★駅伝むすめバンビ

鉄紺忍者

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【第3話 エリカ】2037.07

① 禁じられた願い

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神宮寺じんぐうじエリカ。
ジャスミン大学、文学部国文学科の三年生。

フットギアは、適性表の欄外——夢想と無限をつかさどる、銀燭ぎんしょくのシルフィードを履いている。



時はさかのぼり、横浜みなと駅伝・関東地区予選翌日の月曜日。

上大岡かみおおおかの駅ビルを早足で通り抜けていくエリカの目的地は、フットギアを専門に扱うスポーツ用品店『フットラボ』であった。

頭に血が上るのを抑えつつも、地面に打ちつけられる音は、走る時のほうが静かなくらいであった。

肩をいからせて入店するや否や、入り口すぐのカウンターでマイさんを見つけ、例の件について問い詰める。

「一体どういうおつもりなんですか!?」
「あら、ご来店ありがとうございます。神宮寺エリカさん」

マイさんはまるで何事もなかったかのように、いつも通りの接客スマイルで応じた。

「本日はどのような御用件でしょうか?」
「とぼけないでください、決まっているでしょう! 栗原楓のことについてよ!」

すると、マイさんから「10番」と書かれたカードを手渡された。

「……そうしましたら、恐れ入りますが、こちらので順番にご案内しております」

そこで初めて店内を見渡すと、他に五名ほどの先客が待合室のソファで座って待っていることに気がついた。

この日のフットラボは、翌週に日本選手権を控えた多くのプロ選手たちが、フットギアの最終メンテンナンスに来店していたのだった。

エリカは、先客に気づかず順番を飛ばそうとしてしまった恥ずかしさで、柔らかくニコッと笑うマイさんからそそくさと番号札を受け取った。

少し冷静になろう。ソファで待つ間、エリカは考える。

(私、どうしてこんなにイライラしているんだろう? 楓への嫉妬? いや、違う。私はただ、シルフィードを履いておきながら、無様な走りをされるのが許せないだけ)

落ち着かなくなって、今度は店内の棚の間をうろつく。
最新の4種類のフットギアを前面に押し出したディスプレイの横を、奥に進んでいった先の突き当たり。そこには、歴代のフットギアが初代から順に展示されているコーナーがある。
ここはずっと変わっていない。

あれから、もう二年になる。

大学入学を直前に控えた春休みだった。
大学生から解禁になるフットギアを選びにきたエリカは、ちょうどこのショーケースを見つけて、足が止まった。

「私、この、シルフィードがいいです!」

それを聞いて、マイさんは困惑していた。
これから4種類のうちのどれにしようかという、春色の可愛らしいイベントを始めようというのに。
その新一年生はそのどれでもないフットギアを目にして、突然声を荒げるのだから。

偶然であり、幸運だった。
いや実のところ、それがエリカ自身にとって本当によかったのかはわからない。けれど、見つけてしまったのだ。

記憶違いでなければ、それはエリカが幼い頃に憧れていた選手が履いていたモデルと同じだった。
展示されている年表には、登場は十年前とされている。時期も合っている。

「あっ、ゴメンナサイ。こちらは売り物ではなくて展示用なんです」
「なんとかなりませんか?」

一度それを見つけてからは、もうシルフィードから目が離せなくなっていた。



「まずは一度、適性検査をしてみましょう」

マイさんに案内され、フットラボの奥の部屋へと入っていく。

フットギアを選ぶ前には、必ず国家資格を持ったシューマイスターが立ち会いの下、適性検査が実施される。

検査の項目には、実技検査とそれから意外なことに、性格検査がある。

なぜかというと、精霊石は人間の『走る喜び』に共鳴することから、性格、つまりその人が自身の価値観において何を喜びとしているかが、精霊石との相性に直接的に関わってくるからである。

現代では『4鉱石』と呼ばれる黄・青・緑・赤の精霊石が多様な性格のランナーをカバーしている。
これにより、適切なフットギアを選びさえすれば、ある程度誰にでもシンクロシステムを作動させられるようになっている。

マイさんが、診断結果を持ってやってきた。

「適性検査の結果、エリカさんには、赤の【ナスターシャ】が最も適していると診断されました。自身の走りを極める完璧主義の気質を持つストイックなタイプの選手に合っているとされている精霊石です」

しかし、エリカはでも動かない。

「私は、シルフィード以外履くつもりはありません」
「シルフィードは、まだ精霊石の精製精度が低い時代に作られたモデルです。十年前の当時でも、シンクロの具合は、選手によってまちまちでした」
「けれど昔の人はそれを履いていたのでしょう? だったら私にも履けるはずです」
「適正基準の半分」

(え……?)

「適正値がこれぐらいだとすると、そのまた半分。それが、あなたとシルフィードとの相性値でした」
「……」
「これでは、いくら走ってもシンクロはほとんど動かないと思います。それを無理矢理履くことは、あなたの陸上人生にとってハンデにしかなりません。その点ナスターシャならば、エリカさんの理想とする走りが……」

どうしても諦めきれない。エリカの口調に決意と情熱が宿る。

「お願いします! 私——これを履けるのならば、他の喜びは何も要りません!!!」

シルフィードを履いて、オリンピックのマラソンでメダルを獲る。憧れの人が果たせなかった夢であり、エリカが見たかった夢でもある。そのためなら、どんな犠牲も厭わない覚悟だ。

それからエリカは、血の滲むような努力と強い精神力で、シルフィードをシンクロさせることに成功した。本来適性のなかったシルフィードだが、今では猛獣を手懐けるかのごとく、自分の意思で自在に操ることができるようになった。

そんな時だった。まるでシルフィードに選ばれたような彼女に出会ってしまったのは——。
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