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【4区 5.4km 歌川 茉莉(4年)】
① 姉妹対決スタート
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アイリス女学院大学監督の立花を乗せた監督車は、「八景島入口」の交差点で、これから走ってくる4区の歌川茉莉を待機している。監督車は八景島シーパラダイスの園内に入れないため、しばらくはランナーたちの状況がわからない。
監督車が動けない間、テレビ放送では一時的にスタジオに画面が切り替わり、これまでのレース展開を整理している。7区間のうちの3区までが終了し、少しコーヒーブレイク的な時間になっている。『八景島の第三中継所、まだ全チームは通過していませんが、ひとまず上位校のタイム差を整理したいと思います』とスタジオ実況の真中アナウンサーが述べると、テロップに順位が表示された。
★3区終了時点 順位
1位 1時間18分11秒 +0:00 (藍/アイリス)
2位 1時間18分38秒 +0:27 (緑/ジャスミン)
3位 1時間19分01秒 +0:50 (赤/ローズ)
4位 1時間19分19秒 +1:08 (黄/デイジー)
5位 1時間19分35秒 +1:24 (青/デルフィ)
【初出場のアイリスが3区で先頭に立ちまして、優勝争いから一歩抜け出す形となりました。そして27秒差で追いかけるのがジャスミン大学です】と説明が続く。
アイリスがここまで上位に食い込めるとは誰も予想していなかっただろう。1区・2区・3区と、立花自身も驚くほど順調に進んでいる。一年前はメンバーすら揃わなかったチームが、今やトップを走っている。
「ジャスミン大学は区間賞はまだありませんが、どの区間でも安定した力を見せていますね」
解説の鱒川さんが付け加えるのを聞きながら、立花は4区の茉莉の無事を祈った。練習をセーブさせた分、まだどちらに転ぶかわからない不安がある。初采配でいきなり、追いかけられるプレッシャーとの戦いだ。立花はその時間がとてつもなく長く感じた。
(見えた……! 茉莉だ!)
監督車が、茉莉の後ろに合流した。
【それでは先頭を行くアイリスの様子、伝えていただきましょう。画面は1号車に戻ります】
『はい。逃げる藍色のユニフォーム、アイリス女学院大学。4区を任されたのは歌川茉莉。理学部の4年生です。最初の1キロが3分18秒かかりました。高梨さん、なかなかペースが上がらないようですね?』
「はい。5・4キロのスピード区間で3分18は……。随分ゆっくり入りましたね。久しぶりのレースということで緊張もあるかもしれません」
立花も、後ろの監督車から茉莉の走りを凝視する。茉莉はチームで唯一「計画的ハイペース」の練習ができていない。これまでのアイリスの選手とは違い、慎重な走りになっている。動き自体は悪くない。しかし、このペースが続くとなると、ちょっと心配だ。1号車に乗っている高梨さんがさらに補足する。
「茉莉さんは元々高校時代、凄く力のあるランナーで、世界ジュニア選手権の2000メートル障害で準優勝の実績もあります。その後ケガからのリハビリを経て、ようやく復帰してきました」
【1号車、ありがとうございました。この4区には「歌川」が二人いますので、あえてフルネームでお伝えしようと思いますが、まずはトップを行く姉の歌川茉莉の走りをご覧いただいています。実は過去に一度、ローズ大学在籍時に、このみなと駅伝を経験しています。その時は6区を走って区間2位という素晴らしい成績でした。さて2号車は、どこにつけてくれていますか?】
「はい。2号車は現在、トップを追いかけます2位のジャスミン大学、松本奏乃につけています。入りの1キロが3分15秒でした。まもなく2キロを迎えようというところ、前との差はそれほど変わっていません。ですが、その後ろをご覧ください!」
画面は、3位ローズ大学の歌川瑠莉の姿を映し出した。2位とは27秒差あったはずなのに、その差をあっという間にゼロにする勢いで猛追してきている。2キロの通過が6分10秒という驚異的なペースで、まもなくして、ジャスミンの選手を一瞥もくれずに抜き去った。あくまで見据える先は、姉の茉莉ということか。その表情は、まるで鬼が宿っているかのようだった。
茉莉の2キロの通過は6分30秒だった。この2キロだけで20秒もやられた。姉妹の両者の差は、中継所での50秒から、一気に30秒差まで縮まったことになる。そうなると向こうは前がハッキリと見えて、さらに元気になっているところだろう。
