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【第3話 大胆なリベンジ】2037.07
② 大都会ラビリンス
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気付けば、もう六月も下旬。
予選突破の喜びも束の間、アイリス女学院大学の駅伝部は、水曜日の朝練から全体練習を再開した。次の目標は、十月のみなと駅伝本戦。
楓は、絶不調に陥っていた。
予選の日には1000メートルを3分10秒なんていう一丁前なラップを刻んでいたのに、今日の練習では1キロ4分台のジョグでも結構キツくなってしまった。
(なんでこんなに調子が悪いんだろう……)
いや、これが本来の実力なのかもしれない。
あれからずっと、楓の頭の中にはエリカさんからの問いが浮かんでいる。
——自分が走っていたのか、シルフィードが走っていたのか。
この練習の有り様では、あの時の走りはまぐれだったと自分で証明しているようなものだった。
朝練後、ロッカーで着替えている時にポロッと二年生の小泉柚希先輩に相談してみた。すると、柚希先輩は自慢のサラサラヘアーをかき上げながら、なんだそんなこと、と言わんばかりの反応だった。
「神宮寺エリカと一騎討ちできて、チームもみなと駅伝に出られるんだから、自信持てばいいじゃないの。バンビ、あんたまさか今日の朝練だけでそこまで落ち込んでいたわけ? ハッキリ言って生意気よ」
それを聞いていたこれまた二年生の池田朝陽先輩がフォローに入ってくれたのだが。
「元気出しなよ。ホント途中だけ見たら、15分台の一流ランナーみたいな走りだったんだからさ。あっゴメン、途中までとか言っちゃった」
そんなムチとアメと、またまたムチに励ましてもらえるのは有り難かったが、それでも楓の心にはモヤモヤがつっかえたままだった。
そうは言っても先輩たちだって、予選とはまるで別人のような楓の今日の走りには、困惑の表情を隠せてはいなかった。
あの時コツをつかめたような気がしたのはなんだったのだろうか。悶々と思い悩む時間が続いた。エリカさんの後ろじゃなければあの走りはできないのだろうか。あの感覚をどうしても取り戻したい。
——
◇
幸い、毎週水曜日は午後練習が休みだ。午後の授業が終わり、楓は電車に揺られていた。——行き先は渋谷駅。
もう一度。もう一度だけ、二人で走ることさえできれば。あの特別な感覚を取り戻せるはずなのだ。
楓は意を決して、エリカさんに会いに行くことにしたのだった。
さっきお昼休みにスマホで調べたら、エリカさんのいるジャスミン大学は、どうやら東京の青山にあるらしい。
この春に岡山から出てきたばかりの楓は、まだこの辺りの土地勘が全然無いわけだが、青山って言ったら、とにかくオシャレでリッチなイメージだ。
(エリカさんって、普段そんなところで走っているんだ……)
らしいといえば、らしいか。
楓の脳内では、金ピカのビルや家々に囲まれたキャンパスで颯爽とジョギングするエリカさんの姿が容易に想像できた。
◇
アイリスの最寄りである元町中華街駅から、電車で一本。一時間ほどで渋谷駅に到着した。
ジャスミン大学は駅から徒歩10分ほどのところにあるそうだ。
(ん? ここは地下5階? 私、そんな深いところにいたの……)
人の流れに乗りながら上へ上へと進む。改札口を出てもまだ地上は見えてこない。
大丈夫、落ち着いて。
大学に入ってから二ヶ月。人混みにはだいぶ慣れてきた。
岡山だってそこまで田舎じゃないし、こっちに来てからはちょくちょく横浜観光もしている。
気後れすることはない。基本的には行く先々で案内を見ながら進めばよいのだから。しかし——。
楓は、大都会・東京を甘く見過ぎていたことをすぐに痛感する。
まるで地中に張り巡らされた蟻の巣だ。
周りの壁には、色とりどりの乗り換え案内がズラリ。3、4、5、6、一体何種類通っているんだろう。
違う違う、楓は乗り換えたいんじゃなくて地上への出口を探しているのだ。
途中で駅構内の地図を見つけたが、無駄だった。
そもそも地図が読めない人間には、何メートル先だとか、通路何個先とか、ましてや東西南北なんかではピンと来なくて、とにかく視覚的に目印となるものが欲しいのだ。
さっそく頼りのスマホのナビとにらめっこを始めるが、さすがに地下構内までは網羅されていないようだった。
まずはとにかく上を目指して地上に出て、そこからナビに書かれている目印をもとに進むことにしてみる。
(ええと、だから、セプトイレブンを左に曲がればいいんでしょう?)
