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【5区 12.9km 二神 蓮李(4年)】
④ コントラストの攻防
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■3位 松永悠未(4年・ローズ大)
LAP
1km 03:10 [3'10"]
2km 06:16 [3'06"]
3km 09:31 [3'15"]
4km 12:43 [3'12"]
5km 15:53 [3'10"]
【そして3位、ローズ大学の松永も通過していきました。トップとは1分7秒差、ということで少し離されましたが、それでもほとんど変わらず。さてその松永に、バイク移動車がついてくれています。お願いします】
「はい。ローズ大学のエース松永。ここまで順位をひとつ落としましたが、懸命に前を追っています。福山さんや荒井さん、強い先輩方が抜けたことで弱くなったとは絶対に言われたくないと、前年優勝チームをここまで引っ張ってきました。取材時、ローズ大学のとある後輩が話してくれました。『私たち下級生にとって、言葉で目標を示してくれるのが姫路先輩だとしたら、背中で示してくれるのが松永先輩です』と。チームの精神的支柱を担ってきました松永、まだまだ諦めない走りが続いています!」
立花は、身の引き締まる思いがした。やはり相手はジャスミン大学だけじゃない。
鬼神のごとく追い上げてきている神宮寺さんに目が行きがちだが、松永さんもさすがだ。3位に後退した際には、勝負を諦めたかのようにも映ったが、そんなわけはない。一度は抜かれた相手から決して目を逸らさず、粘り強く自分の仕事をこなしている。ただではやられない、この後の区間で逆転を呼び込める走りだ。もちろんこの姿は、残りの二区間の選手の目にも届いているだろう。
【この間に4位から6位のチームが通過していきました。4位のデイジー大学・三浦琴美がトップと2分02秒差。5位のデルフィ大学・阪野千尋が5位で通過。トップとは2分37秒差。中継所6位でスタートして、順位をひとつ上げています。それから6位に後退したのがリリー大学。トップとは2分54秒差でここまで通過しています。ここで画面は先頭に戻ります。1号車、お願いします】
『はい。先頭のアイリス二神、長かった357号線のサーキットストレートの部分が終わりまして、ここからは首都高速湾岸線の高架下の影になっているようなコースに変わってきます。金沢シーサイドラインの鳥浜駅のあたりで、後ろとの差を確認してみていますが、やはり追ってくる2位の神宮寺エリカの姿がかなり大きくなってきました』
◇
(お祭りみたい……)
ウォーミングアップをしていた『みなとの見える丘公園』から、今日は山手第6中継所として使われる博物館へ移動する時も、沿道にはたくさんの観客が詰めかけていた。
ラギちゃんが朝早くから場所取りをしてくれたシートの上で、楓は横になり、腰回りの筋肉を念入りにほぐしていた。一階の会議室のような部屋にはテレビのモニターが設置されており、レース中継が流れている。
一人で淡々と先頭を走る蓮李先輩の姿をぼんやりと眺めていると、映像が切り替わり、テーブルの上に所狭しと並べられた大量の紙コップが映し出された。どうやら、もうすぐ給水ポイントに差しかかるらしい。
全区間の中で唯一10キロを超える5区は、6キロ半ばのところに給水ポイントが設置されている。このコースは楓にとってエリカさんが「待ってる」と言ってくれた特別な舞台だけど、給水エリアが設けられているなどやはり特別扱いを受けている。
全長12・9キロ。かつては「走ってみたい」と宣言したコースだが、5000メートルを二本走った後、さらにまだ2・9キロ残っていると考えると、途方もない長さに感じられた。
程なくして、蓮李先輩が一番乗りで給水ポイントに近づいてきた。道路の作り上、給水テーブルは歩道側に置くしかないようで、「利き手と逆で取るなんて大変そうだな」と楓は一瞬思ったが、そういえば蓮李先輩は左利きだったことを思い出して安堵した。
テーブルに差しかかるだいぶ手前から手をCの形にして、一瞬左肩を落として歩幅を合わせると、その手に吸い付けるようコップを掴んだ。コップを掴んだ拍子に倒れた他のコップから水しぶきが上がった。人が掴んでようやくそのサイズが分かったけど、映画館のLサイズのジュースくらいの、結構大きめサイズだった。
「意外と難しいんだよねー」
「やっぱそうなんだ」
ラギちゃんは、受験で丸くなった身体を戻そうと、春休みに地元新潟で5キロのレースに出た際に体験済みだという。紙コップの場合、少し潰し飲み口を尖らせるのがコツだとか。「取り損ねるのがイヤで、立ち止まって取ったけど、その間に大勢に抜かれちゃったよ」とラギちゃんは笑った。
