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【3区 8.0km 安藤 ヘレナ(1年)】
④ 直線迷宮
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ヘレナは、直線の迷宮の中でもがいていた。同じような景色が続く。足の感覚も途絶えた。本当に進んでいるのか、わからなくなってくる。
脚が疲れてからは腕を強く振ってカバーし、腕が疲れてからは今度は身体を振ってなんとか粘っている。汚いフォームになっていようと構わない。
体中を探し回り、まだスタミナの残っている箇所を見つけては、それを限界までこそぎ落とし、とにかく少しでも自分の竈へくべる。これ以上は無理だと思っても、自分の中に眠る最後の力まで振り絞る。
カントクに言われた印象的な言葉がある。次の走者は途中まで前の区間の映像を見ている。だから、大体どのくらいの差で来るか、イメージした状態でリレーゾーンに出てくる。その際、事前の情報よりも遅いと、動揺を与えてしまう。
ヘレナは、おそらく茉莉センパイが見ていたであろう前半よりも、なんとしてでも引き離して渡したい。
(茉莉センパイのために、1秒でもリードして渡すんだ……!)
◇
【上空からの映像では、海に浮かぶレジャーアイランド、八景島シーパラダイスが見えてきました。さて1号車、先頭はどこまで進んだでしょうか】
『はい、1号車です。先頭のアイリス女学院大学の安藤は、6・7キロ地点、八景島へと架かる橋の上り坂へと差し掛かっています。解説の高梨さん、さすがに表情苦しくなってきましたね』
「3区8キロのコースで、この6キロあたりというのは、今ちょうど一番キツいところだと思います。ラスト1キロ切ってしまえば、あと少しだと思えて、身体がフッと軽くなるんですけどね」
『安藤ヘレナの6キロ通過が18分59秒でした。これは去年ローズ大学の松永が区間記録を出した時よりも1秒しか遅れていないという素晴らしいペースです』
【1号車、ありがとうございました。八景島シーパラダイスは、水族館と遊園地の複合巨大レジャー施設ですが、選手達はこの園内を通って、最後は八景島大橋の入口、メリーゴーランドの前に設けられた第三中継所でタスキリレーをします。鱒川さん、非常にここも変わったコースですよね】
「選手に聞きますと、待機している時に、橋の上を選手が通過するのが見えるそうですよ」
【あぁ、そうですね、確かにそういう位置関係ですね! ラストスパートをかける仲間の姿を見て、次のランナーも気合いが入るでしょうね】
金沢柴町交差点と八景島の間は、コーラルグリーンの大きな橋で結ばれている。普段は八景島シーパラダイスへの送迎バス専用の道となっており、通常の自動車は進入できない。橋の頭上で直角に行き交う鉄道は、金沢シーサイドライン。ぐるっと園内を見せるように旋回しながら、八景島駅へと乗客を運んでいる。
監督車は園内に入るわけにはいかないので、ここから八景島入口交差点まで先回りし、4区のランナーを待ち受けることになる。立花はテレビ画面越しにヘレナの決死のスパートを見て、胸が熱くなった。海からの横風に煽られながらも、体をよじらせ、歯を食いしばり、持てる力の全てを出し切っている。
【さあそして、アイリスの安藤ヘレナがいよいよ、国道357号線の終着点、最後のトンネルに差し掛かっています。後ろの洋見の姿は、これ、ちょっと離れたでしょうか、2号車?】
