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【第2話 大胆なリベンジ】2037.06
④ 夢、再び
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トラックを二人きりで貸切にして、ジャスミン大学の皆さんに冷ややかに見守られながら、3000メートル走は始まった。
スタート後すぐにエリカさんが先行し、そこへ楓がついていく。そっくりそのまま、みなと駅伝予選の二周目以降の再現である。
(そうそう。この感じだ。思い出してきた)
今日の朝練の時よりも明らかに動きが軽くなっている。16分38秒を出せたあの日の感覚に近かった。
エリカさんに特徴的な、地面に一瞬しか着地しないような走り方を、目の前で見ながら真似していく。
スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、このリズムだ。
肩をロックして、体が前に倒れて、後から足がついてくる。よし、わかってきた。
何よりも、またエリカさんと走れていることが嬉しかった。
しかし、あの時と違うのは、今度はすぐに息がもたなくなってしまったことだった。
早くも差が開き始めてしまった。
息を吸う暇もないくらいに刻々と二人の距離は引き裂かれていく。もはや吐くための息が肺にない。
エリカさんの真後ろでしか得られないあの感覚をもっと味わいたいのに、その背中はどんどんと小さくなっていってしまう。
ストップウォッチを片手に持った部員が、最初の1000メートルのラップを読み上げる。
「ハイ、1000メートル! 3分3、4、5ー。3分5秒7ー!」
そこからだいぶ遅れて楓が入ってくる。ラップの読み上げは省略された。しかもストップウォッチに目を落としたまま、まるで楓が見えていないような無視っぷりだった。
そちらに気を取られていたところ、突然エリカさんの背中が楓のほうに迫ってきた。気づくのがあともう一秒遅かったら激突していたかもしれない。
エリカさんは徐々にスピードを緩めると、ついには立ち止まり、楓のほうを振り返って言うのだった。
「はい。おしまい」
(えっ?)
「これ以上走ってもしょうがないわ」
まだ1000メートルだというのに、エリカさんは走るのを止めてしまった。
スタートするまではどこか楽しげなエリカさんだったが、今はこちらを向くと、不満げな表情に変わっていた。
「つまらないんだもの。今の楓には、私を倒そうっていう気迫がないから。なんだか、一緒に走れて満足しちゃっている感じ」
図星だった。
楓はエリカさんと再び走れたことで満足してしまって、勝負をしようなんて思ってはいなかった。
「やっぱりあれは、フットギアが見せた、ただの気まぐれだったのかしら?」
自分の力で制御できていないフットギアは、ランナーを乗っ取ることがある。
予選の帰り、エリカさんに言われたことだった。
楓は一瞬でもあの感覚を味わうことができて満足していたが、エリカさんの期待にはそぐえなかったみたいだった。
「みなさん、練習を中断させてしまってごめんなさい。引き続き、今日のメニューに戻ってください」
エリカさんの号令で、ギャラリーたちがザワザワしながらトラックへと復帰した。
「予選でひっついてきてた子でしょ? あの子」
「結局何がしたかったわけ」
「エリカ先輩と走りたくて会いに来たんだって」
「なにそれ。アトラクションじゃねえっつーの」
「ただのファンじゃん」
「ファンというかストーカー?」
楓に対するジャスミン大学の皆さんの評価は最悪だった。
たまらず全体に向けて一度謝ろうとした時、どこかでホイッスルのようなものが鳴った。
「誰だ! 勝手なことしてやがるのは!」
その怒鳴り声にはとても聞き覚えがあった。
「伊織、悪いけど、楓を門のところまで案内してあげて」
「はい」
エリカさんはとある後輩部員に楓のことを任せ、実の父親のカミナリを受け止めに向かっていった。
「お前の遊び場じゃねえんだぞ、ここは! わかってんのか!」