それにしても2キロを6分10秒とは。1年生ではあるが、やはりローズ大学の選手。思っていたより数倍強い。
1キロごとに10秒も詰められてしまうこのままのペースでは、いずれ追いつかれる。この後の展開は、茉莉が後ろからのプレッシャーにどれだけ耐えられるかにかかっている。
◇
【早くも波乱の展開を予感させる4区の序盤ですが、ここでコースの紹介です】
——4区は全区間中最短の5・4キロ。八景島から海の公園、野島公園駅前を通過し、平潟湾の周りをぐるりと一周するコースです。時折吹く浜風と細かいアップダウンが、選手達の体力を削ります。最後は一度通過した野島公園駅まで戻り、各校のエースランナーが待ち受ける5区・野島中継所へとタスキを届けます。
【……という、4区のコース紹介VTR、ご覧いただきましたが。ゲスト解説の福山選手。この4区という区間は、レースの中ではどのように捉えたらいいでしょうか】
「はい。4区は距離が短く、大きな逆転劇などは起こりにくいのですが、レースを大きく左右する『5区』に向けての助走区間というふうに考えると、決して疎かにはできない区間だと思います」
【なるほど。鱒川さんはどのようにご覧になっていますか】
「例えば、逆転を狙う後ろのチームからすれば、差を縮めて渡すか、広げられて渡すかで、次の5区を走るエースの心理状態まで変わってきますからね。福山さんが助走区間と仰ったようにね、実質もう5区エース対決のプロローグが始まっているようなものなんですよね」
【アイリスの立花監督は、5区に各校のエースが集結するのは分かっているので、我々はその前の3区4区で主導権を握りたいんだ。という風にも試合前に話していました】
「監督の立花さんね、昨日の監督会見で少しお話うかがいましたけど、5区の二神蓮李さんに渡るまでに後ろと1分のリードが欲しいというお話をされていて、初出場なのに随分と強気な発言をされる方だなと思ったのですが、凄いですね、ここまでは本当にその通りの展開になっていますね」
解説の鱒川さんの話にはまだ続きがあった。
「ここでローズの瑠莉さんが追いつくようなことがあれば、次の5区松永さんのところで一気にゲームが決まってしまう可能性も出ますから。逃げる茉莉さんは、なんとか今の30秒差でとどまっておきたいところですね」
野島公園駅前を通過する茉莉に対し、次の5区の蓮李が、第4中継所の待機場所から声をかけた。
「茉莉、ファイト! 待ってるよ!」
頭上の金沢シーサイドラインの立体線路が、楕円形の平潟湾を突っ切るように直進していくのに対し、茉莉は帰帆橋の信号を左に曲がる。湾の周りを時計回りに一周して、再びここへ戻ってくる時には、タスキを渡すことになる。
『それではいったんコマーシャルです。勝負を大きく左右する次の5区へ、最初にタスキを届けるのはどのチームになるでしょうか。優勝争い、まだまだ分からなくなってきました。第56回みなと駅伝です』
監督車が動けない間、テレビ放送では一時的にスタジオに画面が切り替わり、これまでのレース展開を整理している。7区間のうちの3区までが終了し、少しコーヒーブレイク的な時間になっている。『八景島の第三中継所、まだ全チームは通過していませんが、ひとまず上位校のタイム差を整理したいと思います』とスタジオ実況の真中アナウンサーが述べると、テロップに順位が表示された。
★3区終了時点 順位
1位 1時間18分11秒 +0:00 (藍/アイリス)
2位 1時間18分38秒 +0:27 (緑/ジャスミン)
3位 1時間19分01秒 +0:50 (赤/ローズ)
4位 1時間19分19秒 +1:08 (黄/デイジー)
5位 1時間19分35秒 +1:24 (青/デルフィ)
【初出場のアイリスが3区で先頭に立ちまして、優勝争いから一歩抜け出す形となりました。そして27秒差で追いかけるのがジャスミン大学です】と説明が続く。
アイリスがここまで上位に食い込めるとは誰も予想していなかっただろう。1区・2区・3区と、立花自身も驚くほど順調に進んでいる。一年前はメンバーすら揃わなかったチームが、今やトップを走っている。
「ジャスミン大学は区間賞はまだありませんが、どの区間でも安定した力を見せていますね」
解説の鱒川さんが付け加えるのを聞きながら、立花は4区の茉莉の無事を祈った。練習をセーブさせた分、まだどちらに転ぶかわからない不安がある。初采配でいきなり、追いかけられるプレッシャーとの戦いだ。立花はその時間がとてつもなく長く感じた。
(見えた……! 茉莉だ!)
