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【第5話 練習試合のビックリオーダー】2037.08
⑤ 練習試合 デルフィ vs アイリス
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「よし、それじゃ最後にもう一度確認しておくぞ」
デルフィ大学との練習試合の日がやってきた。
アイリス女学院大学監督——立花和樹は、選手たちの出走順とコースの説明をした。
「スタートしてすぐ、前半はしばらく下り坂が続く。帰りは逆で、途中から上り坂が急になっている」
これまでアイリスは人数不足により駅伝の経験が積めてこなかった。
駅伝部に入って駅伝を走れないなんて、苦労ばかりさせてきたけど、今日はぜひそのエネルギーをぶつけてほしいと期待している。
「前半は、私が流れを作るからね!」
柚希が同期の二人を集めて声をかけている。トップバッターを任されたことを意気に感じてくれているようで、気合いが入っている。
2区には、エースの蓮李がいる。立花が絶対の信頼を置いている選手だ。
たとえ追いかける展開になっても、彼女ならレースを立て直してくれるはず。
唯一心配があるとすれば、アンカーの一年生・楓なのだが。
「あれー? 一人だけカチコチの人がいるぞー? リラックス、リラックス♪」
「あっ、えへへ」
ナイスだ、蓮李。リーダーシップを発揮して、一年生の緊張を上手くほぐしてくれている。
そこへ、スタート地点まで登ってきたデルフィ大学のマイクロバスが現れた。監督と学生たちがぞろぞろと降りてくる。
「どうも、おはようございます」
「立花さん、おはようございます。いい試合にしましょう」
1区の西出玲奈さん、3区の阪野千尋さん、5区の黒田涼子さんが揃い踏みだった。
アイリスのほうも、あとは2区の蓮李・4区の朝陽を下に送り届けてくれば、準備完了だ。
◇
「これより、アイリス女学院大学・デルフィ大学の練習試合を行う。1区の選手はスタートラインへ」
滝野監督の掛け声で、両校の1区のランナーは、お椀の蓋の形をしたコーンのところまで前進した。まだ誰の汗もしみ込んでいない、乾いたタスキを肩にかけている。
デルフィは群青とグレーのユニフォームに、それよりも薄い水色のタスキ。アイリスは上は白、下は青のユニフォームに、藍色のタスキ。
「レイナーー! オイシイところ、アンカーまでとっておいてよーー?」
黒田さんが叫ぶと、その場で笑いが起こった。
デルフィ大の1区、1年生の西出玲奈さんも、それを聞いて笑っている。肩の力が抜けたようだ。
真剣勝負のピリッとした空気を良い意味で壊したなと思った。
要するに彼女は、自分が勝負を決めたいから、少し負けるぐらいの位置で来てほしいというようなことを言っているのだ。
なんて自己中心的な、しかしあれもまたチームのエースの理想像のひとつかもしれない。チームは彼女に絶大な信頼を置き、当の本人もそれを良しとしている。
時間は午前9時59分、天候は曇り、気温23度。
「5秒前!……3、2、1」
カウントが0になる瞬間、忘れずにストップウォッチを起動した。
「スタート!」
1区の柚希、デルフィ大の西出さんがあっという間に坂を駆け下っていく。
スターターの役目を終えた滝野監督が「我々も、追いかけましょう」と急ぎ足で車へ向かう。
同じタイミングで、アイリス側も、デルフィ大学のコーチの方が運転してくれる伴走車に立花とサポート役の茉莉が乗り込んだ。
後ろから30秒ほど追いかけたところで、選手の二人をとらえた。
まず幸先よくリードを奪っていたのは、デルフィの西出さんのほうだった。柚希はそこから少し遅れてついていっている。
「スタートから飛び出したか」
「1年生なのに度胸がありますな」
1区というのは、大体が様子見で始まる。だから選手も、急な飛び出しに対応するイメージが意外とできていないことが多い。
西出さんは序盤の下り坂を使って、ぐんぐん加速していく。
正直、この形勢は意外だった。向こうのオーダーを見た時には、デルフィ大の穴はこの唯一の1年生だと思っていたのだ。
向こうのエース級三本柱は2区・3区・5区に配置されているが、その他の選手でもここまで思い切った走りができるとは、さすが東海地区三年連続の一位通過校だ。
しばらくすると、コース上に「1キロ」の看板を持ったデルフィ大学の走路員役の学生が立っていた。
デルフィ大学さんはこのコースをよく知っていて、部員数も多いということで、こういった走路員などの役目はほとんどお任せしてしまった。
看板通過と同時に、ストップウォッチのスプリットを押した。うん、こっちも良いペースで来ている。しかし、前の西出さんはそれよりも5秒ほど速いペースで前を行っていた。
「はい、柚希ー。1キロ通過3分5秒ー。いいペースで行ってるからねー。これ以上離されないように、前、捕まえとくぞー」
「ひょえー。すると向こうは3分ジャストくらいで行ってますな」
西出さんの飛び出しには後部座席の茉莉も驚いていた。
下り坂とはいえ、夏の高地でシーズン本番さながらのペースだ。だが、柚希もこのまま黙ってはいない。
柚希は本来、上り坂のほうが得意な選手だ。坂ダッシュをやらせると嫌そうな顔はしながらも、柔らかくバネのある天性の接地で、ピョンピョン駆け上がっていくのだ。
上り坂を走れるのはもうわかっている。だから今回は下り坂にどれくらい対応できるかを見たかった。それが、今回彼女を1区に使った理由だ。