(ひぃ。どうしよう、私のせいでエリカさんが怒られちゃってるよ)
「こっち」
ウェアの袖を引かれつつ小声で呼ばれ、楓はグラウンドを後にしてその人についていくことになった。
スタート後すぐにエリカさんが先行し、そこへ楓がついていく。そっくりそのまま、みなと駅伝予選の二周目以降の再現である。
(そうそう。この感じだ。思い出してきた)
今日の朝練の時よりも明らかに動きが軽くなっている。16分38秒を出せたあの日の感覚に近かった。
エリカさんに特徴的な、地面に一瞬しか着地しないような走り方を、目の前で見ながら真似していく。
スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、このリズムだ。
肩をロックして、体が前に倒れて、後から足がついてくる。よし、わかってきた。
何よりも、またエリカさんと走れていることが嬉しかった。
しかし、あの時と違うのは、今度はすぐに息がもたなくなってしまったことだった。
早くも差が開き始めてしまった。
息を吸う暇もないくらいに刻々と二人の距離は引き裂かれていく。もはや吐くための息が肺にない。
エリカさんの真後ろでしか得られないあの感覚をもっと味わいたいのに、その背中はどんどんと小さくなっていってしまう。
ストップウォッチを片手に持った部員が、最初の1000メートルのラップを読み上げる。
「ハイ、1000メートル! 3分3、4、5ー。3分5秒7ー!」
そこからだいぶ遅れて楓が入ってくる。ラップの読み上げは省略された。しかもストップウォッチに目を落としたまま、まるで楓が見えていないような無視っぷりだった。
そちらに気を取られていたところ、突然エリカさんの背中が楓のほうに迫ってきた。気づくのがあともう一秒遅かったら激突していたかもしれない。
エリカさんは徐々にスピードを緩めると、ついには立ち止まり、楓のほうを振り返って言うのだった。
「はい。おしまい」
(えっ?)
「これ以上走ってもしょうがないわ」
まだ1000メートルだというのに、エリカさんは走るのを止めてしまった。
スタートするまではどこか楽しげなエリカさんだったが、今はこちらを向くと、不満げな表情に変わっていた。
「つまらないんだもの。今の楓には、私を倒そうっていう気迫がないから。なんだか、一緒に走れて満足しちゃっている感じ」
図星だった。
楓はエリカさんと再び走れたことで満足してしまって、勝負をしようなんて思ってはいなかった。
「やっぱりあれは、フットギアが見せた、ただの気まぐれだったのかしら?」
自分の力で制御できていないフットギアは、ランナーを乗っ取ることがある。
予選の帰り、エリカさんに言われたことだった。
楓は一瞬でもあの感覚を味わうことができて満足していたが、エリカさんの期待にはそぐえなかったみたいだった。
「みなさん、練習を中断させてしまってごめんなさい。引き続き、今日のメニューに戻ってください」
エリカさんの号令で、ギャラリーたちがザワザワしながらトラックへと復帰した。
「予選でひっついてきてた子でしょ? あの子」
「結局何がしたかったわけ」
「エリカ先輩と走りたくて会いに来たんだって」
「なにそれ。アトラクションじゃねえっつーの」
「ただのファンじゃん」
「ファンというかストーカー?」
楓に対するジャスミン大学の皆さんの評価は最悪だった。
たまらず全体に向けて一度謝ろうとした時、どこかでホイッスルのようなものが鳴った。
「誰だ! 勝手なことしてやがるのは!」
その怒鳴り声にはとても聞き覚えがあった。
「伊織、悪いけど、楓を門のところまで案内してあげて」
「はい」
エリカさんはとある後輩部員に楓のことを任せ、実の父親のカミナリを受け止めに向かっていった。
「お前の遊び場じゃねえんだぞ、ここは! わかってんのか!」
(ひぃ。どうしよう、私のせいでエリカさんが怒られちゃってるよ)
「こっち」
ウェアの袖を引かれつつ小声で呼ばれ、楓はグラウンドを後にしてその人についていくことになった。
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