再びモニターに視線を戻す。蓮李先輩はしばらくコップを持ったままフォームを整え直している。そして口元にさっと水を流し込むと、残りを頭から勢いよくドバッとかけた。いつの間にか、日差しが強くなっていた。
◇
【先頭のアイリス大・二神蓮李が、中間点の給水を迎えようというところ。あー、口に含んだ後、今、頭にもかけていきました。かなり、コース上、蒸し暑いんでしょうか、鱒川さん?】
「スタート前は雨が降っているくらいでしたけど、今は太陽が出てきて、路面の湿気が上がってきているかもしれませんね」
【福山さん、やはりランナーにとって湿気というのは厄介なものなんですか?】
「そうですね。湿度が高いと汗が蒸発しにくくなって、体内に熱がこもりやすくなります。そうなると呼吸も苦しく感じると思います」
【なるほど。二神蓮李の、先ほどの中間点の通過が20分25秒でした。ということは、単純計算で倍にしますと、40分50秒。区間記録を僅かに上回るペースでここまで来ています。そして対する神宮寺の様子はどうなっていますか、2号車どうぞ】
「はい。神宮寺の中間点通過が、なんと19分51秒でした。ですので40分台どころか、前人未到の39分台も現実的になってきました。今、この二人の位置ですけど、二神はセンターライン寄り、背後の監督車で身を隠すように走っているのに対し、神宮寺は歩道寄りを走ってなんとか二神の姿を捉えようとしています! 両者の差はいよいよ30秒を切ってきています!」
【2号車、ありがとうございました。先ほど二神は給水の際に水を頭にかけましたが、神宮寺は口に含んだだけ。これは福山さん、追う神宮寺のほうがやはり余裕があると見ていいでしょうか?】
「いや、そうとも限らなくてですね。二神さんはローズ大学で一時期チームメイトでしたが、彼女は骨格がしっかりしていて、筋肉量も発汗量も多いタイプなので、水をかけて冷やす必要があるんです。一方、華奢な神宮寺さんが同じことをしてしまうと、冷えすぎてしまうので。今はそれぞれに合った給水をしたのだと思います」
【そうですか、ランナーの体格や特性によって、給水にも違いがあるんですね。目の前の闘いも熾烈ですが、厳しいコンディションとの戦いも始まっています。アイリスが逃げ切るか、ジャスミンが捉えるか。第56回、全国大学女子・横浜みなと駅伝。優勝争いはまだまだ分かりません。ここでコマーシャルです】
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1km 03:10 [3'10"]
2km 06:16 [3'06"]
3km 09:31 [3'15"]
4km 12:43 [3'12"]
5km 15:53 [3'10"]
【そして3位、ローズ大学の松永も通過していきました。トップとは1分7秒差、ということで少し離されましたが、それでもほとんど変わらず。さてその松永に、バイク移動車がついてくれています。お願いします】
「はい。ローズ大学のエース松永。ここまで順位をひとつ落としましたが、懸命に前を追っています。福山さんや荒井さん、強い先輩方が抜けたことで弱くなったとは絶対に言われたくないと、前年優勝チームをここまで引っ張ってきました。取材時、ローズ大学のとある後輩が話してくれました。『私たち下級生にとって、言葉で目標を示してくれるのが姫路先輩だとしたら、背中で示してくれるのが松永先輩です』と。チームの精神的支柱を担ってきました松永、まだまだ諦めない走りが続いています!」
立花は、身の引き締まる思いがした。やはり相手はジャスミン大学だけじゃない。
鬼神のごとく追い上げてきている神宮寺さんに目が行きがちだが、松永さんもさすがだ。3位に後退した際には、勝負を諦めたかのようにも映ったが、そんなわけはない。一度は抜かれた相手から決して目を逸らさず、粘り強く自分の仕事をこなしている。ただではやられない、この後の区間で逆転を呼び込める走りだ。もちろんこの姿は、残りの二区間の選手の目にも届いているだろう。
【この間に4位から6位のチームが通過していきました。4位のデイジー大学・三浦琴美がトップと2分02秒差。5位のデルフィ大学・阪野千尋が5位で通過。トップとは2分37秒差。中継所6位でスタートして、順位をひとつ上げています。それから6位に後退したのがリリー大学。トップとは2分54秒差でここまで通過しています。ここで画面は先頭に戻ります。1号車、お願いします】
『はい。先頭のアイリス二神、長かった357号線のサーキットストレートの部分が終わりまして、ここからは首都高速湾岸線の高架下の影になっているようなコースに変わってきます。金沢シーサイドラインの鳥浜駅のあたりで、後ろとの差を確認してみていますが、やはり追ってくる2位の神宮寺エリカの姿がかなり大きくなってきました』