だが、地上に出てきた楓は、少なくとも同じ名前のコンビニをすでに1、2、3つ発見していた。
しかも駅周辺は現在あちこち工事中のようで、ナビに案内された道がことごとく封鎖されてしまっていた。
東京の人は、なぜだかみんな超高速の無言歩行をしていて、道を尋ねづらい。
なんとかOLさんに声をかけることができたが「いやぁ、わからないです」と苦笑いされ、立ち止まることもなく通り過ぎていってしまった。
エリカさんが立っているのは、大学駅伝界の頂点。場所はわかっているのに、そこまでどうやって会いに行けばいいのかわからない。
(まるで、今のこの状況にそっくり……)
こんなにも大きな街なのに、窮屈だ。
周囲にぎっしり並んだ高層ビルに眼球を圧迫され、人の激流の中で遭難している。
工事の音、車の音、人の話し声、大型ビジョンで流れている大音量のCMなどが混ざり合う。
息苦しくて、いよいよ動悸がしてきて、お手上げ状態。
そもそも、いきなり楓のような部外者が他所の大学に殴り込んでいって、エリカさんに一体なんと言って頼み込むつもりだったんだろう。
そんな当たり前のことが、今更になって浮かんできた。我ながら計画性がなさすぎる。
しょうがない、今日はもう戻ろう。
帰ってからは寮の当番もあるし、あと心理学の授業のレポートも書かなくっちゃ。
今日は何もかもが上手くいかない。せっかくの午後練休みが、丸々つぶれてしまったな、と思った。
「……楓?」
その時、後ろから女の人の声が聞こえた。
驚いて振り返るとそこには、どこか見覚えのある、眼鏡をかけたお姉さんが立っていた。
(あれ? この人って、もしかして……)
予選突破の喜びも束の間、アイリス女学院大学の駅伝部は、水曜日の朝練から全体練習を再開した。次の目標は、十月のみなと駅伝本戦。
楓は、絶不調に陥っていた。
予選の日には1000メートルを3分10秒なんていう一丁前なラップを刻んでいたのに、今日の練習では1キロ4分台のジョグでも結構キツくなってしまった。
(なんでこんなに調子が悪いんだろう……)
いや、これが本来の実力なのかもしれない。
あれからずっと、楓の頭の中にはエリカさんからの問いが浮かんでいる。
——自分が走っていたのか、シルフィードが走っていたのか。
この練習の有り様では、あの時の走りはまぐれだったと自分で証明しているようなものだった。
朝練後、ロッカーで着替えている時にポロッと二年生の小泉柚希先輩に相談してみた。すると、柚希先輩は自慢のサラサラヘアーをかき上げながら、なんだそんなこと、と言わんばかりの反応だった。
「神宮寺エリカと一騎討ちできて、チームもみなと駅伝に出られるんだから、自信持てばいいじゃないの。バンビ、あんたまさか今日の朝練だけでそこまで落ち込んでいたわけ? ハッキリ言って生意気よ」
それを聞いていたこれまた二年生の池田朝陽先輩がフォローに入ってくれたのだが。
「元気出しなよ。ホント途中だけ見たら、15分台の一流ランナーみたいな走りだったんだからさ。あっゴメン、途中までとか言っちゃった」
そんなムチとアメと、またまたムチに励ましてもらえるのは有り難かったが、それでも楓の心にはモヤモヤがつっかえたままだった。
そうは言っても先輩たちだって、予選とはまるで別人のような楓の今日の走りには、困惑の表情を隠せてはいなかった。
あの時コツをつかめたような気がしたのはなんだったのだろうか。悶々と思い悩む時間が続いた。エリカさんの後ろじゃなければあの走りはできないのだろうか。あの感覚をどうしても取り戻したい。
——
◇
幸い、毎週水曜日は午後練習が休みだ。午後の授業が終わり、楓は電車に揺られていた。——行き先は渋谷駅。
もう一度。もう一度だけ、二人で走ることさえできれば。あの特別な感覚を取り戻せるはずなのだ。
