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【第8話 白薔薇と黒薔薇】2037.09
③ 不穏な再会
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楓たちアイリス駅伝部のメンバーは、蓮李先輩の7位入賞に大いに沸いた。途中9位まで落ちていたけど、最後のスパートで二人を抜いた時は、みんなで抱き合って喜んだ。
ゴールした蓮李先輩がスタンド側に近づいてきてくれた。楓たちはみんな最前列まで降りて行き、「おめでとうございます!」「やったね、お姉ちゃん!」とお祝いの言葉をかけた。
「ハァ、ハァ。ありがとう。これもみんながいてくれたおかげだよ……」
蓮李先輩は肩で息をしながら両手を腰に置いて、充実感に満ちた笑みを浮かべている。髪は額に張り付き、頬にかいた汗が、陽射しを受けてきらきらと輝いた。ユニフォームはびっしょりと濡れて濃い黄色に変わっていた。膝には引っかいたような傷ができており、激戦を物語っている。
「100パーセントこの大会に合わせられたわけじゃなかったけど、今の調子でよくやったよ。よく大学生の7番まで戻ってきた」
立花監督の言葉に、なるほどと楓は思った。そっか、日本インカレで7位ってことは、大学生の中で7番ってことになるんだ。すごいなぁ。
その一方で、楓はとある視線に気づき、胸がざわついた。ゴール後の蓮李先輩のことを、ただならぬ鋭い目つきで見つめ続けている選手がいたのが、妙に印象残ったのだ。
◇
お手洗いで一時席を離れていた楓がスタンド席に戻ると、既に蓮李先輩が帰ってきていた。
「あっ、蓮李先輩! 入賞おめでとうござ……」
しかし、それは途中で憚られた。何かが、おかしい。蓮李先輩のもとには、数人の来客があった。
紅色のジャージから察するに、それはローズ大学の選手達のようだった。五人いて、そのうちの一人が前に出てきて、蓮李先輩と睨み合うような形になっていた。
いや、睨み「合う」だと語弊がある。だってその目つきの厳しさの度合いは、明らかにローズ大学の選手のほうが上で、よく見ると蓮李先輩は困惑している感じだったから。
(えっ、やだやだ。どういうこと?)
「何を7位で喜んでいるの? ぬるま湯に浸かっている間にずいぶん弱くなったじゃない。春に会った時、私はあれを覚悟の言葉だと受け取った。けど、違ったってこと?」
なんてことを言うんだ、この人。そういえば、今思ったら、さっきゴール後に蓮李先輩のことを見ていた人だ。名前は確か、姫路薫さん。
「……私は、自分の走りを見失わない場所を選んだんだ」
「フンッ。キツい練習やプレッシャーから逃げたヤツが、今さら何を言ったって。——蓮李、アンタは戦いから逃げた負け犬だ!!」
姫路さんの声が鋭く響き渡り、周囲の空気が一気に張り詰めた。楓はその場に立ち尽くし、何も言えずにいた。蓮李先輩も言葉を失ってしまったようだった。
「おい、そのへんにしておけ」
「ユウミ……!」
後ろで見ていた松永悠未さんが間に入って静かに諭したが、両者は黙って見合ったまま。
「それ以上、蓮李先輩を侮辱するのは、私たちが許しません」
アイリスからも柚希先輩と朝陽先輩の二年生二人が、四年生の蓮李先輩を庇うように前に出てきてくれた。楓はただオドオドして見ているしかできなかった。
「行くぞ」
キャプテンの松永さんが、姫路さんたちローズ大学の人たちを引き連れて帰っていった。
「もう、なんなのよアイツら」
ゲートから戻っていくローズ大の人たちの背中に向かって、柚希先輩が憤慨を吐き出した。
