役のご令嬢のようだわ私

 そう思うと辛くなった。
 自分ではそんなつもりではなかった、正しいと思うことを喜んでほしくてしてきたつもりだった。
 だけど、実際、今までの行いの数々が迷惑であったならば、これでもうルシアン様を困らせずにすむのと思うと、悲しくて、惨めで、寂しい気持ちに襲われる一方で、これ以上嫌われずにすむのかも知れないという安堵の気持ちが私を幾分かだけ楽にした。

 ―――ごめんなさい、ルシアン様、ごめんなさい

 事がこうなってしまったからには、両親の気遣いを有難く受け入れて、出来るだけ早く領地に発とうと思うようになった。

 母が案じてくれるようにもうここにはいられない、ルシアン様の新たな縁談が持ち上がるのはきっとすぐだろう。
 お相手はあのご令嬢だろうか、とても綺麗な方だった。
 どこのご令嬢だろうか、もしその方が新たな候補となられたら、ルシアン様はさぞ喜ばれることだろう。
 零れる涙を持て余すように私は扉の前で崩れ落ちるように泣き、やがて意識を失った。

「お、お嬢様!!? お嬢様しっかりしてください!! どなたか!? お嬢様が……」
「どうした!! ク、クラリス!? ま、ままま、まさか、聞いていたのか??」
「なんてこと、す、すぐにもう一度お医者を呼んでちょうだい!!」
「は、はい、奥様……」
「あぁ、クラリス、どうして私の娘がこんな悲しいことに……」

 ―――ごめんなさい、お母さま、ごめんなさい、お父様、全てこの私が悪いのですわ

 そして再び目を覚ました三日後、私はまだ早い、もっと体調が回復してから、と渋る両親を説得して先に一人で父の領地に向けて旅立った。
 まだ大人と呼ぶには早い十五歳の秋のことだった。

 だけどその後、数日後で追いかけて来ると云っていた父と母は多忙なようでなかなか私の元を訪れては来なかった。
 更には当初ついてくると言い切っていた姉のように近い存在だった侍女ケイトが突如おめでたが分かったことで結婚して仕事を辞めることになり、私はひとり片田舎の領地の邸で塞ぎこむように日々を過ごしていた。
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