「はい。一時は先頭と11秒差まで迫った、2位の追いかけるジャスミンの洋見なんですが、ここに来て、ジリジリと差が開き始めてしまいました。その差が15秒くらい。中継所をスタートした時点と大体同じような差に戻っています。したがって、先ほどのチェックポイントから考えますと、現在この二人がほぼ同タイムでの区間賞争い、さらには区間新記録を狙えるかという攻防の中にいます!」
【ゲスト解説の福山さん、ここまで熾烈な先頭争いが繰り広げられていますが、どうご覧になっていますか】
「あのー、直線だと相手との差が近いように感じて、つい無理して追ってしまうことがあるんですよね」
【そうなんですか。すると、2位の洋見は前半無理をして追ってしまったと?】
「はい。ですが、見た目以上に距離があった上に、逃げる安藤ヘレナさんのほうも凄く良いペースでしたから。なかなか詰まらなくて、今度は後ろの洋見さんがイライラというか、根負けし始めた感じに見えますね」
【そして? そのさらに後ろ、3位集団の映像は、3号車です】
後方では、橋の上の7キロ地点で、ローズ大学が3位に上がったという情報が入ってきた。先頭のアイリスからは約50秒の差。4位にはデイジー大学、そして3区スタート時には首位だったデルフィ大学が今は5位まで落ちているという。
【みなと駅伝で五連覇中のローズ大学、さすがの底力を発揮しています。1区14位と序盤大幅に出遅れましたが、この3区でついに3位まで巻き返してきました。ローズは次の4区にルーキーの歌川瑠莉が待っています。鬼塚監督が、いま最も調子のいい選手、来年のエース候補と期待を寄せています】
立花はその実況に耳を貸しながら、複雑な心境を抱いていた。こちらのアイリスの4区は、歌川茉莉。当初は、ローズ大学1年時に走った経験がある6区に起用するつもりだった。しかし練習の消化具合で少し思うようにいかなかった部分があり、一番短い5・4キロの4区での起用となった。
茉莉を4区に回したことで、奇しくも劇的なマッチアップを演出してしまった。先ほど電話で話した際は、「特には気にしておりませぬ」とのことだったが……。どうだろうか。
長い通院生活の甲斐あって腰痛がようやく良くなったばかりということで、慎重に練習量を調整しながら準備してきた。予定していた9月の記録会も飛ばして、この駅伝一本に絞ってきた。他のメンバーが本番に向けて感覚を研ぎ澄ませていくようなメニューをこなす傍らで、茉莉に関しては、ハイペースで入る練習もできず、ひたすらウォーキングやジョグで、とにかく無事にスタートラインに立たせることを優先した。
(姉妹対決、か)
見ているほうは盛り上がるだろうが、できれば余計なプレッシャーはかけたくなかった。
脚が疲れてからは腕を強く振ってカバーし、腕が疲れてからは今度は身体を振ってなんとか粘っている。汚いフォームになっていようと構わない。
体中を探し回り、まだスタミナの残っている箇所を見つけては、それを限界までこそぎ落とし、とにかく少しでも自分の竈へくべる。これ以上は無理だと思っても、自分の中に眠る最後の力まで振り絞る。
カントクに言われた印象的な言葉がある。次の走者は途中まで前の区間の映像を見ている。だから、大体どのくらいの差で来るか、イメージした状態でリレーゾーンに出てくる。その際、事前の情報よりも遅いと、動揺を与えてしまう。
ヘレナは、おそらく茉莉センパイが見ていたであろう前半よりも、なんとしてでも引き離して渡したい。
(茉莉センパイのために、1秒でもリードして渡すんだ……!)