「蓮李先輩、ローズ大学の人たちと何があったんスか。……何かあったんでしょう?」
ええっ。誰が聞いたのかと思ってビックリして声のほう向いたら、なんと朝陽先輩だった。心なしか普段より声が低い気がして、本当に最初誰だかわからなかった。
「(ちょ、ちょっと、朝陽! 今、明らか聞いちゃヤバそうな雰囲気だったじゃん……!)」
柚希先輩が緊迫した小声で小突いた。柚希先輩が朝陽先輩を止めるって、なんだか珍しい気がした。いつもなら逆のイメージだから。
「話してください! 姫路さんたちとのこと、私たちにも!」
朝陽先輩の叫びに、蓮李先輩はしばらく俯いたままだった。
◇
栗原楓は時々思うのだ。キツい練習をしている時、みんなの頑張れる理由ってなんだろう、って。
前に一度、ヘレナちゃんに聞いてみたら、中学生の時に茉莉先輩の走りを見て感動して、日本まで追いかけてきたことを教えてくれた。
他のみんなはどうなんだろう。特に、蓮李先輩。いつも周りのことを励ましたり気遣ってくれたりするけど、自分の事についてはほとんど話さない気がする。
ローズ大学の姫路さんの発言はヒドいと思ったけど、それを言われている蓮李先輩の表情を見ていたら、なんとなくだけど、蓮李先輩の頑張れる理由と関係があるんだろうなって思ったんだ。
「私たちには話せないことなんですか? じゃあ、蓮李先輩にとって、私たちチームメイトってその程度の……」
朝陽先輩は同期の静止も振り払い、どうしても引き下がれない理由があるみたいに蓮李キャプテンを問い詰めた。
「……話すよ」
蓮李先輩は、長年止まってしまっていた時計のゼンマイを久しぶりに巻き直すかのように、ゆっくりと過去の話を打ち明ける体勢になったようだった。
「レンリ殿、よいのですかな?」
「うん。ありがとう、茉莉。私は大丈夫だから」
長良川陸上競技場のスタンドで、アイリス駅伝部のメンバーは蓮李先輩を囲むようにベンチに座り寄った。
茉莉先輩が心配そうに見守りつつ、蓮李先輩は深呼吸して、顔を上げた。そして、楓たちに向かって重い口を開いた。
「……私と茉莉は、1年生の時、ローズ大学にいたんだ」
「えっ!?」
楓はつい声を抑えられなかった。
(蓮李先輩が、ローズ大学にいた? しかも茉莉先輩まで?)
しかし、他のみんなは意外と驚いていない様子だ。少しぐらいは聞いたことがあったのかな。
楓も以前、蓮李先輩からチームメイトとの約束について話を聞いたことがあった。けどそれはてっきり高校時代の話だと思っていたのだ。だって大学生が「元チームメイト」と言ったら、少なくとも高校までは遡る話だと思って聞くじゃない。
蓮李先輩は話を続けた。
「だから、さっきここへやってきたローズ大の4年生たちは、私たち二人の同期なんだよ」
(そういうことだったのか……)
つまり、これから話してくれようとしているなんやかんやが無かったら、今ごろ蓮李先輩はローズ大学の4年生だったわけで。楓を駅伝部に誘うこともなかっただろうし、というか福岡と横浜なんだから、そもそも二人はすれ違うことすらなかったわけか。そして楓は、エリカさんとも出会わなかっただろう。
「私と薫は高校のチームメイトで、他のみんなとは高2の強化合宿の時に知り合った。当時『プラチナ世代』なんて呼ばれ方をされていた私たちはそこで『ローズ大学に入って、7人みんなで襷を繋いで優勝しよう』っていう約束をしたんだ」
(約束……。その約束が大切だからこそ、蓮李先輩は頑張れるんだろうな)
「ローズ大学には、白薔薇と黒薔薇と呼ばれる選手がいるのは知っている? 他のチームでいうキャプテンが白薔薇、副キャプテンが黒薔薇っていうことになるんだけど、ローズ大学ではそれ以上の意味があった」