◇
(お祭りみたい……)
ウォーミングアップをしていた『みなとの見える丘公園』から、今日は山手第6中継所として使われる博物館へ移動する時も、沿道にはたくさんの観客が詰めかけていた。
ラギちゃんが朝早くから場所取りをしてくれたシートの上で、楓は横になり、腰回りの筋肉を念入りにほぐしていた。一階の会議室のような部屋にはテレビのモニターが設置されており、レース中継が流れている。
一人で淡々と先頭を走る蓮李先輩の姿をぼんやりと眺めていると、映像が切り替わり、テーブルの上に所狭しと並べられた大量の紙コップが映し出された。どうやら、もうすぐ給水ポイントに差しかかるらしい。
全区間の中で唯一10キロを超える5区は、6キロ半ばのところに給水ポイントが設置されている。このコースは楓にとってエリカさんが「待ってる」と言ってくれた特別な舞台だけど、給水エリアが設けられているなどやはり特別扱いを受けている。
全長12・9キロ。かつては「走ってみたい」と宣言したコースだが、5000メートルを二本走った後、さらにまだ2・9キロ残っていると考えると、途方もない長さに感じられた。
程なくして、蓮李先輩が一番乗りで給水ポイントに近づいてきた。道路の作り上、給水テーブルは歩道側に置くしかないようで、「利き手と逆で取るなんて大変そうだな」と楓は一瞬思ったが、そういえば蓮李先輩は左利きだったことを思い出して安堵した。
テーブルに差しかかるだいぶ手前から手をCの形にして、一瞬左肩を落として歩幅を合わせると、その手に吸い付けるようコップを掴んだ。コップを掴んだ拍子に倒れた他のコップから水しぶきが上がった。人が掴んでようやくそのサイズが分かったけど、映画館のLサイズのジュースくらいの、結構大きめサイズだった。
「意外と難しいんだよねー」
「やっぱそうなんだ」
ラギちゃんは、受験で丸くなった身体を戻そうと、春休みに地元新潟で5キロのレースに出た際に体験済みだという。紙コップの場合、少し潰し飲み口を尖らせるのがコツだとか。「取り損ねるのがイヤで、立ち止まって取ったけど、その間に大勢に抜かれちゃったよ」とラギちゃんは笑った。
再びモニターに視線を戻す。蓮李先輩はしばらくコップを持ったままフォームを整え直している。そして口元にさっと水を流し込むと、残りを頭から勢いよくドバッとかけた。いつの間にか、日差しが強くなっていた。
◇
【先頭のアイリス大・二神蓮李が、中間点の給水を迎えようというところ。あー、口に含んだ後、今、頭にもかけていきました。かなり、コース上、蒸し暑いんでしょうか、鱒川さん?】
「スタート前は雨が降っているくらいでしたけど、今は太陽が出てきて、路面の湿気が上がってきているかもしれませんね」
【福山さん、やはりランナーにとって湿気というのは厄介なものなんですか?】
「そうですね。湿度が高いと汗が蒸発しにくくなって、体内に熱がこもりやすくなります。そうなると呼吸も苦しく感じると思います」
【なるほど。二神蓮李の、先ほどの中間点の通過が20分25秒でした。ということは、単純計算で倍にしますと、40分50秒。区間記録を僅かに上回るペースでここまで来ています。そして対する神宮寺の様子はどうなっていますか、2号車どうぞ】
「はい。神宮寺の中間点通過が、なんと19分51秒でした。ですので40分台どころか、前人未到の39分台も現実的になってきました。今、この二人の位置ですけど、二神はセンターライン寄り、背後の監督車で身を隠すように走っているのに対し、神宮寺は歩道寄りを走ってなんとか二神の姿を捉えようとしています! 両者の差はいよいよ30秒を切ってきています!」
【2号車、ありがとうございました。先ほど二神は給水の際に水を頭にかけましたが、神宮寺は口に含んだだけ。これは福山さん、追う神宮寺のほうがやはり余裕があると見ていいでしょうか?】
「いや、そうとも限らなくてですね。二神さんはローズ大学で一時期チームメイトでしたが、彼女は骨格がしっかりしていて、筋肉量も発汗量も多いタイプなので、水をかけて冷やす必要があるんです。一方、華奢な神宮寺さんが同じことをしてしまうと、冷えすぎてしまうので。今はそれぞれに合った給水をしたのだと思います」
【そうですか、ランナーの体格や特性によって、給水にも違いがあるんですね。目の前の闘いも熾烈ですが、厳しいコンディションとの戦いも始まっています。アイリスが逃げ切るか、ジャスミンが捉えるか。第56回、全国大学女子・横浜みなと駅伝。優勝争いはまだまだ分かりません。ここでコマーシャルです】
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