◇
【上空からの映像では、海に浮かぶレジャーアイランド、八景島シーパラダイスが見えてきました。さて1号車、先頭はどこまで進んだでしょうか】
『はい、1号車です。先頭のアイリス女学院大学の安藤は、6・7キロ地点、八景島へと架かる橋の上り坂へと差し掛かっています。解説の高梨さん、さすがに表情苦しくなってきましたね』
「3区8キロのコースで、この6キロあたりというのは、今ちょうど一番キツいところだと思います。ラスト1キロ切ってしまえば、あと少しだと思えて、身体がフッと軽くなるんですけどね」
『安藤ヘレナの6キロ通過が18分59秒でした。これは去年ローズ大学の松永が区間記録を出した時よりも1秒しか遅れていないという素晴らしいペースです』
【1号車、ありがとうございました。八景島シーパラダイスは、水族館と遊園地の複合巨大レジャー施設ですが、選手達はこの園内を通って、最後は八景島大橋の入口、メリーゴーランドの前に設けられた第三中継所でタスキリレーをします。鱒川さん、非常にここも変わったコースですよね】
「選手に聞きますと、待機している時に、橋の上を選手が通過するのが見えるそうですよ」
【あぁ、そうですね、確かにそういう位置関係ですね! ラストスパートをかける仲間の姿を見て、次のランナーも気合いが入るでしょうね】
金沢柴町交差点と八景島の間は、コーラルグリーンの大きな橋で結ばれている。普段は八景島シーパラダイスへの送迎バス専用の道となっており、通常の自動車は進入できない。橋の頭上で直角に行き交う鉄道は、金沢シーサイドライン。ぐるっと園内を見せるように旋回しながら、八景島駅へと乗客を運んでいる。
監督車は園内に入るわけにはいかないので、ここから八景島入口交差点まで先回りし、4区のランナーを待ち受けることになる。立花はテレビ画面越しにヘレナの決死のスパートを見て、胸が熱くなった。海からの横風に煽られながらも、体をよじらせ、歯を食いしばり、持てる力の全てを出し切っている。
【さあそして、アイリスの安藤ヘレナがいよいよ、国道357号線の終着点、最後のトンネルに差し掛かっています。後ろの洋見の姿は、これ、ちょっと離れたでしょうか、2号車?】
「はい。一時は先頭と11秒差まで迫った、2位の追いかけるジャスミンの洋見なんですが、ここに来て、ジリジリと差が開き始めてしまいました。その差が15秒くらい。中継所をスタートした時点と大体同じような差に戻っています。したがって、先ほどのチェックポイントから考えますと、現在この二人がほぼ同タイムでの区間賞争い、さらには区間新記録を狙えるかという攻防の中にいます!」
【ゲスト解説の福山さん、ここまで熾烈な先頭争いが繰り広げられていますが、どうご覧になっていますか】
「あのー、直線だと相手との差が近いように感じて、つい無理して追ってしまうことがあるんですよね」
【そうなんですか。すると、2位の洋見は前半無理をして追ってしまったと?】
「はい。ですが、見た目以上に距離があった上に、逃げる安藤ヘレナさんのほうも凄く良いペースでしたから。なかなか詰まらなくて、今度は後ろの洋見さんがイライラというか、根負けし始めた感じに見えますね」
【そして? そのさらに後ろ、3位集団の映像は、3号車です】
後方では、橋の上の7キロ地点で、ローズ大学が3位に上がったという情報が入ってきた。先頭のアイリスからは約50秒の差。4位にはデイジー大学、そして3区スタート時には首位だったデルフィ大学が今は5位まで落ちているという。
【みなと駅伝で五連覇中のローズ大学、さすがの底力を発揮しています。1区14位と序盤大幅に出遅れましたが、この3区でついに3位まで巻き返してきました。ローズは次の4区にルーキーの歌川瑠莉が待っています。鬼塚監督が、いま最も調子のいい選手、来年のエース候補と期待を寄せています】
立花はその実況に耳を貸しながら、複雑な心境を抱いていた。こちらのアイリスの4区は、歌川茉莉。当初は、ローズ大学1年時に走った経験がある6区に起用するつもりだった。しかし練習の消化具合で少し思うようにいかなかった部分があり、一番短い5・4キロの4区での起用となった。
茉莉を4区に回したことで、奇しくも劇的なマッチアップを演出してしまった。先ほど電話で話した際は、「特には気にしておりませぬ」とのことだったが……。どうだろうか。
長い通院生活の甲斐あって腰痛がようやく良くなったばかりということで、慎重に練習量を調整しながら準備してきた。予定していた9月の記録会も飛ばして、この駅伝一本に絞ってきた。他のメンバーが本番に向けて感覚を研ぎ澄ませていくようなメニューをこなす傍らで、茉莉に関しては、ハイペースで入る練習もできず、ひたすらウォーキングやジョグで、とにかく無事にスタートラインに立たせることを優先した。
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