そこへ茉莉先輩が付け加えた。
「その白薔薇を決める校内戦に、蓮李殿は1年生にして選ばれました」
(すごい。蓮李先輩、1年生でローズ大学のキャプテン候補だったなんて……)
ゴールした蓮李先輩がスタンド側に近づいてきてくれた。楓たちはみんな最前列まで降りて行き、「おめでとうございます!」「やったね、お姉ちゃん!」とお祝いの言葉をかけた。
「ハァ、ハァ。ありがとう。これもみんながいてくれたおかげだよ……」
蓮李先輩は肩で息をしながら両手を腰に置いて、充実感に満ちた笑みを浮かべている。髪は額に張り付き、頬にかいた汗が、陽射しを受けてきらきらと輝いた。ユニフォームはびっしょりと濡れて濃い黄色に変わっていた。膝には引っかいたような傷ができており、激戦を物語っている。
「100パーセントこの大会に合わせられたわけじゃなかったけど、今の調子でよくやったよ。よく大学生の7番まで戻ってきた」
立花監督の言葉に、なるほどと楓は思った。そっか、日本インカレで7位ってことは、大学生の中で7番ってことになるんだ。すごいなぁ。
その一方で、楓はとある視線に気づき、胸がざわついた。ゴール後の蓮李先輩のことを、ただならぬ鋭い目つきで見つめ続けている選手がいたのが、妙に印象残ったのだ。
◇
お手洗いで一時席を離れていた楓がスタンド席に戻ると、既に蓮李先輩が帰ってきていた。
「あっ、蓮李先輩! 入賞おめでとうござ……」
しかし、それは途中で憚られた。何かが、おかしい。蓮李先輩のもとには、数人の来客があった。
紅色のジャージから察するに、それはローズ大学の選手達のようだった。五人いて、そのうちの一人が前に出てきて、蓮李先輩と睨み合うような形になっていた。
いや、睨み「合う」だと語弊がある。だってその目つきの厳しさの度合いは、明らかにローズ大学の選手のほうが上で、よく見ると蓮李先輩は困惑している感じだったから。
(えっ、やだやだ。どういうこと?)
「何を7位で喜んでいるの? ぬるま湯に浸かっている間にずいぶん弱くなったじゃない。春に会った時、私はあれを覚悟の言葉だと受け取った。けど、違ったってこと?」
なんてことを言うんだ、この人。そういえば、今思ったら、さっきゴール後に蓮李先輩のことを見ていた人だ。名前は確か、姫路薫さん。
「……私は、自分の走りを見失わない場所を選んだんだ」
「フンッ。キツい練習やプレッシャーから逃げたヤツが、今さら何を言ったって。——蓮李、アンタは戦いから逃げた負け犬だ!!」
姫路さんの声が鋭く響き渡り、周囲の空気が一気に張り詰めた。楓はその場に立ち尽くし、何も言えずにいた。蓮李先輩も言葉を失ってしまったようだった。
「おい、そのへんにしておけ」
「ユウミ……!」
後ろで見ていた松永悠未さんが間に入って静かに諭したが、両者は黙って見合ったまま。
「それ以上、蓮李先輩を侮辱するのは、私たちが許しません」
アイリスからも柚希先輩と朝陽先輩の二年生二人が、四年生の蓮李先輩を庇うように前に出てきてくれた。楓はただオドオドして見ているしかできなかった。
「行くぞ」
キャプテンの松永さんが、姫路さんたちローズ大学の人たちを引き連れて帰っていった。
「もう、なんなのよアイツら」
ゲートから戻っていくローズ大の人たちの背中に向かって、柚希先輩が憤慨を吐き出した。
「蓮李先輩、ローズ大学の人たちと何があったんスか。……何かあったんでしょう?」
ええっ。誰が聞いたのかと思ってビックリして声のほう向いたら、なんと朝陽先輩だった。心なしか普段より声が低い気がして、本当に最初誰だかわからなかった。
