★駅伝むすめバンビ

鉄紺忍者

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【第3話 エリカ】2037.07

③ 選ばれざる者

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「当て付けなんでしょう!? あなたの忠告を聞き入れずシルフィードを履き続けている私に対しての!!」

10番の番号札が呼ばれるまで、一時間近くは待っただろうか。
心を鎮めるための追憶の甲斐もなく、マイさんの顔を見てすぐ先ほどまでの感情がまた蘇ってきてしまった。

「落ち着いてください、エリカさん。あなたらしくありませんよ」

(私らしくない? 昨日、父親にも同じ事を言われた)

「エリカさんは、少しシルフィードを神格化しすぎているようです。確かにあれは、無限の可能性を秘めたまま過去のシューズにされてしまったという経緯がありますが、本来フットギアに優劣はありません。現代の4鉱石だって、シルフィードの子孫のようなものなのですから、私は今からでも後戻りはできると思っていますよ」

その忠告は耳にタコができるほど聞いている。
マイさんは、不機嫌そうに沈黙を決め込むエリカを見かねて、深いため息をついてから切り出した。

「楓さん。陸上始めてまだ二か月なんですよ」

「……は?」

突然話が飛躍したように思えたが、それは一周回ってエリカが知りたかったことの答えにもなっていた。
つまり、栗原楓は一体何者なのかということ。

エリカはこれまでの楓の動きを思い出した。
記録会でわざわざペースメーカーをつけてもらっていたのも、壊滅的なポジション取りの下手さも、常識外れのペースアップも……。二か月という経験の浅さを考えたら説明がつく。

それにしても、二か月って。まだ生まれたてのヒナ同然じゃないの。

「彼女の実力はまだ未知数です。現段階ではまだ、海の物とも山の物ともわかりません。彼女が何か持っているとしたらそれは……、『運命を真っ直ぐ走る才能』とでもいいましょうか」

こういう時、エリカがどんな態度でぶつかろうとも、マイさんは常にほがらかな表情を崩さない。それは、ある種の魔力的な説得力と言ってもいい。そしていつもの笑顔で続ける。

「エリカさん、いつか言っていたじゃないですか。大学にはライバルと呼べる人がいない、早く卒業してプロリーグに行きたい、って。ライバルが現れるのを、ずっと待っていたんでしょう?」

特にエリカが三年生になってからは、いよいよライバルと言える選手は見当たらなくなってきていた。せっかく良い勝負ができると思っても、その選手たちは指導者からの『神宮寺エリカにはついていくな』という指示でリードに繋がれてしまっていた。エリカは、相手の指導者と戦いたいわけではない。

その点、楓は少しだけエリカを楽しませてくれた。アイリスの監督がペースを落とせと言っているのに、まるで聞こえていない様子で、それこそ生まれたてのヒナみたいにエリカの後ろをついてきた。けれど。

「ふっ。ライバルって、楓がですか? 実際のあの子は、とてもそんなレベルじゃないですよ」

マイさんはなぜかニコッと笑った。

「では、あなたが導いたらいいじゃないですか」

(私が、導く?)

「彗星の如く現れた、運命に愛されし謎のルーキー。そこに、意志の強さで全てを乗り越えてきた神宮寺エリカがどう対抗するのか、楽しみじゃありませんか?」
「……」

エリカの中で、楓に対するイメージが少しずつ変化していくのを感じた。

彼女が単にシルフィードに履かれているに過ぎないのなら、結局は取るに足らない存在。そう思っていた。
そのうち自分で制御できるようになってきたら、普通のランナーの成長曲線に戻るだけだろう。

しかし、エリカを追い抜こうとした時に、一瞬見せたスパート。
あれだけがずっと気になっている。

最初は確かに、同じフットギアを履いていたからという理由で近づいた。
言うならば、興味本位。

(パンドラの箱……)

軽率に開けた箱の中に、近い将来自分の手に負えなくなるかもしれない化け物が潜んでいた。

これは、何かの暗示か。
全てを超越した何かが、エリカに何かを教えようとしているのではないか。

(栗原楓は、私にとって何か特別な意味を持つ存在になるかもしれない——)

レース中によぎったあの予感。あながち間違いではなかったかもしれない気がしてきた。

もし、あれが楓の本当の姿なのだとしたら……。

エリカはあぐらをかいている場合ではない。
運命を真っ直ぐ走る才能?
そんなオカルトに、簡単に追いつかせてたまるものか。

ならば、運が良いだけでは到底追いついてこられない世界まで駆け上がっていくのみ。

* * *

この二日後の水曜日、エリカは渋谷駅の駅前で、楓のとてつもない運命力を目の当たりにすることになるのだった。
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