監督車が、茉莉の後ろに合流した。
【それでは先頭を行くアイリスの様子、伝えていただきましょう。画面は1号車に戻ります】
『はい。逃げる藍色のユニフォーム、アイリス女学院大学。4区を任されたのは歌川茉莉。理学部の4年生です。最初の1キロが3分18秒かかりました。高梨さん、なかなかペースが上がらないようですね?』
「はい。5・4キロのスピード区間で3分18は……。随分ゆっくり入りましたね。久しぶりのレースということで緊張もあるかもしれません」
立花も、後ろの監督車から茉莉の走りを凝視する。茉莉はチームで唯一「計画的ハイペース」の練習ができていない。これまでのアイリスの選手とは違い、慎重な走りになっている。動き自体は悪くない。しかし、このペースが続くとなると、ちょっと心配だ。1号車に乗っている高梨さんがさらに補足する。
「茉莉さんは元々高校時代、凄く力のあるランナーで、世界ジュニア選手権の2000メートル障害で準優勝の実績もあります。その後ケガからのリハビリを経て、ようやく復帰してきました」
【1号車、ありがとうございました。この4区には「歌川」が二人いますので、あえてフルネームでお伝えしようと思いますが、まずはトップを行く姉の歌川茉莉の走りをご覧いただいています。実は過去に一度、ローズ大学在籍時に、このみなと駅伝を経験しています。その時は6区を走って区間2位という素晴らしい成績でした。さて2号車は、どこにつけてくれていますか?】
「はい。2号車は現在、トップを追いかけます2位のジャスミン大学、松本奏乃につけています。入りの1キロが3分15秒でした。まもなく2キロを迎えようというところ、前との差はそれほど変わっていません。ですが、その後ろをご覧ください!」
画面は、3位ローズ大学の歌川瑠莉の姿を映し出した。2位とは27秒差あったはずなのに、その差をあっという間にゼロにする勢いで猛追してきている。2キロの通過が6分10秒という驚異的なペースで、まもなくして、ジャスミンの選手を一瞥もくれずに抜き去った。あくまで見据える先は、姉の茉莉ということか。その表情は、まるで鬼が宿っているかのようだった。
茉莉の2キロの通過は6分30秒だった。この2キロだけで20秒もやられた。姉妹の両者の差は、中継所での50秒から、一気に30秒差まで縮まったことになる。そうなると向こうは前がハッキリと見えて、さらに元気になっているところだろう。
それにしても2キロを6分10秒とは。1年生ではあるが、やはりローズ大学の選手。思っていたより数倍強い。
1キロごとに10秒も詰められてしまうこのままのペースでは、いずれ追いつかれる。この後の展開は、茉莉が後ろからのプレッシャーにどれだけ耐えられるかにかかっている。
◇
【早くも波乱の展開を予感させる4区の序盤ですが、ここでコースの紹介です】
——4区は全区間中最短の5・4キロ。八景島から海の公園、野島公園駅前を通過し、平潟湾の周りをぐるりと一周するコースです。時折吹く浜風と細かいアップダウンが、選手達の体力を削ります。最後は一度通過した野島公園駅まで戻り、各校のエースランナーが待ち受ける5区・野島中継所へとタスキを届けます。
【……という、4区のコース紹介VTR、ご覧いただきましたが。ゲスト解説の福山選手。この4区という区間は、レースの中ではどのように捉えたらいいでしょうか】
「はい。4区は距離が短く、大きな逆転劇などは起こりにくいのですが、レースを大きく左右する『5区』に向けての助走区間というふうに考えると、決して疎かにはできない区間だと思います」
【なるほど。鱒川さんはどのようにご覧になっていますか】
「例えば、逆転を狙う後ろのチームからすれば、差を縮めて渡すか、広げられて渡すかで、次の5区を走るエースの心理状態まで変わってきますからね。福山さんが助走区間と仰ったようにね、実質もう5区エース対決のプロローグが始まっているようなものなんですよね」
【アイリスの立花監督は、5区に各校のエースが集結するのは分かっているので、我々はその前の3区4区で主導権を握りたいんだ。という風にも試合前に話していました】
「監督の立花さんね、昨日の監督会見で少しお話うかがいましたけど、5区の二神蓮李さんに渡るまでに後ろと1分のリードが欲しいというお話をされていて、初出場なのに随分と強気な発言をされる方だなと思ったのですが、凄いですね、ここまでは本当にその通りの展開になっていますね」
解説の鱒川さんの話にはまだ続きがあった。
「ここでローズの瑠莉さんが追いつくようなことがあれば、次の5区松永さんのところで一気にゲームが決まってしまう可能性も出ますから。逃げる茉莉さんは、なんとか今の30秒差でとどまっておきたいところですね」
野島公園駅前を通過する茉莉に対し、次の5区の蓮李が、第4中継所の待機場所から声をかけた。
「茉莉、ファイト! 待ってるよ!」
頭上の金沢シーサイドラインの立体線路が、楕円形の平潟湾を突っ切るように直進していくのに対し、茉莉は帰帆橋の信号を左に曲がる。湾の周りを時計回りに一周して、再びここへ戻ってくる時には、タスキを渡すことになる。
『それではいったんコマーシャルです。勝負を大きく左右する次の5区へ、最初にタスキを届けるのはどのチームになるでしょうか。優勝争い、まだまだ分からなくなってきました。第56回みなと駅伝です』
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