だが、実はこの起用の理由は、もうひとつある。
【第5話 練習試合のビックリオーダー】おわり
デルフィ大学との練習試合の日がやってきた。
アイリス女学院大学監督——立花和樹は、選手たちの出走順とコースの説明をした。
「スタートしてすぐ、前半はしばらく下り坂が続く。帰りは逆で、途中から上り坂が急になっている」
これまでアイリスは人数不足により駅伝の経験が積めてこなかった。
駅伝部に入って駅伝を走れないなんて、苦労ばかりさせてきたけど、今日はぜひそのエネルギーをぶつけてほしいと期待している。
「前半は、私が流れを作るからね!」
柚希が同期の二人を集めて声をかけている。トップバッターを任されたことを意気に感じてくれているようで、気合いが入っている。
2区には、エースの蓮李がいる。立花が絶対の信頼を置いている選手だ。
たとえ追いかける展開になっても、彼女ならレースを立て直してくれるはず。
唯一心配があるとすれば、アンカーの一年生・楓なのだが。
「あれー? 一人だけカチコチの人がいるぞー? リラックス、リラックス♪」
「あっ、えへへ」
ナイスだ、蓮李。リーダーシップを発揮して、一年生の緊張を上手くほぐしてくれている。
そこへ、スタート地点まで登ってきたデルフィ大学のマイクロバスが現れた。監督と学生たちがぞろぞろと降りてくる。
「どうも、おはようございます」
「立花さん、おはようございます。いい試合にしましょう」
1区の西出玲奈さん、3区の阪野千尋さん、5区の黒田涼子さんが揃い踏みだった。
アイリスのほうも、あとは2区の蓮李・4区の朝陽を下に送り届けてくれば、準備完了だ。
◇
「これより、アイリス女学院大学・デルフィ大学の練習試合を行う。1区の選手はスタートラインへ」
滝野監督の掛け声で、両校の1区のランナーは、お椀の蓋の形をしたコーンのところまで前進した。まだ誰の汗もしみ込んでいない、乾いたタスキを肩にかけている。
デルフィは群青とグレーのユニフォームに、それよりも薄い水色のタスキ。アイリスは上は白、下は青のユニフォームに、藍色のタスキ。
「レイナーー! オイシイところ、アンカーまでとっておいてよーー?」
黒田さんが叫ぶと、その場で笑いが起こった。
デルフィ大の1区、1年生の西出玲奈さんも、それを聞いて笑っている。肩の力が抜けたようだ。
真剣勝負のピリッとした空気を良い意味で壊したなと思った。
要するに彼女は、自分が勝負を決めたいから、少し負けるぐらいの位置で来てほしいというようなことを言っているのだ。
なんて自己中心的な、しかしあれもまたチームのエースの理想像のひとつかもしれない。チームは彼女に絶大な信頼を置き、当の本人もそれを良しとしている。
時間は午前9時59分、天候は曇り、気温23度。
「5秒前!……3、2、1」
カウントが0になる瞬間、忘れずにストップウォッチを起動した。
「スタート!」
1区の柚希、デルフィ大の西出さんがあっという間に坂を駆け下っていく。
スターターの役目を終えた滝野監督が「我々も、追いかけましょう」と急ぎ足で車へ向かう。
同じタイミングで、アイリス側も、デルフィ大学のコーチの方が運転してくれる伴走車に立花とサポート役の茉莉が乗り込んだ。
後ろから30秒ほど追いかけたところで、選手の二人をとらえた。
まず幸先よくリードを奪っていたのは、デルフィの西出さんのほうだった。柚希はそこから少し遅れてついていっている。
「スタートから飛び出したか」
「1年生なのに度胸がありますな」
1区というのは、大体が様子見で始まる。だから選手も、急な飛び出しに対応するイメージが意外とできていないことが多い。
西出さんは序盤の下り坂を使って、ぐんぐん加速していく。
正直、この形勢は意外だった。向こうのオーダーを見た時には、デルフィ大の穴はこの唯一の1年生だと思っていたのだ。
向こうのエース級三本柱は2区・3区・5区に配置されているが、その他の選手でもここまで思い切った走りができるとは、さすが東海地区三年連続の一位通過校だ。
しばらくすると、コース上に「1キロ」の看板を持ったデルフィ大学の走路員役の学生が立っていた。
デルフィ大学さんはこのコースをよく知っていて、部員数も多いということで、こういった走路員などの役目はほとんどお任せしてしまった。
看板通過と同時に、ストップウォッチのスプリットを押した。うん、こっちも良いペースで来ている。しかし、前の西出さんはそれよりも5秒ほど速いペースで前を行っていた。
「はい、柚希ー。1キロ通過3分5秒ー。いいペースで行ってるからねー。これ以上離されないように、前、捕まえとくぞー」
「ひょえー。すると向こうは3分ジャストくらいで行ってますな」
西出さんの飛び出しには後部座席の茉莉も驚いていた。
下り坂とはいえ、夏の高地でシーズン本番さながらのペースだ。だが、柚希もこのまま黙ってはいない。
柚希は本来、上り坂のほうが得意な選手だ。坂ダッシュをやらせると嫌そうな顔はしながらも、柔らかくバネのある天性の接地で、ピョンピョン駆け上がっていくのだ。
上り坂を走れるのはもうわかっている。だから今回は下り坂にどれくらい対応できるかを見たかった。それが、今回彼女を1区に使った理由だ。
だが、実はこの起用の理由は、もうひとつある。
【第5話 練習試合のビックリオーダー】おわり
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