「(ちょ、ちょっと、朝陽! 今、明らか聞いちゃヤバそうな雰囲気だったじゃん……!)」
柚希先輩が緊迫した小声で小突いた。柚希先輩が朝陽先輩を止めるって、なんだか珍しい気がした。いつもなら逆のイメージだから。
「話してください! 姫路さんたちとのこと、私たちにも!」
朝陽先輩の叫びに、蓮李先輩はしばらく俯いたままだった。
◇
栗原楓は時々思うのだ。キツい練習をしている時、みんなの頑張れる理由ってなんだろう、って。
前に一度、ヘレナちゃんに聞いてみたら、中学生の時に茉莉先輩の走りを見て感動して、日本まで追いかけてきたことを教えてくれた。
他のみんなはどうなんだろう。特に、蓮李先輩。いつも周りのことを励ましたり気遣ってくれたりするけど、自分の事についてはほとんど話さない気がする。
ローズ大学の姫路さんの発言はヒドいと思ったけど、それを言われている蓮李先輩の表情を見ていたら、なんとなくだけど、蓮李先輩の頑張れる理由と関係があるんだろうなって思ったんだ。
「私たちには話せないことなんですか? じゃあ、蓮李先輩にとって、私たちチームメイトってその程度の……」
朝陽先輩は同期の静止も振り払い、どうしても引き下がれない理由があるみたいに蓮李キャプテンを問い詰めた。
「……話すよ」
蓮李先輩は、長年止まってしまっていた時計のゼンマイを久しぶりに巻き直すかのように、ゆっくりと過去の話を打ち明ける体勢になったようだった。
「レンリ殿、よいのですかな?」
「うん。ありがとう、茉莉。私は大丈夫だから」
長良川陸上競技場のスタンドで、アイリス駅伝部のメンバーは蓮李先輩を囲むようにベンチに座り寄った。
茉莉先輩が心配そうに見守りつつ、蓮李先輩は深呼吸して、顔を上げた。そして、楓たちに向かって重い口を開いた。
「……私と茉莉は、1年生の時、ローズ大学にいたんだ」
「えっ!?」
楓はつい声を抑えられなかった。
(蓮李先輩が、ローズ大学にいた? しかも茉莉先輩まで?)
しかし、他のみんなは意外と驚いていない様子だ。少しぐらいは聞いたことがあったのかな。
楓も以前、蓮李先輩からチームメイトとの約束について話を聞いたことがあった。けどそれはてっきり高校時代の話だと思っていたのだ。だって大学生が「元チームメイト」と言ったら、少なくとも高校までは遡る話だと思って聞くじゃない。
蓮李先輩は話を続けた。
「だから、さっきここへやってきたローズ大の4年生たちは、私たち二人の同期なんだよ」
(そういうことだったのか……)
つまり、これから話してくれようとしているなんやかんやが無かったら、今ごろ蓮李先輩はローズ大学の4年生だったわけで。楓を駅伝部に誘うこともなかっただろうし、というか福岡と横浜なんだから、そもそも二人はすれ違うことすらなかったわけか。そして楓は、エリカさんとも出会わなかっただろう。
「私と薫は高校のチームメイトで、他のみんなとは高2の強化合宿の時に知り合った。当時『プラチナ世代』なんて呼ばれ方をされていた私たちはそこで『ローズ大学に入って、7人みんなで襷を繋いで優勝しよう』っていう約束をしたんだ」
(約束……。その約束が大切だからこそ、蓮李先輩は頑張れるんだろうな)
「ローズ大学には、白薔薇と黒薔薇と呼ばれる選手がいるのは知っている? 他のチームでいうキャプテンが白薔薇、副キャプテンが黒薔薇っていうことになるんだけど、ローズ大学ではそれ以上の意味があった」
そこへ茉莉先輩が付け加えた。
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