楓は意を決して、エリカさんに会いに行くことにしたのだった。
さっきお昼休みにスマホで調べたら、エリカさんのいるジャスミン大学は、どうやら東京の青山にあるらしい。
この春に岡山から出てきたばかりの楓は、まだこの辺りの土地勘が全然無いわけだが、青山って言ったら、とにかくオシャレでリッチなイメージだ。
(エリカさんって、普段そんなところで走っているんだ……)
らしいといえば、らしいか。
楓の脳内では、金ピカのビルや家々に囲まれたキャンパスで颯爽とジョギングするエリカさんの姿が容易に想像できた。
◇
アイリスの最寄りである元町中華街駅から、電車で一本。一時間ほどで渋谷駅に到着した。
ジャスミン大学は駅から徒歩10分ほどのところにあるそうだ。
(ん? ここは地下5階? 私、そんな深いところにいたの……)
人の流れに乗りながら上へ上へと進む。改札口を出てもまだ地上は見えてこない。
大丈夫、落ち着いて。
大学に入ってから二ヶ月。人混みにはだいぶ慣れてきた。
岡山だってそこまで田舎じゃないし、こっちに来てからはちょくちょく横浜観光もしている。
気後れすることはない。基本的には行く先々で案内を見ながら進めばよいのだから。しかし——。
楓は、大都会・東京を甘く見過ぎていたことをすぐに痛感する。
まるで地中に張り巡らされた蟻の巣だ。
周りの壁には、色とりどりの乗り換え案内がズラリ。3、4、5、6、一体何種類通っているんだろう。
違う違う、楓は乗り換えたいんじゃなくて地上への出口を探しているのだ。
途中で駅構内の地図を見つけたが、無駄だった。
そもそも地図が読めない人間には、何メートル先だとか、通路何個先とか、ましてや東西南北なんかではピンと来なくて、とにかく視覚的に目印となるものが欲しいのだ。
さっそく頼りのスマホのナビとにらめっこを始めるが、さすがに地下構内までは網羅されていないようだった。
まずはとにかく上を目指して地上に出て、そこからナビに書かれている目印をもとに進むことにしてみる。
(ええと、だから、セプトイレブンを左に曲がればいいんでしょう?)
だが、地上に出てきた楓は、少なくとも同じ名前のコンビニをすでに1、2、3つ発見していた。
しかも駅周辺は現在あちこち工事中のようで、ナビに案内された道がことごとく封鎖されてしまっていた。
東京の人は、なぜだかみんな超高速の無言歩行をしていて、道を尋ねづらい。
なんとかOLさんに声をかけることができたが「いやぁ、わからないです」と苦笑いされ、立ち止まることもなく通り過ぎていってしまった。
エリカさんが立っているのは、大学駅伝界の頂点。場所はわかっているのに、そこまでどうやって会いに行けばいいのかわからない。
(まるで、今のこの状況にそっくり……)
こんなにも大きな街なのに、窮屈だ。
周囲にぎっしり並んだ高層ビルに眼球を圧迫され、人の激流の中で遭難している。
工事の音、車の音、人の話し声、大型ビジョンで流れている大音量のCMなどが混ざり合う。
息苦しくて、いよいよ動悸がしてきて、お手上げ状態。
そもそも、いきなり楓のような部外者が他所の大学に殴り込んでいって、エリカさんに一体なんと言って頼み込むつもりだったんだろう。
そんな当たり前のことが、今更になって浮かんできた。我ながら計画性がなさすぎる。
しょうがない、今日はもう戻ろう。
帰ってからは寮の当番もあるし、あと心理学の授業のレポートも書かなくっちゃ。
今日は何もかもが上手くいかない。せっかくの午後練休みが、丸々つぶれてしまったな、と思った。
「……楓?」
その時、後ろから女の人の声が聞こえた。
驚いて振り返るとそこには、どこか見覚えのある、眼鏡をかけたお姉さんが立っていた。
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